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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編
精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編 精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

リアクション

「わーい、ゆきだゆきだー! つめたいつめたーい――うわぁ!」
「きをつけないところぶよ――うわぁ!」
 雪があるのが嬉しいのか、はしゃぎ回っていたタタ・メイリーフ(たた・めいりーふ)チチ・メイリーフ(ちち・めいりーふ)が氷に足を滑らせて転ぶ。
「ほらほらー、あんまりはしゃぐと転ぶよって言ったでしょー」
「うぅ、いたい……ありがとうっ、おねーさん」
「ありがとうっ」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)が二人のところへ歩み寄り、手を貸してやる。助け起こされたタタとチチが終夏に礼を言う。
 三人は、他の生徒たちが活動拠点としている公会堂で、鍋料理を住人に振る舞おうとしていた。ちょうど仕込みが終わり、後は煮えるのを待つだけである。
「はやくできないかなー。ボクいーっぱいおてつだいしたもんねー」
「ボクだっておてつだいしたよ?」
 調理場に戻り、湯気を立て始める鍋をタタとチチが見守る。タタが材料を運び、チチが材料を切り分けるといった役割分担で、終夏が街の入口に積まれた物資から必要な材料を調達したり、味を調えたりしていた。
「私が作ると味が微妙になるんだよねー。不味くもなければ美味しくもなく、普通の中でもちょっと美味しくてちょっと微妙……って、言ってて訳分かんなくなっちゃった」
 自らの料理をそう評する終夏、だがこの時点では、漂う香りは食欲をそそり、訪れていた住人も遠巻きに出来上がりを楽しみにしているようであった。
「だいじょーぶだよ! ボクたちおねーさんがたべてほしい、えがおになってほしいっておもってたのしってるもん! ぜったいおいしいよ!」
「そうだよ、だからきにしないで、ね?」
 タタとチチに言葉をかけられ、終夏が微笑んで二人の頭に手をやる。
「よーし、じゃあ気分は、食らえ私達の鍋料理! ……かな? そうだね、皆の笑った顔は見たいし、それが一番好きだ」
 終夏に撫でられ、タタとチチが終夏の言う一番好きな笑顔を見せる。
 直後、鍋の蓋がカタカタと音を立て始め、頃合いを告げた。終夏が蓋を開けると、ふんわりと鼻をくすぐる香り、そしてよく味の染み込んだと思しき具材が汁に浮かんでいた。
「……おや、今日の出来はいつもと違うね。これなら私も迷うことなく「美味しい」って言えそうだ」
「やったー!」
「やったー」
 味見をした終夏が満足そうに頷き、タタとチチが手を叩き合って喜ぶ、すぐに、三人の周りには待ち焦がれた住人たちで一杯になった。

「そこはそうして……そうです、上手ですわ〜」
「えへへ〜、おねぇさんがじょうずにおしえてくれるからだよっ」
 ファリア・ウインドリィ(ふぁりあ・ういんどりぃ)に編み物を教えてもらいながら、子供が手を動かして少しずつ、手袋を編み上げていく。この寒さの中、きっと出来上がった手袋はこの子たちや、作業に従事する者たちの手を守ってくれるだろう。
「はい、どうぞ。暖かくしてくださいね」
 出来上がった手袋の出来をチェックして、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が公会堂を訪れた住人たちに手渡していく。大半はありがたく受け取っていくのだが、中には心無い一言を告げて去っていく人もいる。
「けっ、余所者が作ったモンなんて受け取れるかよ。何が精霊だ、偽善かましてんじゃねぇ」
 差し出された手袋を払いのけて、男性が言葉を吐き捨て去っていく。払われた手袋が宙を舞い地面に落ち、そして言葉を耳にしたファリアの手が止まる。
「……ファリア、大丈夫?」
 手袋を拾い埃を払ったアリアが、表情を硬くしたファリアに心配そうに声をかける。
「……大丈夫ですわ〜。あの方も今は、辛いことがあって傷ついていますの。本当は優しい方だってこと、分かってますわ〜」
 ファリアが、持ち前の前向きさで気を取り直し、普段の温厚な表情を取り戻す。アリアには男性のことはよく分からなかったが、人の心を読むことに長けた精霊、ファリアが言うのだからと思うことにした。
「おねぇさんのことよそもんだっていうひといるけど、どうしてかなぁ? こんなにいいひと……わ、えっと、せーれーさんなのに」
 子供の呟きは、ある意味でもっともであるが、これまで街の人としか触れ合ってこなかった住人たちにとって、異なる外見、異なる文化を持つ者たちとの交流は、自分たちの生活を脅かす敵と思われかねない。まして今は、得体の知れないモノに生活を脅かされている。男性のように『余所者』に当たり散らすのも、仕方ないといえば仕方ない。
「……君がそう思ってくれるだけで十分よ。いつかきっと、この街の全員とも信頼関係が築ける、今はそう信じたいわ」
「はい〜、アリアさんとならきっと出来そうな気がします〜」
 二人微笑み合って、そして手の中で、身も心も暖かくなってと願いを込めた手袋が、形作られていく。

「はい、どうぞ。何か困ったことは御座いませんか?
「いや、大丈夫だ。こんなに良くしてもらえるなんて思わなかった。今となっては無礼を詫びなくちゃいけないな」
 生徒の住人たちへの炊き出しは、夜になっても続けられていた。湯気を立てるスープとパンを住人に手渡した沢渡 真言(さわたり・まこと)が、住人から礼を言われて嬉しそうに微笑む。
「……さて、と。すみません、少し席を外します」
 近くの生徒に声をかけ、真言がその場を離れある人を探しに行く。その人は公会堂正面玄関の傍、階段に腰を下ろして皆を見守っていた。
「ケイオースさん、よろしければいかがでしょう」
「……俺にか? すまない、ではありがたく頂こう」
 真言からスープを渡されたケイオースが、一口つけてうむ、と満足気な息を漏らす。
「作った人の思いが伝わってくるようだ。こういったものを作れる者たちと懇意になれたことは、やはり間違ってなかったな」
「……私は精霊のことはよくは存じませんが、ケイオースさん……闇黒の精霊さんは夜の闇のイメージでしょうか」
 まあそんなところだ、そう呟いたケイオースへ、真言が言葉を続ける。
「夜は人々の心に安らぎを与えてくれます。ケイオースさんも、そういう安らぎを与えることに長けているのではありませんか?」
「どうだろうか。夜を優しいと思うか、怖いと思うかは人間次第だ。俺は君たちほどに、強く人間の心に訴える術を持っていないと思う。この料理しかり、歌しかり。……誰かは知らないが歌が聞こえてきたよ。思わず聞き入ってしまった」
「そんなことはございませんわ。ケイオース様もきっと、喜びを、勇気を与える術を持っていますわ」
 二人の姿を見つけて、ティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)が歩み寄ってくる。両手には小さな子供を連れていた。
「よろしければ、わたくしと一緒にお歌を歌いませんか? 皆様きっと元気になってくださいますわ」
「俺が? いや、歌なんて歌ったこともないのだが……」
 謙遜するケイオースだが、子供たちの勧めもあり、結局ティティナと子供たちと一緒に歌うことになる。ティティナと子供たちの鳥の囀るような声に、ケイオースの深く、それでいてそっと包みこむような闇を彷彿とさせる歌声が響く。真似事とはいえ、その出来映えは目を見張るものがあった。
 そして、その歌声が、公会堂とその周囲へ闇を伝って伝播していく。それを聞いた者たちは一様に、今の不安な状況を一時忘れ、安らかな眠りにつくことが出来た。

「食材は十分な量を確保しておりますわ。皆様に不足なく配分できるはずですわ」
 燃え盛る炎の具合を確かめて、白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)がその中に用意した芋を差し込んでいく。自由帳の手配と、他の生徒たちの手配した食材は、街の人に数日は炊き出しを行えるだけの量が確保されていた。
「この寒さではおそらく、お腹を空かせている方も多いでしょうからね。街の人の誤解を解くためにも、まずはお腹を満たして差し上げましょう」
 芋の位置を適度に調節し、具合の良くなった芋を浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が棒で突き刺し、テーブルに置かれた皿へ移す。
「熱いですから気をつけてくださいね」
「は、はいっ」
「りょうか〜い……あつっ! ふぇ〜んスワンちゃん、火傷した〜」
「だ、大丈夫? えっと、あついのあついのとんでけ〜」
 湯気を立てる芋をほぐして取り分ける作業に従事していた九条 葱(くじょう・ねぎ)が、真っ赤になった指をスワン・クリスタリア(すわん・くりすたりあ)に見せる。スワンの指が葱の指に触れると、気持ち赤みが引いたようにも見受けられる。
「言ってるそばから……どんどん焼き上がります、ゆっくりしている暇はありませんよ」
「は〜い」
 翡翠に窘められ、葱が鷹揚に頷いて作業を再開する。
(翡翠君、また怒ってるのかな……私達が迷惑かけてるから、呆れてるのかな……)
 気落ちした様子のスワンの視界には、仏頂面で芋の具合を確かめている翡翠が映る。
「スワンちゃん、あんまり気にしなくて大丈夫だよ。パパはあれで結構優しいんだから」
「そ、そうなのかな……私にはそうは見えないんだけど……」
 スワンの肩に乗り、耳元で囁くように話す葱に、スワンも小声で答える。
「そうですわね。言葉も表情も素っ気ないですが、気にかけてくださっているようですわ。……わらわとしては、今の扱いを見直していただけるとありがたいのですが」
 二人の会話に自由帳も加わり、『主人』のああでもないこうでもないといったやり取りが繰り広げられる。その中でスワンも少しずつ、(実は翡翠君って、結構面白い人なのかも?)という認識を抱くようになっていた。
「……全部聞こえていますよ。遊んでないで手伝ってください!」
 そんな三人に、結局一人で炊き出しの準備を行うはめになっていた翡翠の雷が落ちる。翡翠の目の前には、コップに注がれた珈琲が大量に並べられていた。
「は、はいぃ! ご、ごめんなさいっ!」
 慌てて作業に取り掛かり、そして、綺麗に色づいた焼き芋を収めた器を手に、スワンがうん、と頷く。
(……もうちょっと接していけば、苦手意識もなくなる……よね?)
「スワンちゃん、街の人が来たよ!」
 葱がスワンの頭の上に乗り、可愛らしい笑顔を浮かべる。それに負けないように、スワンも微笑みを作って器を差し出す。
「どうぞ、これを食べて、元気になってください!」


 ところで、公会堂の周囲だけは、他と比べてどことなく暖かい。敷地に入ったとたん、それまで身を凍えさせるような寒さだったのが、寒くないと思えるまでに変わっていた。
 その仕掛けは、彼女たちによってなされていた。

「……こっちも出力は安定しているわ。やっぱり、範囲がこれだけしか及ばないのには不服だけど」
 魔法陣に不備がないかを確認して、九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )が呟く。台座に描かれた魔法陣へ、漂うように大量のアイシクルリングが光を放ち、魔法陣へ魔力を注ぎこんでいる。魔法陣は公会堂の周囲にちょうど、熱の移動を抑える結界を構築し、公会堂の中で行われている炊き出しによって生じる熱が、徐々に篭り今の暖かさを生み出していた。
「こちらもやはり、レプリカの限界かしら? 興味深い対象が増えたわね」
「二つ合わせて、これだけの指輪を目の当たりにするのは、そうそうないですわ☆」
 九弓の着込んだコートのフードから、九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)マネット・エェル( ・ )がちょこん、と顔を出す。九弓としては防風結界と防寒結界、そのどちらもイナテミス全体を覆うことを想定していたものの、いざ試してみればこちらも出力が足りない。これがカヤノ&レライアの所有するリングなら、1つで出力を賄えたかもしれないが、そうするとやはりその出力を制御する魔法陣の方が負荷に耐えきれず崩壊してしまうだろう。それでも結果として、九弓の設置した魔法陣により、公会堂とその周囲は数日の間、防風と防寒を担う結界で覆われることになったのだから、有意義である。

「……う〜、わんっ、わんっ!!」
 ……そして、九弓にとってのもう一つ当面の懸案は、この公会堂に連れてこられたペット、特に犬への対応であった。
 犬は子供以上に無知で、そしてより容赦ない。犬は喜び庭駆け回る、ではないが、とにかく見境なく走り回るので、いつ魔法陣に綻びが生じるか知れたものではない。より丈夫な台座を用意したのも、犬が体当たりして壊してしまわないようにするための処置であった。誰も気づかないところに設置したくはあったが、立地条件を加味すると今の位置しかないのであった。
「……言葉が通じるはずないのに、何を言っても無駄よね」
「わんっ、わんっ!!」
 吼える犬が九弓を玩具と勘違いしたのか、しきりにまとわりついてくる。九鳥とマネットは、自分たちが出てきてはさらに格好の玩具にされてしまうことが分かっていたから、フードに隠れてしまった。
 そうして、他の生徒が事態に気づき、犬の相手をするまで、九弓は犬の好奇心を満たす格好の玩具にされてしまったのである。