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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

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●校長室
 
 現地からイナテミス、そして校長室へと送られた情報に目を通して、アーデルハイトはひとまず順調に作戦が推移していることに満足気であった。
「ほう、作戦次第ではニーズヘッグを足止めするどころか、滅ぼしてしまうやも知れぬの。……向こうから仕掛けてきたんじゃ、どうしようが国家間の問題には発展せぬと思うのじゃが……」
 アーデルハイトが呟く『向こう』、世界樹ユグドラシル。
「そういえば、ユグドラシルにいる者たちはどうなっておるのかのう」
「その者からの連絡はないな。こればかりは、無事に戻ってくることを願うしかないだろう」
 牙竜の言葉に頷き、アーデルハイトがユグドラシルに向かった生徒たちのことを思う――。
 
 
●世界樹ユグドラシル外部
 
「未憂ちゃん、高いところ大丈夫?」
「す、少し怖いですけど……るるさんや終夏さん、先輩方がいて心強いですから」
「はは、先輩、なんて言われてもピンと来ないなあ。……うん、とりあえず天辺まで行って、自分に何が出来るのか考えてみるよ」
「そやな、何や妙な縁出来てもうたようやし、出来る事からやればええ。ブランカ、腰が引けてるで」
「お、俺の事はどうだっていい! ここはエリュシオンなんだろ? エリュシオンの連中が様子を見に来るとも限らないぜ」
 ニーズヘッグに連れてこられる形となった立川 るる(たちかわ・るる)関谷 未憂(せきや・みゆう)リン・リーファ(りん・りーふぁ)プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)五月葉 終夏(さつきば・おりが)コウ オウロ(こう・おうろ)ブランカ・エレミール(ぶらんか・えれみーる)は、栗鼠のラタトスクの案内を受けて、ユグドラシルの天辺に住まうというフレースヴェルグの下を訪ねんとしていた。
『ははは……キミたちといると退屈しなくて済むね。ボクが何かしなくても勝手に騒いでくれるから』
 先頭を行くラタトスクの、声なき言葉が一行の頭に直接響く。ラタトスクの言動はどこか人を小馬鹿にしたようなものである上に、耳を塞いでも聞こえてくるものだからたちが悪い。フレースヴェルグとニーズヘッグの喧嘩がこじれるのは、彼の仕業であると言っても納得出来るような、そんな素振りである。
「ねーねー栗鼠さん、普段は何食べてるのー?」
『食事かい? ボクはこの樹になる木の実を食べてるさ。ここにはあらゆる木の実がなるから、飽きなくていいね』
 リンの問いかけに、ラタトスクが隠すでも意地悪するでもなくさらりと答える。こういう所がまた彼を分からなくさせる要因でもあった。
(味方、なのかな。それとも敵なのかな。明確な敵意とか、そういうのは感じられないけど……)
 リンとラタトスクの背後から、プリムが精霊として、何か感じ取れることがないかじっと観察を続けていた。
「……ふーん、そうなんだー。じゃあ4頭の牡鹿さんもここに居るー?」
『うん、いるよ。キミたちが会う必要があった時に、ひょっこり出てくるんじゃないかな。なんでかいつも4頭セットで出てくるから、うるさくてかなわないよ』
 そう呟いてククク、と笑うラタトスクが、おそらく最もうるさい存在かもしれない。
「一つ、教えて下さい。ラタトスクさんは、世界樹と会話が出来ますか?」
『うーん、それはボクでも無理だね。そもそも会話が成立しないんだ。それに、考えていることも全然分からない。キミたちだって、人間の言葉を話さない者の言っていることは分からなくても、何となく考えていることが分かる時ってあるだろう? ユグドラシルにはそれがないんだよね。ま、そのくせ何か言いたい時には一方的に言ってくるから、たまんないよ。……おっと、今のは内緒で頼むよ。あいつは黙ってるくせに耳はいいから、仕返しされちゃたまらないからね』
「そうですか……あの、ではせめて、ユグドラシルについて知っていることを教えて下さい」
『ま、質問によっては、教えてあげないこともないよ。まだまだ先は長いし、付き合ってあげるよ』
 ラタトスクの言葉に、未憂がありがとうございます、と礼を述べて、質問を口にする。
「ユグドラシルにパートナーはいないのですか?」
『いないよ。……というより、地球人と契約なんてことをしたのは、イルミンスールだけだよ。これはまったくの前代未聞だ。だからね、みんな口にはしないけど、結構気にしてる。今はまだ小さい、それこそ雑草と呼んでも差し支えない樹が、これから何をしでかしてくれるのか、ってね』
「……もしかして、ユグドラシルがイルミンスールを攻撃する理由も、そのことが?」
『どうかな。それが理由かもしれないし、そうじゃないかもしれない』
「へー。もしかしたら、若さに嫉妬ってやつじゃないのー?」
 横から顔を突っ込むリンに、ラタトスクが愉快そうな感情を含んだ言葉を返す。
『ははは、そうだったら面白いね。確かに肌は向こうの方が綺麗そうだね』
「もう、リン、好き勝手言わないの。……お付き合いいただいて、ありがとうございます」
 話し終えた未憂が、横に並んだプリムに視線を向けて問いかけると、プリムは首を横に振る。どうやら嘘は言っていないようである。
「そういえばラッ君、その大きさで私達と合わせて歩いていて、疲れない? よかったら肩に乗せてあげようか」
『はは、それもいいかもね。だけど本当はボク、もっと大きいよ。そうだね、フレースヴェルグとニーズヘッグと並んでも違いがないくらいかな』
「ええっ!? そ、そうなの!?」
 終夏が驚くのも無理はない、今のラタトスクは30センチあるかないかの、おそらく普通のリスといった風にしか見えない。
「へえ……ねえ、じゃあニーズヘッグは誰に何を言われて、イルミンスールに来たのかな? あ、もしかしてラッ君が何か言った? ラッ君口達者っぽいし」
『それはどうも。確かにボクが、ユグドラシルの言っていることをボクなりに噛み砕いてニーズヘッグに言ったね。さっきも言ったけど、ユグドラシルは何考えてるかよく分からない所あるし、それにニーズヘッグは頭悪いから』
 ラタトスクが答えたその言葉を、周囲の様子を伺っていたオウロとブランカと共に終夏が考える。
「つまり、ユグドラシルが言わんとしとること、やろうとしとることと、ニーズヘッグがやろうとしとることとは違うかもしれん、っちゅうことやろか。何やけったいな話やな」
「あー、伝え聞いた話は、だいたい最初の話と違ってるってヤツか? よくあるよな、そういうの」
「……で、ユグドラシルの言ったことは誰にも分からない、と。……うん、ここまでは分かった。後はフレスさんに話を聞いてみれば、ほんの少しでも何かが分かるかもしれない」
 自分に何が出来るのかを探し求める終夏の耳に、ラタトスクがフレースヴェルグの住処が近いことを告げる――。
 
『……よく来た、契約者よ』
 一行を見下ろす巨大な鷲から、低く静かな声が直接頭に響いてくる。誰に言われるでもなくラタトスクが、フレースヴェルグは人の姿も取れるが普段は鷲の姿をしているとか、こうやっていつも言葉足らずなんだよねとか話すのを、るるが極力無視してフレースヴェルグに話しかける。
「フレースヴェルグさん、こんにちは! イルミンスールから来たるるだよ」
『……我はフレースヴェルグ』
 自分の名前から、イルミンスールに来ることになった経緯まで、ちゃんと自分のことを知ってもらうためにと話するるに対し、フレースヴェルグは言葉少なくもるるの言葉をしっかりと受け止めているようであった。
「ユグドラシルってすごいね! ここからだと、空の向こう側がどうなってるのかだって見えるかも!」
 るるが視線を向けるのを、フレースヴェルグも追って視線を向ける。その先には、如何なるものにも視界を遮られない世界が広がっていた。
 人間の目が捉えられる世界を遥かに超えた規模の世界が、息をし、今日という日々を謳歌していた。
「シャンバラに来た時も、珍しいものがいっぱいだった。だけど、パラミタにはまだまだ、るるが知らない物がたっくさんあるんだよね。
 そういうのに、もっともっと出会いたいな」
『……契約を結びし世界樹……そして、そこに集う者たち……』
 目を輝かせて口にするるるの言葉に、フレースヴェルグが独り言のように呟くと、閉じていた羽をゆっくりと開く。
 それまでも既に人の何百倍も大きかったそれは、羽を広げるとさらに大きく見える。
『……乗れ。我も行こう』
『もー、ホントキミは言葉足らずだね。キミも若い世界樹とそこに集まる彼らに興味が湧いたんじゃない? あ、それとももしかして、ニーズヘッグのことが心配になったとか? そうだよね、いつも喧嘩してる相手がいなくなったら淋しいもんね――』
 ラタトスクのからかいを含んだ言葉に、フレースヴェルグは答えず鋭い視線でラタトスクを射抜く。
『わ、分かったよ、だからそんな怖い目で見ないでくれよ。……ふぅ、ユグドラシルといいフレースヴェルグといい、無口なのは苦手だよ
 そう言葉にして、ラタトスクがいち早くフレースヴェルグの背に乗る。
「フレスさん。私達に何が出来るのかな?」
 終夏の問いに、しかしフレースヴェルグは羽を広げたまま何も答えない。
「お、俺は終夏の判断についていくぜ」
「まぁ、終夏が何したいっちゅうんが大事やろな」
 オウロとブランカが見守る中、終夏が自分と対話するように言葉を紡いでいく。
「……私、世界樹をめぐるのが夢なんだ。だから、偶然とはいえユグドラシルに来られた事が嬉しい。
 ふふふ、凄く嬉しいんだ!
 ……そして、ここに来られたのはニーズヘッグのおかげ。でも、このままじゃニーズヘッグに『ありがとう』も伝えられない」
 顔を上げ、終夏がフレースヴェルグにハッキリと告げる。
「私は、イルミンスールを守りたい。ニーズヘッグにありがとうを伝えに行きたい」
「そうだよね、ここまで連れてきてくれたニーズヘッグさんに、お礼を言わなきゃ! フレースヴェルグさんもこの機会だし、ニーズヘッグさんとじっくりお話するといいよ!」
「はい、私も……助けてくれたことにお礼を言って、色々と訊いてみたいです」
 るると未憂も、終夏の言葉に賛同し、そして一行はフレースヴェルグの背に乗り込んだ――。
 
「ねーねー大鷲さん。大鷲さんは普段何食べてるのー?」
『彼はユグドラシルに住む鳥とか虫とかを主に食べてるさ。その鳥や虫は結局、ユグドラシルになる実や葉、樹皮を食べているから、彼もユグドラシルに生かされていることになるんだろうね』
 リンの問いに、沈黙を貫くフレースヴェルグに変わって、ラタトスクが答える。
『だけど、ニーズヘッグはそうじゃないかもしれない。彼が食べるのはありとあらゆる生き物の死骸。彼はそれこそ途方もない量の『死』を食べて、でもまだ生きている。想像してごらんよ、『死』んだ食べ物ばかりを食べ続けたらどうなるかって』
「んー? 死んだ食べ物って、腐った食べ物ってことー?」
『ま、そんな所だね。まあ、きっと誰も、生きていられないだろうさ。『死』を食べることで、自分も『死』に取り込まれる。だけど、ニーズヘッグはそうじゃない。おそらく、彼はもう死なないだろうね。あれだけの『死』を食べてきたのだから』
 首を傾げるリン、言葉にじっと意識を集中させるプリムへ、ラタトスクの呟きが聞こえてくる。
『……彼はどこかで、『生』というものに憧れているのかもしれないね。死ななくなった自分が、果たして本当に生きているのかも、もう分からないのかもしれない。……ま、今のはボクの想像でしかないけどね。本当の所は、キミたち自身が直接会って確かめてみればいいと思うよ』
 
「未憂ちゃん、大丈夫? 顔が真っ青だよ?」
「だ、だ、大丈夫、ですっ」
 心配するるるの声に、顔を青くしながら気丈に答える未憂。ちなみにもう一人高所恐怖症のブランカは、フレースヴェルグが離陸した直後に気を失い、オウロと終夏に介護されていた。
「るるさん、るるさんはニーズヘッグとお話をしたんですよね。何を話されたんですか?」
「んー? 話したというより、お願いかな。ユグドラシルに連れてって、ユグドラシルの天辺から空を見たいな、って」
 るるの回答に、未憂はふと考える。長く地中で暮らしてきたニーズヘッグが、自分たちを助けた理由を――。
「……はい。私も、ニーズヘッグと、るるさんや終夏さん達と一緒に、ユグドラシルの天辺から空を見たい、です
 そう口にして、未憂は頭の中に、一つの光景を描く。
 地の底、暗闇から地上と、その上の空を憧れるように見上げる、ニーズヘッグの姿を――。