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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第十四章 神龍騎士との対峙

 
 
 酸鼻をきわめる、という言葉がある。
 鼻が痛みを感じて涙が出るほど、心を痛めて悲しむような、惨たらしいさまを言う言葉だが、情報収集のために引き続きシクニカにいたジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)には、今、そんな悲しみを感じている余裕はなかった。
「早くッ、早くこっちへ!」
 足が竦んで前に出ない老婆をかばうようにしながら叫ぶジャンヌの周囲には建物と遺骸の焼ける臭気が立ち込め、そこここからぶすぶすと煙が上がっている。戦闘が始まってからかなり時間が経過しており、既に住民のあらかたは避難を終えているが、それでも、この老婆のように逃げ遅れた人々も少数ながら残っていた。
「……!!」
 行く手に動くものを見つけ、ジャンヌは息を詰めた。こちらに背を向け、屈み込んでごそごそと動いている死霊兵。その手が、瓦礫だらけの地面に放り出された帝国兵らしき遺体を引き裂いて口元に持って行こうとするのを見た時、ジャンヌは胃液が食堂を遡って来るのを感じ、きつく奥歯を噛み締めた。隣でひい、と老婆が細く悲鳴を上げる。ヴァロアは強く首を振って気を取り直し、老婆の肩にかけた掌に力を込めた。助けるべきものがいることが、逆に今のジャンヌを支えていた。
「……もうすぐ、皆が既に避難している地下への入り口であります。怖いでしょうが頑張ってください!」
 押し殺した声で老婆に言い、ジャンヌは迂回するようにその場を離れた。
 
 これが、現在のコンロンの中で最も惨憺たる戦場となっている、シクニカの光景である。そして、神との対峙……
 
 
 
血風/シクニカ
 
 ヴァロアが遭遇したのと同じような光景が、そこかしこに広がる中。
 魔鎧アリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)を装着した【桐生組】の桐生 円(きりゅう・まどか)とパートナーの英霊ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)のパートナーの魔道書ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)らは、神龍騎士ラスタルテと対峙していた。
 ラスタルテの騎乗する龍の足元には、アルコリアのパートナーの機晶姫シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)の姿がある。既に動ける状態ではなく、ただ倒れているだけだ。
「……殺さんのか? 虜のつもりなら、やめておけ……」
 途切れ途切れに言いながら、シーマはラスタルテを見上げる。起き上がろうと手をついて力を入れるが、肘が崩れて、また顔から瓦礫に突っ込んだ。
 ラスタルテは冷ややかにシーマを見下ろしたが、その槍が止めを刺すために動くことはなかった。起き上がれもしないようなシーマは、既に眼中にないということなのか。
 (とにかく、牛ちゃんが来るまで時間を稼がないと……!)
 円は頭の中で忙しく考えを巡らせつつ、ラスタルテに向かって口を開いた。
「名のある騎士とお見受けするが、名前は?」
「そなたが私とそれなりに戦える相手であったなら、そなたが死ぬ時に、冥土の土産として告げてやることにしよう」
 ラスタルテは円の質問を鼻で笑った。
「凄い槍だね。それが、帝国の神の所持する『聖十文字槍』ってヤツなのかな?」
 言いながら、円はレーザーガトリングを捨て、アリウムの装着を解除した。
「円様、武器を替えるのですか? 龍騎士様〜、少しお時間を下さいませね」
 いったん少女の姿に戻ったアリウムは、天然ボケ風にそんなことを言って急に攻撃して来ないようにラスタルテの注意を引こうとした。ミネルバも、その間にラスタルテが円を攻撃しないかと、二本の大剣を構えて警戒していたが、ラスタルテは自信ゆえか、攻め急ぐようなことはなく、円がアリウムから魔道銃二丁を受け取って再度魔鎧を装着するまで、淡々とそれを見下ろしていた。
 (あら、反応なしですか……つまんないです〜)
 魔鎧に戻ったアリウムが残念がっているのが伝わって来たが、これから戦闘に入ろうとする円には反応を返す余裕はない。
 (牛ちゃんっ! シーマちゃんが危ないの、パートナーならわかるよね? 早く来て!)
 心の中で叫びながら、円は魔道銃を構えた。
 
 
「シーマちゃん……?」
 円たちとは正反対の方角で神龍騎士を探しつつ、帝国兵を蹂躙していた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、ふと攻撃の手を止めて振り向いた。
「この感じ……シーマちゃんがやられた?」
 軽く眉をひそめ、呟く。
「……セリヌンティウス卿のような残念な神では無いのかな。認識を改める必要がありそうですね」
「シーマ、負けたんだ?」
 パートナーの魔鎧ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)がくすくすと笑う。
「アルコリア、どうするの? 助けても助けなくても、ラズンはどっちでもいいけど」
「それは愚問と言うものです。契約した以上、私の半身も同然ですもの」
 アルコリアは即答すると、空飛ぶ箒シュヴァルベの向きを変えた。
「参りましょう」
「了解」
 二人は、全速力で箒を飛ばし、シーマたちの元へ向かった。髪をなびかせ、ひたすらに風を切る。と、その上空を巨大なワイバーンが過ぎった。
「敵の増援かな? きゃはっ、楽しくなりそう!」
 それを振り仰いで、ラズンが言った。ワイバーンは高度を上げ、あっという間に見えなくなった。
「急ぎますよ」
 少し遅れたラズンに、まっすぐ前を向いたままアルコリアは言った。


 しかし、アルコリアとラズンが、今まさにラスタルテとの戦いを始めようとしていた円たちの元へ到着した時、先刻のワイバーンはそこには居なかった。
「牛ちゃん!」
「ワイバーンが、こちらに来ませんでしたか」
 思わず笑みを浮かべて叫んだ円に、アルコリアは箒の上から尋ねる。
「増援かも、なんだ?」
 尋ね返す円に、アルコリアはうなずいた。
「ミネルバ、警戒しといて!」
「わかった!」
 円の指示に、ミネルバは油断なく大剣を構え直す。
「さて、他に注意を向ける余裕などあるかな」
 ラスタルテはミネルバに冷ややかな視線を向けた。
「きゃはっ、シーマ、やっぱり負けてたんだぁ!」
 その間に、龍の足元に倒れている……と言うより転がっているシーマを見つけたラズンは、嘲笑にも聞こえる笑い声を上げつつも、神龍騎士に向かって一直線に突っ込んだ。
「神なら、このくらい当然見切れるよねっ!」
 寸前で箒を飛び降りて『アクセルギア』を使って加速し、シーマを拾って距離を取る。ラスタルテは飛んで来る箒をさらりとかわしたが、特にラズンを止めはしなかった。
「あれー? 要らないんだ?」
 シーマにも、シーマを助けようとしたラズンにもまったく興味を示さないラスタルテを見て、ラズンは首を傾げる。
「人質など不用、ということなのでしょう」
 アルコリアはラズンに目配せをした。うなずいて、ラズンは魔鎧へと姿を変える。ゆったりと髪を振りながら、アルコリアは魔鎧をまとった。さらにその背中に、『地獄の天使』の翼が出現する。
「翼の女……? 我が部下たちを、容易く殺めて来た……」
 ラスタルテの表情が、わずかに動く。
「ごきげんよう、帝国の神様。出てこぬ臆病者と見縊っていたこと、謝罪します」
 アルコリアはそんなラスタルテに向き直り、微笑して一礼した。
「牛皮消アルコリア、それが私の名です」