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リアクション
chapter.6 あの日見た珍獣の名前を、僕達はまだ知らない(2)
アグリが無事救出されたことで、一行は遺跡への道のりを再び進み始めていた。ヨサークも、メジャーもそこにはいなかったが、逆に考えればトラブルメイカーがいないということである。生徒たちは、至って順調に森の中を進んでいた。
しかし、深く進めば進むほど、危険というのは問題児の有無に関わらず迫ってくるのが冒険というものだ。
彼らの前には、大いなる危険が迫っていた。
なおここで言う危険とは、生命的なことではなく検閲的なことであることを、あらかじめ断っておこう。皆さんにはぜひそれを承知の上で、読み進めていただきたい次第である。
「原住民に会い、彼らの生活やシボラの神について知ることが出来れば良いのだが……」
「あのミイラも、もしかしたら王族とか、そういったものなのかもしれませんしね」
そんな会話をしていたのは、ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)とその契約者、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)だ。
原住民について思いを巡らせていたふたりだったが、その会話は突如現れた珍獣によって遮られてしまった。
「……!」
ふたりの前に出てきたその珍獣は、下半身から黒く、太い触手を何本も生やし、様々な生物の部位を上半身に宿していた。一言で言うと、とても気味が悪かった。
「アー……ガッ」
「こ、これは何ですか!?」
「しっ! 何か鳴いている……!」
コトノハを守るように立つルオシン。その生物の鳴き声を聞き、ふたりは悪寒が走った。
「アー……アナタトガッ……ガッタイシタイ」
珍獣はそう鳴くと同時に、触手をふたりに向かって伸ばす。
「危ない!」
ルオシンが危機一髪、コトノハを抱きかかえるようにしてかわした。と、彼らを捕らえるはずだった触手が奥にあった枝を掴む。それはそのまま珍獣のところへしゅるしゅると戻っていき、体内に取り込まれていった。
危険すぎる。
本能でそう感じたふたりは、全力で逃げるべく背中を向けダッシュした。当然、獲物を逃がすまいと珍獣も再び触手を這わせ、ふたりを追う。
「こ、これって珍獣じゃなくてチン獣じゃないですか!」
錯乱してしまったのか、コトノハは涙ながらにそう叫ぶ。女性として何か感じるところがあったのだろうか。
「コトノハの貞操は……我が守る」
このままでは逃げ切れないと感じたルオシンは、最終手段を取ろうとする。最終手段。それは、後ろにいる生物にコトノハの大事なところが襲われる前に、自分がそこを覆う作戦である。
「コトノハ、手遅れになる前に、我の光条兵器を……」
「そ、そんな無理です!」
当然である。というかここだけ聞くと、お前やりたいだけじゃねえかという話だ。もしかしたらこれは、「うち寄ってきなよ」に続く新たな誘い文句として流行るかもしれない。
ギリギリで触手をかわしたコトノハは、慌てて草木が茂っている地帯へ身を隠さんと飛び込む。数秒遅れで来たルオシンも、茂みの奥へと入っていった。ここで言う茂みが何を意味するかは、皆さんのご想像にお任せしたいところである。
それはそうと、あの珍獣はなんだったのか。コトノハは後に、「あれはきっと老若男女問わず、ありとあらゆるものと合体したがる生物です! 名前は、今思いついたんですけどハギウメです!」と語っている。世の中のハギさんウメさんはとばっちりである。
が、その名を持つ生物は、奇遇にももう一匹、存在したのであった。
「シボラか……懐かしいのう」
そう感慨深そうに呟くのは、天津 麻羅(あまつ・まら)。思わせぶりなセリフに、契約者の水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が食いついた。
「え、ここ知ってるの、麻羅!?」
当然じゃ、と言わんばかりの態度で大きく頷き、麻羅は緋雨に話を聞かせた。
「英霊になってから緋雨と契約するまでの間、パラミタ各地を転々としてたからのう……今でも鮮明に憶えておる。命の危険に晒されたことや、原住民に火の理を伝え神と崇められたこと、幼い迷子と勘違いされ、いもしない親を探す羽目になったこと……」
「なに、その今即興でつくりました的な思い出話!? しかも迷子の件はリアリティがあって怖過ぎるわよ!」
妄想トークをする麻羅と、それに付き合う緋雨。ふたりはそんなノリでてくてくと歩いていた。と、いつの間にか足音が増えている。
「……?」
不審に思った緋雨が振り返る。そこで彼女が見た光景は、驚くべきものだった。
「こんにちはお嬢さん方。いやあ、自然って素晴らしいですね!」
そこにいたのは、一糸まとわぬ姿で仁王立ちしているクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)と、幼い女の子だった。
「きゃっ!? な、なにっ!?」
慌てて顔を逸らし、麻羅の後ろにそそくさと隠れる緋雨。普通の女の子であれば至極当然の反応である。
「これは……原住民か? それにしても……」
酷いことになってるなあ、という顔つきでクドを見る麻羅。クドはその反応が不満だったのか、自らがこの格好になっている理由を真剣に語り出した。
「ジャングルという大自然の中で、衣服をまとうなどという行為は自然に対する冒涜だとお兄さんは思う訳ですよ。という訳で、全部脱ぎ捨てて、常識と言う名の牢獄から解き放たれてみたんでさぁ」
要するに露出狂である。というか、彼は前回遺跡を探検した時も何も服を着ていなかった。なんだろうか。彼は、ちょっとかわいそうな人なのだろうか。
「ああ! この開放感、筆舌に尽くし難い……!」
「……その少女はなんじゃ」
「ん? この子ですか?」
クドが、隣にいる女の子に目を向ける。
「幼女です。360度、どこから見ても幼女です」
彼曰く、ウメ子ちゃんという心優しい幼女の遺伝子と追い剥ぎの遺伝子を組み合わせて生まれた珍獣ということらしい。一見無垢な笑顔の可愛らしい少女だが、相手が油断した隙に身ぐるみを剥いでいく習性があるという。ただ、クドの場合、剥ぐものがなかったので珍獣もどうしたらいいか分からず、困っていたようだ。
「ウメ子ちゃんと追い剥ぎなので、珍獣ウメハギーと名付けました」
爽やかな笑顔で、クドが言う。さっきのハギウメと何かしら関係性があるのだろうか。まあ、まずないだろうが。ディスイズ「ネタカブリ」である。そして驚くことに、麻羅の口からもそれは語られた。
「わしが聞いたことのあるウメハギーとは、微妙に違うのう……」
どこで聞いたのか分からないが、麻羅はクドの語った珍獣に新説を加え出した。
「外見は見る者によって大きく変わり、変態によく懐く特徴があるので変態たちにとっては連れ歩くことが一種のステータスだと聞いたのじゃが……」
そこまで言って、麻羅はまじまじとクドを見つめる。爽やかな笑顔。全裸。隣には幼女。
「……なるほど。間違ってはいなかったんじゃな」
麻羅は、クドに「責任を持って森の帰すのじゃ」とだけ言い、呆れたように緋雨と共に去っていった。ひとり残されたクドは、心折れることなく生まれたままの姿で堂々と立ち続けたという。ここまで来ると逆に、潔いとすら思えるから不思議である。
◇
集団から少し逸れたところにある、小さな巣穴。
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、そこにひとり連れ込まれたいた。連れ込んだのは原住民だろうか? 邪な考えを持った生徒だろうか? 否、答えは、珍獣である。詩穂をこの巣まで連れ込んだ珍獣、それは二匹いた。
「上手く歌えるようになるまで、帰さない」
「吹けるようになるまで、帰さない」
片方は蜂のような外見だが、尻尾部分に割り箸がついている生物、もう片方は同じく蜂のような外見だが、尻尾部分が尺八になっている生物だ。
「こ、困ったなぁ……」
どうやらこの二匹の生物、自分の尻尾部分である割り箸や尺八をくわえさせたがる習性を持っているようだった。詩穂をここに連れ込んだのも「発声練習を教える」「尺八を教える」という目的がこの生物にあったからである。
「これ以上のレベルの芸能人ってなかなか……あ、はいごめんなさい。すいません」
ぶぶぶ、と飛び回られ、慌てて詩穂は口をつぐんだ。どうやらここから脱出し無事仲間の元へ帰るには、大人しく彼らに付き合うしかなさそうだ。
「こ、これを口に入れればいいんだよね?」
まず詩穂が相手をしたのは、割り箸になっている蜂の方だった。詩穂は横に口を広げると、割り箸をセットし、お腹から声を出した。
「あっ、いっ、う……っ」
良からぬ声に聞こえるが、これは発声練習である。しばらくそれを続けた後、今度は俺の番だ、とばかりに尺八タイプの蜂が詩穂に迫る。
「これ……」
さっきの割り箸はまだなんとかなるとして、これはかなり際どいラインである。通報されたら完全にアウトになるレベルだ。しかしこの生物は、仮に通報された場合でも「尺八を教えていただけ」と容疑を否認する性質があるらしい。
それはいいことに、蜂は詩穂の口に迫る。そして、その太い尺八が詩穂の口内へと入った。
「んっ、んんっ……!」
さすがに尺八は無理があったのか、詩穂はうっすら涙目で顔を赤くさせている。念のため再度書くが、これは尺八を教えているだけである。どっちにしろ下ネタだけど。
「ほ、ほれでいいんれすか……?」
口いっぱいにそれを含んだ詩穂が、蜂を見上げて言う。蜂は、満足そうにすっと詩穂の口からそれを抜き出した。
「あ、ありがとうございました……」
結果として歌と演奏が上達したのなら、それはアイドルとして磨きがかかった証。詩穂は、こんな目に遭ってもそのアイドル精神から、礼儀正しく蜂たちにお礼を言った。きっと、こういう子が世の中に溢れる性犯罪に巻き込まれやすいのだろう。良い子はくれぐれも、気をつけなければならない。
詩穂が巣穴からどうにか抜け出した頃、生徒たち集団の最後尾では桐生 円(きりゅう・まどか)が何やら不思議な生き物に気を取られ、視線を奪われていた。
円が見ていたそれは、大人のペンギンほどの大きさで、胴体もペンギンそのものだが、顔や脚、手は猫でしっぽも生えているという珍妙な生物だった。つまりはこれも、珍獣である。
「ニャーン」
鳴き声は猫のそれだが、全体的な雰囲気としてはペンギンの方が近い気もする。ジャケットを羽織ったその小粋な感じもプラスされ、円はすっかりその生物に興味津々となっていた。
「猫? ペンギン? どっちでもいいかー。かわいいかわいい」
その変な格好すら可愛く思えた円は、不用心に近づき、撫でようとする。
「ほらー、撫でちゃうよー」
円の手にひかれるように近寄ってきた珍獣だったが、どうも動きが鈍いのか、途中で足がもつれ、転んでしまった。体をじたばたさせる珍獣。ひとりでは起き上がれないのだろうか。
「起きられないのかな? かわいいなー」
でも、と円はその珍獣を見つめる。一点だけ、気に入らない箇所があったのだ。それは、珍獣の頭部である。なぜかこの生物、髪型がモヒカンなのであった。
「これはかっこ悪いよ。ほらー、髪とかしちゃいましょうねーうふふふー」
そのまま持ち帰りそうな勢いで、円はわしゃわしゃと髪を無造作に散らすと抱きかかえようとした。が、その時だった。
「あれっ……?」
1匹、また1匹と、どこから湧いて出てきたのか、同じ生物が円に向かって近づいてきたのだ。
「結構な数いるみたい?」
未だ円はその現状を把握しきれていない。そして、彼女が懐に抱えているその生物の生態も。
べしょ、と。どこからか、音がした。円が振り向くと、近づいてきたその珍獣の1匹が、白くベトベトした何かを吐き出し、円の体にたらしていた。
「うわっ、何か吐き出してきた!」
驚いた時にはもう遅かった。円の周りにいた珍獣たちは、次々とその白い何かを円にかけ始めたのだ。
「なんかスースーする……ミントのにおいがするけどなにこれ、すごくべたべたする! わっ、服が汚れるからやめ……」
べしょ、と円は顔にもそれを受け、最後まで言い切ることができなかった。どうやらこの珍獣たちは、仲間が連れ去られると勘違いし、防衛行動に出たようだった。この白いなにかは、本来巣作りのためのものらしいが、襲われた際には外敵にかけることもあるのだそうだ。今の円が、そうされているように。
「あ、ちょっ、そのケーキは食べちゃダメだってば!」
自分用か、誰かのお土産用か、こっそり隠し持っていたケーキまでかじられ、円はすっかり混乱に陥った。
結局、円は、服にも顔にも白い粘着性の何かをかけられ、とんでもない姿のままフラフラと集団から離れ、どこかへ行ってしまった。彼女が心身共に無事であることを、心からお祈りするばかりだ。
それにしても、いよいよ珍獣の森も本気を出してきたのだろうか。こうも立て続けに、際どく危険な獣が現れるとは。このページが特別酷かったのだと、私たちはそう信じたい。
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