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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第3回

リアクション


(・サタン1)


 「暴君」、あるいは【サタン】と呼ばれる青いイコンが現れたのは、突然のことだった。
 その機体は、レーダーに映らない。
 それどころか、実際に消えていた。バチッと音がしたかと思うと、太平洋上に突如その姿が浮かび上がって来たのである。
 その前から、兆候はあった。嫌な予感がする、と感じていた者は多い。それもそうだ。パイロットは、あらゆる負の感情そのものなのだから。
 そして、その機体の形状はシャンバラに飛来したときに比べ、著しく変貌していた。
(これが、あのときの……)
 オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)はベトナム偵察任務を思い出す。あのとき、圧倒的な力を前に、自分達は成す術がなかった。
 身体が震える。
 ただじっと、青いイコンを見据え、操縦桿を握り締める。そして、コックピットに貼ってある、ベトナムチームの写真を見つめた。
「みんなのために、決着をつけます!」
 決意。
 ここで絶対に終わらせる。
 その強い意志が、彼女の震えを止めさせた。

「何だよ、これは……」
 月谷 要(つきたに・かなめ)が驚愕のあまり、目を見開いた。
 前は、不可視だった刃は見えるようになっている。イーグリット・ネクストの新式ビームサーベルに形状は近く、両刃の剣の姿を取っている。
 そして背中からは出来た二対四枚の翼が生えている。そして、機体の周囲には円盤状の物体がいくつも浮いていた。
 もはや、ベトナムで見たものと同じ機体とは言えなかった。
「要、分かってるわね?」
 アンビバレンツの中で、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が要に視線を送る。
「もちろん、分かってる」
 悠美香から初めて聞かされたときは衝撃だった。だが、「青」の先には「白銀」がいる。あの化け物染みたパイロットとイコンに対抗するには、力が必要だ。そして、それは目の前にある。
 ――それも、前よりもさらに進化した姿で。
 生身での限界は思い知った。ポータラカでの「白銀」との邂逅以後、ずっとイコンの操縦訓練を必死で行ってきた。
 それも全て、この日のためと言っても過言ではない。
「三度目の正直だ。今度こそ……今度こそ負けない! 大人しくしていろ、『青』ぉ!」

* * *


リヤンA1:スプリング和泉 直哉(いずみ・なおや)和泉 結奈(いずみ・ゆいな)
リヤンA2:{ICN0002953#ピングイーン}:十七夜 リオ(かなき・りお)フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)
リヤンA3:ヴァイスハイト柊 真司(ひいらぎ・しんじ)ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)
リヤンA4:レイヴンTYPE―E榊 孝明(さかき・たかあき)益田 椿(ますだ・つばき)
リヤンA5:カムパネルラオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)

リヤンB1:フェイトブレイカー御剣 紫音(みつるぎ・しおん)綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)
リヤンB2:クラースナヤオリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)エカチェリーナ・アレクセーエヴナ(えかちぇりーな・あれくせーえうな)
リヤンB3:アンビバレンツ月谷 要(つきたに・かなめ)霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)
リヤンB4:イーグリット・ネクスト逢坂 楓(おうさか・かえで)琴音・シュヴァルツ(ことね・しゅう゛ぁるつ)

* * *


「兄さん……」
 ヴェロニカは【サタン】の姿をその目に映した。
『みんな、お願い』
 リヤンA小隊、リヤンB小隊の面々は、あれに兄が乗っていることを知っている。そして、みんな自分に協力してくれると言ったのだ。
 友達として。
 だから、ヴェロニカ達も出来ることをする。
「座標計算は完了してるわ。それと、ブルースロートを介して効果を全域に広げられるようにしておいたわよ。だけど、使えるのは一度。本当に必要なタイミングを見極めてね」
「ニュクスも、ありがとう」
 絶対防御領域、「女神の祝福」の展開準備は完了している。
『さぁ、ヴェロニカちゃん。お兄さんと一緒に帰りましょう』
『……うん』
 鈴蘭からだ。彼女も、大切な友達だ。
 今、自分は多くの人に支えられてここにいる。
「グエナさん、姉さん、みんな……私に力を貸して」

 「暴君」の攻撃は、斬撃から始まった。
 刃の姿こそ見えるが、実際の射程がその長さというわけではない。海面に叩きつけられれば、水柱が上がり、波を起こすほどの衝撃が発生する。だが、こちらは真空波。海を斬ったのだ。
『いくぞ、みんな』
 直哉がリヤンA小隊に呼びかける。ここから作戦開始だ。
「……なんだ、あれは」
 円盤状の物体。青いイコンの周囲にあるそれの正体を、彼は知ることになった。
「――――ッ!!」
 レーザーが放たれる。
 遠隔操作による、全方位攻撃武装。今の「暴君」は力場形成と衝撃波、真空波を使わずとも、それだけを使って複数を相手に単独で立ち回れるまでになっていた。
(兄さん、このままじゃ近づけない!)
(分かってる。くそ、ただでさえ反則級の力を持ってるのに、さらにこれとは)
 その円盤は確認出来るだけで十個。
 「暴君」はその場から動かない。まだ動く必要がないのだ。
 ブルースロートのエネルギーで防げるレベルではあるが、数が多く、こちらの動きにある程度自動的に反応するようだ。
(とにかく、何とかして接近戦を挑めるようにしないと)
 新式アサルトライフルを構え、まずは浮遊する円盤を潰そうとする。が、不規則な軌道をするそれにはなかなか命中しない。
 そんな【スプリング】を後方から【ピングイーン】が援護する。
『狙って当たらないなら、これはどうかな?』
 ミサイルポッドを射出する。ミサイルによる弾幕を張り、煙の中を移動する微小な光ごと吹き飛ばすように大型ビームキャノンを放つ。

(敵機、及び味方機の位置把握。最適タイミングで支援かけてくよ!)
 レーダーに映らない「暴君」は目視で確認するしかないが、味方の位置はしっかりと把握する。
(こっちはあくまで後方支援だ。無理せず無茶してくよ!)
 とにかくあの円盤状の遠隔操作武装をなんとかしないことには始まらない。あれの性質が分かれば、本体への突破口が見えてくるはずだ。
(無理するのか無茶するのか、どっちなの……リオ。あと、最終目標はエヴァンを引きずり出すことでしょ?)
(さぁね? 妹ほっぽり出して、性悪女の尻に敷かれてる奴のことなんか知るかいっ!)
 大型ビームキャノンを放つ。敵の円盤の性質が分かってきた。
(なるほど、ビーム……というより機晶エネルギーに反応して避けてるのか)
 おそらくある程度はパイロットが操作しているのだろうが、一種の熱感知で動いている部分もあるようだ。
 それを小隊員へと伝える。

「熱感知か。ならばなんとかなりそうだ」
 【ヴァイスハイト】の真司が声を漏らした。
 レイヴンTYPE―Eではあるが、ちょうどワイヤーと実体剣を装備してきている。あの円盤みたいなものが本当に機晶エネルギーに反応しているのだとしたら、実体剣には反応しないはずだ。
 おそらく、動力炉の機晶エネルギーを感知し、それに対し攻撃が行えるようにもなっているのだろう。武器としてのエネルギーは、どうやっても動力炉には及ばないからだ。
 そうなると、大量に操れるかの理由も分かる。基本は浮遊のためのサイコキネシスの出力だけで事足り、あとは勝手に戦ってくれるのだ。
 どういった経緯で搭載されたのかは分からないが、その仕組みが分かればこっちのものだ。
(ヴェルリア、最初は30%からいこう)
(はい)
 それだけあれば、最低限実戦で使える超能力を出力出来る。
(リヤンA3、これより「暴君」に接近する)
 それに応じ、ブルースロートである【カムパネルラ】よりエネルギーシールドも張られる。が、それによって円盤が引き寄せられてくる。どうやら、リオの読み通りのようだ。
 覚醒し、機体の速度をサイコキネシスの出力で補いながら加速していく。
 円盤によるレーザーも、一発目こそエネルギーシールドに被弾したが、二発目はビームサーベルで相殺した。
 そして右手の実体剣でその円盤上の物体を斬り裂く。
 それで容易に破壊出来るかと思われたが。
「く……っ!」
 爆発。
 至近距離から攻撃すると、相手を巻き込むほどの威力で爆発してしまう。シールドがなければ危なかっただろう。
 しかし、そうなると中距離以上であれを撃ち抜ける実弾武装が必要になる。
『実弾なら通用するんだろ。援護するよ』
 真司達リヤン小隊を、葉月 エリィ(はづき・えりぃ)エレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)クリムゾン零式が支援する。
 二挺拳銃代わりに、銃剣付きアサルトライフルを二挺握り締めている。片方はビーム、もう一方が実弾だ。
 照準を合わせて、狙い撃つ。
 一発では落とせないものの、連射して弾丸を叩き込むことで爆発を起こした。彼女達が銃撃を行っている間に、リヤン小隊の面々が暴君を止めるために攻め込んでいく。
 その間も、【クリムゾン零式】が後衛からサポートを行った。

(あの青いイコンを捕まえて、パイロットの方を捕まえることが出来れば……)
 【カムパネルラ】のオルフェリアはエネルギーシールドを展開させ、円盤上の物体からの攻撃を防御する。
「なるほど、確かに強い機体のようですね。ですが、こちらも全力でいかせてもらいましょう」
 ミリオンが言う。彼は「暴君」のパイロットの一人がヴェロニカの兄だとは知らない。オルフェリアが教えないようにしていたからだ。
 ヴェロニカは本気で自分の兄を助けたいと言っていた。今、例の機体を目の前にして、それが非常に困難だということも分かる。
 だが、可能性はゼロじゃない。諦めはしない。
 超感覚で「暴君」の位置を確認する。レーダーで捉えられない以上、目視と聴覚を研ぎ澄ませて常に注意を払う。
 無論、レーダーに映らない以上、ジャミングも干渉も青いイコンには効果が出ない。それこそ、目視の距離だけで空間座標を計算出来るような人間でもなければ。
 だからこそ、味方を守るための、最後の「防御」を常に絶やさないようにしなければならない。
 リヤンA小隊の機体位置は常に把握。計算もなるべくレーダーから座標を暗記して、計算速度を速める。
「ヴェロニカさんのために、お兄さんのために。オルフェは誰も置いていかないカムパネルラになるのです!」
 戦っている同小隊の仲間を守りつつ、道を開く。
 友達の、たった一人の家族を助け出すために。

* * *


 円盤上の物体によるレーザー攻撃は、広範囲に及んでいた。
「ヴェロニカには近付けさせないよ!」
 高島 真理(たかしま・まり)源 明日葉(みなもと・あすは)のイーグリット、【ライトニングシューター】は、実弾式の汎用機関銃を構える。
 距離は十分だ。相手からの攻撃に関しては、イーグリットの機動力があれば十分かわすことが出来る。
 ヴェロニカも小隊行動を取ってはいるが、そこまで敵の攻撃が届かないように、彼女は「暴君」の放つ円盤のようなものを撃ち払う。
 そうすることで、数を減らしていった。
 しかし、ある地点でそれは一斉に自爆する。
 頭上から叩きつけられるような衝撃におそわれるのは、その直後だった。
 
* * *


 一方、リヤン小隊が攻め込むのに合わせて「暴君」相手に接近していく機体があった。茅野 茉莉(ちの・まつり)ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が搭乗するレイヴンTYPE―E、【ウィッチ】である。
(やっとあんたに追いついたわ)
 元々はずっと復讐のために青いイコンを求めていた。その感情に飲み込まれ、危うく飲まれそうになったこともある。
 「暴君」はその場でずっと静観している。周囲に飛ばしている円盤のようなもので攻撃を行っているが、不気味なほどに動かない。
 あの機体のパイロットは強い力を持っている。相手の顔は知らないが、テレパシーを送る。おそらく勝手にこちらの声を傍受するはずだ。
(聞こえる?)
 青いイコンの中にいるであろうパイロットに問いかける。
(本当にこんなことして楽しいの?)
 相手も人間である以上、どれだけ負の感情に囚われていようが、こうやって話しかけることで自分のように思い出せるはずだと。
(撃墜されるときの気持ち、分かる?)
 相手は答えない。
 茉莉は根本的な部分から間違っていた。
 ――次の瞬間、【ウィッチ】は海面に叩きつけられていた。
(あ、何か言ってた? よく聞き取れなかったぜ)
 嘲笑うように。
(てかさ、少しくらい遊ぶのも悪くないと思ってたのに、なんだかわけのわかんねーこと言われたせいでつまんなくなっちまった)
 レイヴンの超能力を使う間もなかった。
 機体は制御を失い、フレームから歪んでいるようだ。むしろ、それで済んだのが奇跡だ。
(とりあえず消えろ)
 剣が振り下ろされる直前に、ダミアンが脱出装置を起動する。そして、これまで試運転から乗ってきたレイヴンTYPE―Eは木っ端微塵になり、太平洋へと散っていった。
「茉莉、大丈夫か?」
 ショックだった。
 声が届かないとかではない。負の感情に飲まれたのではなく、負の感情そのものだ。この世の全ての悪意だけが凝り固まったかのような相手に、何を言っても無駄だ。
 レイヴンに乗ってこれまで積み上げたことを全て否定された。
(んじゃ、もうまとめて消えろよ)
 今度は剣を使わない。重力が増したように、「暴君」の周囲の機体が圧迫される。
 
「レイヴンの反応が……消えた?」
 学院で茉莉とダミアンの搭乗したレイヴンTYPE―Eをモニタリングしていたレオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)は目を見開いた。
 これまでに唯一「最適化」されたにも関わらず、その力を発揮する前に機体の反応が失われた。消える直前に超能力が出力されていなかったことから、反応する間もなかったということであろう。
 しかし、シンクロ率そのものは常に同じ数値を記録していた。やはり、最適化の効果なのだろう。
「茉莉とダミアンは無事だろうか……」

* * *


 その衝撃はエネルギーシールドでも完全に防ぎきれるものではなかった。
(ち、小賢しい真似を)
 とはいえ、何とか撃墜されずに耐え抜いた。駆動系に異常をきたした機体もあるが、それでも太平洋に叩き落とされて再起不能になるよりはマシだ。
「そこの鉄クズ共は引っ込んでなさい」
 メニエスの【ルシファー】、そしてカミロの【ベルゼブブ】は【サタン】と対峙した。本来ならば、三機とも『七つの大罪』として同じグループに属していたはずのものだ。
(たった二機でこのオレに勝つつもりか?)
 今の攻撃といい、有効範囲内に入っていたら危険だった。ディテクトエビルで察知し、一度踏みとどまったのが幸いした。
「余裕こいてるのは今のうちよ」
 【ルシファー】がサンダーブラストを【サタン】に向かって放つ。
 だが展開された重力場に、それが遮断される。
 そして、電撃が【ルシファー】に跳ね返された。それを事前に察知していたため、回避することに成功する。
「ならば、これはどう?」
 今度はブリザードだ。敵の力場は、魔法さえも寄せつけないらしい。
 そこへ、カミロの【ベルゼブブ】が飛び込んでいく。
 相手は左手をかざし、不可視の防御フィールドを展開する。遠距離からの攻撃を全て防ぐものだ。
 しかし、今はそれだけではない。
 【ベルゼブブ】のランスによる一突きすら、止めるほどになっていた。だが、【ベルゼブブ】がランスを回転させる。
 それによって、一気にフィールドを破って中に突破しようというのである。
「そのままフィールドに穴を開けなさい。そこから電撃を流し込むわ」
 【ベルゼブブ】がそれを突き抜け、その穴が再び閉まる前に、【ルシファー】はサンダーブラストを撃ち込んだ――。