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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
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リアクション

(カノンちゃんだけど、意識は戻ったよ。また眠っちゃったけど)
 南地区の医療センターで水鏡 和葉(みかがみ・かずは)設楽 カノン(したら・かのん)の見舞いに来ていた。
 彼女の様子を、逐一平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)にテレパシーで伝えている。撃たれたと聞いたときの彼は取り乱した様子だったが、命に別状がないと知ると、やや落ち着きを取り戻したようだった。
 多少の身体強化を受けているせいもあってか、撃たれた傷は一応塞がっている。ただ、動けばまた開く危険性はある。
 一度目を覚ました彼女は多少弱ってはいたが、操られている気配はもうなかった。かといって油断は出来ない。そのため、こうして傍に控えているのだ。
 今度は、ちゃんと護り切ると誓って。
「お師匠の代わりに、大切な方を護りたい……という気持ちは、とても尊いものですが……勇気と無謀を履き違えてはいけませんよ、和葉?」
 神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)が和葉をたしなめる。
「分かってるよ。だけど……」
「ええ、まだ安全とは限りません。学院最初期の六人の強化人間で生き残っていて、動けるまでに回復しているのは、彼女しかいませんから」
 管区長五人のうち三人が死亡。もう一人はカノン以上の重傷を負い、現在も治療中だ。
「あれ、でも六人だよね? 管区長の五人は分かるけど……最後の一人は?」
 そういえば、一度も名前を聞いたことがない。風紀委員長は強化人間ではないから違う。とはいえ、カノンを除く四人にしたって、風紀委員の管区長として表に出るまでは知られていなかったくらいだ。正直、想像がつかない。
「ま、今度こそ完璧にすればいいじゃん。
 ……まったく、レオも無茶ぶってくれるよね、本当」
 ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)がぼやく。
 ベッドの方から音が聞こえたためふと見ると、カノンが起き上がっていた。
「あ、おはようカノンちゃん」
 だが、彼女は何かを感じ取ったらしく、大きく目を見開いている。
「どうしたの?」
「……まだ、終わってない。『彼』を止めないと、大変なことになる」
 和葉が止めるよりも速く、カノンが窓ガラスから飛び降りた。
 サイコキネシスとレビテートで地面に激突することなく、そのまま走っていった。
「追いかけるよ、ルアークっ!」
「まったく、急に何だってんだ?」
 操られたわけではなく、あくまで自分の意志で行動を起こしたように見えた。だが、天沼矛のときの出来事があるため、まだ分からない。
「何か分かったら連絡します。まだそこまで遠くには行ってないはずです。急いで下さい!」
 緋翠を残し、和葉とルアークはカノンの後を追った。

* * *


「くそっ、一体どこに消えたんだ……!」
 天司 御空(あまつかさ・みそら)は焦っていた。
 何の前触れもなく、白滝 奏音(しらたき・かのん)がいなくなった。精神感応で呼びかけても、まったく応じてくれない。
 選択肢は二つだ。自分の意志で彼の声を無視しているか、応えることが出来なくなっているか。
 どちらにせよ、何かトラブルに巻き込まれたとしか思えない。
「不覚、姫にもしものことがあれば悔いても悔い切れん!」
 クラウディア・ウスキアス(くらうでぃあ・うすきあす)も御空と同じ心境のようだ。彼が従えているシボラのジャガーの嗅覚を頼りに、奏音の足取りを追う。
「そんなに慌ててどうしたんだ、御空?」
 振り向くと、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の姿があった。
 これからトゥーレに向かうところだったのか、パートナーのヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)も一緒だ。
「丁度良かった先輩! 奏音が行方不明になって……ちょっと一緒に来て下さい!」
「待て。まずは事情を聞かせてくれ」
 困惑する真司に、奏音が行方不明になっていることを告げた。
「今度出撃するときのことも話していたのに……」
 分からない悔しさで、奥歯を強く噛み締めた。
「事情は分かった。協力しよう」
 ほんの少しだけ考える素振りを見せた後、真司が快諾してくれた。
「しかし……嫌な予感がする」
 それには同意だ。一刻も早く、奏音を見つけなければ。
「御空、こっちだ」
 クラウディアのジャガーが察知したらしく、案内するように駆け出した。
 南地区を出て、西地区に入る。
 すると今度は、和葉、ルアークと遭遇した。
「や、先輩達。ボクも一緒に行ってもいいかな?」
 どうやら自分達の切羽詰った様子を見て悟ったらしい。
「構いません。むしろ、助かるくらいですよ」
 万が一のときに備え、人手が多いに越したことはない。
 このときはそう思っていた。
「でも、どうして?」
「ちょっと調べてることがあってね。そしたら先輩達にばったり、ってとこだよ」
 和葉が近くの看板に触れた。サイコメトリを行っているようだ。
「この人は……風間っ!? でも、風間って死んだんじゃなかった? え、姿が変わって……これは一体?」
 風間。
 その名前を聞いて耳を疑ったが、奏音がいなくなったこの状況を考えると、納得がいく。それが本人にしろ別の誰かにしろ、そいつのせいで奏音がいなくなったに違いない。
「向こうだ」
 クラウディアのジャガーの行く方向にあったのは、建設途中のビルだ。
 その一番下のフロアに、奏音と風間がいた。

「奏音!」
 二人の姿を確認すると同時に、御空が風間に向けて躊躇うことなく灼光のカーマインの引鉄を引いた。
「姫、御無事でしたか!」
 クラウディアが彼女の元に走り寄ろうとする。
「来ないで!」
 奏音が叫んだ。風間が何かこの場に仕掛けているのだろうか。
「風間課長。死んだって聞きましたけど」
 風間が不敵に微笑んだ。
「死んだのは、私に成りすました天住君ですよ。私を生かしていたのは、クーデターの全てを私のせいにするためです」
「信じると思うのか?」
 真司は、風間に向かって言い放った。
「……当然の反応でしょうね。証拠はあるのか、と言われればありません。ですが、私は諦めません。クーデターで死んでいった強化人間達のためにも、無実を証明し、研究を続けなければならないのですよ」
 その語り口調は、まさにあの風間のものだった。
 真司はそこまで多く面識があるわけではない。だが、レイヴンのテストパイロットになるにあたり、話したことはある。人当たりはよかったが、時折ヴェルリアへの視線が、まるで実験動物を見ているかのような感じだった。それに気付いたため、どうにもいい印象は持っていない。
「奏音、何してる、早くこっちへ!」
 御空が叫ぶが、奏音はこちら側をキッと睨み、魔道銃を構えた。
「例え御空でも……先生の邪魔は許さない」
 先生は無実だ。この人が――自分を認め、憎まれ役を演じてきた人があんなことをするわけはない。
 口には出していないが、そういった奏音の思いが直接伝わってくるかのようだった。
 だが、御空も銃を下ろさない。このまま膠着したままでは不味いと考えたのか、ロケットシューズで地面を蹴り、一気に加速してサイドワインダーで風間を撃ち抜こうとする。
 しかし、奏音が何の躊躇いもなく御空を撃ったため、失敗した。
「馬鹿、何考えてるんだ奏音! その男が言ってることは全部――」
「記憶も名前もない人間の気持ちなんか、あなたには分からないッ!」
 その一言が、御空の胸を貫いたようだ。
「奏音……」
 そんな御空の前に、クラウディアが立ち塞がる。
「女子供に銃口を向けるなど、正気か貴様? 正義気取りの凶漢が、恥を知れ!」
 レプリカ・クラウソラスを構えた。
 彼はどんな理由があるにせよ、奏音を護り通すつもりらしい。
 真司は気付いた。
 対立し合うパートナー同士の様子を実に楽しそうに眺めている風間の表情に。
「あなた達が戦う必要はありません。御空さん、すいませんが……私達に任せて下さい」
 ヴェルリアが戦闘態勢に入った。
「リーラ、頼む」
「分かったわ」
 リーラが魔鎧として真司に纏われる。戦い難い相手だが、やむを得ない。
「――いつまで『演じている』つもりですか?」
 風間からヴェルリアに向けて放たれた言葉に、彼女がびくっと身体を震わせた。
 いつの間にか、風間の姿が彼女の目と鼻の先にあった。奏音や御空に気を取られていて気付かなかったのだろうか。
「周囲に合わせて、自分を抑え付ける必要はないのですよ。今、『解放』してあげましょう」
 風間の手がヴェルリアの頭に触れた。
 それが離れた瞬間、彼女が声を出して笑い始めた。
「ふふ、ようやく出てこれたわ。もう、邪魔される心配はない。あの人形は完全に消えたわ」
 次の瞬間、真司達に向かってパイロキネシスを放ってきた。
「まさか……!」
 ヴェルリアの瞳の色が赤くなっていた。前に一度、そうなったことがある。
 記憶を失う前の、彼女本来の人格。それが風間の手によって完全に目覚めてしまったのだ。
「気分はどうですか?」
「最高ね。とっても清々しいわ」
 髪を掻き分け、毅然とした様子で堂々と立っている彼女から、普段の面影は一切感じられない。
「さて、では二人とも頼みますよ。後でまた合流しましょう」
 だが、そこへもう一つの影が突如として現れた。
「カノンちゃん!」
 和葉が声を上げた。
「もう回復したのですか。やっぱり、あのときちゃんと処分しておくべきでしたね」
「設楽……カノンッ!」
 彼女が来たことで、奏音が激しい敵愾心をむき出しにした。
「零号、ちょうどいい機会です。第一号の処分は君に任せます。今の君は、もう彼女を超えているはずですよ」
 その言葉を受けて、カノンを護るために和葉とルアークの二人が彼女を挟み込むような形になる。
「約束したからね。絶対に護り抜くって」
 そして、カノンが風間に向かって静かに告げた。
「あなたをこのまま見逃すわけにはいきません。風間課長、いえ――黒川君」
 黒川。彼もまた、死んだはずの人間だ。
「教えてもらいました。眠っているときに『黒のバカ張った倒して来い。頼むわ、お姫様』って、ブラウ君から。でも、そんなことはどうでもいい」
 風間を睨みつけた。
「あたしを利用して涼司君を弄んだ男の顔したヤツが目の前にいる。あなたをぶっ倒す理由なんてそれだけで十分よ!」
 やはりそれが一番のようだ。
 次の瞬間、風間に向かって御空の銃弾が放たれた。しかし、風間に当たると同時に彼の姿が消滅した。
『残念ですが、もうそこにはいませんよ。一体いつから、私がそこを動いていないと思い込んでいたのですか?』
 まったく気付かなかった。
 幻影。それは、管区長である黒川が得意とするものだ。あの男はやはり風間ではなく、黒川なのだろう。
「先生の元には……いかせない!」
「解放してもらったし、少し手伝ってあげるわ」
 仲間であるはずの二人の強化人間が、立ちはだかった。