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リアクション
第四章 葦原城包囲1
【マホロバ暦1188年(西暦528年) 6月27日 10時49分】
葦原国 ――
本之右寺の変から一年後。
織由上総丞信那(おだ・かずさのすけ・のぶなが)の後を継いだのは、羽紫秀古(はむら・ひでこ)であった。
秀古は『本之右寺の変』の知らせを受けた直後、侵攻先の瑞穂国で講和を取りまとめ、急ぎ扶桑の都に引き返した。
変後の混乱を沈め、たちまち諸侯や一般民を味方につけた。
このときの瑞穂からの大返しを、人々は「主人の敵討ちのため忠臣あっぱれなり」と誉めそやした。
一方で、この所業は尋常ではないと、『本之右寺の変』の黒幕は秀古ではないかという噂までもたらした。
どこまでが本当で嘘で、どこまでが偶然で実力だったのかは定かではない。
実際には、その歴史の影で、多くの人物の働きがあったのである。
日輪(ひのわ)と名を改めた秀古は、主人信那の遺志を受け継ぎ、マホロバ平定に乗り出した。
北東にて大勢力を誇る葦原国を帰服させることを目標に立て、鬼城貞康(きじょう・さだやす)、瑞穂魁正(みずほ・かいせい)ら諸大名に葦原城攻めを命じたのであった。
「人というものは面白いものでなァ。相手の優れたものを見ようとするより、自分より劣ったところを探すのを好むのものだ」
葦原城下が見渡せる山の上に立ち、日輪秀古(ひのわ・ひでこ)は言った。
「しかし、あなたはそのような人の心を利用し、ここまでこられたのではありませんか?」
東 朱鷺(あずま・とき)が言った。
朱鷺は瑞穂軍に参加し、魁正とともに関白に付き従っている。
「利用したとは人聞きが悪いのぅ。相手の懐に入れる知恵といってくれるか。でなければ、このような諸大名をを率いて葦原国を取り囲むなど、できなかった」
知略に勝る秀古であるが、『人たらし』としても知られている。
人の欲や見栄といった心理をついて動かし、取り込み、自らの力としてきたのだ。
今は大大名がかしづき、秀古の次の命令を待っている。
秀古自身、このような光景を想像できたのであろうか。
「私ァ身分も低く、ほれ、顔もこのような面だからの。皆が私をあなどっていた。ときには『味噌買い奉行』といって笑われもした。しかし、そんなことは気にならなかった。信那様は分かっておいでだったからの」
魁正は黙ってそれを聞いている。
貞康も目を伏せたままだ。
「信那様は私を認め、世に出る機会を与えてくれた。私も信那様の大志に感激した。次に天下をとって万民を救うのは、この秀古だ。日輪(にちりん)の子だ。日輪が天下をとって万民を救えとゆうておる!」
その直後、関白の大号令が下った。
卍卍卍
「関白どの(秀古)は、二十万の大軍勢で見せしめのように葦原城を包囲している……俺は先鋒を任された」
魁正は秀古の陣を後にするとき、貞康にそう告げた。
「まだ瑞穂に対して警戒心をもっているのだろう。鬼城殿は、いかがされる」
貞康が鬼一族である鬼城家当主であることは当然、魁正も知っている。
腹の中ではどう思おうとも、葦原城攻めを任されたもの同士、武将として礼節を重んじて接していた。
「鬼州軍は葦原城本丸近くに陣を構えてござる。補給を完全に絶てとのご命令でござる」
「関白どのは鬼城殿に信頼を寄せておられるのだろう。ゆえの大役よ」
「わしはただの目付け。瑞穂殿はすでに葦原の支城をいくつも落とされ、総大将として先陣される。期待をかけておられるのじゃ。殿下のおため、瑞穂のため、天下のために存分に働かれると良い
「さようか」
「さよう」
「……では、出陣の用意があるのでこれにて、ごめん」
「ご武運を」
「武運を」
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「鬼城貞康ってのは食えねえ男だなあ。すました顔で『ご武運を』をきたもんだ。てめえは本之右寺の変後、東方にこもって力を蓄え、秀古に次ぐ大大名になりすましてんのによう」
九鬼 嘉隆(くき・よしたか)がケケと笑った。
魁正が言う。
「それゆえ、関白も鬼城家に強く出れずにいる。この戦は、単に葦原を滅ぼそうというのではない。関白の力と威光をマホロバ中の諸侯にみせつけるためのものだ。天下はこの日輪秀古のものであると、な。葦原城はそのために犠牲になったのだ」
「ふん、なかなか考えさせるねえ。まあ、俺様は四の五の考えるのは面倒だからな。暴れてやるだけだぜ」
嘉隆は戦場に出るというだけで気が高ぶった。
「九鬼を魁正殿の護衛としてつけましょう。なんでしたら、陰陽師の術で君そっくりの人形を作り出して影武者をやらせますよ。存分に戦われるといい」
東 朱鷺(あずま・とき)の提案を魁正はしりぞけだ。
「俺に小細工は必要ない。先ほども言ったようにこれは見せしめの戦いだ」
「ならば呪詛しましょう。戦国の世ならではの戦術です」
これは魁正は否定しなかった。
「噂は尾ひれがつけば大きくなる。葦原国国主
葦原総勝(あしはら・そうかつ)が激憤に駆られて呪詛したとなれば、この戦はますます人々の口に上るでしょうね」
朱鷺は「お味方する以上、勝たせますよ」と言った。
やがて瑞穂軍は葦原城に向けて攻撃を開始する。
葦原城下は大軍によって完全に包囲されており、もはや袋のねずみであった。