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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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「避難、完了しました」
 結界の最終収束ポイントであり、計八つのポイントの中で最も森の奥に位置した場所を定位置と定めた氏無のもとに、イルミンスールへの避難誘導を担当していたアリーセが報告に訪れたのに、氏無は一瞬ぱちくりと目を瞬かせた。
「……ご苦労様。何事もなかったかな?」
「多少混乱はあったが、それに対する怪我人も無しだ。イルミンスール側も概ね受け入れには好意的だしな」
 グスタフの報告に、そう、と頷いたが、どうもその意識はアリーセの方に取られているらしい。正確には、その頭に、だ。自力で逃げらられない動物たちを、両手だけに留まらず、抱えられるだけ抱えたらしく、その頭の上に載せられて、ぴーよぴよ、とかわいらしく囀る雛たちに、氏無は首を傾げた。
「……その子達も、保護対象なのかな?」
「はい。森の「住人」ですから」
 迷いない返答に、そりゃあそうか、と納得しながら、おもむろに指を伸ばした氏無だったが、どうやら判り辛いながら全身に走っている緊張を感じてか、ガッと雛がその指に噛み付いた。
「痛てててててっ」
 大げさに痛がる氏無に、あーあ、とグスタフが微妙な顔をする。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫……おー、痛ぁ……」
 心配、というよりちょっと呆れたような声のアリーセに、氏無は気を取り直して咳払いをすると「それじゃあ」と口を開いた。
「その子達を連れて、避難者たちの管理をよろしく。いざって時は無いと思うけど、一応備えておいてくれるかな」
「了解」
 そうしてアリーセが駆け去る頃、結界の要となるストーンサークルの柱も、森の入り口まで到着したと鈴からの報告が入った。だが、問題は森の深部だ。複雑に入り組み、鬱蒼と茂った森の中は、大型車両の行く手を阻むのである。進路の確保をするだけでも手間がかかる。
『本来なら、八台をポイントに最短ルートで向わせるべきなのでしょうけれど……』
 鈴の難しい声に、ニキータも「難しいわね」と唸った。
『運搬するものがものだし、あんまり無茶出来ないもの』
 結界という、魔術的な要素に必要な石柱である。簡単に修復が効くものではないのだ。乱暴な運転では命取りになりかねないが、かといって安全に迂回しているのでは時間が足りない。仕方がない、と鈴は重たく息を吐いた。
『申し訳ないですが、少々強引に道を作らせて頂くほかありませんわね』
 その言葉に、氏無は「うん」と頷いた。
「一部破壊については許可は出てる。方々にはボクが謝って回るから、今は目標を最優先でお願いするよ」
 何時になく厳しい声に、了解の声が返ると同時に振り返り、氏無は「三船少尉」と声をかけた。
「整地作業の順番を変更する。エリザロフ君の運転だ、多分ここに最速で届く」
「了解。直ぐに整地に入ります」
 敬礼と共に即答する敬一の隣で、見よう見まねに生駒も敬礼する。
「なんだか、格好いいね、これ」
「しっ。真面目にせんか」
 緊張感のないセリフに、ジョージは慌てて小声でたしなめた。だが、肩をちょっと竦めただけだ。その様子に、狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)がくっくと喉で笑った。
「いいじゃねえか、気を張り詰めててもしょうがねえ」
「だよね」
 肯定されて嬉しげにはしゃぐ生駒に、ジョージはやれやれと首を振る。そんな彼女らに、敬一が「そろそろやるぞ」と声をかけた。
「それじゃ、まずは土台を作らないとだね」
 パワードスーツを着込んだ生駒は、そう気合を入れると、敬一と乱世が連れてきた算術士たちが測定し、イヴリンが腕の血煙爪鴉蛙矛で木々を伐採して確保したポイントに、爆煙を立ち上げる破壊工作によって、一気に設置場所を確保する。すると即座、ミニショベルカーを巧みに使って、敬一が地面をならしていった。やり方こそ大胆だが、突貫工事とは思えない按配に整地されていくのに、乱世は思わずヒュウ、と口笛を吹いた。
「ストーンサークルの柱なんて重たいもん移してくると聞いた時にゃ、どうなることかと思ったが」
 何とかなりそうじゃん、と感心していると、その傍らから、ショベルカーや血煙爪鴉蛙矛のものとは違う、バキバキと豪快に何かをへし折るような音が近づいてくる。
「超獣の腕か!?」
 咄嗟に皆が身構えたが、姿を現したのは、つぶらな瞳と体格がすさまじいアンバランスをした、ニキータのフラワシ『大熊のミーシャ』と、ニキータの運転してきたトラックだ。どうやら、かなり強引に道を切り開いてきたらしい。
「お待ちどうさま」
 言うが早いか、トラックの荷台へ移り、固定していた紐と梱包材を取り除くと、乱世の運転する小型飛空艇ヴォルケーノで吊り上げ、連れてきたヤンキーに手伝わせて、地面へと降ろしていく。流石に相当な重さがあるため、簡単にはいかなかったが、それでも何とか、結界の要らしい立ち姿となったのに、生駒もふう、と息をついた。
「これで完成だね」
「じゃがまだ、残り七本じゃ」
 そうとあってはぐずぐずしておれん、とまだ感慨に浸っている様子の生駒をジョージが引っ張ると、トラックからクラクションが鳴った。
「さ、あんたたち、乗った乗った」
 時間が無いんだから、走っていくよりこっちの方が早いわよ、と、親指をくいっと荷台を示したニキータに、皆は逆らわず飛び乗ると同時、積載物の破損を気にしなくてもよくなったニキータは、同乗者がちょっと後悔するレベルのスピードを出すべく、一気にアクセルを踏み込んだ。 
「それじゃ、大尉、また後ほど!」



「ふん、流石に手際が良いな」
 そんな、あっという間の一幕に、多少捻くれたもの言いながら、感心した様子でグラルダが呟き、それに「うん」と同意した終夏は熱心にその様子を観察していた。結界自体は物珍しいものではないが、教導団が設置に動くのも、ここまで規模の大きなものも、中々お目にかかる機会はない。
「本当に大掛かりだよね……」
 事前に氏無から受けた、結界の説明を思い出し、終夏は思わず呟いた。
 

 氏無の提示した、結界作成の手順はこうだ。
 まずは、各ポイントにストーンサークルの柱を、トゥーゲドアの配置を再現する形で、八つの点を円形に配置。
 そうして、その範囲内に超獣が侵入したところで、まずは柱同士の力を円状に繋げて”場”を区切ることで、結界の下地となるサークルを作り、続いて八芒星を描くように各柱を順番に起動させることで、結界を完成させるという。
 
「でも何故、わざわざストーンサークルの柱を使うんです?」
 その問いには、氏無はストーンサークルの柱を使ったのは、ダミーであったとは言え、封印をカモフラージュする役割があったのだから、同様の効果を期待できるからだ、と説明した。
「まあ本当の所、調査も終わっていない地下の柱を使うのは、リスクが高すぎるからね」
 もしそちらの方が有効であれば、利用することも出来るだろうが、確かめている時間が足りない。今は、最も効果の期待できるものを利用するしかないのだ。
「しかし、順番を逆転したからといって、結界の役目を果たすものかな?」
 グラルダが訝しげに問うのに、氏無は笑って肩を竦めた。氏無の結界柱の起動の順番は、超獣に力を与えていた地輝星祭の順番と逆だ。手順を遡ることで、その意味を反転させるのだという。
「安直って思ってるもしれないけど、一応根拠もあるんだよ。それに、大掛かりなものほど、根っこは単純なものさ」
 螺子の回し方を一つ変えるだけで、力の方向が変わるように、術式の方向が変われば自ずとその意味合いが変わる。少なくとも、ストーンサークルの術式は、そういった力の流れを利用しているものらしく、流れを反転させればその通り動くだろう、とは専門家の意見らしい。
「成る程、かなり原初的な術を使っていたらしいね、その超獣をどうにかしてた一族っていうのは」
 興味深そうに柱の碑文を眺めるグラルダに、シィシャが首を傾げた。
「ですが、見たところ、かなり古いものですが……起動させる術をお持ちなんですか?」
 その問いに、そのことなんだけど、と氏無はグラルダ達を振り返った。
「そのことについて、こちらから依頼というか、お願いなんだけど」
 と、氏無は困ったような顔をして言うと、どこから取り出したのか、びっしり文字の書き込まれた札をひらりとかざした。
「実は結構当てにしてたんだよ。一応結界発動のための準備はしてきたけど、こちとら付け焼刃なもんでね」
 どうやら、陰陽道系列らしいその札は、それを媒介に、ストーンサークルの結界術式を無理やり起動させるものらしい。そのため、効果を強化、調整するためにイルミンスールの知識を貸して欲しい、というのである。それを聞いて、鵜飼 衛(うかい・まもる)はふむ、と興味深そうに呟いた。
「どうやらその札、性質は、わしのルーン魔術に通じるところがあるようじゃのう」
 ルーン魔術は、その文字の組み合わせや数によって、強力で複雑な力を発揮する魔術だ。準備を必要とするだけに、最前線の戦闘には向かないが、今回のような迎撃用に効果的なのである。そして、衛にはもうひとつ目算があるようだった。
「そういうことなら、わしの術は役に立つじゃろう」
 そう言うと、衛はメイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)ルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)を連れてドラゴンへ飛び乗った。
「そちはおぬしらに任せて、わしは少々小細工をしてくるとしよう」
 では頼んだぞ、と、返答を待たずに飛び出していった衛に、グラルダは息をついた。
「任せると言われちゃ、しょうがないね」
 肩を竦めつつも、その目は真剣だ。やるとなれば、まだ設置の終わっていない他の柱も、同様に行わなければならないのだ。時間の猶予はあまりない。
「強化と調整ですね。やってみます」
 同じように真剣な顔をして言う終夏に、氏無は頷くことで、その感謝を示した。

 そして、同じ頃。
 前線でもなく、結界でもなく、そしてトゥーゲドアに向うでもなく、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)
ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)はペガサス”ヴァンドール”の背中に跨り、上空を旋回していた。
「私たちは防衛に回らなくていいのかい?」
 ララの不思議そうな問いに、リリは頷いた。
「我等の目的は他にあるのだよ。あれを倒すには、あれが何かを知る必要がある」
 そう言うその目は、超獣ではなく、その通ってきた道を見ていた。
 元が荒野であるため、地上から見たのは判り辛いが、リリが指差す先には、恐らく、地面を這いずる超獣の手に、そのエネルギーが吸収されてしまったためだろう。生命力を失った植物たちの跡が一筋の道となって伸びていた。
「無制限に出現できるならイルミンの眼前に現れればよいのだ。それが、わざわざこれだけの距離を侵攻して来たからには、出現するために、必要な何かがあるはずなのだよ」
 そしてそれは、超獣に由縁のあるものに間違いない。
 その確信の元、リリ達は超獣の来た道を辿り始めたのだった。