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リアクション
『視察――ロンウェル編』
●ザナドゥ:ロンウェル
ゲルバドル、アムトーシスと見てきた者にとって、ロンウェルという街はおそらく『普通』に映っただろう。
門をくぐってから、街中を進み、この街を治める魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)の居城に着くまでの間、初めて見るものはなく、建物や街並みは地上の何処かで見たものに酷似していた。
元々、人間の風習を理解するべきと思っていたロノウェの方針が色濃く反映された街は、地上に開かれた今ではよりその色が濃くなり、住民の殆どが魔族であるという以外は人間の街といっても過言ではなかった。
「先に見た街が異質だった分、この街が余計普通に見えるな」
「ホントね、違いを見つける方が難しいわ」
ロノウェの居城への道を歩きながら、周りの建物や歩く住民を目に留める理子とセレスティアーナ。そして、彼女たち一行に付いてロンウェルを訪れることになった瀬乃 和深(せの・かずみ)も、初めて訪れる場所を興味深く目に焼き付けていた。
(街の様子を見る限り、ザナドゥでの戦いの傷跡は見られない……。一見、平和な街に見える。
この平和は、どのようにして育まれたのだろうか……)
ゲルバドル、アムトーシスと見てきた彼の胸中には、ザナドゥの『今』がどんな出来事を経て生まれたのかへの興味が湧いていた。とはいえ、誰に聞いていい話なのかは判断に困った。アムトーシスでのいざこざを見るに、『ザナドゥ魔戦記』と名付けられたあの戦いは契約者の間にも亀裂を生んでいるようだから、迂闊に話を切り出せない。もちろん魔族の住民に話を振るのも憚られる。
(魔神ロノウェ……彼女と話をすることが出来るだろうか)
その機会が叶えば、自分が抱いている興味が満たされるかもしれない。とりあえず今は街の様子を記憶しておこうと、和深は街を注意深く見つめる。
(セレスティアーナ代王だけでなく、東シャンバラの代王まで来られるとは思いませんでしたね。
危険などなければよいのですが……)
表情は微笑のまま、沢渡 真言(さわたり・まこと)が辺りを注視し、理子とセレスティアーナに危険が及ばないよう配慮する。シャンバラの代王二人が揃っているのもそうだが、視察についても『街の入口に飛んで、そこから領主の居城までは歩いて街を見て回って、領主に会う』という方式には違和感を覚えた。実際真言は、領主の居城に直に飛んで先に領主に会った方が危険が少ないと意見している。その時返ってきた言葉は、
「あたしもセレスティアーナも、直接自分の目でザナドゥの『今』を見ておきたかったの」
だった。
(言われればそうかもしれませんが……)
確かに、領主が共にいれば少なからず住民の態度に変化が生じる。そんな住民の様子を見た所で、真の意味でザナドゥの今を見たことにはならないだろう。そして自分もまた、自分の目でザナドゥの今を見ておきたいと思っていた。
魔族で賑わう街並み。店頭で売られている品物。通りを行き交う魔族の姿格好。人間の街にもっとも近いと言われるロンウェルでさえ、注視して見れば街の作りも違って見えるし、品物やファッションも特有のものである。
(伝え聞いたものでは、理解や判断をするのに限界がある……)
だからこそ、二人は自分の目でザナドゥの今を見たい、と言ったのだろうか。
護衛を続けながら、真言はそんなことを思う。
「ようこそおいでくださいました、シャンバラ王国代王様方。
領主ロノウェ、皆様の来訪を心より歓迎いたします」
一行を出迎えたロノウェが丁寧な挨拶を交わし、理子とセレスティアーナの真向かいに腰を下ろす。まるで二国間の首脳会談(それぞれの立場を鑑みれば、当たらずとも遠からず、といった所であるが)のような雰囲気の中、両者が現状の課題や今後の方針について意見を交わし合う。
「……なんだか眠くなってきたですぅ」
「こりゃ。おまえも無関係ではない、しっかり聞いておくのじゃ。ミーミル、しかと見張っておけよ」
「は、はい。お母さん、頑張って起きていてください」
「うぅ、辛いですぅ」
エリザベートが眠気に負けて舟を漕ぎかけた頃、ロノウェと代王の話し合いが終わる。
「別室にて食事の用意をしていますので、どうぞそちらへ」
従者の案内を受けた一行は、ちょっとした広間に並べられた料理を肴に、いくらか気楽さでもって会話を交わし合う。
「どう? これがルカ達の公式行事での正装だよん♪」
ロイヤルガードの正装に身を包んだルカルカが、両脇にダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と夏侯 淵(かこう・えん)を従え、ロノウェの反応を伺う。
「そう。似合ってるんじゃない?」
「……あ、何か想像していたよりも淡白な反応〜。驚くかもって思ってたんだけどな〜」
残念そうな態度のルカルカへため息をついて、ロノウェが答える。
「この前の会談の時のあなたの働きぶりを知れば、別にあなたがそのような格好をしたとしても大きくは驚かないわよ。
……少しは驚いたけどね」
「も〜、ロノウェ可愛いっ♪ 素直に驚いたって言っちゃえ〜」
「な、何でくっつこうとするのよ! 威厳が台無しでしょ!」
そのままキャッキャとじゃれ合うルカルカを横目に、ダリルはアーデルハイトの元へ赴き、少し話をしたいと言って会場隅へ連れ出す。
「先程連絡があってな。貴女の帰還を心待ちにしている者が、いつ戻って来てもいいように用意をしているそうだ」
その内の一人としてザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の名を挙げると、アーデルハイトは「いかにもあやつらしいのぅ」と感慨深げに呟く。
「貴女にはイルミンスールとザナドゥ、二つの『故郷』がある。そのことは両国にとって大いに意味を持つだろう。
俺もルカも、出来る事は協力する。だから貴女も、ザナドゥで貴女がしたこと、貴女の目から見たザナドゥの『今』を教えて欲しい」
「……ふむ、その言葉、偽りはないな? ……よかろう、さて、何から話そうか……」
ダリルとアーデルハイトの話が続く、他方では淵とエリザベートが料理を前に何やら話をしていた。
「ここでしか食せぬ料理の数々、中々に美味。そう思うであろう?」
「うー……私にはいまいち合わないですぅ」
渋い顔をしつつ、エリザベートが口に合わない野菜の類をひょい、ひょいと空いた皿に移していく。
「選り好みばかりしていては、大きくなれぬぞ」
「あなたよりは大きいですよぅ」
「ぐっ……! 事実故に反論できん……!」
「あの、えっと……な、仲良くしてくださいね?」
会食の時はまだ続く――。
「ロノウェさん、またお会いすることが出来て、嬉しいです。あのときの写真が出来たんですよ」
そう言って、微笑みながらベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が差し出したのは、フォトフレーム。中に入っている写真には、燦然と輝くアガデ城を始め、一緒に食事を摂っている美羽とロノウェなど、東カナン復興の際に共にアガデ城の修復工事をした時の光景が映されていた。
「わざわざ渡しに来てくれたのね。ありがとう」
「ううん、お礼を言うのはこっちの方だよ。ロノウェがアガデ城を守ってくれたから、今のアガデ城があるんだよ」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が進み出て、改めてロノウェにお礼を言う。ロノウェはそれに応えつつも、表情には影が降りる。
……それは、『アガデ城を破壊しようとした者』のことを、思い出してしまったから。普段は思い出さないようにしていても、決して忘れることは出来ない存在。メイシュロットに斃れた最凶の魔神、魔神 バルバトス(まじん・ばるばとす)。
「むむ! あなたからチョコの匂いがします! ヨミの鼻はごまかせないのです!」
気まずくなりかけた雰囲気を、ぴょこ、と飛び出たロノウェの副官、ヨミが散らす。ヨミの目線はコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が持っていた箱に注がれていた。
「あ、うん。ヨミがチョコレートに喜んでいたなって思って」
言いながらコハクが箱を開くと、チョコレートがたっぷりコーティングされたドーナツが現れる。
「おぉぉ……! い、いただいていいですか?」
「うん、どうぞ。……あ、エリザベートとセレスティアーナにも食べてもらいたいから、残しておいて――」
「お菓子の匂いがするですぅ〜!」
「いい匂いがするので来てやったぞ!」
「――あはは、心配する必要はなかったみたいだね」
二人の反応の早さに、コハクが笑みを浮かべながらドーナツを振る舞う。
「わはははは! 私がこの中で一番背が高いのだ! 貴様らは私の部下なのだ!」
「だ、誰が部下ですか! ヨミは今までもこれからも、ロノウェ様の副官なのですっ」
「でも、背は一番低いですぅ」
「おだまりなさいっ! それとこれとは関係ありませんよっ!」
「意気がるでない。私のドーナツをやるから、落ち着くのだ」
「むむむ……こ、この程度でヨミを手懐けたなどと思わないことですよっ」
ドーナツ片手に、楽しげに(多分)やり取りを交わすヨミ、エリザベート、セレスティアーナを、コハクとベアトリーチェが微笑ましく見守る。そして美羽は、ロノウェと二人きりになった今、意を決して聞きたかったことを尋ねる。
「バルバトスって、どんな人だったのかな?」
美羽の言葉に、ロノウェは黙って口を開かない。続けて美羽が言葉を紡ぐ。
「バルバトスは東カナン首都アガデで大虐殺を行い、そのためにロノウェを利用した。ヨミの暗殺を企てたり、ナベリウスを犠牲にしようとしたりもした。
他にも快楽的で、残忍で、人を見下したり、騙したり……。
でも、それでもバルバトスは多くの魔族から慕われていた。それはこの前の事件で思い知った。
私は気になったの。私の知らないバルバトスは、一体どういう人だったのかなって。それが理解できたらほんの少し、魔族を理解することに繋がるかもしれない。共存のために、お互いを理解するために……」
美羽が話し終えても、まだロノウェは黙りこくっていた。やっぱり話したくないのかな、そう美羽が思いかけた所で、ロノウェの声が耳に届く。
「……私の知るバルバトス様は、そうね……面倒見のいいお姉さん、といった所かしら。
私に雷の術を教えたのも、ハンマーをメイン武器にするように助言したのも、バルバトス様。一旦訓練を始めたら、私が納得するまで付き合ってくれたし、何度か私が失敗して倒れてしまった時は、介抱して連れて帰ってくれた。
あなたの言う通り残忍ではあったし、厳しくもあった。だけど、バルバトス様がいなければ、今の私は居なかったと思う。私にとってバルバトス様は、そういうお方」
一息に言い終えたロノウェが、ふぅ、と息をつく。
「……ありがとう、ロノウェ。でもどうして、話す気になったの?」
「そうね……あなたが魔族を理解したい、そう言ったからかしら」
それだけ言って、ロノウェがぷい、と視線を外す。他にも理由があるような、きっとロノウェはバルバトスを今でも慕っているのだろうなと思えるような素振りだったが、美羽はそれ以上は尋ねなかった。
「一つ、質問いいでしょうか。バルバトスの好物って、何ですか?」
切り出すタイミングを見計らっていたコハクが、バルバトスの好物をロノウェに尋ねる。
「好物? ……好物かどうかは分からないけれど、訓練の終わりによく採れたての果実をバルバトス様と食べたわ。
ザナドゥでは珍しいのに、いつもバルバトス様はどこからか見つけてきてくれたの」
「なるほど、果実……それも季節の果実、ですか」
ありがとうございます、と一礼して、コハクが立ち去る間際、美羽とベアトリーチェに目配せする。
その意図が分かっていた二人は、こくり、と頷く。
「それでは、お気をつけて」
「世話になったの。ではな」
リュシファルに戻るエリザベート一行を見送り、しばらくしてロノウェがふぅ、と息をつく。
(さて……どうなることかしらね)
アーデルハイトが地上に帰還することになれば、多少なりともザナドゥに影響を及ぼすだろう。他地域の魔族の動向も気がかりである。
(……何か起きる前に、まずは周辺の情勢を安定させておかないといけないわね)
そう考えたロノウェが一番に思い付いたのは、メイシュロットの処理についてであった。いつまでも廃墟のままにしておくことは決して良い影響を及ぼさない。幸い、先程の代王との会談の中で、メイシュロットの解体とそれに代わる新都市の建設について、好意的な回答をもらうことが出来た。メイシュロットを解体し、新たな都市をリュシファルから見て左手、北部側から侵攻があった場合のいざという時の備えにすることが出来れば、周辺情勢は安定するだろう。
「失礼いたします。ロノウェ様。ロノウェ様に面会を申し出ている契約者がいらっしゃいます」
思案に暮れていたロノウェは、扉を開けて入ってきた従者の報告に意識を振り替える。聞けば高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)なる契約者が、旧バルバトス領、つまりメイシュロットについて献策がある、というのであった。
「……分かりました。用意が出来たら伝えます、ここへ通すように」
一礼して部屋を去る従者を見送り、ロノウェは改めて、バルバトスのもたらしたものは大きかったのだと思い至る。
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