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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
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『視察――ゲルバドル編』

●ザナドゥ:ゲルバドル

 ザナドゥ首都、リュシファルより南方に位置する都市、ゲルバドル
 魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)が治めるその都市は、たとえるならば地上の獣人の村落をさらに野生化したような佇まいであった。森の中に点在する住居は姿形バラバラであり、地上に据えられているのもあれば樹木の上に据えられていたりと、住む者の好みが多分に反映されているようであった。

「おぉ! これはアレだな、『わいるど』というやつだな!」
「セレスティアーナ、あまり遠くへ行かないでよ?」
 高根沢 理子(たかねざわ・りこ)の忠告に、セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)が分かっていると答えつつ森の奥へと進んでいく。後を追おうかと考えたが、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が「仕方ないですねぇ」と言いながらセレスティアーナに付いて行ったので、多分大丈夫だろうと判断し、周りを注意深く見守る。
「森が生きている……って言ったら変に思われるかもしれないけど、そう表現するしかないわよね、これって」
「まあ、そうでしょうね。実際このように蠢いていらっしゃいますし」
 右横に立った風森 望(かぜもり・のぞみ)が左手を示すのを理子が追うと、樹皮を這う枝が脈動する。まるで血管のような動きに、害はないと予め教えられていても不気味なものを感じてしまう。
「ゲルバドルは他の三都市と違って、ありのままの姿を残そうという方針です。何分このような感じですので、変えるのは難しいという面もありますが」
「……まあ、地上と一緒にしなきゃダメ、ってわけじゃないしね。受け入れを阻んでいないのなら、後は皆の好きにすればいいんじゃないかなって思う」
 理子の言葉にそうですね、と頷いた望が、心持ち声の調子を落として尋ねる。
「……ところで、今回のお二方の派遣、ひいてはアーデルハイト様帰還の話、何処の誰が提案してきたんです?」
「え? あたしはアイシャから行くようにって聞いたけど……」
 ぽかんとする理子を見るに、どうやらそれ以上は知らないようにも見えたが、望は言葉を続ける。
「正直な話、唆されたとはいえアレほど大規模な戦闘行為にまで至った訳です。何とか収まったとはいえ、反発者が一掃された訳ではないですし、安定していると言うよりも地下に潜って身を潜めてると考えるべきでしょう。そんな状況下で、そもペナルティが課せられてもおかしくない事態が起きて、逆に恩赦みたいな事を告げられれば裏があると考えるのが普通です」
 『ザナドゥ魔戦記』、および魔法少女が解決に関わったとされる『魔神バルバトスの反旗』。これらは確かに平和を揺るがすに足るものであったし、収束したとはいえ広大なザナドゥから見れば局所的、まだまだ油断の出来ない状況であるという認識を持っている望にとって、今回の決定は素直に受け取れるものではない。
「うーん……前々から、アーデルハイトがいないことでシャンバラと契約者に不利益が生じている、なんて話はあったみたいだけど」
 理子の言葉を耳にして、望は密かに嘆息する。決して理子自身を不審がるつもりはない(彼女はきっと、イルミンスールが危機に陥ったとしたら手を貸してくれるだろう)が、『シャンバラ王国』はもしかしたら、今後イルミンスールがザナドゥ絡みで危機に陥ったとしても、有効な手を打てない(あるいは、打たない)ように思えた。
(……これはなおのこと、アーデルハイト様から離れてはならないように思いますね)
 まあ、離れろと言われても付いて行く気ではいるが。そもそもザナドゥに来たのだって、半ば強引だったし。
「私個人としては、アーデルハイト様の決めた道を共に歩くまでです。が、それ故に誰がどんな絵図を引いてるのか気になるというだけです」
 首を傾げる理子に理由を説明して、望はナベリウスの居城へと足を向ける。

「よくきたのだ! ゆっくりしていくといいのだ!」
 居城、というよりは放牧場という方が相応しいように思える場所で、ナベリウス――ナナモモサクラの三名――が一行を出迎える。彼女らが領主らしく振る舞うのはめったに無いこと故、態度に違和感があるのはご愛嬌、である。
「それじゃ、いくつか質問させてもらっていい?」
 理子とセレスティアーナが、本来の仕事を果たすべくナベリウスに色々と質問をする。エリザベートはミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)に自分を運ばせ、あちこち見物に行っていた。
「やれやれ、呑気なものじゃて……うん?」
 アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が苦笑した所で、視界の端にまるで「私はただの名もない人物です」オーラを発している神代 明日香(かみしろ・あすか)を見つめ、歩み寄る。
「……おまえは何をしておるのじゃ?」
「はっ。私のmobキャラスキルを見破るなんて……流石です、アーデルハイトおばあさま」
 にっこり、と微笑みながら放たれる『おばあさま』に、アーデルハイトはなんとか表情を変えずに済んだ。
「エリザベートちゃんの祖先ですから、前にいっぱい何かつきますけど『おばあさま』ですよね」
「……明日香。私が居ない間に如何様な心境の変化じゃ? 事と次第によっては――」
 しかし二度目は我慢出来なかったようで、アーデルハイトが顔を引きつらせて明日香に迫る。対して明日香は微笑んだまま、
「円満な生活のためです。希望があれば汲んであげてもいいですよ? 姪っ子などにおば様と呼ばれるのが嫌で、名前を呼ばせる女性も流行ってますし」
 と返す。
「……なるほど、豊美の所で何かあったな」
 悟ったアーデルハイトが、納得したように頷く。きっと今頃、『豊美ちゃん』こと飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)はクシャミを連発し、飛鳥 馬宿鵜野 讃良辺りに風邪を心配されていることだろう。
「いっそ豊美のように、お仕置きしてくれようか?」
「いいですけど、その時はおばあさまだけご飯抜きで。もちろんシャンバラ山羊のミルクアイスもなしで」
「ぐ……兵糧攻めとは、卑怯じゃぞ?」
 明日香よりも遥かに長く生きている、かつ現魔王の実の母親でありながら、アーデルハイトは家事の類がさっぱりである。類稀な魔力でどうにかなるのではと思うかもしれないが、そもそも使い方が分からないのだ。長らくエリザベートの御付メイドを務めてきた明日香の方が、確実に上手であった。
(…………。
 まあ、私が居ない間、エリザベートの世話をしとったからの。それは感謝せねばなるまいて)
 もしかしたら明日香は、エリザベートを置いていったことを責めているのかもしれない。……その割にはただ遊んでいるだけのように見えなくもないが、いくら長い時を生きていても、人の心までは読めない。それは大きな痛みとして味わったはずだった。
「私の負けじゃよ、明日香。おまえが呼びたいようにせい」
 そう、明日香に告げる。まだまだ虚勢を張ることは出来たし、明日香もそれを面白がっているのかもしれないが、感謝すべき相手にその態度はいかがなものか、と思ったが故の言葉であった。

 一通り話を終えた理子とセレスティアーナが離れていき、そして一行は概ね目的を果たしたらしく、次の街アムトーシスへとテレポートしていった。
「はふ〜、なれないことしてつかれたよ〜」
「おつかれさま〜、ナナちゃんっ」
「ちょっとかっこよかったよっ、ナナちゃん」
 ホッとした様子のナナを、モモとサクラが労う。一仕事終えて、ここからはいつも通り……かと思われたが、どうやら今日は千客万来のようだ。
「ナベちゃーんズ、あっそびにきったよーぅっ!」
 そんな声が聞こえてきたかと思うと、次の瞬間には幼女の姿に変じた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が『三人で』、ナベリウスをだきゅだきゅ、と抱きついてきていた。
「わ! さんにんになってる、どうしてどうして〜!?」
「むふふー、ナベちゃんズはさんにんでしょ? ひとりだけだったらほかのふたりとあそべないよね?
 だからさんにんできたの! これならさんにんいっしょにあそべるから!」
「そっか〜、そうだね、これならいっぱいあそべるね!」
「あ、あれ? どうして、のこたえがそれでいいのかな? う〜ん、いっか!」
 モモとサクラは、アルコリアが三人であることの理由を特に気にしていない様子で、戯れている。そしてナナも、いっぱい遊べるのならいいか、と気にしないことにした。
「あっ、そーいえばうちのがっこのせれすてぃあ〜なちゃんがくるとかなんとか」
「うん、さっきまでいたよ〜。ざんねん、いれちがいになっちゃった」
「うーん、ほんとざんねん。あじゅこにぼーるなげてあそんでもらおうっておもったのにー。
 だれがいちばんはやくとりにいけるかきょうそう!」
「うん、きょうそうしよう! ここはひろいからだいじょうぶだよ!」
 結局ボール遊びをすることにしたアルコリアとナベちゃんズが、ボール投げ役に呼ばれた配下の者の投げるボールを追って走り出す――。

「……あぁ、もう夏だったな。ボクはきっと幻を見てるんだ。そういうことにしておこう」
 アルコリア(三人)とナベリウス(三人)、さらにはラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)の連れて来た機械化ヒュドラ(たくさん)とヘルハウンドの群れ(いっぱい)が一つのボールを追いかける様を、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が呆然と見守る。幻でもなんでもなく現実なのは理解していたが、もはや何も言うまい、ということにしておいた。東西の代王陛下も次の街へ行ってしまったようだし。
「ああっ! ぼーるがはぜた! だれか、だれかふりすびー! ふりすびーなげて!」
 メチャクチャになってしまったボールを投げ捨てて、アルコリアが次の遊具を求める。いくら物とはいえ、このメンツに遊ばれるのはなんだか可哀想な気もしなくはない。
「あのままではすぐに遊具が尽きてしまいますわね。必要とあらば――」
「……やめておけ。お前のことだ、どうせ巨大生物でも召喚する気だろう」
「あら、お分かりでしたの」
 シーマに突っ込まれたナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が、少しの沈黙の後、シーマの腕を見ながら口を開く。
「その腕、大丈夫ですの? ……ああ、警護が勤まるかという意味ですわ」
「腕か? いや、駄目だ。盾すらまともに持てん。付いているだけだ。いや、バランスを取るのには一役買っているか。だが所詮その程度だな」
 この前の戦闘の折、失った片腕の代わりに取り付けられた腕を動かしながら、シーマが言う。人のモノのように白い肌の腕は、機晶姫である彼女の中でかなり異端に映る。
「そういうお前は大丈夫なのか?」
「わたくし? 大丈夫ですわよ? 彼の者の足止めを果たせていたと褒められ……」
「そうじゃない、大分精神的に参っていたのではないか?」
 シーマは直接の現場は見ていなかったものの、とてつもなく強大なな魔力が発現し、ナコトが屈したという事実は理解していた。そのことがナコトに悪影響を及ぼしてはいないか、そう思っての発言だったのだが。
「あぁ、そちらですの。……ふふ、わたくしをあそこまで倒すとは、マイロード以来……。
 フラグは立ちませんが、ライバルとして認めることにしましたわ!」
「……そうか。フラグとやらはボクには分からないが、まあ、元気なんだな」
 ナコトの言葉に、心配は無用だったか、と心に呟き、シーマは相対した魔法少女の無事を願う。ナコトに存在を認められることは、事あるごとに全力全壊の対決を求められることに等しいからである。
「にゃーにゃー、ふにゃー! ふしゃー!!」
 アルコリアとナベちゃんズは、道具での遊びに飽きたらしくじゃれ合っての遊びに興じていた。ねこぱんちで地面が抉れ、目で追うのが難しいほどに動き回っているが、あくまで遊びである。
「……分からんな」
 何故ああまで遊べるのか、シーマには理解出来なかった。アルコリアとラズンは、ナベリウスに魂を奪われている。そのような相手とあれほど無邪気に(無邪気なのだろう、多分)遊べること自体が、シーマには到底理解出来なかった。
「シーマは分からないな。そんなに上等に生きてる積りなの、ポンコツ」
「……ラズン、誰がポンコツだ。
 分からんのはお前らの方だ。アレはお前らを殺した相手だろう? そのような者と何故――」
「だからポンコツなんだってば、ポンコツ♪ きゃはは☆」
「…………」
 キャッキャと笑うラズンを睨みつけてやる。
「ほらほら、そんなに怒らない。特別に教えてあげるから。……といっても全然、大したことじゃないけどね。
 ラズン達は敵意なんか持ち合わせて戦った記憶が無い。誰かを憎んだりって事はしない。それだけ」
「…………」
 二度目の沈黙中、シーマはラズンの言った言葉の真意を懸命に考える。
「……殺すつもりで戦うことが、敵意でないと言うのか」
「違うさ。殺意と敵意は全然違う。殺すつもりで戦うは敬意。敬意は必要でしょ?
 敵意は不要、憎んだり恨んだり、それは必要?」
「…………」
 三度目の沈黙。分かるような気もするし、全く分からないような気もするし、とにかく何も言えない。
(……戦うとは、そういうことなのか?)
 生まれた言葉に、応える声はない。ラズンは言いたい放題言って、ナベリウスの所に戻ってしまった。
「ナベリウス! 夏だから海に行こう! 川に行こう!」
「ナベリウス! 日焼けサロンって知ってる? 地上の!」
 聞こえてくる言葉は、何も考えていないような言葉。多分、さっき口にした言葉とは違う。
「……分からんな」
 散々悩んだ挙句、結局最後にはそう結んで、シーマは戯れるアルコリアたちをぼんやりと見守る。
「すぅ、すぅ……」
「……ふっ」
 みんな仲良く眠ってしまった彼女たちに、もう吹き出すしかないといった様子だった――。