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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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プロローグ 




 時はやや遡る。

 ソフィアの瞳調査団のリーダー、クローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)と、超獣と同化させられている巫女、アニューリス・ルレンシアを名前の因果で結ぶリンクの術式の調整をしていた最中のことだ。

「いくら歪んでいようとも、アレはヒトから生じたものなのよね」
 小さな呟きが、その場にいた数人を振り返らせた。

「程度の差はあれ、アタシ達もヒトである以上、内に呪詛を飼ってる事に変わりはないのかも」
 年齢にそぐわない呟きに、クローディスとディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)が視線を向けると、「聞きたいこと、あるんだけど」とグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)は、殆ど独り言のようにぽつり、と口を開いた。

「誰かを想う、想われるのってどんな気持ち?」

 そのあまりに唐突な質問にクローディスはぱちりと思わず目を瞬かせた。だが、状況からして場違いであるのは、本人も十分に判っているのだろう。それでも尚、今問わなければならかったのだ、と真っ直ぐな視線が語っているのに、クローディスも咎めずその先を待った。
先程までよりやや強さを取り戻した声が、続ける。
「理解できないの、そういう感情は……それは、アタシにとって恐怖でしかない」
 自分の腕を撫でるようにして組み、何かを堪えているように、どこか悔しげな様子で話すグラルダが「だから、その恐怖を知識で埋めるのよ」と、頑ななまでに「知識」へ拘る様子に、クローディスは首を傾げたが「仕方が無いのです」と口を挟む声があった。
「情操教育というものが、グラルダには足りなかったようです」
 そんなグラルダの言葉を補足するように、口を開いたのはシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)だ。
「あらゆる物事も理論に落とし込まないと判断が出来ないのです。人の、感情も」
 知識だけを貪欲に求める余り、本に囲まれ人を拒絶した報いか、本来、人が教わるまでもない感情をグラルダは置いてきてしまったのだ、と言う。
 それを聞きながら、恐らくその境遇に元も近いだろう筈の”愚者”は『くっだらねぇ』と一笑に付したが、ディミトリアスは独り言のように「覚えのある感覚だ」と呟いた。どういうことかと問いかけるグラルダの視線に、ディミトリアスは先の質問の答えとして、「俺も昔、その感情を知らなかった」と言葉を続ける。
「知識を重ねれば、経験を重ねれば判ると思っていた。真似れば、偽物も本物になれると。だが、そうではなかった」
「どういうこと?」
「理屈の及ばないところに、その感情はある、ということだ。想う理由は、結局のところ、ただの後付に過ぎない」
 首を傾げるグラルダに、ディミトリアスは、様々な感情をない交ぜにしたような苦笑を浮かべると、視線をすっと超獣へ、正確には、その中へ同化している巫女――想い人へと向けて、眩しいものを見るかのように目を細めた。
「理屈は無い……彼女を想う時、何よりも心が動く。それが「そういう感情」だと判るだけだ」
 満たされ、あるいは苦しみ、そういった様々な感情が生まれてくるのだと、告げるディミトリアスに、「情熱的だな」とクローディスが少しからかうような声を向けるも、ディミトリアスの表情は、照れるでもなく動かない。口調こそさして変化のないものの、どこか力の篭った声音だったことに、グラルダの好奇心は更に「じゃあ」とその口を開かせた。
「あくまで参考としての問いとして答えて。巫女を失ったら……どうするの」
「どうもしない。ただ……俺の心は、多分そこで死ぬだろう」
 淡々としていながらも、強く想いの篭った言葉に、グラルダは続く言葉を失い、何人かは自分の方が妙に照れくさい心地で頬をかいたりなどし、クローディスは小さく笑った。
「それなら、君を助けるためにも、絶対に助けないとな」
 そう言って、物言いたげなグラルダの視線に、クローディスは意味深に、ウインク一つと共に笑いかけた。

「私の答えは、その時教えるよ」