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リアクション
●苦労話大会……の、影に
「パートナーの苦労話なぞ、並べ立てればキリが無いわ」
次に立ったのは黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)だ。彼女の姿を見て、目を奪われぬ者はあるまい。豊かに長い乳白色の髪、鮮やかな彩りが眩い着物、神秘的で荘厳な龍面、そして面の奥からのぞく黒真珠のような瞳……彼女の紅い唇には静かな笑みがあった。
愚痴っぽくはないが、情の深さを感じさせるような声で大姫は言う。
「あれは男のくせに妾よりも見目が良い。若造でありながら妾に敬語も使わぬ高慢な態度。契約当初の約束も未だ果たされぬどころか反故にされるばかり……にも関わらずあれの勝手には一方的に付き合わされる。このような筈では無かったと、言いとうもなるわ……」
黄泉め、言いたいことを言ってくれる――と、彼女の契約者たる天 黒龍(てぃえん・へいろん)は溜息をついた。だが、彼に大姫の自由な発言を止める気はなかった。むしろ彼女がその容姿と、雅だがどこか軽妙な語り口で人々の耳目を集めているのは望ましいことだ。自分の目的、すなわち、マホロバ人女子生徒の失踪事件の噂と、辻斬り事件の調査のためには。
黒龍がこれらの事件の調査に動いたのは、まるで故のないことではない。以前マホロバでも遊郭女郎の連続殺人があったため看過できなかったのだ。かつての事件とは無関係とはわかりきっていても、放置していいとは到底思えなかった。
黒龍は、少し前に大姫と交わした会話を思い出す。
「ところで素朴な疑問なのだが黄泉。犯人は如何にして生徒がマホロバ人であるとわかったのだ? 目の前で鬼神力を使うか、一通り話を聞いてみない限りは、一目見てマホロバ人と判断するのは困難と思われるのだが……」
と話を向けた彼に、さてのう、と前置きして大姫は返答した。
「一目で見分ける方法など無いと思うがの。同類であればわかる時もあるが、マホロバ風の装束を纏っておってもマホロバ人であるとは限らぬ。そなたのようにの」
「失踪したのが全員蒼空学園の生徒であるなら、名簿か何かで情報を知っていた内部犯の可能性もあるか……」
加えて、龍杜那由他というマホロバ人が近頃様子がおかしいとの情報もある。手がかりを期待し、那由他に接触を持つべく蒼空学園を訪れた二人だったが、その彼女と直接話す機会はまだ得られていない。苦労話の大会が始まってしまったからだ。
「ならば妾が苦労話に加わろうか」
大姫はそう言い残して、飄然、まるで最初からこのために来たかのような顔をしてカフェテリアの一角に席を占めたのだった。
私はどうすれば、などと黒龍は問わない。すでに大姫の意図は判っていた。
自分が注目を集めている隙に参加者を観察せよ、ということだろう。
――龍騎士とマホロバ人を親に持つ子……あれがアルセーネという女か。
彼が真っ先に眼を止めたのは、アルセーネ・竹取の姿だった。黒龍もマホロバに身を置いて随分経つ。龍騎士もマホロバの事情も、それなりには見てきたつもりだ。それだけに、アルセーネが味わってきたであろう苦労は察することができる。
一方で那由他は、顔色こそすぐれないが、それ以上に不審な挙動は見せていなかった。もう少し観察していれば変わるかもしれないが……。
しかし、黒龍はすぐに、那由他から別の人間へと視線を移したのである。
カフェテリアのそばを横切っていく若い女性だ。彼女は蒼空学園の教師のようだった。これは服装や雰囲気から総合的に判断したものだ。
妙だな、と直感的に思った。教師なのにギターのソフトケースを担いでいるのがそもそも妙だが、それは軽音楽部の指導教官というような解釈もできないではない。だが、ギターが入っているにしてはケースの袋が余りすぎてはいないか。棒状のものを隠すのに無理矢理ギターケースを使っているようにも見える。それに、女子寮の方向に行くのも気になる。
黒龍は大姫に目配せすると、謎の女の背を追うことにした。
結論から書くとしよう。黒龍の勘は正しかった。
彼女は、辻斬り犯だった。