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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●鋼の鼓動(2)

 遺跡の一つ、石柱のようになったものの頂点に立つその姿……見るものは畏敬の念に打たれるであろう。
 驚くにせよ受け入れるにせよ、忘れがたいインパクトがあることだけは事実であろう。
 なぜならそのイコンは、黄金に似た黄色い姿をしていたから。
 ただの黄色ではない。
 黄色く、モフモフとした姿をしていた。
 おお! 輝く、その大きな二つの目よ。つぶらな黒い瞳よ。
 おお! その愛くるしくいオレンジ色のクチバシよ。
 ふさふさとそそりたつ一房の髪(?)よ。
 短い手……もとい、翼よ。
 ちんまりしているが安定感抜群の両足よ。
 その名を知る者は大声で唱えるがいい。知らない者はその声を心に刻むがいい。
 イコン、ジャイアントピヨの名を!
 ばっ。
 ピヨは華麗に飛び降り、『眷属』の前に見参を果たした。着地とともに大地がズシンと揺れた。
「なんか知らんが悪趣味な連中だ! おーきたきた。うっひゃ〜スゲー数だなぁ〜」
 ジャイアントピヨを飼う(?)勇者の名はアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)。当初、黒山の『眷属』を目にして興奮気味だったアキラであるが、百鬼夜行を間近で見ることによってそれまで抱いていたイメージは多少……いや、大きく変わった。
「うげぇ、なにあれ。キモッ。キモォ〜!」
 ……まぁ、正直な感想ではある。
 アキラの感じ方が伝わったのか、ピヨも一、二歩ずずいと後退した。引き気味というやつだ。
「駄目ですよアキラ! ピヨが怖がっているじゃないですか!」
 眼下十メートルの地表から、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が声を上げる。イコンの上にいる彼に声を届けなければならないのだから大変だ。彼女は両手をメガホンのようにして大きな声を出していた。
「ワタシもそう思うネ。ここは強気ヨ」
 ジャイアントピヨのサブパイロット、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が頷く。アリスはピヨに前進を命じた。
 そうすると、どっととっとと勢いよく、ジャイアントピヨは飛び出すのである。
「そうだった。俺が怖がってちゃ話にならない。よし、一緒に行くぞピヨ! あの怪物どもにお前の力を見せてやるんだ!」
 うなるビーム。怪光線。目も眩むような黄金の光が、ピヨのまんまるお目々から放たれる。見た目こそ可愛いが破壊力は抜群。光線は高い熱を発し、ナナフシのような『眷属』の腕を付け根から叩き落とした。
 歪んだオウム貝のような『眷属』が、無数にも思える針を噴射してくる。なにせ攻撃の主体が巨大『眷属』だ。細かな針といってもその一本一本は、人一人分を優に超えるだろう。しかしそれはピヨに命中はおろか掠ることすらなかった。
 翔んだからだ。
 伊達ではないぞこの翼、見た目で侮るなヒヨコも鳥類だ! 羽ばたいたイコンジャイアントピヨは、敵の頭すれすれを滑空した。毒針は標的を失って、石の柱にごすごすと突き刺さった。
 さあ今度はピヨの番(ターン)。距離をとりながら逆襲。一撃必殺のレーザー攻撃。レーザーの出所はピヨの口にあたる部分だ。赤みを帯びた濃い色のレーザーは、オウム貝の装甲を貫いて砕く。いいぞピヨ。がんばれピヨ。丸くて大きな戦闘者!
「ほう……!」
 ピヨの華麗な戦いぶりに、相沢洋は惜しみない賞賛の溜息をついた。
 ここぞとばかりに回線を全開にし、あらゆる味方イコンに呼びかける。
「見よ! あの愛らしくも勇敢無双なるジャイアントピヨの勇姿を!」
 洋の血はふつふつと沸き立っていた。
「各員! 一層奮起せよ! 愛らしき勇敢なる英雄に負けるな! 後に続け!」
 彼は抜刀していた。
 正しくは、彼のイコンがすらりと抜刀していた。
「近接戦闘用意! 聖剣を抜剣! ディンギルの起動始め!」
 壁のような『眷属』に、激しく銃弾を浴びせ弱らせたのを洋は確認している。すぐさまみとが応じた。
「近接戦闘了解。ディンギルシステム発動、収束エネルギー全てを聖剣刀身部へ装填。行けます!」
 ここまでほとんど動かず、チャージを行ってきたのだ。聖剣は真の力を発動するに十分な状態にあった。
 奔る。イコンが奔る。
「聖剣の力を思い知れ! 薙ぎ払う!」
 機械の甲冑……洋のイコンが、機械とは思えぬ柔軟な動きで片膝をついた。
 その状態から立ち上がるようにしてイコンは、右のマニピュレーター(腕)を斜め上方に弾きあげる。
 逆袈裟! 斬り上げた。
 『眷属』に思考力あるのかわからない。
 あると仮定すれば、この敵は、痛みよりまず先に驚きを感じたであろう。
 定規で引いたように綺麗な軌跡が、『眷属』の胴から肩口にかけて走った。
 次の瞬間、『眷属』は炎を吹き上げ崩れ落ちたのである。
「有効打と判定。継続しての攻撃を推奨します」
 みとの声はやはり冷静だが、どこか弾んでいた。
「すまんな、督戦戦術は使えんので勝手に英雄認定させてもらった」
 洋は呟いて、アキラとピヨに謝しておく。
 そのとき洋の耳に、洋孝からの報告が届いた。
「はいはーい、こちらは偵察部隊だよー。現在、敵戦力はなおも侵攻中。座標を送信するからミサイルの誘導に役立ててーねー」
 前後してマクベスのコクピット内モニターに地図が表示される。エリス・フレイムハートからの現状報告だ。
「問題は戦場の悪さですね。数は多いのに防衛するべき範囲が広い……辛いですね。以上」
 情報はたちどころに共有される。御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の搭乗機(乙琴音ロボ)にもエリスからのインフォメーションが映し出された。
「とりあえず……第一波は乗り切ったようですが」
 メインコクピットから御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が言った。
 乙琴音ロボは女性型イコンだ。猫耳のように見える頭部の集音アンテナや、リボン型になった腰部パーツに加え、流線型のフォルムはどことなく愛らしい印象を与える。しかしその実力は折り紙付きだ。イコン操縦に天才的なセンスを発揮する舞花のポテンシャルの高さもさることながら、高い機動性と瞬発力を持つこの機体は、先読みを連発してすでに数体の『眷属』をソニックブラスターで斬り斃したのであった。
 なお、『眷属』の死骸はしばらくの間だけ実体化していたが、時間が経つと黒い粒子に分解して消失していった。これはどの敵も同じだ。
 追加の副座では、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が一生懸命キーボードを叩いている。
「レーダーで捉えた敵の数はこれだけだけど、さっきだって突然、たくさんの大型『眷属』が出現したんだもん。油断はできないよね」
 ノーンはちらちらとサブモニターをにらんでは、その都度変化する状況をメインコンピュータに入力しているのだった。
 とりあえず、射程内の敵は一掃されたようだ。
「陽太様……小康状態のようですね。環菜様に連絡を入れられますか?」
 舞花が陽太に声をかけた。
「いえ、終わってからにしたいと思います。あまり頻繁に連絡して、却って心配をかけてもいけない」
 現在、陽太の妻である御神楽環菜はツァンダの蒼空学園に残り、街に騒乱が発生するのを押さえているのだ。
 なにせこの状況である。一般市民は後方に避難しているものの、いつパニックが勃発するかわかったものではない。校長の座を退いたとはいえ彼女は実力者、環菜がツァンダに残り人々を励ますだけで高い効果が望めた。
 街に大蛇やその『眷属』が侵入しようと、決して自分は動かないと環菜は言った。万が一、蒼空学園が陥落するのであれば運命を共にする――言葉にはせずとも彼女はそう告げていた。
 護衛としてエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)を環菜のそばに残してきたとはいえ、それでも本音では陽太には、妻の元にあって直接彼女を守りたいという気持ちがあった。けれど……それは環菜が認めないだろうし、結果として環菜を守っていることにならないだろう。
 環菜にとって蒼空学園は己同然だ。学園を守らずして環菜を守ることにはならない。
 負けるわけにはいかないのだ。愛する妻と彼女の大切な場所、自分たちが暮らす街のために。
 陽太が決意を新たにしたとき、洋孝からの続報が入ってきた。
「敵戦力にイコンタイプの機影発見だねー」
「人型の『眷属』ということですか? それなら第一波にも混在していましたが……」
 舞花の問いかけに洋孝は言葉を重ねた。
「もっとイコンに近い形状だよ。重装甲で重武装。盾を持ってるのもいる。鮮明な情報はわからないけど、防弾装甲付きだと少々厄介かもねー」
 それを聞いて、対イコン戦と考えたほうがいいかも、とセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が呟いた。
「……イコン操縦演習赤点スレスレのあたしにイコンで防衛線に立て、なんて随分いい度胸してるわね」
 国軍の軍人として今回の攻防戦に動員された彼女と、そのパートナーセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)である。ふたりの搭乗機はクェイル、いわゆる第二世代の量産機で、基本的な性能に重点が置かれたマシンだ。練習機にもよく使われる。
 自動車でいうクラッチの部分に足を乗せ、ぱすぱすとフット操作をしながら、彼女はぼやいた。
「そう卑下するほどのものでもないと思うけど」セレアナが言う。
「だって学科試験では……」
「試験は試験。実戦は実戦。現に、しっかり闘えているじゃない」
「そう? ま、付いていくのが精一杯だけれどね」
 歩兵戦闘ならば砂漠戦、屋内戦、市街戦、森林選、水中戦とオールマイティにこなせるセレンだが、イコン戦闘に関してはまったくの不得手ときている。教導団でのイコン操縦演習での成績は、ペーパーテストで辛うじて単位を取得しているような有様なのだ。
 けれどセレアナの言う通り、一度戦場に出てみれば体が勝手に動くというのか、『めざましい』とまではいかずとも、セレンはそれなりの活躍を見せてた。ベーシックマシンのクェイルで出たのがよかったのかもしれない。
「それで、第二波がくるとしてそのルートは……」
 セレンは空間認識力を高め自分の担当戦域全体を把握し、敵がどのようなルートから侵攻してくるかを予測する。奇策の気配はない。それは要するに敵が、数をたのみに包囲殲滅の構えで来ているということ。
「状況的にはハリコフ? ラインの守り? それともベルリンかしら? どっちにしても末期戦ね! あたしみたいなイコン戦闘のド素人まで駆り出されるんだから!」
「それって全部負け戦じゃないの……バトル・オヴ・ブリテンやスターリングラード、あるいはレニングラードを思い出すのね、セレン」
 セレンにはイコンへの苦手感の克服も必要だとセレアナは感じたが、それは言わないでおく。また機会をみて特訓なりなんなり対策をとるとしよう。
 ピピピッと甲高い電子音が鳴った。イコン搭載のAIが「警戒せよ」と言っている。セレンはさっとレーダーに眼を向けた。
「来た!」
 レーダー上の赤い点が、蟻の群れのように一斉行動を開始していた。
 ぐわんとエンジン音を唸らせ、エリス・フレイムハート機が敵勢に向かっていく。
「有効とは思えませんが、一応積荷は進呈しましょうか。というか……対イコン用の大型無誘導弾とかクラスター弾、燃料気化爆弾とかないのでしょうか? 対人用のヴォルケーノミサイルでは火力は低すぎる気がしますが。ぜひ追加装備でオプション武装を開発して欲しいものです。以上」
「一応、牽制射撃ぐらいしないとねー」
 同様に、相沢洋孝の小型飛空艇もエリス機を追ってクェイルを追い越していった。
「じゃあ、あたしたちはメイン射撃!」
 セレンが操縦桿を前に倒すと、クェイルは背中からスナイパーライフルを抜いて正面に構えた。彼女にセレアナが呼びかける。
「いい? イコン射撃の基本は?」
「外さないこと!」
 昂ぶってきたのかセレンの言葉は走り気味だ。
「違うでしょ。『照準をよく見てトリガーは絞り気味に引くこと』、反動の大きい武器だからそのことも計算に入れて……基本よ」
 あえて冷や水を浴びせるかのようにセレアナは言った。
「わかってるって。セレアナ、索敵頼むわ」
「任せて」
 言いながらセレアナはカメラを操作し、サブモニターに彼方の後方を映した。
 大型輸送トレーラーラックベリーの姿が見える。
 ……あれがこの戦いの命運を握っているのだ。