葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

リアクション公開中!

【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)
【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回) 【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

リアクション




【迷走のカンテミール】



 選帝の儀も間近に控える中、新参とは言え選帝神の一角であるはずのティアラは、いまだカンテミールの執務室の椅子から動いていなかった。エカテリーナを推すアキバ存続派が、またぞろ動き始めているという情報を受け、迂闊に領を空けていられなくなったためだ。
「既に勝敗は決したというのに、見苦しい奴等だ」
 ティアラと契約する龍騎士ディルムッドは潔く負けを認めるべきだ、と騎士らしい意見と共に、渋い顔で息をついたが、対してティアラは「仕方が無いんじゃないですかぁ?」とつまらなそうに肩を竦めた。
「勝ち負けはあくまで選帝神の座に関してですしぃ、街をどうするかについてはぁ、実際裁足止め喰ってるわけでぇ、痛み分け状態?みたいな?」
 言いながらスマートフォンを弄って、ティアラは息をついた。その顔を憂鬱にさせているのは、件の市街戦の折にカメラに残されていたティアラのパンチラ画像である。どういう経緯でか密かに出回ってたそれが、何者かによって表沙汰になり、親衛隊の間に争論の火をつけたのだ。ティアラを崇拝するというだけで集まった、いわば烏合の衆である。その趣味嗜好も様々なことが仇となる形で、何々派、と分かれて口論が激化中なのである。
「親衛隊にはルールがあるからね。ファンたるもの公式のみを是とし、汚すことなかれ」
 とは言え、と、諸事情からカンテミールに来ていた、自身も新参親衛隊の一人であるブルタが肩を竦めた。
「好きな女の子に邪な気持ちを持つのは、ある意味仕方がないんじゃないかな?」
 それにティアラが反論しようとしかけた、その時だ。
「けしからん、非常にけしからんのである!」
 ばあんっと扉を開け放って乱入してきたのは、鯉、いや魔法少女浜名……ウナギ?
「違うっ! それがしは、ドラゴニュートである!」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)だ。
 その場にいたウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)達が目を瞬かせているのに構わず、どかどかと入ってきたオットーは、「全く、パン……だのと、どいつもこいつも」とわなわなと怒り露に言って、ブルタたちをぐるっと見回して、某放浪副将軍の従者のようにばっと手を払った。
「一同、ティアラ様の御前である控えおろう!」
 何となく妙な空気に圧されて皆が腰を低くしかけたところで、ぐるんっとオットーは振り返った。
「控えてもローアングルは禁止であろう!」
 びしいっと指をさされて、ブルタはそ知らぬ顔で姿勢を正した。置いてけぼり状態で目を白黒させているディルムッドの肩を、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)がぽんぽんと気安げに叩いた。
「まぁそんなわけで、このパンツなアレの画像にティアラ嬢が心を痛めていらっさってるだろーと、鯉くんはいたくご立腹なわけよ」
「鯉ではない、それがしはドラg」
 言いかけた言葉はお約束と言うことで光一郎に華麗にスルーされた。因みに、そのアレな画像はオットーの式神が撮影したもので、流出させたのも、表沙汰にしたのもこの男である。そんなことはおくびにも出さず、相変わらずてしてしと気安げに、光一郎はディルムッドの肩を叩く。
「まぁそんなわけで、いざ守り仕らんと、このエロいヤルガード参上仕ったわけで」
「待て、今妙なことを言わなかっ」
「当然であろう!」
 言いかけたディルムッドを遮って、オットーが声を上げた。
「ティアラ殿のパン……画像をばら撒くような不届きな輩は、それがし、魔法少女浜名うなぎ、ディルムッド様に代わっておしおきであろう!」
「いや待」
「まぁこのドサクサで、あちらさんが何をしてくるか判らんしな」
 更にそれを遮って武尊が肩を竦め、とどめにティアラが完全にディルムッドを置き去りにして「そうですねぇ」と深く溜息を吐き出した。
「まさか押し入ってくるとも思えませんけどぉ……あちらにはエカテリーナちゃんがいますからねぇ……」
 彼らがジェルジンスクの地下坑道に居るとは知る由もないティアラが首を捻ると、武尊は軽く身を乗り出した。
「備えあれば憂いなしだ。盗られてマズいもんは隠しておく必要がある。パンツとか」
「そうだな。なんといっても今や選帝神アイドル、ティアラ嬢のガデスパンツだからな」
 何故か光一郎が後を引き取って続けるのに「おぬしらっ!」とオットーが憤慨しているが、どこ吹く風だ。
「エカテリーナが親衛隊を焚き付けて、パンツを狙ってくる可能性もゼロじゃないしな」
「そこにパンツがあるなら、狙ってくるのが男と言うもの!」
 妙にテンポが良い二人を、アイドルらしからぬ鋭さで、ティアラはじとっと見やった。
「パンツパンツと連呼しないでもらえませんかぁ?」
 ブランドならトリップやウインクでも良いんですよぉ? とまた微妙な脅しをかけて、ティアラは何度目かの息をついた。
 その時だ。
「……? ネットの調子が……」
 唐突に、フマートフォンの通信状態がおかしくなったのだ。首を傾げていると、回復した画面にはこんな文面が踊っていた。
『We refused to let this journey end!(我々は断じてこの旅(抵抗)を終わらせない!)』
 気のせいかどこかで聞いた気のするフレーズだが、それに思い至るより早く、続けざま、カンテミールの街頭や店頭のテレビ、モニターにザザッと不快なノイズが走った次の瞬間、切り替わった画面に映し出されたのは、ネットアイドル海音☆シャナの姿をした、佐那のコンサート風景だった。

『みなさーん☆今日は、海音☆シャナのアンダーグラウンド・ライブに来てくれてありがと〜ございま〜す☆』
 どうやら、場所は地下。ドワーフの坑道のうちの何処か、といったところか。ティアラのパンチラ画像の流出騒動が隠れ蓑にもなったからか、予想外の状況にティアラは目を瞬かせた。秘密裏に集めただろうに、人数は決して少なくない。シャナ個人のために集まった者もあれば、その手にしている旗には「カンテミールはシブヤに屈しない」等を謳ったものも多く、純粋なコンサートというよりは反対派の集会のようにも見えなくもない。
『シャナは、何があってもカンテミールとアキバの味方ですよっ☆さあ、皆さん一緒に歌いましょう”カンテミールは我らの為に”!』
『We refused to let this journey end!』
 歓声が上がり、音楽が鳴り始めた。本格的にコンサートが開始されるようだ。ハッキングされた各種通信機関で流れる映像の中で、シャナはぱちんっとウインクすると、画面の前で見ているであろうカンテミールの人々に向けて指をくるっと巻きながら示した。
『私達の神、エカテリーナ様を全員で真なる神へ押し上げましょう☆』
 再びの歓声が上がり、トーマスがエカテリーナの協力によってハッキングされたカンテミールの都市中の回線上で、シャナの歌があちらこちらで流れ始める。
「ヒッキーのエカテリーナちゃんが、選帝神に立候補してくるとは思えませんがぁ……やってくれますねぇ」
 思わずと言った様子で、苦笑がちに呟くティアラに「どうする」とディルムッドが問うが、答えは無い。こつ、と机と叩く音をさせ、僅かに羨ましそうに、ネットを流れるコンサートの光景を見やった。
「いいですねぇ、コンサート。違法じゃなければ、ですけど」
 その言葉に、ウルスラーディが何事か口を開こうとしたのを、今度はばたーん! と、また盛大に開かれたドアの音に遮られた。またか、と突っ込む間も止める間もなく「はろ〜!」とその人物は声を上げた。
「ハンターピザで〜す。ご注文の商品をお届けに参りました」
 そう言って飛び込んできた、ピザ配達人の格好をするキャロラインの姿は、執務室をよりカオスにしたが、それに構わず、注文した覚えは無い、というディルムッドの抗議も全く無視して、キャロラインは「お待ちどうさま!」とティアラたちの前でピザの箱を開けた。
 そこに仕込んであったのは、タブレット端末だ。開くのと同時に映像が流れるようにセットしてあったのか、そこには何かのニュース番組らしい映像が映し出されていた。流れるテロップは「渋谷のアキバ化現象」だ。大人びたメイクで女子アナに扮したジェニファーが、マイクを片手に「ご覧ください!」と臨場感溢れるリポートぶりで示しているのは、地球の渋谷、が次々とアキバ化して行く映像だ。
「…………」
 ティアラは一瞬ぎょっと目を瞬かせたが、勿論、映像は偽者だ。三日間の間、密やかにカンテミールで有志を集め、エカテリーナ達と共に映像を加工し、限りなく本物に近づけたものだ。アキバっぽい格好や、時代に逆行した「タケノコ族」の格好をしたエキストラ達が渋谷の町を闊歩しているような映像を見せながら、キャロラインは「どう?」とそれが偽者だと微塵も匂わせない不敵な笑みで肩を竦めて見せた。
「貴女が目指すシブヤは、この通り。カンテミールも見ての通り」
 タブレットの映像と、回線ジャックによって流れ続けるコンサートの映像を並べて、キャロラインはティアラを真っ直ぐ見据えると、取れ、とばかり手を伸ばした。
「渋谷もカンテミールも、貴方の手から毀れ落ちたよ。手を引くなら、安全に逃がしてあげる」
 大胆な口上に、皆がティアラの反応を待っていると、暫くの沈黙の後、ティアラはふう、と息を吐き出した。
「シブヤ化は別にぃ、地盤の強化が目的ですから、必ずしも”達成させなければならない目標”というわけじゃあないんですけどぉ……」
 ちょっと甘く見ていましたかねぇ、と独り言のように言って、ティアラはポケットから、一枚の手紙を取り出した。かさりと何度も開いて折り目が傷んだ手紙は、シンプルに一枚。
『ドミトリエ、エカテリーナは覚悟を決めたぞ。お前はどうだ?』
 シリウスからティアラに宛てられた、挑発とも激励とも取れるその簡潔な文面をなぞり、ティアラは小さく苦笑した。
「交換条件を受け入れた時に、覚悟決めた筈だったんですけどねぇ……」
 呟き、ぱたんとそれを畳んだティアラは、髪をぱさりと払うと、首を傾げているキャロラインににっこりと笑いかけた。
「シブヤの件はぁ、マジありえないーって感じですけどぉ……カンテミールからティアラが逃げるとか、ありえなくないですかぁ?」
 不敵に首を傾けて見せたティアラは、とん、と距離を詰めるとその顔を覗きこんで目を細めた。
「この地を塗り替えるのは難しいってことは、よぉく、判ったって言うかぁ……何をするべきか、教えていただいたんでぇ、お礼を言わせて貰いますねぇ……?」
 その言葉の意味を問い返すより早く、くるっと踵を返したティアラは、ディルムッドに出立の支度を指示すると、如月 和馬(きさらぎ・かずま)に視線を向けた。
「エカテリーナちゃんは居ないみたいですけどぉ、状況を放置するわけにもいきませんし、同行をお願いできますかぁ?」
「なら、例の話は了解したってことでいいんだな?」
 確認するような問いにティアラは頷き、状況を把握するためか、様子を窺っている武尊ににこっと笑った。
「ちょっと出てきますのでぇ、留守はお願いしますねぇ?」
 勿論、見返りはお約束しますから、との言葉に、一同が軽く顔を見合わせ、武尊が首を傾げた。
「どうするつもりだ?」
「エカテリーナ派へ追撃部隊を出すのか?」
 武尊が尋ね、ウルスラーディが重ねた問いには、ティアラは首を振った。
「戦争は終わったんですよぉ。お互いに宣戦布告してるわけじゃないですしぃ、乗り換えなきゃダメって言うほど、ティアラは狭量じゃないって言うかぁ」
 口を尖らせながら言って、ディルムッドが渡してくるコートを羽織ったティアラは、表情を隠すようにくるっと扉へ向かうと、くすっと小さく笑う声を漏らした。

「お仕事ですよぉ。ティアラは、選帝神……ですから」