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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

リアクション


【六 残された一日】

 翌朝、第八旅団はエルゼルに向けて進発を開始した。
 バランガンからの距離はおよそ五十キロメートル程であり、軍用トラックや小型飛空艇、輸送用大型飛空艇等を用いれば、前線基地までは小一時間もあれば十分である。
 先行してエルゼル攻略用前線基地に入り、防備を固める為の作業に従事していた三船 敬一(みふね・けいいち)白河 淋(しらかわ・りん)は、地響きを立てて迫り来る巨大な一団を遠くに望み、いよいよかと、息を呑む思いであった。
 それにしても、第八旅団は今や旅団と呼べるような規模ではない。
 旧パニッシュ・コープスの傭兵団リジッドとバランガン駐屯部隊をごっそりと吸収しており、最早師団といっても差し支えない程の兵力を誇るようになっていた。
 本隊に先行して、御鏡中佐の隊が前線基地に到着した。
 出迎えた敬一は幾分緊張した面持ちで、ジープを降りる御鏡中佐に敬礼を送る。
 対する御鏡中佐は、敬一の強張った表情には然程の興味も持たず、前線基地に施された堅牢な防衛力にのみ意識を置いているようであった。
「ご報告しました通り、対ヘッドマッシャー戦にも耐え得る防備体制の設置が完了しております」
「うむ、ご苦労。貴様らには、輸送部隊からの引き取り任務を追加する」
 敬一は一瞬、何をいわれているのか理解出来なかった。
 御鏡中佐はどこか冷めた様子で、戸惑いがちな敬一に説明を加える。
「近頃、後方からの輸送物資の到達が滞っている。調査させたところによれば、何者かが妨害工作を仕掛けているらしい。流石に補給が無ければ、部隊は運用出来んのでな。貴様が輸送部隊と早めに合流して、防備増強の為の資材を直接、受け取って来い」
 そういうことであれば、敬一としても従わざるを得ない。
 寧ろエルゼル攻撃任務に加えられることを考えれば、この任務の方が精神的にも余程やり易いと感じた。
「了解しました。では直ちに、輸送部隊との合流任務に就きます」
「任せたぞ。こちらの分析では、どうもコントラクターが一枚噛んでいる様子なのでな」
 だから、同じコントラクターである敬一をぶつける、という発想なのか。
 エルゼル攻撃への参加は免除されたものの、矢張りどうにも気が重くなるような材料ばかりが揃っており、物資輸送用トラックへと向かう敬一の足取りは相変わらず、鈍いままであった。
 一方、第八旅団と行動を共にしている冥泉龍騎士団と並走する形で前線基地へと向かっていた源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)スープ・ストーン(すーぷ・すとーん)の四名は、ギュイ・シド・ラヴァンセン伯爵付きの雑務担当という任務を与えられていた。
「失礼ながら伯爵閣下、冥泉龍騎士団が第八旅団に味方することのメリットというものは、デメリットに比べて余り良い内容であるとは思えません」
 鉄心は、今でこそ利害が一致して共闘態勢を取っていても、いずれはお互いに剣を交え合う敵同士になる可能性が高いのだから、利用されるだけで終わってしまう危険性があるということを、言外に含みながら注進という形でラヴァンセン伯爵に吹聴してみた。
 これで相手の出方を見れば、冥泉龍騎士団がどういう意図を持って、この戦いに参加しているのかが分かるというものである。
 対するラヴァンセン伯爵は、傍らに従える漆黒の冥龍の歩調に合わせてゆっくり脚を進めつつ、頭ふたつ分以上も背丈が異なる鉄心を上から見下ろす格好でちらりと眺めた。
「まるで子供の言い分だな。我々がその程度の認識すら持っていないとでも、本気で思っておるのかね」
 鉄心は、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
 龍騎士とは、そのひとりひとりが『神』であるといわれている。ただ単に戦闘力が高いというだけではなく、知力や精神力に於いても常人を遥かに越える。
 政治的な駆け引きに於いても、鉄心の想像が及ばないところで様々な謀略を仕込んでいることだろう。
 そんな巨魁を相手に廻し、お互い相いれない存在だ、などと説いてみたところで、そんなことは百も承知だと一蹴されてしまうのは、寧ろ予想して然るべきであった。
「思うんですけど、御鏡中佐というひとは……ヘッドマッシャーと呼ばれる化け物なのではないでしょうか」
 ティー・ティーが思い切って、訊いてみた。
 藪蛇になるかも知れないが、彼女自身は龍好きということもあり、冥泉龍騎士団が第八旅団に使い捨ての駒とされることを、本気で心配している様子でもあった。
 ラヴァンセン伯爵は何も答えなかったが、全く驚いた様子を見せなかったということは、ティー・ティーの疑問を肯定したとも解釈出来た。
 同じく龍が好きだというイコナも、愛龍のサラダを紹介しつつ、もし第八旅団と冥泉龍騎士団が戦うことになった場合に、ノーブルレディが使用されるのではないかという不安をラヴァンセン伯爵にぶつけてみた。
 ところがラヴァンセン伯爵は、ティー・ティーとイコナに穏やかな笑みを向け、小さくかぶりを振った。
「それは心配の必要など無い。ノーブルレディ対策は、既に完成している。そのことはスティーブンス准将も承知の上だ」
 だが、詳細までは決して口にしない。
 切り札を持っていると相手にプレッシャーを与えつつ、手の内は見せない――政治的駆け引きにも長じている人物であるということは、この一連のやり取りの中でも容易に感じ取ることが出来た。
「しかしながら、ヘッドマッシャーの危険性はご理解頂いていると存じます。僭越ながら、ジェニファー・デュベール中尉は可能であれば、将来を見越して始末したことにしておき、生かして捕えておくべきかと」
「こちらの方針に対して口を挟むとは、少しばかり立場を逸脱してはいないかね、上級曹長」
 鉄心は、慌てて非礼を詫びた。
 しかしラヴァンセン伯爵は気分を害しているという訳でもなく、恐縮する鉄心を、ただ笑って眺めるのみであった。
 やがて、前方にエルゼルの街影が見えてきた。
「ただ敵対するだけでは、見えないことが多い……逆に味方することで、その内情を知ることも出来る。長期的視野に立った戦略とはつまり、そういうことだ」
 ラヴァンセン伯爵は敢えて鉄心達にいい聞かせるような形で、わざと独白した――少なくとも鉄心には、そのように思えた。


     * * *


 第八旅団の全兵力が、前線基地での布陣を終えた。
 その直後、ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)大尉と黒乃 音子(くろの・ねこ)大尉が事前交渉担当として、エルゼル市内へと向かった。
 護衛として、フランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)率いる一個小隊が同行したが、これはあくまでも形だけの話であり、実際は戦闘の意思など欠片も持っていなかった。
 スティーブンス准将とて、エルゼルでは大勢の市民が日々の生活を送っている以上、いきなり市街戦に持ち込むという無法なやり方は通さないようである。
 音子が意見具申した無血開城については、本当にその気があるのかどうかは別として、一応はひとつの意見として聞き入れ、彼女を交渉担当のひとりとして派遣する決定を下したのも、准将の判断であった。
 交渉団が向かったのは、エルゼル駐屯基地内の将校用会議室であった。
 待ち構えていたのは駐屯部隊の総司令官であるジェフリー・キャロウェイ中佐以下、主立った将校達、そして月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)といった顔ぶれであった。
「いらっしゃ〜い。お待ちしてました〜」
 開戦前の緊張した空気とは明らかに相容れない、あゆみの能天気な出迎えの声に、音子とフランソワは思わず眉を顰めたりしたのだが、ルースはただただ苦笑するばかりであった。
 交渉の緊張した空気を和ませようと、あゆみが肉まんを軽食として提供する案を具申しようとしたが、
「やめておきなさい」
 ヒルデガルトにあっさりと諌められてしまったという経緯もあるのだが、それはルースや音子の与り知らぬところである。
 しかしキャロウェイ中佐とは、同じ国軍の士官同士ということもあり、礼儀を持ってお互いの自己紹介を交わすところから入った。
 交渉が始まり、いきなり本腰を据えて話し始めたのは、音子であった。
「どうか、無血開城をお願いします。国際テロとの共謀が懲罰事項であるならば、軍事法廷か、或いは国内法に基づく厳正な裁判を受ける権利があると思われます。市街戦に突入した場合は、巻き込まれるエルゼル市民や双方に影響する死傷者は計り知れず、下策以外の何物でもありません」
 だが、キャロウェイ中佐は音子の要求を一切、呑もうとはしなかった。
「相手が真に国軍の正義と誇りを持つ部隊であれば、君のいうことも信じよう。だが、我らの敵はあのスティーブンス准将だ。本当に奴が、我らに適正な裁判を受けさせるとでも、思っているのか?」
 その点については、音子には全く何の保証も無かった。
 スティーブンス准将の常套手段は、でっち上げである。キャロウェイ中佐以下、エルゼル駐屯部隊が無条件降伏したところで、今度は別の罪状を偽造し、正当防衛だ何だと理由をつけて、その場で殺害する可能性は大いにあった。
「私が思うに、奴の目的はひとつ……金団長閣下にあくまで忠誠を誓う我らを悪に仕立て上げた上で、抹殺することだ。エルゼルを攻め落とすことではないだろう」
 ここで下手に無条件降伏し、そして何かと理由をつけて抹殺されでもしたら、この後にどのような影響を残すことになるのか。
 音子には到底考えが及ばなかったが、ルースはすぐに察しがついた。
「第二第三のエルゼルが、誕生することになりますね」
「そうだ。スティーブンスの狙いは、我らを血祭りにあげることで、金団長閣下に味方する者の士気を徹底的に挫くことであろうことは、容易に想像がつく。市民の安全を願う黒乃大尉の気持ちには、大いに感謝しよう。しかしやってもいない罪を自ら認める形で降伏し、更には見せしめの為に殺され、要らぬ悪影響を余所に与えてしまうような真似は、私の立場では到底出来ないということも理解して欲しい」
 ならばせめて、市街戦は回避出来ないか、と音子は訴えるが、キャロウェイ中佐はこれも拒否した。
「エルゼル市街はいわば、こちらの庭だ。市街戦に持ち込めばこちらに地の利がある。自ら利点を放棄してしまっては、兵を無駄に死なせてしまう。それは絶対に避けたい」
 だがその一方で、キャロウェイ中佐は市民が避難する時間をスティーブンス准将に要求する、ともいった。
 パニッシュ・コープスを鶴の一声で許してしまうような人物ならば、市民の避難を阻害するような判断は下さないだろうというのが、キャロウェイ中佐の考えだった。
 市民の避難には、エルゼル駐屯基地から当面の生活に必要な居住用共同テント、及び備蓄食料が支給されるのだが、将来的な生活保障の為に、シャンバラ政府に対して、エルゼル市民救済措置を第八旅団経由で申請して欲しい旨も、キャロウェイ中佐は付け加えた。
「確かにそれはおっしゃる通りですね。ここで市民の避難案を拒否すれば、准将は世論から袋叩きに遭うでしょうから、呑まざるを得ないと思います」
 ルースとしても、この要求は歓迎したい。彼の思惑は、少しでも時間を稼いで開戦を遅らせることにあったのだから。
「避難には、どの程度の時間が必要でしょうか?」
「丸一日は欲しい。その旨、スティーブンス准将に伝えて欲しい」
 かくして交渉は決裂し開戦に雪崩れ込む形となったが、銃火を交えるまでには、まだ若干の時間的猶予が残されそうな雲行きとなった。


     * * *


 ルースと音子が持ち帰った、エルゼル駐屯部隊からの市民避難要求に関しては、スティーブンス准将としても異論の余地は無いとして、了承された。
 この間に御鏡中佐は、予定通りに敬一と淋を後方へ派遣し、輸送部隊に何が起きているのかを確認する任務を実行させた。
 輸送用トラックで前線基地を発ち、複数設定されている輸送ルートのひとつを走る敬一と淋だが、十数分程度走ったところで、敬一は前方に異変を認め、ブレーキを踏んだ。
「何だ……?」
 後方からの輸送物資を運んでいる筈の輸送用トラックの車列が、川沿いの路面にずらりと並んだまま、停止しているのである。
 御鏡中佐が敬一に語った通り、矢張り何かが起きている。少なくとも、敬一と淋はそう判断した。
 輸送用トラックを降り、慎重な足取りで平原の中の車列へと向かう敬一と淋。
 もう少しで先頭車両に到達しようとしたその時、不意に左右の土手から幾人もの影が飛び出してきてふたりを包囲し、レーザー照準の群れを突きつけてきた。
「くっ……何だ、お前達は?」
 敬一の誰何の声に対し、全身黒一色に染め上げ、目出し帽で顔を隠した武装集団は何も答えようとはせず、ただ乱暴に、敬一と淋を取り押さえて路上に捻じ伏せた。
 そして黒い集団の後方から、ひとりだけ顔を白日の下に晒している男がゆっくりと現れた。
 敬一と淋はその人物を、写真や映像だけではあるが、一応は知っている。
 先日、獄中で暗殺された筈のバルマロ・アリーであった。
 驚く敬一と淋に対し、アリーと思しき人物は別の武装団員にカメラを用意させ、敬一と淋を捻じ伏せている様子を収めつつ、声明文のようなものを読み上げ始めた。
 その内容は簡単にいえば、パニッシュ・コープスを乗っ取った上に、自分を裏切ったザレスマンを断罪する非難声明であった。
 曰く、自分は生きていること。
 曰く、組織を乗っ取ったザレスマンへの復讐心から、獄中で国軍側への協力者として寝返ったこと。
 曰く、その件で身の危険を感じ、影武者を立てたことで難を逃れ、生き長らえたこと。
 これらを説明した上で、教導団が自分を殺したことを口実にしたザレスマンによるノーブル・レディ使用の動機は破綻したと結んだ。
「ザレスマンこそが大量殺戮者であり、その様な人物を抱え、正義を謳う第八旅団の姿勢には大いに疑問が残るところである。第八旅団が真の正義を行うには、ザレスマンをまず、放逐せねばならない筈だ」
 そしてその為に、自分は再び武装闘争に立ち上がったのだと宣言したアリー。
 これら一連の声明文読み上げ演出が終わると、敬一と淋は銃口を突きつけられたまま、一応は解放され、空の輸送用トラックで前線基地へ戻るよう強要された。
 下手に逆らえば、何をされるか分からない。
 それに敬一と淋に与えられていた最大の任務は、輸送部隊に何が起きているのかを確認することであり、そういう意味では無事に結果を出したともいえる。


     * * *


 それから、三十分後。
 敬一と淋が前線基地へと戻ってきた。
 ふたりが乗ってきた輸送用トラックは派手な轟音を響かせて小規模の爆発を起こし、基地内は一時騒然となったものの、負傷者はひとりも出なかった。
 敬一と淋の報告を受け、御鏡中佐は同行させている彩羽に、幾つかの画像を提供して解析に当たらせた。
「間違いないわね……このフォーメーション、各隊員の動きや癖……バランガン制圧作戦時、こちらの配下に居たSeal’sと合致したわ」
「ということは、輸送部隊襲撃の主犯格は、クライツァール中尉か。しかし、矢張り連中は現代っ子だな。庶民が求めているのは正義ではなく生活であるということを、何ひとつ分かっておらん」
 彩羽が示すLCDを覗き込みながら、御鏡中佐は鼻で笑った。
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)
 上杉 菊(うえすぎ・きく)
 エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)
 主犯格と思しき四人の名前が、そこに映し出されていた。
「それにしても、ヘッドマッシャーってただの戦闘馬鹿だとばっかり思ってたけど、案外こういう情報収集には強いのね」
「元々は暗殺用に開発された兵器だ。隠密、索敵、情報収集こそが最大の得意分野だよ」
 敬一と淋の輸送用トラックから数百メートル離れた位置を、ヘッドマッシャー・プリテンダーが秘かに並走していたのである。
 目的は、望遠レンズによる撮影であった。
「このバルマロ・アリーは、本物かしら?」
「どちらでも良い。ザレスマンには蚊に刺された程の影響も無いだろうし、リジッドの兵員は全員、レイビーズで強化されている為、人格など持ち合わせておらん。動揺など皆無だ」
 成る程、と彩羽は頷いた。
 尤も、輸送の遅延によって第八旅団の動きがすこぶる鈍っている。そういう意味に於いては、ローザマリア達の行動は一応、成功しているともいえるだろう。