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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
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リアクション

 一方で、そのころ。
 なぜか黄竜餐庁のほうで、きゃっきゃきゃっきゃと宴会が繰り広げられていた。
「おねーさまぁ。こちらの果物はいかが?」
「それよりおねーさま、こちらのお菓子のほうが美味しいですわよ!」
「…………」
 なんでこんなことになっているのだ? とまだ状況が把握しきれないララ・サーズデイ(らら・さーずでい)と、「それなら菓子をもらおう」とあっさり順応しているリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の姿がそこにあった。
 ちなみに、二人を囲んで騒いでいるのは、自称【共工様親衛隊】、通称KSG(共工様好き好きガールズ)の面々である。
「ララお姉様は、お酒のほうがよろしいの?」
「いや……」
「愛想よくしておけ。どんな情報があるかわからぬぞ?」
 ぼそり、と小声でリリに釘をさされ、仕方なくララは「お茶のほうが良いんだ」と返した。
 そもそも。
「レモの後を追う」
 この異変について知ってすぐ、ララはそう言った。
「ルドルフの元に行くのでは?」
 ララのルドルフへの思慕を知っているリリは、そう尋ねる。てっきり、ルドルフのために闘う道を選ぶのかと思っていた。しかし。
「ここにはルドルフの手足となる者が数多く居る。なら私は彼の代わりにザナドゥに行くよ」
 もちろん、ルドルフと会えるならば傍にいたいという気持ちはある。だが、それは単なる欲望にすぎない。そして、そんな欲望に負けるということは、騎士道を重んずるララにとっては許されない選択だった。
「うむ。カル…、エネルギー装置を見れないのが心残りだが……」
 リリの興味の方向としては、エネルギー装置であるカルマのことだ。この状況で、どんな反応をするかについて、彼女としては多いに興味がわく。だが。
「不完全な物を見ても仕方ないよ。完成した作品には相応しいタイトルが必要だ。ルドルフがエネルギー装置なんて無粋な名前を放っておくのは未完成だからさ。考えてもみ給え。私達でさえ『カルマエンジン』ってコードネームを付けてるんだぞ」
「うむ……まぁ、それも一理あるのだ」
 リリは頷き、タングートへの潜入を同意したのだった。
 その後、二人はレモとは別にタングートへのゲートをくぐり、最初はあえて遠回りで都へと入る予定だった。だが、そこで、辺境警備の任務にあたっていたKSGのメンバーに発見されてしまったのだ。
 最初こそ、「怪しい奴!」と警戒されてはいたが、凜としたララの雰囲気と、ミステリアスなリリの態度に、KSGは一気に懐いてしまった。そして、この宴席という状態である。
「歓迎は嬉しいが……警備はどうしているんだ?」
「ちゃーんと、留守番はおいてきましたわ!」
 きゃっきゃと答えるが、どうも不安になるノリだ。
「君らは、共工様とやらの親衛隊だそうだな。どのような方なのだ?」
「共工様は、美しくお強い、恐ろしい方ですわ」
「いずれは、地上をも治めるに違い有りませんわ」
「でも今はまだ、時を待っていらっしゃるご様子」
 口々に、小鳥がさえずるようにして少女悪魔たちが言い交わす。
「……それは、興味深いのだ。もう少し、教えてくれたまえよ」
 リリの目が細められる(手は、桃饅頭を再現なく食べ続けているが)。
「このところ、穢らわしい地下の者たちが蠢いているようですの」
「そのための切り札をお招きしたそうですわ」
(レモのことだ)
 運ばれてきた茶に用心深く口をつけつつ、ララは内心で断じる。
「もっとも……きっとそれも、共工様のものになるでしょうね」
「もちろん。いずれ全ては、共工様のものですわ」
 少女悪魔たちは笑いさざめくが、どこか暗い響きは、やはり見かけはどうであれ、彼女たちが悪魔だということを思い出さずにはいられないものだった。
「切り札とは……あの装置のためか?」
「ええ」
「ええ」
「みなが、あれを欲しがってますわ。……あの力を、使うために」
 少女たちは、そう目を細めた。



 ――珊瑚城。
 その名の通り、建物全体が珊瑚色の美しい宮殿は、タングートのほぼ中央に築かれていた。
 豪奢にして華麗だが、戦時には要塞ともなり得る強固な城であり、シンボルである五重塔からはタングートの地が常に一望できる。
 その大広間には、一人の女悪魔がいた。
 艶のある長い黒髪を高い位置で一つに括り、長身の華奢な身体は、青銀に輝く鱗のような甲冑が覆っている。手には青竜刀を帯びたまま、氷のような無表情で、彼女は来客たちに向き合っていた。
「……私の名は、相柳(そうりゅう)。共工様にお仕えする者。……貴方たちが、客か」
「したっぱには用はないんだけどなぁ。共工は?」
 魔王 ベリアル(まおう・べりある)が、腕組みをしたままぞんざいに相柳に言い放つ。
「……共工様にお会いしたければ、それなりの手順を踏むのが道理だ」
「なに言ってんの? 僕は魔王だよ?」
 その権利があるとベリアルは憤慨するが、「まぁ、よいではないですか」と中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が口を挟んだ。
「どちらでも、私はかまいませんもの」
 共工であろうが相柳であろうが、綾瀬にとってはそれほど意味はない。意味があるとすれば、「楽しめるか否か」。それだけだ。
「まぁ、普通に考えて、何事も無く平和に終わる訳が無いわよね」
 綾瀬が身にまとう魔鎧、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が呟いた。幾分それは、期待がこめられているようでもあった。
「それでは……これは、お近づきの印、だよ」
 ぎしぎしと魔鎧が軋んだ音をたて、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は相柳に【淫獣】を差し出した。相柳は眉をひそめ、「……しまっておけ」とだけ答える。
「お気に召さなかったかな……失礼」
 ブルタは気味の悪い笑い声をもらし、形容しがたいその獣を再びべちゃりと懐にしまった。
 ブルタは魔鎧という特製上、一応は【異性装】もほどこしているが、ほとんどそのままの姿で問題無くタングートの都を歩き回ることができた。まさかこの身体が役にたつときもあるとは思わなかったが、なんでも世の中、先はわからないものだ。
 そう思いつつ、ブルタは言葉を続けた。
「けど、わかってもらえたかなぁ。僕は、薔薇の学舎の生徒や、国軍に所属してるわけじゃないんだよ。ただ、共工様に協力できることがあればって、そう思ってさぁ」
「わたくしたちも、お役にたつことがあるかもしれませんわよ」
 ブルタの背後に控えていたステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)が、計算された微笑みを口の端に浮かべ、恭しく頭をさげてみせた。
「…………」
 油断ならない一団を前に、相柳は暫し逡巡しているようだ。
 魔鎧と悪魔という、ザナドゥにおいては馴染みのある種族ばかりとはいえ、そう簡単に心を許せるはずがない。
「ただ、協力するとなれば、なにが目的であの魔導書を呼び出したのかくらいは、教えてほしいんだけどなぁ」
 ブルタの問いかけを聞きながら、綾瀬は心の中で(罠に決まっておりますでしょう?)と呟いた。
 むしろ、そうでなければ、……つまらないことこの上ない。
 いやしくも悪魔を名乗りながら、平和のためになどと言われては、綾瀬は失望しきってしまうだろう。
 ブルタはブルタで、相柳の反応を注意深く観察していた。年増には興味はないが、無表情な戦士の深層を無遠慮に覗き込むというのも、一種の窃視めいていて、これはこれで悪くない。
 事前にステンノーラからある程度タングートの知識をブルタは得ている。共工のカリスマで保っている女性だけの都。好戦的ながら、何年もタシガンに侵攻などはしかけてこなかったという。それがこのタイミングで、というのは、なにかしら理由があってのことだろう。
「ウゲンの装置は、それほどに必要ってことでいいのかなぁ。まぁ、あれをあのまま放っておいて、ジェイダスの好きにされるのも面白くはないよね。だってあれはパラミタのエネルギーであって、それを地球人に吸い取られるのもおかしな話だしさ」
 ぴく、と相柳の細い眉が微かに動いた。どうやら、このあたりが彼女の攻めどころのようだ。
「あのエネルギーはむしろ、共工様のお力になるほうが正しいかと思いますわ」
 ステンノーラの言葉は、完全なおべんちゃらだ。だがそれを、さもさも心からのように口にできるのがステンノーラという悪魔だった。
「……巧言を弄するな」
 相柳はそう吐き捨てつつも、目を細めた。
 どうやら彼女も腹の底で、色々と計算を済ませたらしい。
「……むろん、あのエネルギーは、私の女王こそが得るにふさわしいものだ。だがそのためには……あの不完全な魔導書と機晶姫を完全にする必要がある」
「そりゃそうだ」
 当たり前すぎる、とベリアルがつまらなそうに口を挟む。
「そのためだけに、レモを呼び出したということなのですか?」
 ステンノーラの質問に、相柳は頷く。
「……今のところは、だ」
「だとしても、なんで今頃になってなわけ?」
「……このままでは、いずれ、パラミタもザナドゥも、どちらも消える」
「消える……?」
「そうだ。……共工様は、タングートを守るために、レモを呼んだ」
「まぁ……」
 綾瀬は口元に手をあてる。
 落胆と期待が、同時に彼女の胸の内にあった。
 共工とやらが、タングートを守るなどという綾瀬にとっては退屈な動機を持っていたことは、落胆に値する。
 しかし、もしもそれが阻まれれば……パラミタもザナドゥも『消える』というのならば。
「それならば……楽しめそうですわね。ねぇ、ドレス。そう思わなくって?」
 小声で、綾瀬は呟いた。
 この世界の消滅。それはどれだけの絶望と滑稽な悲劇を、綾瀬に与えてくれることだろう。一度きりの、最高のエンターティメントだ。
「ええ、そうね」
 ドレスが静かに同意を示す。彼女の内側で、綾瀬が微かに震えているのがわかった。それは同時に、ドレスの喜びでもあった。
「なるほどね。んまぁ、僕は僕で、好き勝手やらせてもらうだけだから、さ」
 ベリアルはそうにやりと笑う。
「……邪魔立てするならば、容赦はしない」
 相柳が青竜刀をすらりとかまえ、彼女たちを睨み付ける。
「そんな野暮なことはいたしませんわ。ご安心なさって。私は、どちらにせよ『見て』いるだけですもの」
 心から綾瀬はそう告げる。
 世界の消滅は正直胸躍ることだが、それまでにもまだまだ、楽しむことはできそうだ。
「ただ、そうですわね。……もっと楽しませてくださいな」
 そう告げると、綾瀬は微笑みを浮かべた。
「…………」
 相柳は無表情に、青竜刀を降ろす。
「貴様らは、どうするのだ」
「そんなことを聞いたら、とても放ってはおけないよ。手伝わせて欲しいなぁ」
 ブルタは相柳にそう返し、あとはじっと答えを待った。
 まだまだ情報は欲しいところだ。お互い、腹に一物あるのはお互い様なのだから、今のところは、ブルタはここにとどまるほうを選んだ。
「……考えておこう」
 相柳にしても、なにかしらの利用価値を感じたのだろう。そう返したところで、窮奇の高い声がした。
「相柳様ぁ! 例の魔導書の一行を、お連れいたしましたぁ!」
「……窮奇か。ご苦労だった」
「いいえぇ! 相柳様と共工様のためですものぉ」
 にゃんにゃんと甘えた声をだす窮奇に、じっとブルタは舐めるような視線を向けた。ロリコンとしては、なかなかにストライクな外見だ。
「あの……あいつらは、一体?」
 頬を引きつらせ、訝しげに窮奇が相柳に尋ねる。
「気にしなくていい。……もう気が済んだだろう。立ち去れ」
「そうですわね。では、ごきげんよう」
 この場ですぐには、綾瀬の望む「楽しいこと」は起こりそうにはないことを察知し、綾瀬はベリアルと供に退出する。
「なにかご用事があれば、いつでもおよびください」
「待ってるよぉ。できたら、そのときはあの子も一緒にね」
 ステンノーラとブルタは一礼をすると、やはり大広間を出て行った。
「……不気味な奴らだ」
 ぼそり、と相柳は呟いた。
 だがしかし、悪魔としてはよくいるタイプともいえる。いずれ使えることもあるだろう。
 再び青竜刀を握る手に力をこめ、相柳は凜とした立ち姿で、運命を握る少年の到着を待つのだった。