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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

リアクション


【十二 それぞれの末路】

 朝を迎えた保安調査任務部隊では、ジェニファー率いる監査団が次なる行動に打って出ようとしていた。
 牡丹の助力を得た理王の巧みな作戦で、ヴァレンタイン少尉と牡丹のツーショット動画の撮影が実現し、採取した動画をグレムダス贋視鏡にかけてみた。
 結果は、シロだった。
 つまりヴァレンタイン少尉は、プリテンダーではなかった、という訳である。
 一方、蓮華の作戦にてガルシアーラ上等兵もプリテンダーではない事実が判明したのは、既に述べた通りである。
 残る容疑者は三人に絞られた形だが、三分の二の確率でプリテンダーがヒットするという状況に、ジェニファー達監査団はより一層の緊張を感じるようになっていた。
「ジェニファーさん……じゃなかった、九条先生。うちの偽乳特戦隊が隠し撮りに成功したよ」
 軍服姿のジェライザ・ローズが、白衣を纏ったジェニファーのもとへ、デジタルビデオカメラ片手に駆け寄ってきた。
 傍らでグレムダス贋視鏡を携えたまま待機していたレオンの表情が、厳しい色に引き締まる。
 これでいよいよ、誰が敵なのか、判明するのだ。
 理王が軍服姿のジェライザ・ローズから録画データの入ったメディアを受け取り、これをグレムダス贋視鏡から放出される魔力を再生信号に融合させた分析機にかけ、敵の特定作業へと入った。
 一同が固唾を飲んで見守る中、理王はひと通りの作業を終えてから、ジェニファーに向き直った。
「大尉。マーシャル少尉とレデラー軍曹を呼び出してください」
 理王のこの報告で、全ての方針が決まった。
 監査団の一員という訳ではなかったが、この場では最も階級が低い牡丹が早速走り出し、マーシャル少尉とレデラー軍曹の召集へと駆ける。
 一方、監査団の面々はプリテンダーとの激闘を予測し、それぞれが秘かに戦闘態勢に入る。
 それからややあって、牡丹がマーシャル少尉とレデラー軍曹を連れて戻ってきた。
 ふたりのプリテンダー容疑者を前にして、軍服姿のジェライザ・ローズがひとつ咳払いし、仲間達の臨戦態勢を一瞥してからマーシャル少尉とレデラー軍曹に硬い声音を放った。
「マーシャル少尉、及びレデラー軍曹。貴官らをスアークス少佐殺害容疑で逮捕する」
 ジェライザ・ローズが宣告を終えた瞬間、ふたりの容疑者の姿がにわかに変貌し、いきなり三メートル近い漆黒の正体を現した。
「問答無用って訳だね!」
「それじゃこっちも、容赦はしないわよん!」
 比較的ヘッドマッシャー戦の経験が多いレキとミア、更には理沙とセレスティアの四人が、マーシャル少尉だったプリテンダーに殺到する。
 Pキャンセラーは相変わらず脅威ではあるが、スティミュレーターやメルテッディンのような厄介な特殊能力がある訳ではない。
 ここはもう、純粋な接近戦であった。
「スタークス少佐の仇、討たせてもらうわよ!」
 レデラー軍曹だったもう一体のプリテンダーに対しては、蓮華とスティンガー、そしてレオンの三人が対応に当たる。
 理王と屍鬼乃はジェニファー、ジェライザ・ローズ、牡丹といった面々を後方に退かせつつ、もしもの時の為に身構えている。
 が、流石にこれだけの数のコントラクターを相手に廻しては、プリテンダーでは持ち堪えられる筈もない。
 まずレキと理沙が、マーシャル少尉だったプリテンダーを手早く仕留めた。
 次いで、レデラー軍曹だったプリテンダーも蓮華とレオンの至近距離からの銃撃を全身に浴びて、そのまま動かなくなった。
 過去の対ヘッドマッシャー戦に比べれば恐ろしく呆気ない最期だったが、逆をいえば、この場に居る全員がヘッドマッシャーを簡単に倒せる程に成長していたともいえる。
「これで」
 ぴくりとも動かなくなったふたつの巨躯を見下ろしながら、レオンは沈痛な面持ちで低く吐き出した。
「終わったんだな。もうスタークス少佐と同じ悲劇を、繰り返さなくて済むんだな」
 オークスバレー・ジュニアでの戦いは、まだ続いている。
 だが少なくともこの場に於いては、彼らの戦いにひとつの終止符が打たれた。


     * * *


 オークスバレー・ジュニアを離れ、南の山岳上へと場所を移していた佐那、ジャジラッド、武尊、刹那、そして彩羽といった面々が、数百メートル西で展開されていたメガディエーターとコントラクター達の戦いがようやく終結したことを、遠目に眺めていた。
 結局のところ、メガディエーターを倒すには至らなかったようで、ドラゴランダーを駆るコア・ハーティオンが悔しがっているような姿が、何よりも象徴的だった。
「こっちも、大方ケリがついたようね」
 彩羽が、足元下方を遠くに望んだ。
 オークスバレー・ジュニアのそこかしこから火の手が上がっているが、戦闘そのものは、ほとんど終息しているようであった。
「これから、どうするつもりかね?」
 ジャジラッドに問われ、彩羽はしばし考え込んだ。
 このまま第六師団に投降するのも馬鹿馬鹿しいのだが、かといって何かをしようという明確な意図を持っている訳でもない。
 それは、刹那も同じであった。
 暗殺業の腕を買われてパニッシュ・コープス、及びスティーブンス准将のもとで戦い続けてきた彼女だが、今はもう雇い主が居ない。
 ただひとり、武尊だけは妙に表情が明るかった。
 オークスバレー・ジュニア内で撮影し続けた戦闘記録が思いのほか、戦術面で役に立ちそうな情報を幾つも含んでいたのである。
「ラヴァンセン伯爵が倒されたのは意外だったけど、逆をいえば、これで守る側の守るべきポイントがはっきりしたって訳だから、有意義っちゃあ有意義だったかな」
「それは……何より、だ」
 不意に背後から、聞き覚えのある声が響いた。
 妙に息が乱れており、生命の活力もほとんど感じられないような声音に、一同は驚き慌てて振り向いた。
 見ると、全身血まみれのマルセランが、獣道を掻き分けるようにして彼らの前に姿を現していた。
「だ、男爵!?」
 佐那がほとんど悲鳴に近い声をあげた。
 よもや、あの吸血男爵とも呼ばれた程の男がこのような惨状で姿を現すなどとは、予想だにしていなかったのだ。
 マルセランはもうこれ以上は動けないとばかりに、その場にどっかと座り込んだ。
「男爵、他のひと達は!?」
「……私の、このざまを見れば、分かるだろう」
 自嘲気味に笑うマルセランの血まみれの顔は、それだけで凄惨であった。
 その血の気も凍るような姿に、彩羽はごくりと息を呑んでから、最も気になっていたことを訊いた。
「ねぇ……御鏡中佐は、どうなったの?」
「彼なら、もう、この世には、おらん」
 ある程度の予測はしていたが、このようにはっきりいわれてしまうと、彩羽は息をするのも忘れる程の衝撃を受けて、その場に硬直してしまった。
 御鏡中佐は大勢のコントラクターを相手に廻して最後まで退かず、ただひとり奮戦した後、敗北を悟ったところで自らのブレードロッドを振るって己の頭部を破壊したのだという。
 彼らしいといえば、らしい最期だった。
「ところで……」
 マルセランは佐那に面を向け、僅かに苦笑を浮かべた。その両目にはもう、ほとんど命の光が見られない。
「結局、君との決闘は叶わなかったな。最後にそのことを、詫びに来た……」
「男爵……」
 佐那は何かをいおうとしたが、やめた。
 彼女が答えようとした時、既にマルセランは座ったままの姿勢で絶命していた。


     * * *


 リジッド兵とヘッドマッシャーを従えた源次郎が、前衛要塞部のとある一室に入室してきた。
 その部屋ではトマスと綾瀬がそれぞれのパートナー達と共に、スティーブンス准将との死闘に終止符を打とうとしていた。
 最初に致命的な一撃を加えたのは、味方の振りをして間近から不意打ちを喰らわせたトマス達だったが、その後で肉弾戦を演じていたのは、綾瀬とベリアルのふたりであった。
 一方、アキラ達四人はこの戦いがどのような結末を迎えるのかを見届ける為に、厳しい表情でじっと眺めている。
 だが流石に、源次郎の一団がこの広い室内に姿を現した時には、コントラクター達は驚いた様子で全ての意識を源次郎の側に向けてしまっていた。
「宴もたけなわのところ済まんが、ちょっと手ぇ休めてくれるか。スティーブンスに用があんねん」
 穏やかな声であったが、トマスもアキラも、源次郎とその勢力に対抗する術を持たず、否応なしに従わざるを得ない。
 しかし綾瀬だけは違った。彼女は源次郎のいうことであれば、素直に従おうという姿勢を見せた。
 源次郎は戦いの手が止まったことを確認すると、血まみれで冷たい石壁にもたれかかっているスティーブンス准将の傍らへと、歩を進めていった。
「……乱念層の形成は?」
「おう、ええ按配や。三回もドンパチやってんねんから、これで何も出来ませんとかいうたら、逆にびっくりするわ」
 トマスにもアキラにも、源次郎とスティーブンス准将の会話の意味がさっぱり分からない。
 ところが、綾瀬だけは思わず身を乗り出して食いついてきた。
「源次郎様……乱念層とは確か……パラミタ特有の思念帯で、戦乱が起きたところに必ず発生する戦いの思念潮流が、層となって天空に形成されるものだと教えて頂きましたね……今おっしゃっている乱念層とは、それのことなのですか?」
「そうや。自分よう覚えとったな」
 乱念層とは、単なる思念帯である。
 平常であれば全く無害な存在に過ぎないが、源次郎曰く、ユグドラシル、東カナン、そして南部ヒラニプラと続く長大な乱念層の帯が空京近くの結界孔にまで届き、その終端が流れ込んでいるのだという。
 これ程の巨大な乱念層が形成されるのは、数百年に一度のことらしい。
「……その乱念層とパラミタの結界孔に、どんな意味があるんだい?」
 アキラが興味津々といった様子で、首を突っ込んできた。
 源次郎は、既に虫の息になりつつあるスティーブンス准将の満足げな笑みを眺めつつ、声だけでアキラに応じた。
「この乱念層の突入力で結界孔が随分と弱まっとってな。ここに結界孔を攻撃対象としたノーブルレディをぶち込んだら、僅かな間だけ、地球とパラミタを隔てる結界に穴が開くんや」
 源次郎はこの穴を通じて、イレイザードリオーダーを地球に放逐すると続けた。
 流石にそのひと言はこの場に居るコントラクター達全員にとって、予想外であったらしい。
 綾瀬ですら驚きの表情を浮かべ、源次郎の端正な面立ちをじっと見つめてしまった。
「その……あいつらを地球に叩き落として、どうするんだい?」
「対ティムパーティクル仕様に設定したノーブルレディで、勝負すんのや」
 源次郎の説明によれば、ディムパーティクルの精神構造はコントラクターやパラミタ人種に極めて近しいらしく、対ディムパーティクル仕様のノーブルレディをパラミタ上で使用すれば、イレイザードリオーダーを倒すことは出来るが、パラミタ人種にまで膨大な死傷者を出してしまう恐れがあるのだという。
 だから源次郎は、イレイザードリオーダーを地球に叩き落とした上で、ノーブルレディを切り札として戦いを挑むのだと付け加えた。
「スティーブンスは最後の最後まで、見事にピエロを演じ切ってくれたわな。後は、わしらの仕事や。安心してメリンダと祐太んとこへ逝けや」
「あぁ……そうさせて、もらうよ」
 次の瞬間。
 スティーブンス准将の首から上が消失し、おびただしい鮮血が噴水となって周辺を紅く濡らした。
 誰も直接的に、手を下していない。
 一体どうやって、スティーブンス准将の首が刎ねられ、そして消えたのか。
「も、もしかして……今のも、時空圧縮なのか!? 部分的な圧縮で、首から上だけを飛ばすなんてことが、出来るのか!?」
 アキラの放った驚愕の声に対し、源次郎は呆れたような色を浮かべた。
「ホンマ自分ら、視野が狭いな。時空圧縮が一個の完全な個体しか飛ばされんなんて、誰がいうた?」
 アキラもトマスも、源次郎の台詞には返す言葉が無い。
 一方、綾瀬は疲れ切った様子で源次郎の傍らに歩を寄せ、絶命したスティーブンス准将の亡骸を茫漠とした視線で見下ろしながら問いかけた。
「源次郎様……まさか、たったおひとりでイレイザードリオーダーに挑むおつもりなのでしょうか?」
「そらそうや。こっから先は、年寄りの仕事や。自分ら若い衆は、まだまだやることが一杯あるがな」
 さも当然だといわんばかりに、源次郎はにやりと笑った。
 言葉を失う綾瀬。
 しかし源次郎は不意に何かを思い出した様子で、綾瀬ではなく、アキラに視線を転じた。
「そやそや、忘れとったわ……日頃のご愛顧にお応えして、耳寄りな情報を教えといたるわ」
「え? オレに?」
 一体何事かと目を丸くするアキラだが、次に源次郎が放った台詞を受けて、顔面蒼白になっていくのが自分でもよく分かった。

「スカルバンカーとマーダーブレインが復活しとるで。あんじょう気ぃつけときや」