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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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5:蘇る都市の記憶



「今の……一体何だったんだろう」

 頭の中に直接叩き込まれたような映像に、清泉 北都(いずみ・ほくと)は痛む頭を押えて呟いた。
「何だか、記憶のなかにいた三人より随分……若かったみたいだし」
「誰の記憶かは判らないが、どうやらこれは共通している夢より更に古い記録……と言うことか」
 ダリルも難しい顔だ。どうやら、先程の映像は夢を見ていない筈の人間にも届いているらしい。直前に聞こえた歌が恐らく引き金なのだろう。
「今の夢によれば、三人の目的はこの街を守るために、龍を何とかする……と言うことで共通していたな」
「そうだね」
 北都は頷いて、その視線を高く上げた。まだ所々崩壊の名残を残しているが、かつて紅の塔と呼ばれていたその建物は、その概観のほとんどを取り戻そうとしていた。
「結局……この紋様はここまで繋がってるのか」
 紅の塔があるのは、円形の街の丁度東端だ。中心の神殿から、大通りや他の未知の殆どに繋がった石畳の紋様は、塔を囲むようにして円を描いた所で終っている。
「大通りから続いてるけど、ここが終点か、あるいは起点か……」
「そのどちらも、かもしれないよ」
 ダリルと北都が呟くのに「血管みたいだね」と呟いたのはルカルカだ。
「そちらの調査は任せよう。今は、建物の方が優先だ」
 その提案に従い、塔に併設された建物の方に足を踏み入れたのは北都だ。此方は大分復元が終っているらしく、人の気配が全く無いことを除けば、つい数年まで使われていたのではないか、とすら思わせる。
 物珍しそうにそれを見て回りながら、北都はついに、目当てを見つけた。
「武器……かな」
 多少埃をかぶっているが、それも今しばらくのことだろう。こちらも建物同様に、ゆっくりと古びた部分が輝きを取り戻そうとしているのに軽く目を瞬かせつつ、手近にあった剣を取って、北都ははっと眉を寄せた。
「印が良く似てる。同じ時代だからって言うより……系統が近い感じだ」
 そこにあったのは、かつてみた紋様……ディミトリアスやアルケリウスを封じ、アールキングに関わったものが使用していた武器に刻まれていたものと、良く似ている。ただ邪悪なものを感じないことと、紋様そのものは違うことから、関係性はなさそうだが、同系統――つまり、封印の力にかかわるものだという直感があった。
「封印用の武器……ってわけじゃないよね。封印の術に長けてた人たちが住んでいた……てことかな?」
 エリュシオンの中でも、ペルム地方は土地柄、封印の術に長けている者達が多かった、と記録にはある。ディミトリアス達を封じたその技術やそのための武器が、その系統を引いているのは、可笑しなことではない。しかし封印に長けたということは、逆を言えばそれが必要とされていたから、ということでもある。この都市のことではないかと思われる伝説は幾つか見つけたが、それらはほとんどおとぎ話レベルだ。
「巫女と龍の恋の伝説……か。まさか、一万年以上経った今もまだ待ってる……なんてことは、無いよね」


 北都が首を傾げていた頃、塔の中へと入ったルカルカは、荒れ果てた塔に残された石盤や扉を調べながら奇妙なものを見つけて眉を寄せた。
「地下……があるの? ……ここ」
 海中の都市に地下、というのはイメージに遠く、ルカルカは首を傾げたが、ダリルは軽く眉を寄せた。
「ここは崩壊が酷いな……徐々に復元されているみたいだが、まだ時間がかかりそうだ」
『そういうことなら、こっちで調べてみるよ』
 呟いた言葉に応じたのは、美羽だ。
 途中まではハデスを追っていたのだが、途中で見失ってしまい、そこからは自分の見ている夢に導かれるようにして、蒼の塔へと辿り着いていたのだ。
「聞いてる限りだと、こっちとそっちの塔は全くおんなじ構造みたいだしね」
 美羽とコハク二人で、半魚人を追い払いながらざっと見て回ったが北都が見つけたような武器や、足元の紋様はほぼ同じだ。
「ってことは、この地下も同じ筈だよね」
 そう言って見下ろしたのは、紅の塔で発見されたのと同じ、床に作られた扉だ。幸い此方は破損らしきものはなく、おおよその復元が為されているようだ。美羽とコハクは頷きあうと、慎重に階段を下り始めた。
 光の無い暗い穴は底が見えず、触れた壁は気のせいか暖かい。よく見れば、地上で見た石畳の紋様がびっしりと壁を伝っている。
「何だか本当に血管みたいだよ……」
 美羽の呟きに、コハクも頷く。まだ、この都市が龍の身体の上に作られていると言う情報が入っていない彼女たちはまだ、その感覚が真を突いているとはまだ思いも寄らない。そうしている内に、たどり着いた底に有ったのは、ポツリと佇む奇妙な台座だ。簡単に言えばチェスのポーンに似ている。美羽は何かに誘われるようにしてそれに近付くとハッと目を瞬かせた。
「……これ、起動してる」
「えっ」
 コハクが戸惑う中、美羽は確信していた。塔は生きている。だが、復元の影響なのか機能はまだ発動していない。それは恐らく、過去の自分が鳴らす警鐘だ。考えるよりも早く、記憶が告げる事実を、美羽は口に出した。
「権限者の命令があれば、何時でも起動できる状態だよ」
「一応、聞いてみるけどそれって……何時でも何処からでもって意味?」
 恐る恐ると言った調子で訪ねるコハクに、美羽は堅い顔で頷いたのだった。



「この辺りだな」

 同時刻。新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が呟いたのは神殿から南西の区画で、特に広い敷地の目立った家屋跡だ。まだ殆どが瓦礫に等しいが、燕馬には何故かそれが、夢で見た過去の人物の住んでいた場所だと判った。
 明確な理由が有ったわけではない。ただ、足元の感覚が、ふと伸ばした手の位置にあるものが、自分ではない誰かの感覚にかちりと嵌るのだ。そのままふらりと導かれるようにして入り口を潜って燕馬がたどり着いたのは、書斎のような場所だった。
「何だ、ここ…… 此処に何かあるのか」
 誰にともなく漏らしつつ、奇妙な感覚に捕らわれながら、復元されていくその部屋を眺めていると、まるで今にも部屋の主が帰って来そうな気配だ。
 ピンと張った背中、優しい悲しい目で撫でてくる手。硬い指が、淡々と紙にペンを走らせる。まるでその感覚をなぞるかのようにぼんやりとしていた燕馬は、気付けば一冊の手記をその手にしていた。どうやらこの書斎の主が書いたものらしい。どうせ読めないだろうと思いながらそれを開いた燕馬は、どきりと心臓を鳴らした。
 読めている筈がない。だが頭は何が記されているかが分かる。
「夢と同調してるのか……?」
 呟きながら、文字を追う。几帳面な文字と文章は都市の記録のようだ。出産率の低下、貧民街の治安悪化にクーデターの兆しと、その対策としての影武者選出、そして龍を巡る三家の不和。心痛が此方まで伝わって来そうな文面の中に、紛れるようにその一文があった。何度も躊躇ったような筆跡が、三人目の娘にして、本来長女と呼ぶべきあの娘、と迂遠に記す。
『娘は、彼女の紅の瞳と良く似ていた。罪の証が私を裁こうとしているように思えた』
「……これって」
 燕馬は思わず呟いた。 それは、一人の男の懺悔の記録だ。

『だがこの子に何の罪があるだろうか。私と彼女……オーレリアの恐ろしい罪をこの子が負う必要はないのだ……』

 その一文に、燕馬は我知らず指が震えるのが判ったのだった。





「むう……結局ここへ舞い戻ることとなろうとは」

 一方その頃、難しい顔で腕を組みながら、資料の前で唸ったのはハデスだ。
 先陣を切って飛び出して方々を回ったが、一刻ごとに変化していく遺跡の中から、目当ての情報を探すのは難しい上、半魚人たちがうろつきまわっているのだ。なんのかんの撃退しつつ探し回ったが、街中では碑文も見つからなかったこともあり、迂闊な行動は避けるべきだな、と自分に言い聞かせるようにして、神殿に戻ってきたのだ。
 そしてそこでは丁度、かつみが龍の“約束”に関わるだろう凡その資料を集め終わっている所だった。
「このへんが、だいたい神話関係の本みたいだ」
 古代の何かを探すならもってこいなんじゃないかな、と呆れ半分に手渡すと、ハデスはかつみ達にならってぱらぱらとページをめくり始めた。勿論、書いてあることの殆どは古代語だが、そこは天才科学者の名を持つだけのことはある。細切れではあるが幾らかは読み進め……結局残る半分は、サポートに来た調査団の一人が読み解いてくれたのだった。
「……な、な……?」
 そこにあったのは、歴史と言うには随分曖昧な、このポセイドンの成り立ちの伝説だった。

 かつて、エリュシオン帝国ペルム地方……土地に様々な邪悪な者を封じていると言う特殊なその地方のひとつに、聖峰オリュンポスより下ったという巫女を頂く、小さな都市があった。聖峰の巫女の力は当時は音に聞こえたほどで、彼女の住まう都市を「オリュンポス」と呼ぶ者もあったという。

「なるほど、我が結社にあった碑文に記されたオリュンポスとは、そのことなのだな!」
「……多分違うと思うけどな」
 かつみはツッコミを入れつつ、その先の歴史の説明を読み解いていく。

 だがその栄光も長くは続かず、一体の邪龍によって巫女が呪いを受けると、都市の民は土地を追われて彷徨い、最後に訪れた場所でひとつの都市を作り上げた……それがポセイドンであり、その巫女こそ「薄倖のトリアイナ」であったと言う。

「や……やはり! 古代密結社オリュンポスは実在したのだ!」
「いや、どこにも秘密結社って書いてないし」
 思わず声を上げたハデスに、此方も思わずと行った様子でかつみが更にツッコミを入れつつ、更に先へとそのページを読み進めていく。

 ペルム地方でも、巫女と彼女の一族はでも強力な封印の力を持った一族ではあったが、それでも尚邪龍の力は強く。巫女に思いを寄せたポセイダヌスの力を借りて、永の戦いの末で何とか海底へと封じることが叶ったが、巫女はその命を落とし、嘆き悲しんだポセイダヌスは巫女との約束を、今も守り続けている――

 と、おとぎ話さながらに記されているが、民間伝承にも等しいこの話を、少なくとも三人の族長は真剣に、それも危機として捉えているようだった。かつみは行ったり来たりする過去の記憶と目の前の資料とを見比べて息をついた。
「この巫女……トリアイナと、龍は一体何を約束したんだ?」
 かつみは眉を寄せた。
「ふん、そんなものは決まっている!」
「何?」
 自信満々に笑みを浮かべるハデスに、ナオとエドゥアルトが首を傾げる中、明後日な方向にびしりと指を突き刺してハデスは続ける。
「復活した龍と共に、古代都市オリュンポスを復活させるのだ! そしてゆくゆくは世界征服を……!」
「無いから」
 きっぱと突っ込みを入れて溜息をつくと、あ、と違う本を開き始めたナオが声を上げた。
「これは……違いますか?」
「歌……ですかね」
 その手元を覗き込んでエドゥアルトは首を傾げたが、かつみにはそれが、何とかいてあったのかが何故かすっと頭に入ってきた。そこには、誰かの歌のようにして、綴られている。

『――幾星霜の果てども 還り行くのは御許のみ 再の逢瀬を契とし 共に還らん――』