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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――
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リアクション



『スヤァ……』

「うーっす。ようよう、こちとらもう三日も待ってんだ。今すぐ払えるモン出してもらおーじゃねーか」
「何をバカやっとるこのバカタレ。まったく貴様は変わらんというか」
 チンピラの真似をしながら校長室を訪れたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)の頭を、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)の振るったハリセンが大きく揺さぶる。二人は先日アーデルハイトに約束を取り付けた、イコンの修理費を受け取りに来たのだった。……ただしこの事を知っているのはルシェイメアのみで、アキラは「おーそっかー、んじゃあのチビどもと遊んでやっかー」くらいのノリであった。
「いてて……このくらいジョークだって分かんだろーっと。……あれ? エリザベート、ミーナとコロン、どした?」
「二人なら元の世界に帰りましたよぅ」
 辺りを見回して、見慣れた二人の姿が見えないのを尋ねれば、エリザベートからそんな返事が返ってきた。
「なに? そっか、帰っちまったのか……。
 何か言ってたか? 元気でね、とか、また会おう、とか、エリザベート校長のパンツはイチゴパンツ、とか」
「そんな事言ってませぇん! 私はイチゴパンツみたいなお子様パンツは卒業したんですぅ!」
 ついアキラの調子に合わせて口走ってしまったエリザベート、しまったという表情を浮かべるが時遅し、アキラは早速ロックオンをかけて口撃を始めた。
「な、何だって……! そうか、おこちゃまだった校長も大人の階段を一歩登ってしまったのか。ううぅ、お父さんは感激だぁ!」
「誰がお父さんですかぁ!」
 椅子から立ち上がり腕をぶんぶんと振って抗議するエリザベート、その足元がお留守だぜとツッコまれそうな仕草を、このアキラが見逃すはずはなかった。
「よぅし、成長ぶりをお父さんに見せてみろ、そぉい!」
「きゃあああぁぁぁ!?」
 放たれた強風が、エリザベートの服を勢い良くまくり上げる。
(……おぉ、確かにこう、おこちゃまが履くようなのじゃなくて少女が履くようなのに変わってるな――)
 アキラが意識できたのはそこまでだった。次の瞬間アキラの身体は浮き上がり、開けた窓から外へと放り出されていた。

「……何をアフォなことをやっとるんじゃ、まったく。すまんな、パートナーがあんなんで」
 ふっ飛ばされていったアキラを追うことなく、ルシェイメアがエリザベートとアーデルハイトへ謝罪の気持ちを示した。
「ひどい目にあったですぅ! あんなやつここから落ちてバラバラになっちゃえばいいですぅ」
「気持ちは分かるが……まあアレはアレで、不思議となにかと世の中の役には立っておるんじゃよ……多分、な」
 ぷんすかと腹を立てるエリザベートに同意しつつ、長い付き合いのあるパートナーということで最低限のフォローはしておくルシェイメア。
「さて、この前の件じゃったな。今用意をするからしばし待て」
 アーデルハイトが机から、重厚感を漂わせる紙を取り出すと何かを呟きながら掌をかざしていく。すると手を動かすのに合わせて文字が浮かび上がり、瞬く間に手形が出来上がる。少額であれば現金支払だが、今回はイコンの修理費ということでそれなりの額となるため、このように手形を発行し、換金は受け取った側が任意のタイミングで――約束手形と違い、期日は特に指定されていない――行う、という仕組みになっていた。
「算定はイルミンスールのイコンを基準にしとる関係上、不釣り合いかもしれぬが許せ」
 手形に示された額は、アーデルハイトがそういう割には十分なものであった。戦果も鑑み――彼らのイコンがミサイルを防いだおかげで、致命的な被害を受けずに済んだのだから――ての結果なのだろうとルシェイメアは理解する。
「いや、これで借金は返済可能じゃろう。無茶を言って済まなかったな」
 手形を巻いて収め、ルシェイメアが礼を言い、部屋を後にした。

「……あの花壇だけ、花の生育が良くないですね……。どうしたらちゃんと育ってくれるでしょう」
 片手にバスケットを持ち、ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)が隣を歩くセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)に話し掛ける。
「今は少し疲れているだけです。私たちがしっかりと、愛情を込めてお世話をし続ければ、きっと綺麗な花を咲かせてくれますよ」
 ニッコリと微笑んで言うセレスティアに、ヨンもつられるように笑顔でそうですね、と答えた。……セレスティアが『天秤世界』から持ち帰った土は、家の花壇の土として花を育んでいる……とは言えなかった。特別な土というわけではなく、『天秤宮』から養分を得て作物を実らせていた土は、その供給源を絶たれた結果、栄養素の乏しい土となってしまった。イルミンスールの加護は天秤世界の時のよりも微量であるから、この土が他の土と同じように作物を実らせるには、今しばしの時間が必要となるだろう。
「ピヨさん、お待たせしました……あら、アキラさん」
 二人がジャイアントピヨの待つ場所まで戻って来ると、ピヨとアキラが揃って目を回して倒れていた。
「アキラさん、大丈夫ですか!?」
 ヨンが駆け寄り、アキラを抱き起こす。
「う、うーん……あぁ、ヨンか。いやー、ピヨが居なかったらバラバラ殺人事件だったな、ありゃ」
「い、一体何があったんですか?」
 真面目な顔をして心配するヨンへ、アキラはどう言い繕ったらいいものか悩んだ。まさか校長のスカートまくりをしたからこうなったとはちょっと後が怖くて言えない。
「ヨン、気にせずともよい。全てアキラの自業自得じゃからな」
 そこへやって来たルシェイメアが助け舟? を出す。ルシェイメアさんがそう言うのでしたら、とヨンが引き下がり、アキラはホッと息を吐いて何でも無かったような顔をすると、セレスティアとヨンが持って来たバスケットへ目を向けて言った。
「んじゃ、いい天気だし、ここらで一休み、といくか」

 差し込む陽光と緑のカーテンの下、並べられたケーキやお茶を囲んでのお茶会が行われる。
「はい、どうぞ。たくさんありますからね」
「ピヨー!」
 ヨンから差し出されたケーキを、ピヨが喜んで食べ始める。巨体に見合った食欲だが、それを見越しての量は確保されていた。
「……今でこそ明倫館の生徒だけどさ。最初はイルミンスールに居たんだよな」
 ふと、アキラが遠くの空を見つめるような目で、そう口にした。ルシェイメアもケーキを食す手を止め、過去に意識を向ける。
「あの頃はわしとアキラの二人だけじゃったな。最初に巻き込まれた事件は確か……ニーズヘッグ襲撃じゃったか」
「そうそう。ろくりんピックでもなんかあったし、とにかくあっちこっちで事件続きだった気がする。
 んで、セレスとヨンと契約して、魔界に行ったり月へ行ったり異世界に赴いたり……イルミンスールはようやく落ち着いた、って感じだな」
 アキラの吐いた言葉に、ルシェイメアがうむうむ、と同意する。イルミンスールは、と限定しているのはパラミタは今崩壊と再生の節目にあるからなのだが、もうそこまで来ると一個人として実感は難しくなる。それにイルミンスールに限っては、たとえパラミタが消滅したとしても世界樹まで消えることは考えにくくて、もしそうなったとしたら世界樹ごと別の世界に行ってしまえばいいんじゃと思ってしまう所があった。
「……アキラはこれから、どうするつもりじゃ?」
「そうだなぁ……、天秤世界の役割も受け継いだことだし……」
 ふわぁ、とアキラが欠伸をする。今自分が呟いた事については、さして気にしていない――彼なりに思う所はあるだろうが――ような口ぶりだった。
「しばらくのんびりして、また旅に出るのも悪かぁないよなぁ……あー、それにしてもいい風だなコンチクショー。
 今日は絶好の昼寝日和だよなぁ…………」
 そう言い残して、アキラはピヨにもたれかかる格好でスッ、と眠りに落ちていった。既にピヨは仰向けの格好でぐー、ぐーと安らかな? 寝息を立てていた。
「やれやれ、眠ってしまったか。……まぁ、この天気では仕方ない。
 どれ……わしもせっかくだ、一眠りするかの」
 勝手に眠ってしまったアキラを咎めることなく、ルシェイメアも適当な場所を見つけて横になる。
「私たちも行きましょうか」
「はい。……ふふ、あの時迷子になってなかったら、今こうして皆さんとお昼寝をしていなかったでしょうね」
 ヨンの、あの時の出会いに感謝するような言葉に、セレスティアも笑顔で頷いた。……この広い世界で、きっと偶然に出会えた事への、感謝を胸に抱いて。
 ――四人と一匹は、午後の安らかな時間を揃って穏やかに過ごしたのだった。