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リアクション
【赤錆び色の記憶】
ヒラニプラ旧演習場、貴賓席付近。
「お伺い、したいことがあります」
堅い声の鈴に、鋭鋒は顔を上げた。
氏無の代理として、ディミトリアスの一件の揉み消し工作から、方々への情報連携等を済ませた後のことだ。氏無の預けていった「委任状」をもって、ダメ元のつもりで事情を知る者に、と情報を願ったところ、一息でここに通ったのである。
頭にくらくらと回る疑問符を無理矢理押し込んで、続きを促す視線に鈴は言葉を続ける。
「氏無大尉の行方に関わる因縁とは、一体……いつ頃のものなのですか?」
「……そう古い話ではない。この演習場が使われなくなった、その直前ごろになるか」
答える鋭鋒の声は苦い。意外そうに目を瞬かせる鈴を横目に溜め息を吐き出し、部下たちに距離を取らせると、視線を会場となる演習場中央へ向けて、鋭鋒は続けた。
「…………聞けば後戻りは出来ん。それでも聞くか」
諮詢は一瞬。すぐに頷いた鈴に、鋭鋒はもういちど深い息を吐き出すと、気鬱げな空気を隠すことも無く「あれは」と、その過去を紐解いた。
「――先だっての戦争の裏で、互いが食い合う間に立っために、彼の部隊は食い散らかされた。それが、恐らくこの件の源だ」
そう続けられた言葉は、鈴の予想を、随分と超えるものだった。
同じ頃、オケアノスの洞窟の最奥では、しぐれを相手に契約者が立ち向かっていた。
と言っても、武器を向けていたわけではない。
「どうすれば、クローディスさんを解放してくれるんですか?」
遠野 歌菜(とおの・かな)はそんな第一声で、しぐれを睨むように正面から見据えた。
パートナーの羽純や、ディミトリアス、ナナシが攫われずにすんだことを喜ぶ反面、今クローディスに迫っている危機が、歌菜の心に僅かな焦燥を与えている。マーカーが何かはわからないが、完成させてはいけない。それは、その結果に待ち受ける大きな災厄への予感と、直前に見える死の気配からの直感だった。
(クローディスさんは自分の痛みは我慢できちゃう人だけど、私達を盾に「鍵」の話をしろと迫られたら……)
嫌な予感の方が強くなりかかるのを振り切るように、歌菜は続ける。
「彼女の魂で足りない分を補なうと貴方は言いました。それは、私達の魂を併せて使って、マーカーとかいうものを完成させるって事ですか? 私の魂で補えば、クローディスさんを助けられるんですか?」
矢継ぎ早な問いに、しぐれが答えないでいると、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がそれに言葉を添える。
「もし足りない分を補えれば、彼女の魂を食らい尽くさずに済むのなら、俺の魂も使ってくれ」
「ちょ、呼雪!? それどういう事か分かってるの?」
ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が慌てた声を上げたが、呼雪は「ああ」とあっさり頷く。
「クローディスさんとは直接の交流はないけれど、様々な作戦の際に世話になったからな」
その言葉には、嘘や虚勢と言ったものは無く、本気だと言うのにはヘルには判った。こうなると、絶対に自分の意見を翻したりしない事もだ。本当はそんなことを軽々しくして欲しくなどないのだが、聞いてくれいやしないだろう、と諦めると、それならせめてと切り替えて、ヘルはため息を吐き出した。
「……もー、そーゆー事なら僕も」
煮るなり焼くなり好きにしやがれーって感じ? と開き直るヘルに、グラキエスもまた「俺も立候補する」とその手を上げる。皆一様に真剣そのもので、悲壮な決意ではなく、何かを信じるという真っ直ぐな気持ちがその瞳に宿っている。
そんな彼らに、軽く目を瞬かせたしぐれは、くく、と喉を震わせて、クローディスをちらりと眺めた。
「良い仲間をお持ちのようですね?」
「…………」
褒めているようで、その実その声は酷く低く、嘲笑の色が濃い音で、「ですが」と続ける声音には明らかに侮蔑にも近いものが滲んでいた。
「……補うために魂を捧げれば、代わりに自分が死ぬとしても、それが言えますか?」
ひたりと喉元へナイフを押し当て、ゆっくり引くのを見せ付けるような声が、耳へと滑り込んでくるのに、一同がぞわりと背筋に嫌なものを感じる中、しぐれは続ける。
「死……その理不尽と脅威に抗ってでも、助けたいと、本当に思えますか?」
その胸の中に黒い何かを植えつけようとするようなその言葉に「悪いけど」と涼やかな声を挟み込んだのはジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)だ。
「オレ、死が脅威って考えた事ないんだ。昔そういう教え受けちゃってさ、寧ろ救いになるっていうヤツ?」
あっさりとした調子で語るその声に、偽りがあるようには聞こえない。とは言え、今の自身には死を望むような思想は無いのだが、少しでも助けが来るまでの時間を稼ぎ、注意を引き続けるために、殊更挑発的に、ジブリールは続ける。
「ね……オレってほら若いし活きが良いと思わない? 魔力は物足りないかもしれないけど……”クローディスさんは喋らない”だからその分お喋りにもつきあってあげるよ……意味、解るよね?」
その言葉に、目を細めるしぐれに大して、大げさに息を吐き出してその視線を自分へ向けさせたのは、風森 望(かぜもり・のぞみ)だ。
「若い方が趣味だとしたら、太刀打ちできる気がしませんが……条件で言うなら、私が一番適しているように思いますが、ねえ? 何しろ、龍に飲み込まれて取り込まれた巫女と、繋がっていたわけですし。まあ、龍と言っても邪龍の方ですけどね」
「ああ……あなたでしたか」
誘うような声と言葉に、しぐれが興味深そうな反応を示したのに、得たり、と望は目を細めた。
「おや、やはり、海中都市の件に随分とお詳しいようで。どれだけ前から動いてたのかは存じ上げませんが、中々のストーカーぶりですね?」
挑発的な物言いは、しぐれの何かに僅かながら触れたらしい。くすりと歪むような口元の笑みに、剣呑なものが、僅かに混ざった。
「面白い方ですね。率先して「マーカー」の候補になるおつもりですか?」
「その……マーカーというのは何なんですか?」
その言葉に反応を示したのは歌菜だ。
「さっき言っていた……鍵と、関係があるのか?」
呼雪がその問いへ追従するのに、しぐれが口を閉ざせば「おや、だんまりですか」と口を挟むのは望だ。
「それなら、こちらも勝手に推測させて頂きましょうか。まず、魂をマーカー化させる、けど『鍵』に関する情報はない。となれば、マーカーと鍵は関連はあっても別物。そうですね、例えば――そう、タイムカプセル」
しぐれが黙って耳を傾けている様子なのに、望は続ける。
「埋めた場所が判らないので『目印』を探して、そしてカプセルを開ける為に必要な『鍵』も入手しないといけない。そんな感じですかね? 残念ながらタイムカプセルの中身までは判りませんが、両国の不和を願うというのなら、それを加速させる為のものか、はたまた――」
滔々と語っていた望はふとそこで言葉を切ると、探るようにその目をしぐれへと向けて、声のトーンを僅かに下げる。
「――それを願うきっかけとなった何か、という所でしょうかね」
「……面白いですね」
対して、しぐれはくくっと喉を震わせると、何が可笑しいのか肩を揺らして道化師の仮面のような、不気味な笑みを浮かべた。
「ええ、惜しいですよ。マーカー、つまり『目印』ですが、探しているわけではありません。“それ”が目印と“なる”のです……恐ろしく残酷で、抗いがたい甘美なものを、招くためのね」
「……ですが、そんな話は……聞いたことがありません」
鈴の言葉に、鋭鋒は「当然だろう」と頷いた。
「今回の両国での事件と同じだ。無かった事として抹消されたものの内のひとつ。一部国軍幹部が計画した非道な作戦を阻止し、帝国を我が軍から守るために派遣された、当時少佐だった彼の部隊は、友敵両軍からの攻撃で全員が虐殺された……たった一人、瀕死で生き延びた者も、今は“存在しないことになっている”」
短い言葉で括られているが、それが逆にどれほど悲惨な状況だったのかが悟れ、息を飲む鈴に鋭鋒も
表情の苦さを深くする。
「我が国はそもそもの発端であり、帝国の方も、自国を守ろうとした部隊を虐殺してしまったのだ。両国にとってこれほど不名誉なことは無い。秘密は秘密によって贖われ、全てが闇へ葬られた。『氏無大尉』という存在が帝国の橋渡し役として抜擢されていることとは“全くの無関係”だ。が、最早そうも言ってはいられまい」
独り言のような最後の言葉に、鈴は今まで氏無から聞いた言葉を繋いで出来た推論に眉を寄せ、躊躇
いがちに「それは」と口を開く。
「……その事件の「関係者」が、今回の件で裏を引いている……ということでしょうか」
「まず間違いない。この場所を我々に選ばせたのも恐らく「奴」だろう」
何度目になったか、吐き出されるたび重くなるため息と共に、鋭鋒は目を細めてその名を呼び起こした。
「出雲しぐれ。氏無大尉の部下で、死亡しているはずの男だ」
「……この罠は、その人をおびき寄せるためのもの、ということですね。しかしそれにしては――」
来賓や自らを危険に晒し、批難を浴びる可能性も高い作戦だ。リスクが高すぎるのではないか、という指摘に「あの男が執着するのは『ここ』しかないからだ」と、鋭鋒自身の本意ではないようで、その声に苦味は増した。
「元上司があの男だからかな、場に合わせ時にあわせ、目標の変更も厭わぬ男だ。多少身を切らねば、捕らえることは叶わんし、放置しておくには害を拡大させ過ぎる。あの男を最も知る相手が「これしかない」と言うのだ、他に方法が無い以上は罠でも何でも張るしかあるまい」
とは言え乱暴な手ではあるが、と息をつき、鈴の手にある「委任状」を見やって鋭鋒はほんの僅かだが口の端を上げた。
「“それ”を預けた男はそう言う男だ――その力を使うと決めた以上、覚悟しておくといい」
「はい」
鈴は頷き「最後にもう一つ、お聞きしたいのですが」と疑問を口にした。
「何故この場所に固執するのでしょうか?」
「彼の部隊が防ごうとした作戦の要に、この場所はあたるからだ」
その意味を咄嗟には理解しあぐねて、鈴は目を瞬かせたのだった。
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