葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【3/3】 ~

リアクション公開中!

伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【3/3】 ~

リアクション

 ところで。
 鹿児島県種子島は、九州南端から40キロほど離れた位置にあり、三つの市町からなる。全長は南北に約60キロほど伸びておりそれほど小さい島というわけではない。
 鉄砲伝来で有名なこの種子島は観光名所としても知られているが、日本国内では最大のロケット発射基地があることはすでに周知の事実だ。
 研究機関と併設されたロケットセンターは、島の南側の海沿いにあり主要な港や空港から離れているため、アクセスは非常に不便である。九州から島に渡るだけでも船便の数は少なく長時間掛かる上に、そこからさらに車で一時間ほど走らなければならないので施設に到着するにはほぼ半日がかりになる。東京からだと、前日から出発していなければ間に合わないだろう。
 しかし、パラミタを基点として考えると、さほど長旅になるわけではなかった。
 空京新幹線は東京まで通じているが、わざわざ東京を通って種子島に行かなければならないわけではなく、空路で島まで直接訪れることができる。輸送機を使ってもいいし、飛行スキルでも海を渡ることができる。多くの契約者たちにとって、パラミタから種子島まで行くことは困難ではない。
 大慌てで空京新幹線の切符を取って筑波へ行こうとしているルシアはとりあえずおいておいて、今回の事件の関係者たちは、ほとんどが迷うことなく種子島のロケットセンターへと到着していた。
 基地は、以前より増設されている。さらには今回の緊急事態のために長い海岸線が即興で埋め立てられ、大型機も着地可能な滑走路状態になっていた。
 一本しかなかったロケット発射台も今では増やされ、複数の大型ロケットが飛ばせるようになっている。日本政府にしては珍しく、素早く強引な進め方だ。
 周囲の住人達を含め、徹底的な箝口令が敷かれており、世論は事態に気付いていない。見つからないうちに作戦を遂行してしまうつもりのようだった。
 これだけの設備をすぐさま用意できるとは、日本政府はどうなっているのだろう? 予算は? すべて税金のはず……。国民に内緒でここまでやってしまってもいいものか?
 背後に蠢く巨大な陰謀、無理難題な計画があることくらいは、誰しもが察するだろう。
「理由? 簡単なことだ。日本は、ようやく憲法改正をする。自衛隊が普通の国軍になった際に、宇宙軍が創設されるのさ。これ、ヨタ話じゃないところ、注意な」
 管制室の窓からロケットセンターを見下ろしていた男は、電話口に軽く言った。彼は、今回の事件を見届けるために東京からわざわざ種子島のロケットセンターまで来ていたのだ。この事件が解決するか否かに、政府のひいては日本の命運がかかっている。他の政治家たちも、ぞろぞろと駆けつけてきていた。
「知っていたか。さすがに金ちゃんは耳が早いな。憲法改正は以前から言われていたが、米国をはじめ各国への根回しも十分に行き渡ったしいよいよってところだな。マスコミも関係省庁も抑えてあるし、国民投票対策も済ませてある。世論的にも実現するよ」
 あろうことか、電話の男はシャンバラ教導団の金鋭峰と話しているようだった。それにしても、あの鋭峰を金ちゃん呼ばわりできるこの人物は一体……?
「要するに、今回の日本の全面協力は、他国に先駆けて宇宙軍を設立するための予行演習でもあるのさ。先んずれば他国を制する。宇宙産業は未開拓で、想像できないほどの利権が眠っているからな。日本政府としては、初期投資として予算と技術をありったけ突っ込むつもりなのさ」
「第三次世界大戦は、宇宙戦争になるかな。頼むからパラミタまで巻き込まないでくれよ、クロさん……」
 電話口から、鋭峰のため息が聞こえる。
 覚えている人もいないだろうが、鋭峰が話している相手は、かつて彼が建設会社の事件でサラリーマンになった時に、黒幕の政治家を捕まえるために会っていた幹事長だった。あの時、鋭峰と交友関係を結んだ太田黒幹事長が、今や官房長官になっていたのだった。
 鋭峰の人脈の広さには侮りがたいものがあるが、この太田黒官房長官とも、金ちゃんクロさんで呼び合う仲なのだ。首脳間の対話も比較的簡単に実現する。その二人の間で物騒な会話が進んでいた。
「まあいい。誰の利益のためなどと下らない議論だ。パラミタの平和を保つのが私の仕事だからな。どんな背景があれ、日本政府の援助には感謝の意を表明する」
 鋭峰は裏の事情には何の感銘も抱かずに礼を述べていた。
「今後のためのデータ収集も兼ねて日本政府は全力で取り組んでくれるだろうと期待している。我々が派遣するメンバーも優秀な契約者ばかりだ。悪い結果にはならないだろうと確信している」
 電話口の鋭峰の口調には自信が込められていた。
 彼にしてみれば、日本政府が真剣に対応してくれる心づもりなのが分かれば十分だった。後は契約者たちが必ず成功させてくれるだろう。
「日本政府はカネと物を出すだけだ。いつものことだよ。見物料を弾む代わりに特等席でショーを見物させてもらうがね」
 特に今回の事件はパラミタが発端だ。パラミタに責任を取らせろという声も少なくない。強力な契約者たちが参加するので失敗はあまり考えられていないが、経過次第では契約者たちは評判を落とすかもしれない、と大田黒は注意を含んだ口調で言った。世界各国は、事件に関わりたがらないが、興味深く推移を見守っている。作戦は成功して当然。過程すら完璧でなければならない。
「一応、政府としては世間向けにパラミタの事件に遺憾の意を表明しておくが、まあこれも日本の恒例行事だな。そちらは気にせずに事を進めてくれるといい」
 そう言う太田黒は、事件解決の主導権をパラミタへと手渡すための必要手続は全て終えていた。やれることは全てやってあることを伝えてから、彼は電話を切った。
「さて、頼むぞ。契約者さんたち」
 軽口を叩いていたが、太田黒は内心では祈るような思いだった。
 無事に帰ってきてほしい……。多くの願いを込めて、契約者たちが宇宙へと飛び立っていく……。
 その彼に、程なく別の人物からも電話が殺到しており……。
 政府要人も忙しいのだった。



「そんなわけで、まあ何とか政府の偉い人にお願いすることができましたよ。頼まれた件でしたら、ご心配はいりません」
 パラミタからも、飛び立っていくロケットの跡が遥か遠目にかすかに見える。
 契約者たちが宇宙へと向かう光景を自宅の窓から彼方の空に眺めつつ、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は、電話口に伝えていた。
 結婚して以来、陽太が表舞台に姿を現すのは珍しいことかもしれない(?)。さらには、この時期、環菜の出産を控え傍から離れられない状況にあった。そんな彼が、自宅から出来る範囲で事件を手伝おうとしていたのは、分校で活動している舞花からの依頼があったからだ。
 なんでも、謎の人工衛星がどうこうとか……。
 寝耳に水の事件だが、分校でも宇宙へと旅立とうとしているモヒカンたちがいるらしい。猛者というか無謀というか、分校でも今回の事件が一部で話題になっていた。目的や事件に対する真剣さはともかく、宇宙に飛び立った分校生たちは帰還方法すら考えていないようだった。事件についての動きは舞花も素早く把握しており、分校生たちを見捨てておくわけにもいかないとのこと。何とか彼らが地球へと帰ってくるための足を用立てて欲しいと舞花は伝えてきたのだ。
 いやそんな、宇宙とかいきなり言われても、ロケットなどスーパーでフルーツを買ってくるように簡単には手に入れることは普通はできない。陽太は事件のあらましを聞いていささか唖然としなくもなかったが、可愛い舞花の頼みとあらば手を打たないわけにもいかない。
 身重の環菜に余計な心配をかけないように、彼は妻には事件を告げずにこっそりと手を回すことにしたのだった。
 大企業のトップとしてのコネもあるし、【根回し】と【イノベーション】のスキルを出し惜しみせずに駆使すれば、宇宙ロケットの一つや二つどうにでもなる(?)。
 金鋭峰のルートから日本の官房長官とも連絡を取り付け、今後の事業協力の検討などもほのめかせながら大人の相談をすることしばし。官房長官は、金鋭峰がサラリーマンとして少しの間日本にいたときに、事件に関わった陽太もニアミスしたことがある。鋭峰の口利きもあり、スムーズに話が進んだ。さらには財界も巻き込み、将来的に商業衛星への投資も含めて、帰還用の大型高性能ロケットの調達を関係各所に依頼したのだった。
「結局、生徒回収用の機体はパラミタから出ることになりました。機晶技術を使わないと安定性に難があるのでは、との判断です」
 日本政府は資金を出してくれるようだが、舞花の目的から考えると技術的に満足のいくレベルではなかった。地球へ無事に帰還するのは、発射するだけよりもはるかに難しい。事件に取り組む契約者たちは宇宙から地球までイコンも含めて自力で帰って来れることを想定しているため日本製ロケットを使うようだが、パラ実生たちは能力的にも性格的にも不安がいっぱいだ。どんな事故が起こるかわからない以上、確実な技術で堅牢な造りの艦船を宇宙へ送ったほうがいいのではなかろうか、という結論に落ち着いたのだった。
 今頃、急な要請を受けた関係各部署は適した艦船を見つくろうのに総動員のはずだ。無鉄砲な分校生たちが行方不明になる前に間に合ってくれればいいが、と陽太は願った。
「救助用のシャトルは特殊な信号を発しているので、生徒たちも見つけやすいでしょう。健闘を祈りますよ。……では」
「どうしたの?」
 ごそごそしている陽太に気付いて環菜が尋ねる。
「なんでもないですよ。さあ、休んでいましょう」
 舞花との通話を終えた陽太は、妻を気遣いながら部屋の奥へと引っ込んでいった。
 彼がやれるべきことは全てやった。後は現場次第だ。
 それに対して陽太が気を揉む必要はないようだった。これまでも、これからもずっと幸せが続いていくのだ……。