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黒薔薇の森

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黒薔薇の森

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第ニ章 闇は深く……2

 その頃、森の他の場所では蓬生 玄冬(ほうじょう・げんとう)が隠れ身を使って、漆黒の薔薇のある場所に向かっていた。
 建物がある街中ほどではないが、それなりの効果はある。
 それに何かがあれば、フォールベル・エインリッヒ(ふぉーるべる・えいんりっひ)が頑張ってくれることになっている。
「……何やらおかしなもの音がしはりませんか?」
 フォールベルの言葉に、玄冬が音のするところを探す。
 その音は藤原 すいか(ふじわら・すいか)イーヴィ・ブラウン(いーびー・ぶらうん)が起こした音だった。
「ちょ、そこはダメですってば!」
 金色の緩い内巻きショートボブの髪がゆらゆらと揺れる。
 その髪の持ち主であるすいかは、目の前に垂れた触手から必死に逃げていた。
「ほ、本当に嫌だからね! やめてよね!」
 ここまで玄冬たち同様に、土を体中擦り付け体臭を消して歩いてきたが、運悪く、見つかってしまった。
 すいかが逃げるのを楽しむように、触手がその華奢な体を追う。
「イーヴィちゃん〜」
 パートナーの名をスイカが呼ぶと、シャンバラ人の女性が現れ、ランスを一閃し、木をなぎ倒して、触手たちの動きを止めた。
「玄冬たちのところに戻るのよ! 早く!」
「……イーヴィちゃんは?」
「私のことはいいから、さっさと行けこのバカ! この私が、ここでやられると思う?」
 イーヴィーの言葉に背中を押され、すいかが走って行く。
 十字架チョーカーがきらめき、イーヴィーがつり目がちな黒い瞳で触手を見つめる。
「汚い奴らね。こんなもので来るなんて……でも、通さないわよ?」

 森の中の甘い声は、まだまだ収まらず、暗い森に響いていた。
「な、何をするのですの……!」
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)が震えた声で叫ぶ。
 それを無視するように、吸血鬼がつかさの超ミニのメイド服の足を撫であげる。
「い、いや……」
 パートナーの命令で着せられているそのメイド服は、足が出ているだけでなく、つかさの超巨乳をより際立たせるデザインになっていた。
 140cmと背が小さなつかさのためにオーダーメイドされたそれは、体にぴったりと合っており、体のラインをいやらしいほどにくっきりとさせていた。
「そん……な、こんなところに吸血鬼がいるなんて」
 道に迷ったつかさは森に迷い込み、気づくと霧の深い方に歩いていた。
 蒼空学園のつかさは漆黒の薔薇のことなど何も知らず、当然、吸血鬼のこともしらなかった。
 薔薇の学舎の生徒に厳しいと言われる吸血鬼だが、来るものは拒まない。
 しかも、背が小さい割に胸が大きく、それを際立たせる服を着たつかさなら、おいしくいただこうとするのが吸血鬼として当然のことだろう。
(こんなことになるなんて……)
 森で迷っていたつかさは、誰か人がいるのだと思って、声をかけた。
 しかし、それは吸血鬼だったのだ。
「あっ……」
 一瞬目が合った吸血鬼が、蕩けさせるような笑みを浮かべる。
 その微笑みに、つかさは魅入られてしまった。
「きゃっ!」
 一瞬の隙をついてメイド服の中に吸血鬼の手が侵入してくる。
 しかし、吸血鬼に魅入られたつかさは、そのまま快楽の波に呑まれていった。

 同じく早川 呼雪(はやかわ・こゆき)も吸血鬼とはち合わせていた。
「他の奴らを利用して、ここまでは進んで来られたが……やはり地の利のあるお前たちの方が有利だったか……」
 呼雪はこれまで隠れ身や光学迷彩などの技能がないにもかかわらず、草むらや木陰を利用して、他の襲われてる者たちが襲われている間隙をぬい、ここまで来た。
 しかし、それもここまでだった。
「チェックメイトか」
 そう口にした呼雪だったが、完全に終わりだとは思っていない。
 吸血鬼にやられた後でも、薔薇は探せる、と呼雪は不屈の精神で思っていた。
「犬にでも咬まれたのだと思えばたいした事じゃない。仕方がない、気が済むまで好きにすれば良い」
 呼雪はそう覚悟を決めた。
 つかさのように吸血鬼に襲われながらも、心のどこかが何かを望んでいる……というわけではなかった。
 しかし、普段美しい音色を奏でるその指に、吸血鬼の指が絡んだとき、一瞬、何かが心を横切った。
 冷ややかな雰囲気を持ちながら、儚げな匂いを漂わせる呼雪を、吸血鬼はうれしそうに見つめた。
 こういうほうが逆に落としがいがある、とでも言うように。
 吸血鬼が指をからめて、呼雪の手の甲に優しく口づけする。
 それを思わず呼雪は見つめたが、それは罠だった。
 一瞬の隙の間に、吸血鬼が間を詰め、呼雪を抱きしめた。
 その口から覗く牙が突き立てられるのかと呼雪は警戒したが、吸血鬼はその耳元で囁いた。
「牙など無粋な真似はしない……意識のあるまま堕としてやろう……」

「わわわ、期待はしてたけど、すごいわ〜。えぐいわ〜」
 ターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)が喜々として、その光景を覗いていた。
 海晴同様、ターラも男たちのイトナミを見物に来たのだ。
 しかし、一つ違うことといえば、ジェイク・コールソン(じぇいく・こーるそん)が護衛についていることだ。
「…………」
 ジェイクはターラがここに来ることを望んでいなかった。
 しかし、腐女子として見逃せないというターラの頼みを断れず、結局、ついてきたのだ。
 戦闘ではターラの前に立って戦ったが、こういう場面ではもう何をすればいいのか分からない。
「わ……と、どうしよう。男同士でもこんなにビジュアルが美しいなんて……。ううん、男同士だからこそいいのかも!」
「はあ……勝手にしろ」
 男同士のそういうものに興味のないジェイクは、ターラに背を向け、溜息をついた。
 こんなところに来たくなかったが、それでも惚れた弱みというヤツだろうと、ジェイクは思っていた。
「えっ!?」
 急にターラの声が上がった。
 ジェイクが後ろを振り返ると、そこには吸血鬼に手首をつかまれたターラがいた。
 吸い込まれそうな黒い瞳をした吸血鬼の美形さに、ターラは悲鳴を上げる。
「きゃ〜、どうしましょう〜☆」
 その声は明らかに嫌がっていない。
 吸血鬼は妖艶な雰囲気と、グラマーな体を持つターラの美しさは、吸血鬼を魅了した。
 そっと頬に添えられた手が意外に優しく、ターラにこれからの吸血鬼の行為に期待をした。
 しかし、そのターラを、ジェイクが抱きあげ、お姫様抱っこの状態で、その場を離れた。
「え? ジェイク?」
 驚くターラだったが、ジェイクはとにかく急いで吸血鬼のいないところに走り、そして、追って来ないのを確認して、やっとターラを下ろした。
「どうしたのよ、ジェイク」
 せっかくいいところだったのに、というようなターラの顎を、ジェイクが指ですっと上げさせた。
「……俺だって吸血鬼だ。他の男に奪われるくらいなら……」
「え……?」
 その後の会話は森のざわめきにかき消された。

 一方、襲われる者たちを囮に、玄冬、フォールベル、すいかが黒薔薇をゲットしていた。
「戦いもあったが、うまくいったな」
 玄冬たちはきちんと吸血鬼に遭った時の対処を考えていた。
 フォールを盾にした隠れ身での玄冬の奇襲は見事に当たり、吸血鬼の微笑みに魅了されることのないまま、倒すことに成功した。
 盾になったフォールは戦う玄冬をからめ取ろうとする触手たちを火術で焼き、玄冬が
捕まるのを防ぎ、二人の見事な連係プレーで、吸血鬼に囚われることなく、黒薔薇に辿り着けていた。
 玄冬たちはそれぞれ自分たちの分だけ黒薔薇を取り、すいかは黒薔薇は管理人不在なら5輪摘んだ。
「5つも……欲張りよ」
「イーヴィちゃん!」
 敵を倒して追いついたイーヴィにすいかは喜びの声を揚げ、イーヴィに黒薔薇を差し出した。
「良かった、無事だったんですね! はい、これはイーヴィちゃんの分ですよ。綺麗だけど、これならイーヴィちゃんの髪の方が魅力的ですね」
「これくらいはできて当然ね。仮にも私のパートナーなんだから。……ありがとう」
 小さな声で最後に礼を言って、恥ずかしそうにイーヴィは薔薇を受け取った。

 一方、呼雪はつかさたち吸血鬼に襲われたものを回収していた。
「これくらいでクヨクヨしていたら、ここではやっていけないぞ」
 そう叱咤する呼雪につかさは「薔薇学の生徒じゃないですもの……」とぼやく。
 しかし、呼雪のおかげでつかさも森を抜け出すことができたのだった。