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墓地に隠された秘宝

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墓地に隠された秘宝

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誰かの墓


 あれからもずっとこの件の背景を追っていたセバスチャン・クロイツェフとグレイシア・ロッテンマイヤーは、とうとう元宝珠の一員という男にたどり着いていた。
 彼は三宮という名で、今は飲食店で皿洗いをしていた。
 セバスチャンは店長に訳を話して三宮の時間を少しもらい、店の裏で話を聞くことにした。
 三宮は苦いものを噛んでしまったような表情でセバスチャンに話した。
「宝珠とは表の顔でね、裏では『ダークサン』と名乗っている。墓守のパートナーも裏側に加担していた一人さ。高崎 竹という奴でね、相手に取り入るのが異様にうまい奴だった」
 ダークサンは、地球の遺跡などで金目の物を見つけては裏で高値で売りさばくのを生業にしている組織だという。そのために、宝珠を作り現地の人を騙して遺跡に近づくのだ。彼らの手はパラミタにも伸びていた。
 そこまで聞いたセバスチャンは、ふと三宮の言い方に引っ掛かりを覚えて聞き返した。
「だった……とは? 組織を抜けたのですかな?」
「いいや、死んだのさ。俺は高崎をずっと監視していた。カネだけの繋がりでできてる集団だからな、裏切り者もたまに出るんだ。あいつは監視されてるなんて知らなかっただろうがな」
「では、あなたは今も誰かの監視を?」
 やや目付きを鋭くして尋ねたセバスチャンに、三宮は短く皮肉げに笑った。
「俺は高崎が死んだのを見届けた後、辞めたのさ。行方不明って奴だ。危険なこの世界だ、行方不明者は何人か出ている。……ま、派手に生きることはできないが、こうして生きていくことはできる」
 そう言った三宮の顔は、何かから解放されたように晴れやかだ。
「きっともう死亡扱いさ。俺達みたいなのは死んでやっと自由になれる。そういうことだ」
 もう一つ聞きたいことがある、とグレイシアが三宮を見た。
「今、その墓守にくっついてるクラリッサ嬢、彼女のこと、何か知らないかい?」
 三宮は記憶を探るように空を見上げ、ああ、と漏らした。
「あれは何の害もないな。一度だけ見たけど、単なる物好きだ。他の組織からの回し者かと疑ったけど、そんな臭いはしない」

 礼を言って三宮と別れたセバスチャンとグレイシアは、聞いた話をまとめた。
 まずクラリッサは無害だと言うこと。
 それから。
「高崎という者、生きているかもしれませんな」
 難しい顔で歩きながら呟くセバスチャン。
 グレイシアは目を丸くした。
「死んだって言ってたじゃないか」
「ですが、こうも言っておられた。──俺達みたいなのは死んでやっと自由になれる。三宮は生きているけど死亡扱いらしい」
「ちょ、ちょっと待ちなよ。そうしたら、死んだのはいったい誰なんだい?」
 人数が合わないじゃないか、と言いかけてグレイシアはまさかと口をつぐんだ。
 ここから先は、現場に行ってみないとわからないだろう。



 墓地に着いたコタ達一行は、箒を持って佇む女と白衣の女という奇妙な二人組みに遭遇した。何か話し合っているようだが、声が小さすぎてわからない。
「何してるっスか、こんなところで」
 訝しげなコタの声に、妹尾 静音(せのお・しずね)フィリス・豊原(ふぃりす・とよはら)は大げさなほどに驚いた。
 ますます怪しい、とコタよりも周りの者達が疑いの目で二人を見る。
 静音は箒を振り回しながら慌てて答える。
「ちょ、ちょっと。そんな目で見ないで。あたし、少し羽目を外しすぎて、学院にゆる族の墓地の清掃をするように言われてしまいました」
 なるほど。百合園女学院の制服を着ている。
「わたくしが、その見張りですわ」
 続いたフィリスは白衣。理系教師か保険医かと思われるが、証拠はない。
 いよいよ怪しさが増すが、コタはそれを受け入れた。
「この広さっスから掃除はありがたいけど、今はちょっと危険な状況っス。帰った方がいいっス」
 心配されてしまった静音とフィリスは顔を見合わせると曖昧に微笑む。
「何だか、凄いことになってるみたいね」
 静音は次々と南北の入口から入っていった人達のことをコタに話した。
 その人数はコタが思っていた以上だった。
「みんな無事かしら」
 クラリッサが心配する。
「相談なんだけどよ」
 と、レン・オズワルド(れん・おずわるど)がコタを呼ぶ。
「中でくたばってるかもしれない連中を助けてやっちゃくれねえか? その代わりってわけでもないが、俺達は変わらずおまえ達を守る。絶対に裏切ったりはしない」
「……しょうがないっスね。墓場で死なれて化けて出られても迷惑っスから」
 軽い口調の憎まれ口に苦笑して、レンは歩き出したコタに続いた。
 南側でも北側でもない。中途半端な方角の隅のほう。
 墓守だけが知っている入口だな、とレンは見当をつけた。
 ほとんど陽の当たりそうにない、じめじめしたところだった。
 その中でも最も質素な墓石の前に立った時、何の前触れもなくコタがくず折れた。貧血でも起こしたかのように。
 すぐにクラリッサが駆け寄り、呼びかける。
「落ち着いて、大丈夫だから。誰もあなたを恨んでないから、安心して……コタ」
「違う……コタは……」
 呻くようにコタが言葉を漏らした時、
「ここが本当の入口でしたか」
 嫌味な声と共に再度、八坂が現れた。手強そうな傭兵も引き連れて。その中には、ラペル・チェンバロッテとクルクス・ナインレッドもいた。
 やっぱり来たか、という呟きと共にレンはエンシャントワンドを構える。他にくっついてきた者達もそれぞれ戦闘態勢をとった。
 しかし、今度は八坂もそうとうな人数を揃えてきていて、今の時点でこちらは数で負けていた。もっとも、数が全てではないが。
 八坂は一歩前に出て、手を差し出す。
「さあ、秘宝の鍵を渡してもらおうか」
「状況を見て言えよ。すんなり渡すと思うのか?」
 いまだうずくまったままのコタに代わり、レンが応じた。
 八坂がわざとらしいくらいの大きな声で笑う。
「おかしいとは思わなかったのかね? 今まで固く封じられていたものが突然露わになったことに。南北の入口を開けたのは我々『ダークサン』だよ。そして、その情報をもたらしたのは、その墓守の死んだパートナーさ。我々の仲間だ。……かわいそうに、その墓守はパートナーを失ったショックで苦しんでいるではないか。秘宝のことなど忘れて、過去から解放される方が幸せだと思わないのかね?」
「勝手なこと言ってんじゃないわよ!」
 重くなった空気を祓うように叫んだのは静音だ。彼女は箒で八坂を指し、怒りをぶつける。
「ここに来ればイイ男に出会えるかもと思ったけど、とんだ下衆がいたもんだわ!」
 とても個人的な怒りだった。
 八坂は思い切り顔をしかめて舌打ちする。
 これが戦闘の合図となった。
 いつもは自分の武器で応戦するコタが戦えない状態なので、レンとフィリスが守るように立ち、静音は仕込み竹箒の柄を抜き、真っ直ぐ八坂に斬り込んでいった。
「みんな、本当にオタカラってのが好きなんですねぇ」
 押され気味だったクラリッサの相手の脳天を、剣の腹で叩いて気絶させながらぼやくティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)
「あの、ありがとう」
「いえいえ、いいんですよ」
「なごんでんなよ、ガキ共ォ!」
 一瞬のほんわかした空気をぶち壊す無粋な声。
 しかし、それはすぐにスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)の火術に沈められた。
「ティティには、指一本触れさせませんよ!」
 得意気に笑うスヴェンの言葉は、きっと男には届いていないだろう。
 それからティエリーティアとスヴェンは倒された傭兵達が再び襲い掛かって来ないよう、片っ端からロープでぐるぐる巻きにしていった。
 それでも押されいるか、と思われたが。
「待たせたな、やっと追いついたぜ!」
 ここに来る途中途中であった数々の襲撃で敵を食い止め、コタ達を逃がしてくれた久途 侘助達だった。
 いろいろと傷を負っているものの、みんな元気そうだ。
 クラリッサが侘助を呼んで、預かったままだったデリンジャーを返した。もうこのような人質を取るような行為は必要ない。
 形勢は逆転し、傭兵達の士気が一気に下がった時、
「さあ、これまでよ!」
 静音の刃が八坂の首に当てられていた。

 いつの間にか戦闘の場から抜け出してゆったりと見物を決め込んでいたラペルは、八坂がお縄になったのを見届けると、クルクスを従えて墓地から去っていった。