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華麗なる体育祭

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華麗なる体育祭

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午後の部、個人競技『借り物競走』
 参加者の気合いも応援合戦で十分に高められた頃、次の競技が発表された。
どんな指示が飛び出すか分からないデンジャラスな競技、借り物競走だ。
「ごめんなさい、誰か手の空いている人はいませんか?」
 救護班テントに、役員のサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が尋ねてきた。どうやら、参加人数が足りないらしい。
「天音、確か借り物競走へ出るんじゃなかったのか」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)のパートナー、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が気を利かせて声をかけるが、天音は現在生徒を治療中の上、救護班テントの中は怪我人の他にも知恵熱を出した生徒たちでいっぱいだった。
「流石にこの状態ではね……君が代わりに出てみたらどうだい? 折角の体育祭なんだから」
「いっ……ぐぁああっ!!」
 自ら救護班を志望した割に、その治療は悲惨なものだった。
 いや、決して手荒なわけではない。むしろ的確な治療は他の生徒に指導を行えるほどだ。
 しかし、知識があるからこそ、ワザと痛がる治療を続けているのだ。
「……そうだな、悲鳴も些か聞き飽きた」
「困ったことがあれば、聞きにおいで」
「ふん……あれば、な」
 役員に連れられてテントを出て行くブルーズを見送り、天音は笑みを濃く浮かべる。
「さて。君の怪我は回避不能だったかい? 注意力散漫だから、こういう目に遭うんだよ」
「うぐっ!? ず、ずみませんんん〜っ!」
 競技に参加しての怪我ならともかく、浮かれて前方不注意での怪我、図書室で資料の取り合いから起った乱闘騒ぎ……。
「全く、怪我をしたくないって思われるような情報、君にばら撒いてもらおうかな?」
 すさまじい治療が続く救護班テントの外、グラウンドには参加者が集まり始めた。
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は靴紐を確認して、椿 薫(つばき・かおる)も十分にストレッチを行い、芳樹は応援席にいるアメリアに手を振っている。そして――
「はぁ、はぁっ……」
 かなりゆっくりとしたペースで、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が集合場所へ向かってくる。
 けれど、その表情は苦しそうなので、もしかすると運動は苦手なのかもしれない。
 参加者が集まったのを確認して、サイモンはマイクで競技説明を始めた。
「それじゃあ、ルールを説明するよ! まず、トラックを半周、200m走ってもらいます。テーブルの上にある青い封筒ならどれを選んでも構わないよ。借り物を決めてもらうんだ! 借りてきたら、同じ地点に戻ってもらって、今度は自分が走ってたコースの赤い封筒を取ってね。それが問題用紙だよ! もし人物が借り物だったら、一緒に考えていいからね!」
 無数の青い封筒が机の上に散りばめられ、赤い封筒はその少し先のコース上に置かれた。
 あれだけ借り物のリストがあれば、何が当たるかは自分の運次第だ。
「それじゃあ位置についてー! よーい……」

 ――パンッ!

 軽快なスタートをきった薫とクリスティーに続き、少し遅れを取ってブルーズが追いかける。そして、体育が苦手な芳樹とウィルネストは出だしからかなり差をつけられてしまった。
 やっとコーナーを曲がりきろうかというところで、既に薫はテーブルにたどり着いていた。
「外から見えぬなら、迷っても同じでござるな……いざっ!」
 直感で1つの封筒を選び、中身を確認する。借り物は『自分のチームの応援団の衣装・道具を一式』だ。
「ず、ずいぶんな量でござるな。しかし、持てぬ量ではござらんよ! ニンニン!」
 握りしめて走り出した薫に負けじとクリスティーも手前の封筒を引いた。
「良かった、意外と普通の物なんだね。ボクはてっきり『ジェイダス校長先生』とか出てくるものだと……って、えぇえええっ!?」
 噂をすればなんとやら。目を擦ってしっかりとカードを確認しても、間違いなく『ジェイダス・観世院校長』と書かれている。
 どう見ても「ジョイデス」やら「ヅァイダス」なんて赤の他人ではない。
「こ、こんなにあるんだから、交換とか……」
 ――パシッ!
「………………」
 手を伸ばしかけた封筒は、追いついたブルーズに取られてしまった。すぐ走り出すでもなく固まっている様子を見ると、同じような物を選んだのかも知れないとクリスティーは一方的に親近感を覚えた。
 眉間に皺を寄せながらブルーズが見上げた先は救護班のテント。治療を終えたのか、天音が入り口に立ってこちらを見ている。
「……はぁ」
 急ぐことなく救護班のテントへ向かうブルーズに、一体どうしたんだろうと思えば遅れた2人もやってきてしまった。
「言い忘れたけど、1度引いた借り物カードは交換出来ないよ」
「えぇ!? それを早く教えてよ!!」
 動き出さないクリスティーにサイモンがしれっと答えると、急いで教員テントを目指す。これは覚悟を決めるしかない!
そのやりとりを聞いていた芳樹とウィルネストも、覚悟を決めて封筒を選ぶ。
「えっとー? 『ルドルフの仮面』……って、この写真のヤツ!? お偉いさんじゃねぇかよ!」
 顔写真と肩書きを見ればイルミンスールの自分でも分かる。この薔薇の学舎では、優秀な生徒がイエニチェリと呼ばれていること。
 そしてそのリーダー的存在なのがこのルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)であるということも。
「しかもコイツ、いつも校長の近くにいるんじゃなかったっけ。どうする!?」
「さて、俺は……『ぬいぐるみ』だぁ? 男子校にンなモンあるのかよ。あ、一応ゆる族は大丈夫なのか」
 用意出来る借り物は売り物にしようと、1番コースに近い応援席を陣取っていたマルクスが、ウィルネストの近くに小石を投げつけた。
「ニィちゃん! 今ならレンタル料サービスするアルよー?」
 笑顔で自分を指さすマルクスを見て、ウィルネストはふと思い出す。喋るゆる族が大丈夫なら、アイツでも――
「うぃるー、ガンバレー、でもぼくのチームに勝っちゃダメよー!」
 幼なじみのティエリーティアが、マルクスより少し奥の席で手を振っている。
「ぬいぐるみは可愛い、可愛いはぽえっとしてそう、ぽえっとしてそうはトロイヤツ、トロイヤツは……おまえだっ!!」
「えっ!? ご、ごめんなさいぃいいっ」
 指を差して怒鳴られてしまい、反射的に頭を下げるティエリーティア。
 観客をかき分けて謝り続けるティエリーティアの腕を乱暴に掴むと、すぐさまウィルネストは問題用紙へと向かう。
「よっしゃー! 運動音痴の俺様、華麗に惨状!! 知識の多さと身体能力の低さなら誰にも負けねー!!」
 体育祭での身体能力の低さは致命的だが、抜き打ちテストが含まれる今日はそれでも有利なのかも知れない。
 自信満々に赤い封筒を掲げると、余裕の表情で問題用紙を開いた。

Qウィルネスト・アーカイヴス:家庭科 型紙のラインを布に記すために使われるこれは、何と呼ばれるか

「何って、どう見ても色鉛筆だろ?」
 ひょい、と隣から問題用紙を覗き込んだティエリーティア。
 ご丁寧にカラーで印刷されたそれには、芯が白や水色の鉛筆らしいものが載っていた。
「だねー。ちがうのかなぁ?」
 家庭科が苦手な2人は、何かのひっかけがあるかもしれないと問題用紙と睨めっこしながらゴールまで歩くことにした。
 その頃、救護班のテントまでたどり着いたブルーズはというと……。
「お早いお帰りだね、困りごとかい?」
「ああ。天音、お前を連れて行く」
「へぇ、僕を。どんな指示なんだい」
 最初に口にしなかったのだから、言いたくないことは察している。
 けれど、それなら余計に聞いてみたいというのは人の性だろう。
「言う必要はない、行くぞ」
「理由が無ければ行けないな。僕はこれでも救護委員だ」
 口の端を上げて、わざと目に入りやすいように腕を組んで委員の腕章を見せつける。
 ブルーズは観念したのか、溜息を吐いて自分が引いたカードを差し出した。
「……面白いね。君から見て、僕は『美少年』なのかい?」
「うるさい、黙っていればと付け加えるか」
「ふっ、それは否定にならないよ?」
 これをネタに何日からかわれるかと思うと頭が痛いが、今はまだ競技中。急いで問題用紙の元へ向かうのだった。
 そして、真っ先に借り物を借りに言った薫はというと、物が普通の物だけに難なく手に入れることが出来た。
 荷物を減らすために壮太が用意していた予備の長ランや手袋は急いで身につけ、メガホンも首から提げ、片手で太鼓を、そして片手には風の抵抗を受けないように巻かれた団旗を持ち、バチはズボンのポケットに突っ込んだ。
 体力には自信があるものの、さすがに団旗と太鼓を持って走るのは一苦労で、バランスを取るのがやっとだ。
「や、やっと赤い封筒にたどり着いたでござるな……拙者の問題は、と」

Q椿 薫:理科 炭酸水素ナトリウムを加熱すると、物質は何に分解されるか。全て答えよ。

「な、なんと……! 拙者が理数系は苦手と知っての出題でござるか!?」
 解けてすぐ走り出せるわけもないので、問題文を口で反復しながらゴールに向かうことにするが、重い物を持ちながらバランスをとりつつ試験問題の答えを考えるという複数のことをしているからか、反復しているそばから問題が少しずつ変わっていくことに薫は気付いていなかった。
 教員テントに向かったクリステーも、ある種混乱をしていた。
 テントの入り口でジェイダスが借り物として出たと正直に伝えて中に入れてもらったまでは良かったのだが、中々コースに戻ることが出来ない。
「……という状況を、クリスティーはどのように考える?」
「は、はぁ……その、なんと言いますか、えぇと」
 緊張した面持ちで尋ねてきたクリスティーは、初々しいと気に入られてしまいジェイダスは腰を上げてはくれなかった。
 なんとか機嫌を損ねず競技に参加して欲しいが、相手は校長。話に水を差すこともできずにいる。
「すみません、借り物で来た高月です! ルドルフさんはいらっしゃいますか!!」
 天の助けとも言うべきか、遅れてやってきた芳樹の声が教員テントの中に響いた。
「そうです校長! ボクも競技に戻らなくては……」
「クリスティーの問題は、ここにもある。聞かせてもらおうか、高く澄んだ歌声を」
 指定された曲を、たった1人のために歌い上げる。緊張のためか少し息苦しく感じるが、これをクリアしなければ競技も負けてしまうと懸命に歌い上げる。
 それをバックミュージックにして優雅に芳樹の前へ現われた青年。反射的に芳樹は頭を下げた。
「僕がルドルフだが、借り物は何かな?」
「る、ルドルフさんの仮面です!」
 この仮面を取った姿は誰も見たことがないのだろう。イエニチェリたちから突き刺さるような視線を浴び、芳樹は逃げ出したくてたまらなかった。
「それが指示されたものなら、仕方がないな……」
 ルドルフが手を挙げると、イエニチェリたちの視線が幾分か収まった。ホッと胸をなで下ろし、お礼を言うといよいよルドルフが仮面に手をかける。
 ――キラキラキラッ!!
「うっ!!」
 その瞬間、すさまじいフラッシュがルドルフを包み込み、芳樹は目が眩んでしまう。
「どうかしたかい?」
 仮面から手を離してもなお美形フラッシュの余韻が続く。これでは、ルドルフに仮面を外してもらうのは不可能だ。
「あの、やっぱり一緒に走ってもらえますか……」
「わかった。では赤い封筒まで急ごう」
 芳樹を先に走らせ、ルドルフはイエニチェリたちに手を振って教員テントを去る。
 イエニチェリたちは、ライトバンを手にしたままいつまでも手を振り返していたことに、芳樹は気付いていなかった。



 結局、ゴール出来たのはブルーズと芳樹だけだった。
 ブルーズは普段から怠惰を好まない天音といるので試験は難なくクリアし、借り物も合格。
 芳樹は苦手な音楽からの出題だったが、作曲者と出身地と曲名を何でも良いから一致させるという問題で運良く正解。
 ウィルネストは借り物がそもそも違うと指摘を受け、薫は何度か挑戦したものの3つの答えのうち1つが合わず断念。
 そしてクリスティーは評価こそ合格なものの、今もなおジェイダスのもとで歌わされているようである。
 どのような結果でも、全員が手を抜くことなく全力で勝負に挑んだのは事実。応援席からは、盛大な拍手が贈られて競技終了となった。