First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
Next Last
リアクション
#4 ストライキ当日・お昼前 園長室
空京どうぶつえんが開園して、2時間ほど経った頃。
園長室には、園長のロイホ氏を説得しに、数人が集まっていた。
「帰ってくれないかね」
ロイホは冷たい言葉を投げかける。それに泉 椿(いずみ・つばき)は、激しく言い返した。
「おまえまだそんなこと言ってんのか!? ストライキだぜ? しかも今日! いまにも始まりそうな勢いだってのに!」
「ストライキ、ねえ。彼らにできるのか?」
ロイホはひどく懐疑的だ。
「話はデニーからも聞いてるんだ。労働環境の改善がなきゃ、強行派は動き出すぜ」
「スタッフの管理は私の仕事だ。口出ししないでもらおう」
「あのなあ! それができてないから、こうしてあたしたちが出てきてんだろーが!」
椿の口調はヒートアップしていく。
「もうすぐ大事な来客があるんでね。失礼するよ。」
ロイホが話を切り上げようとする。
「御神楽 環菜、ですわねぇ〜」
のんびりした色気のある口ぶりで、ロイホの『大事な来客』を指摘するのは、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)だ。
ロイホは足を止める。
オリヴィアは、脇に抱えていた書類をバサリと園長の机に放った。
「いろいろ調べさせてもらいましたわぁ〜。月間の労働時間規制、従業員への最低賃金、業務量に割り当てられる最低人員数。有給休暇の申請、労働現場の衛生環境、その他もろもろぉ〜……」
ロイホが忌々しげに書類をにらむ。
「まあ、入場料だけは良心的な値段ですわねぇ〜」
「何が言いたい?」
ロイホは少し話を聞くつもりになっているようだ。
「税務署や地検の監査が入ればぁ〜、あっという間に引っ掛かりますわよぉ〜」
「……」
「御神楽 環菜にバックについてもらうおつもりですかぁ〜」
それに勢いづいて、椿も言葉を挟む。
「ココは確かにだだっぴろい施設だぜ。でも、それを維持するには充分な収益があるはずだ! 必要のないコスト削減は、スタッフのモチベーション下がるぜ。おまえ、儲けを懐に入れてるんじゃねえだろうなぁ?」
椿は確信めいた目をロイホに向ける。ロイホは、怒ったような眼で椿を見返した。
「そ、れ、にぃ〜」
オリヴィアが、一頭のペンギンを連れてくる。
「このペンギンさんも、業務改善を訴えてますわぁ〜」
「くわ、くわ」
そのペンギンは、腕をパタパタさせて、くちばしをパクパクさせる。
「ここのスタッフ、ペンギンのジョイフルさんわぁ〜、証言に協力してくれるそうですのぉ〜」
「くわ、くわ」
ロイホは呆れたような溜息を一つ。
「……そのペンギンは、ゆる族かね?」
ペンギンがピタリと動きを止める。
「ち、違うくわ。ボクはペンギンのジョイフルくわ」
自称ペンギンは反論するが、ロイホはすかさず
「あーんして」
「あーん」
「口の中にあるその顔は何だ?」
ペンギンはパクンと口を閉じる。ロイホは追い打ちをかける。
「ジョイフルは腹に手術痕の傷がある」
ペンギンは自分の傷一つない腹を見て、そのままオリヴィアを見る。
「マスター、ばれたくわ」
ペンギンの着ぐるみで変装していた桐生 円(きりゅう・まどか)は、早くもごまかす気をなくしてしまう。
「まあ〜、円ったらぁ、音をあげるのが早いわぁ〜」
「さすが園長だね」
「円ったらぁ、『くわ』もやめちゃったのねぇ〜」
二人に危機感はない。
「それでは、本物のスタッフ、もとい、元スタッフからお話させていただきます」
と、進み出るのはバスティアン・ブランシュ(ばすてぃあん・ぶらんしゅ)。
「久しぶりだな、バスティアン。主は見つかったのか?」
ロイホは彼を覚えているらしい。
「ええ。彼です」
と、バスティアンはエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)を指す。エメは物腰柔らかく、ロイホに一礼。
「かつての『ふれあい動物ひろば』のスターが、今更何の用だ?」
「昔のあなたに戻っていただくためです」
「私は何も変わっとらんよ」
「へえ、君、人気者だったんだね」
エメはバスティアンの意外な過去に感心する。
「私は幸運を呼ぶのですよ。私を撫でれば幸運一つ。私を抱きかかえれば幸運二つ、私に舐めてもらえば幸運三つ、と言われたものです」
「ふ、懐かしいな」
ロイホは少し感慨深げだ。
「ええ。その懐かしい昔、あなたの瞳は輝かしく燃えていた。空京どうぶつえんを立ち上げたころは、園を軌道に乗せるためにあなたもスタッフも必死でしたね。賃金も保証も度外視して、子供にひげや尻尾を引っ張られても、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び。全てはお客様の笑顔のため。それだけでやっていました」
「……」
「でも今のあなたは、金に目がくらんだ亡者としか思えません。全てはお客様の笑顔のため。しかし園がここまで人気になった今、従業員にしっかりした保障をするのは、経営者として当然と思いませんか?」
「……」
ロイホの沈黙に、バスティアンは何かを察する。
「園長、あなた、何か事情を抱えてるんじゃないんですか?」
「バスティアン、私はね……」
ロイホが重い口を開いた時、
「なるほど! 要はそのバスティアンが抜けてから、動物園の人気者に不足しておるというのだな!」
白狐の獣人、暁 出雲(あかつき・いずも)が前に出る。
「いや、そうではないと思いますが」
バスティアンが遮ろうとするが、出雲はおかまいなしに、
「分かる! 分かるぞ。園内をざっくり目を通してみたが、なるほどスタァと呼べる者はおらぬな。皆そこそこのレベル止まりだ。」
「な、なんだ君は」
ロイホは出雲の勢いにたじろいでいる。
「人気動物園といえども、実は経営が苦しいのであろう? 御神楽 環菜に出資の打診をしているのも、そのせいであろう」
「え? 園長、そうなんですか?」
バスティアンも経営の話が出ると、驚かざるを得ない。
「……あの女王さまの接待には金がかかるんでね……」
「園長! そんな人の出資を得て、どうするつもりなんですか!」
「バスティアン、これはもう、お前の出る幕じゃないんだ」
ロイホはまた、冷たい目になってバスティアンを見る。
「げ、そういう話になると全然分かんねえ……」
椿も口を出せない。
一方、オリヴィアの目は輝く。
「そうなると、お話は変わってきますわねぇ〜。彼女の融資次第で環境は変えられるということですわぁ。でしたら契約書を作成して、その手数料をたっぷり……」
「心配いらぬぞ、園長。我と組め。」
「は?」
出雲の申し出に、ロイホは戸惑う。
「我はこのような風貌だ。我と組んでショーを仕立てれば、大儲け間違いなしじゃ」
「な、何を」
「地球人は我のような獣を神獣と申して敬う。この空京どうぶつえんに神の使いが舞い降りたと宣伝すれば、観客は何倍にも膨れ上がるぞ。神獣がおるとなれば、入場料を倍にしても客足は途絶えぬであろう」
出雲は、ここぞとばかりに猛烈に自分を売り込みにかかった。
「どうじゃ! で、新しいスタァである我の報酬であるが……」
出雲が勝手に給料の話を持ち出したその時、
バンッ!
「いましたわ……この狐!」
部屋のドアを開いて現れたのは、出雲が共にパートナーを組んでいるヒナ・アネラ(ひな・あねら)と、
「やっぱりこういうことになってたんだね……」
二人の主、月島 玲也(つきしま・れいや)だ。
「おお、二人ともよく来た」
「よく来た、ではありませんわ! 最近いつも帰りが遅いと思ったら……」
「心配してたんだよ、出雲」
「そうかそうか。すまなんだな。しかしもう心配はいらぬ。これから贅沢させてやるぞ」
「お金の心配ではありませんわ! 玲也、やはりこの狐、信用できませんわ!」
「ヒナよ、何を怒っておるのだ?」
「さあ帰るのです。まったく恥ずかしい」
ヒナは、出雲の腕を掴む。
「ヒナ、そんなに怒らなくても……」
玲也は、出雲よりヒナを落ち着かせようとする。
「玲也! あなたが甘やかすから、狐がつけ上がるのですわ」
「あ、うん、ごめん……」
玲也はヒナの勢いに押されて謝ってしまった。
出雲はそれに、ピンとひらめいた顔をする。
「そうか! ヒナお主。ジェラシィというやつじゃな? 我だけがスタァになるのが気に入らぬのであろう」
「なんですって?」
「皆まで言うな。おい園長。この乳白色のドラゴニュートもなかなかに希少価値が高い。我とスタァの二本柱となれるであろう」
「ちょ、ちょっと出雲……」
玲也もさすがに止めに入る。
「ん? 玲也も働きたいのか? そうだな。超感覚で獣耳と尻尾を出せば、一部のマニァに大人気かも知れん。ふむ、園長。こいつは園の案内係にどうだ?」
出雲は二人を巻き込んで、勝手にプレゼンを始める。
園長室に、ピリピリした空気が張り詰め、パリパリと電気が走る。
「ん? なんだこれ?」
椿が最初に異変に気づく。目をやると、異様な雰囲気のヒナがその原因だと分かる。
「この……狐……」
ヒナは、怒りにひきつった顔に、無理やり笑顔を作る。
「……覚悟はよろしくて……?」
「え! 待ったヒナ!」
「やっべえええ!」
ズガアアアアッ
玲也の制止空しく、園長室に炸裂するサンダーブラスト。
全員攻撃のスキルであるそれは、出雲はおろか、その場にいた全員を真っ黒焦げにしてしまった……。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
Next Last