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第32章 宴は終わりぬ

 打ち上げ終了後の後片付けは、実行委員総出の作業となった。
 一通りの作業が終わった後、気がつくと、一条アリーセの姿が見えなかった。
「? どなたか、アリーセさを見かけませんでしたか?」
 浅葱翡翠が問いかけると、全員が首を横に振った。
「逃げ出したんじゃないの? 例のドリンクの一件で色々追及されると思って?」
 四方天唯乃の台詞に、風森望が舌打ちした。
「……色々いじってやろうと思ってたのに……」
「皆さん、忘れ物はありませんね? それでは、帰りのバスはこちらですよ」
 神和綺人に誘導され、実行委員の面々は待っていたバスに次々と乗り込んでいく。
 試合場の外は、ついさっきまでは送迎用バスや自動車、バイク等が並んでいたが、いまや残っているのはこのバス一台だけだった。
 全員が乗り込んでから、バスは動き出した。
「ふぅ」
 誰かが溜息をついた。弛緩した空気が車内に流れた。
「……終わりましたねえ」
 神和綺人が溜息混じりに言った。
「凄い試合でしたねぇ……あんなに動き回って、スキルを使い合って……戦闘でも、あそこまでの密度にはなかなかなりませんよ」
「所詮はスポーツです。分かってるでしょう?」
 神和綺人の台詞に、神和瀬織が注意をする。
「対立する利害のもとに、参加者が一定のルールに従って、相手を傷つけも殺しもせずに進んでいくなんて、平和で安全なものです」
「瀬織は見ててつまらなかったの?」
「そうは言っていません。ただ――」
「ただ?」
「ただ――何でもありません」
「平和で安全、それもいいだろう?」
 ユーリ・ウィルトスが微笑した。
「好きこのんで戦争したり殺し合ったりする者など、そうはいない」
「なら、参加した選手達は『そうはいない』変わり者ばかり、という事ですね」
「いや、彼らは語り合いたかっただけだ」
「語り合いたかった?」
「そう。自分の技やスキルで、相手のそれと、な――」
 ユーリの台詞に、神和瀬織は「度し難いものです」と頭を振った。
 アマーリエ・ホーエンハイムが、ディスクを一枚取り出し、バス内のプレイヤーにットした。
 モニターに映し出されたのは、今日の試合と、その後の打ち上げの光景だった。
 打ち上げの場面のそこここで、車内のあちこちから色々な声や笑いが洩れた。

 ――表彰式後、壇上から降りた両チームのキャプテンは、チームメイトにもみくちゃにされ、最後は胴上げされていた。
 ――試合中には互いに一番能力をぶつけ合っていた、緋桜遙遠と藤原優梨子のふたりが並んでいた。ニコニコしているのは緋桜遙遠の方だけで、藤原優梨子の方は何やら警戒気味の顔だったが、別れる時にはお互いに「ナイスプレー」と言い合っていた。
 ――イルミンスール武術部の連中は一箇所に固まり、その中で部長のマイトは大笑いしていた。鬼崎朔が赤羽美央に驚異の防御率の訳を訊ねると、問われた方は微笑みながら「黒檀の砂時計」を掲げて見せた。
 ――レロシャン・カプティアティがミルディア・ディスティンの所に行き、頭を下げた。ミルディアは無言で拳を作り、触れるようにしてレロシャンの胸を、ちょこん、と突いて笑って見せた。
 ――そんなふたりを飛び入りのヴェルチェ・クライウォルフは眩しそうに見ていたが、同じ飛び入りのエヴァルト・マルトリッツがその手をひっつかんで引き合わせた。ヴェルチェは妙に慌てふためいて何やら喋っていたが、レロシャンとミルディアはヴェルチェの手をつかんで「ありがとうございます」と答えていた。
 ――一部の紅のメンバーは、「この試合は勝てた試合だ」と信じて疑わなかった。本郷涼介を中心として、四条輪廻、如月正悟等が固まり、感想戦を語り合っていた。
 ――鬼崎朔がイルミンスール武術部の輪から離れ、泥だらけのアシュレイ・ビショルドの方に歩み寄り、肩を叩いた。鬼崎朔は、雨の中で敢えて「光学迷彩」を使い、地面に伏せて相手を混乱させた戦術を褒めていた。アシュレイはどう答えていいか分からず、顔を赤くしていた。
 ――近藤勇と原田左之助は「酒はないのか」と実行委員に文句を垂れていた。
 ――リアトリス・ウィリアムズとモナルダ・ヴェロニカは、男達に囲まれて言い寄られていた。スプリングロンド・ヨシュアが、群がる男達を追い払っていた。
 ――騎沙良詩穂はムスッとした顔で「だから、私は試合を盛り上げたかっただけだってば」とか「もともとそっちの言い出してきたルールが不公平だったんだってば」と言いながら、押しつけられたコーヒーポットをラッパ飲みしていた。隣にいたリカイン・フェルマータは「はいはい」とあしらいながら、スポーツドリンクをすすっていた。
 ――精根尽き果てた芦原郁乃は、パートナーの秋月桃花の膝で眠っていた。蒼学と百合園の選手達は、その寝顔を見守っていた。

 ――平和ですね。
 誰かが言った。
 ――そうですね。
 誰かが答えた。
 ――これ、みんなが真っ二つに別れて、全力でぶつかり合った後なんだよね。
 ――良い事だ。仲良き事は美しき哉。
 ――戦った後、みんながこういう風に出来たら、世の中平和なのにねえ。
 ――夢物語ですわ。
 ――でも、何だか信じたくなるよね。これ見てると。
 ――第二回ってやるのかしら?
 ――どうだろうな。
 ――ねぇねえ、そしたら今度は選手として出る?
 ――さぁね。



 日が沈もうとしていた。
 「第一回蒼空杯サッカー大会」は、その全日程を終了した。