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リアクション
青春は短い 宝石の如くにしてそれを惜しめ
「【瞑須暴瑠】やろうぜ!」
と、言い出したのはナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)だった。
パラ実の先輩として新入生に紹介できるものを考えた時、施設が壊されたこの学校では、もっとも盛んな部活動である野球しか思い浮かばなかったのだ。
自分がやりたいだけだった、というのが本音という話もある。
それはそうと、呼びかけてみれば対戦ができるくらいの人数は集まった。審判もちゃんと四人いるし、サポートもチアリーダーもいる。
噂を聞きつけてどこからともなく野次馬、いや観客も増えてきていた。
球審を務める浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は賑やかになっていく周囲に、開いていたルールブックを閉じた。
ちなみに一塁塁審は九条 葱(くじょう・ねぎ)、二塁塁審は九条 蒲公英(くじょう・たんぽぽ)、三塁塁審はスワン・クリスタリア(すわん・くりすたりあ)である。
三人もそれぞれルールブックにかじりついていた。
蒲公英だけはやや気楽に構えていたが。
「だって、ここはファールの判定しなくていいもの」
「いいな〜。えーと、あの線の向こうがファールで……ヒットで打者が走ってきた時は……と。……ま、適当でいいか」
眉間にしわを寄せて真剣に文字を追っていた葱だったが、ふと笑顔になると爽やかに言ってのけた。
葱が肩の力を抜いたことで安堵したのか、スワンもほっこりと微笑む。
「そうだね、何とかなるよね」
「なるなる」
「三人とも、そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ。審判は絶対ですから」
翡翠がそう言えば、
「もう、それを早く言ってよ」
と、蒲公英が彼の肩を軽く押した。
暴君の集まりになりそうな審判に気づかず、チームは『竜』と『虎』に分かれ、オーダーが作られた。
そこで竜チーム監督のシュバルツ・ダークエデン(しゅばるつ・だーくえでん)は、選手が一人足りないことに気づく。
「それなら、先生さんがやってみたらどうですか?」
「監督兼選手か?」
「はい」
「ふむ……」
スティリアム・ルシフェル(すてぃりあむ・るしふぇる)に勧められ、シュバルツは──こちらもルールブックに目を通しながら考え込んだ。
(なるほど、学生達と共に走る……か。それにしても野球とはいかにも学生らしいスポーツであるな)
ふと、シュバルツの思考が飛ぶ。
(……クックック。良い教育が良い人材を育てる。そしてしかる後、私がシャンバラを征服したあかつきには、それらが私の支配を受けることになりゃふぎゃへにゃ)
「先生さん? 皆さんにご迷惑かけないでくださいね」
スティリアムがシュバルツの頬にホーリーメイスをぐりぐりと押し付けていた。
おかげでどんな妄想をしていたのか忘れたシュバルツだが、代わりに最初に何を考えていたのかは思い出すことができた。
「うむ、よかろう。あいているサードには私がつこう」
「がんばりましょうね」
スティリアムはシュバルツと野球をできることを素直に喜んだ。
後攻竜チームのポジションはこうだ。
ピッチャー ナガン ウェルロッド
キャッチャー ラルク・クローディス
ファースト ミューレリア・ラングウェイ
セカンド スティリアム・ルシフェル
ショート 湯島 茜
サード シュバルツ・ダークエデン
ライト 鬼道院 理香子
センター 桐生 円
レフト 鬼崎 朔
「始めましょう! ──すみません、ラルクさん、もう少し低くなってくれませんか」
「お? おう……」
翡翠の背丈では長身のラルクに視界をふさがれてホームベースが見えないのだ。
ラルクはほとんど座るような姿勢をとることになった。
後攻の竜チームの面々がそれぞれの守備についていく。
ちなみにパラ実に整備されたグラウンドなどというものはないので、球場の範囲は適当である。石灰はあったのでそれで必要な線を引き、どこからか持ってきたベースを置いただけだ。
先攻の虎チームの一番バッターは百々目鬼 迅(どどめき・じん)だ。
軽く数回素振りをした迅は、バッターボックスに立つとピッチャーのナガンを挑発するような笑みを見せた。
吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)を慕う彼は、同じチームになれたことでテンションが上がっていた。
「こう見えても小学生の頃は公園で野球やってたんだぜ。俺を甘く見てると初球ホームランでへこむことになるかもな!」
「そりゃ大変だ! ナガン、封印解凍ー!」
叫びながら大きく振りかぶり、集中するとナガンの秘めた力が解放されていった。さらに彼女は【瞑須暴瑠】を存分に楽しむため、右腕は機晶姫の腕、左腕は岩巨人の腕、硬膚蟲で皮膚を硬質化させて備え、侵蝕蟲で筋力を増すという念の入れようだった。
ナガンの瞳が妖しく光る。
「打てるもんなら、打ってみろォ!」
振り下ろされたナガンの手から、剛速球が放たれた。
瞬間、迅が何か叫んで身を捩り──。
「デッドボール!」
翡翠が一塁方向を指差した。
迅の尻にボールがめり込んでいる。
ボールがこぼれ落ちると同時に、迅も痛みに耐えかねて膝を着いた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ヘッ、これくらい……っ」
心配げな翡翠に迅は強がって立ち上がると、尻をさすりながら一塁へ向かった。
当てるつもりはなかったナガンは首を捻って、フォームの確認をしている。
二番ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)。
(桐生さんの言っていたとおりでした……!)
バッターボックスに立ち、構えたロザリンドは桐生 円(きりゅう・まどか)が言っていた、ラフプレイがどうこうという言葉に用心し、フル装備で試合に臨んでいた。
パワードアーマー、パワードインナー、パワードレッグ、パワードアーム、パワードバックパック、パワードマスク、パワードヘルムである。
センターを守る円は、物々しい出で立ちに唖然としていた。
「ロザリン、怖いよ硬すぎるよー……」
その硬すぎるロザリンドに、ナガンも闘志を燃やしたのかニヤリとしてボールを握り締めた。
ナガンが高々と足を振り上げた時、ノーマークだった一塁の迅が走った。
バーストダッシュで砂埃を巻き上げながら狙った二塁は、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)の送球よりも充分早くに到達できた。
観客から歓声があがる。
それからナガンは盗塁に気をつけたのか、ちらちらと二塁を気にする。
そのせいだろうか、ストライクを狙った球はわずかにそれてボールになってしまった。
だが、その後の二球は続けてストライクでロザリンドを追い詰めた。
「せめて、百々目鬼さんを三塁に……!」
バントにしようか迷ったのがまずかったのか、中途半端に振ったバットにボールは当たったが、セカンドのスティリアムへのゴロになってしまった。
ロザリンドはアウトになり、迅は二塁に留まる。
三番イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)。
ピッチャーを挑発するようにスタンドに向けてバットを掲げた姿に、観客がどよめく。
その反応にベンチで応援している秋月 葵(あきづき・あおい)は得意そうに笑った。
「グリちゃん目立ってる! がんばれぇ〜!」
「あのー、たぶん観客の皆さんはグリちゃんのかっこよさに声を出したのではなく、バットの数に動揺したんだと思いますよー」
横からそっと監督の桐生 ひな(きりゅう・ひな)が指摘する。
葵は不思議な言葉を聞いたように目を丸くした。
イングリットの持参したバットの数は三本。
右手、左手、尻尾である。
「反則、かなぁ……」
「審判が何も言わないのでいいんじゃないですか? それに周りは盛り上がってますし。葵も代打とかで出てみますか?」
せっかく来たんですし、と親しげに言うひなに葵はちょっと恥ずかしそうに身じろぎして目をそらした。
妙な反応にひなが首を傾げると、葵は覚悟を決めて話し出した。
「しょ、正直に言うよ! パラ実に遊びに来て……いつの間にかはぐれたイングリットを探すことになって〜、見つけたと思ったら何故か野球のユニフォーム着てベンチに座らされていたんだよ……」
そこで葵は何を思い出したのか、ブルッと身を震わせた。
「催眠術だとか超スピードとだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったよ……」
べらんめえ調混じりに青い顔で言われたひなは、詳しく聞かないほうがいいと判断して黙って相槌を打つにとどめた。
変わって、バッターボックスにて三刀流でナガンの剛速球に挑むイングリットは。
三本のバットにおもしろそうに目を細くしたナガンは、イングリットの期待に応えるように真正面から勝負した。
「バット三本がどうしたァ!」
「どんな魔球も真っ二つにゃ〜!」
二人の叫びの直後、物凄いスイングと甲高い音を立てた後、ボールは空高く打ち上げられた。
外野へのフライか。
誰もがそう思った。
が、ボールはふよふよと風に流されるように観客席に飛んでいく。
「ホームランなんてダメだよ」
円はサイコキネシスを使ってボールを操作し、何とか自分の前のほうに落とした。
不自然な落ち方をしたボールに、観客がどよめく。
虎チームのベンチでは葵が残念そうに肩を落としていた。
操られるようにスタンドへ運ばれそうになっていた打球の正体は、葵もサイコキネシスでボールを操作していたからだった。
しかし、ここでもう一つの判定が下った。
「ストライーク!」
球審の翡翠がそう宣言する。
一塁へ走り出していたイングリットがこけた。
「何で!?」
ガバッと起き上がって非難の目を向ける彼女に、翡翠は無言でキャッチャーミットを指差した。
ラルクが中からペラッとした白いものを取り出す。
それは、真っ二つになったボールの片割れだった。
イングリットは三本のバットからソニックブレードを放った。そのうちのどれかにボールは二つにされたのだろう。一つはミットへ、一つはフライへ。
ひなが弾丸のようにベンチから飛び出し、審判へ抗議に行く。
「半分はヒットなんですから、ヒットですー!」
「それなら、半分はストライクだからストライクですね」
「むむむむ」
「ほ、ほっぺを突付かないでください……っ」
ひなはムッと睨みながら翡翠の頬を指でぷにぷにと突付いていた。かわいい弟のように思っている翡翠だが、これは譲れない。
竜チーム監督のシュバルツも出てきたが、ルールブックにこのような事態の解決事例など載っているわけもなく。
選手達も集まってきてヒットかストライクかで揉め始めた。
その様子をスタンドから目をキラキラさせて藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が見つめていた。
彼女はお友達──大荒野に生きる首狩族や馬賊の皆さん──を誘い、チアリーダーとして観戦に臨んでいた。
それぞれ好きなほうについてもらい、スタンドを盛り上げるのが目的だ。
が、真の目的は隙を突いて乱闘に持ち込むことだった。
負けたほうの首を狩るなり、逆に勝ったほうの首を狩るなりご自由に、とお友達には言ってある。
波羅蜜多実業高等学校総長ドージェ・カイラスは野球漫画を愛読していた、と優梨子から聞き興味を示して試合を見に来た彼らだが、揉め事の様子に思わず武器に手が伸びる。
しかし、彼らの期待は翡翠の一言でかき消された。
「ストライクと言ったらストライク、です!」
あんまりしつこいと退場にしますよ、と意地悪くひなの顔を覗きこむ翡翠。
審判の権限で強気に出ると、口をへの字にしてひなはベンチに戻った。
これにより集まってきていた選手達もそれぞれのポジションに戻り、試合再開である。
ちなみにイングリットには、
「ボールを切っちゃダメですよ」
と、注意がつけられた。
ソニックブレードを禁じられたイングリットだが、彼女の心はへこんでいない。
まだ三本のバットがあるからだ。
これについては相手チームからいっさいの苦情が出ないことから、翡翠も何も言わなかった。
イングリットはバットを構えてボールに集中する。
「今度こそ!」
思い切り振ったバットに確かな手応え。
打球はピッチャーを強襲した。
ナガンの顔面を襲った球は、跳ねてセンターへバウンドしている。
イングリットは一塁目掛けて全力で走る。
急いでボールを拾った円は、二塁にいた迅のバーストダッシュでは三塁に投げたところで間に合わないと瞬時に判断し、一塁へと返球する。
「ファースト!」
スナイプを使って投げた球は、寸分の狂いもなく一塁手のミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)のミットへ吸い込まれていった。
「アウト!」
葱が叫ぶ。
イングリットもがんばったが、円の返球のほうがわずかに早かった。
だが、迅は三塁に進んだ。
先制点のチャンスが大きくなった。
ところで、打球を顔面で受けたナガンだが、目を回したままなのでベンチへ運び込まれ、ピッチャーはミューレリアに交代となった。いなくなったファーストはスティリアムがセカンドと兼任する。
そして虎チームにとってのこのチャンスに、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が立った。
竜司は少年野球の経験があると言っていたから、基礎はできているだろう。
マウンドに立ったミューレリアは気を引き締めた。彼女にも百合園野球部キャプテンとしての意地がある。
「オレのホームランで二点だ!」
「三振に打ち取ってやるぜ!」
「はいはい、メンチ切り合うのもほどほどに」
翡翠になだめられ、両者は構える。
ミューレリアも何も考えずにここに来たわけではない。試合前にしっかりとギャザリングヘクスを飲み、魔法力を強化してきている。
バッターボックスで封印解凍をし、威圧感を増している竜司に対し、ミューレリアは不敵に笑んだ。
一度、三塁に注意を向けると、ミューレリアはグラブの中で握り締めたボールに想いを込め、キャッチャーの構えたところ目掛けて火術と共に思い切り投げた。
ボールを包んだ炎は、まるで不死鳥の翼のように広がりながらストライクゾーンを狙う。
「ぬぅん!」
唸り声と共に振られたバットは──空を切った。
ボールを受け止めたミットからプスプスと煙があがる。
「見たか! 燃える魔球!」
「……チッ」
「さあ、どんどん行くぜ!」
だが、その後何球かはファールやボールが続いた。炎のボールが飛び込んだ観客から「燃えた!」「水だ!」とか聞こえてくるが、選手は気にしない。観客もこれも一つの楽しみと受け止めている節がある。
それはそうと。
「ミューレリア様、その魔球、そろそろやめませんか〜?」
「何だよ審判。細かいことを」
「細かくないですよ、ボールなくなっちゃいますよ。ミットも」
燃える魔球は一球ごとにボールを再起不能にしていた。また、それを受けるミットも穴が開いて交換している。
イングリットのソニックブレードの時のように禁じようかと思ったが、判定に困ることにはなっていなかったので放っておいたのだが、そろそろ限界のようだ。
「じゃあ、この一球で終わりだ!」
「打つ!」
ミューレリアも竜司も、これが最後だといっそう気迫が増す。
そして。
高々と音を上げた打球は鬼崎 朔(きざき・さく)の守るレフトへと飛んだ。
──越える。
そう、思われた。
先制点が虎チームに入る、と。
しかし、ボールは途中で急に上から猛烈な圧力がかかったかのように落下した。
その落下地点には、朔。
真っ直ぐに落ちたボールは朔のグラブの中へ。
「何だとォ!?」
「……フッ」
薄く笑う朔に竜司は顔を歪めて悔しがった。
朔の奈落の鉄鎖の範囲内だったのだ。そのためホームランのはずの打球は重力の影響により落とされた。
これによりスリーアウトとなり、一回オモテが終了した。