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リアクション
蔦の絡まる神社にて
空京神社の片隅にひっそりと福神社は建っている。
摂末社となれば参拝客もそれほど多くはない。けれど、散歩がてらに足をのばす人がいたり、人の少ない場所で遊ぼうという子供たちがいたりで、人の訪れは絶えない。
「かくれーんぼ、するもの寄っといでー」
「今日は向こうで遊びましょうね」
福神社にやってきていつものように遊ぼうとする子供たちに布紅が呼びかける。
布紅の格好はいつものように膝上の短い着物姿。神様らしい威厳も何もない布紅だから、そうして子供の間に立ち混じっていると、遊び仲間なのかと見えてしまうほどだ。
「えーっ何でー?」
かくれんぼを止められて、子供が不服の声をあげる。
「こっちは危ないものがあるんです。片づけ終わるまで行っちゃ……あっ、ダメです〜!」
すり抜けて行こうとする子供を、布紅は慌てて止めた。
「久しぶりに来たけど、大変なことになってるみたいだね」
竜ヶ崎 みかど(りゅうがさき・みかど)が声をかけると布紅は振り返り、やってきた生徒たちに気づいて頭を下げた。
「あ、こんにちは。――そうなんですよ〜……なぜだか分からないんですけれど、おかしな蔦が生えてきてしまって〜」
「神社にそれじゃあ困るよね。で、その蔦は……」
「それは……あ、待って下さい〜」
みかどが尋ねている間にも、興味をもった子供はそちらに行こうとし、布紅は説明そっちのけで子供の相手に回る。
「これは……まず紐か何か張って、通行止めにした方が良さそうですね」
何かあってからでは大変だからと神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)が言うと、布紅はそれならばと社を指した。
「確か、お祭りの時に使ったロープがあったと思います」
「オレが見てきてやろう。蔦退治するなら、火と破壊には注意しろよ」
シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)はそう言い置くと、社に何か使えそうなものはないかと探しに行った。
「よろしくお願いします〜」
シェイドを見送りながらも、まだ子供にかかり切りになっている布紅を見かねて、河野 きりん(こうの・きりん)が申し出る。
「その子たち、俺がしばらく相手しててあげるよ。今回のこと、みんなに説明しないといけないんだよね?」
「いいんですか? じゃあよろしくお願いします」
子供たちに苦戦していた布紅は、ほっとした様子できりんに後を任せた。
すっかり布紅が隠す向こうに何があるのかに興味がいってしまっている子供に、きりんはこう呼びかける。
「さっきあっちでリスを見かけたんだ。今もまだいるかも知れないから、探しに行ってみようよ」
「リス?」
新たな興味の対象を提示されて、子供たちはきりんを見上げる。
「ちらっと見えただけだけど、あのふさふさの尻尾はリスだと思うんだよね」
自然がそのまま保持されている神社には、そこで暮らす生き物も多い。ぼんやりと歩いていると見つけられないかも知れないけれど、動物好きなきりんは、どこかを歩いている時にも無意識に動物の姿を探している。今日もここに来るまでの間に、様々な鳥や小動物を見かけていた。リスもそのうちの1匹だ。
「早く行かないと、どこかに行ってしまうかも知れないなぁ」
「行く!」
リス見たさに1人が言うと、他の子供も次々と行くと言い出す。きりんは布紅に目で合図すると、子供たちを連れて行った。
「ロープを探してきていただけるなら、その間に私たちは着替えましょうか〜。参拝客の誘導をお手伝いするなら、巫女服を着ていた方が説得力がありそうですものねぇ」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が言うと、桐生 理知(きりゅう・りち)が私も、と申し出る。
「巫女服を借りてお手伝いします。これまで着たことがないのでちょっと心配ですけど……」
「分からないところはみんなで教えあえば大丈夫ですよぉ。着替える人はこちらへどうぞぉ」
メイベルが社の中に巫女として手伝う皆を連れてゆく。
「ん? なんだ? 手伝いはそっちに行くのか?」
たまたま神社に来たところに遭遇した為訳が分かっていない匿名 某(とくな・なにがし)も、動き出した皆につられてメイベルについて行った。
「布紅さま、今は蔦の様子はどうなのでしょう?」
白鞘 琴子(しらさや・ことこ)が聞くと、布紅はそ困り切った顔になる。
「どんどん伸びて、こーんな感じに動いてます……このままにしておいたら、社まで来てしまうかもです〜」
手を振り回して蔦の形状を伝えようとする布紅を、鏡音 空(かがみね・そら)が笑う。
「それで分かれっていうのはちょっと無理だと思うよ。まずその蔦が見てみたいな。動く蔦なんてこれまで見たことがないから、実際にどんな感じなのか知っておきたいもん」
身長3m体重は200キロにも達しようという空だけれど、喋り方は年相応に子供らしい。
「あ、そうですね」
布紅は手で蔦を表そうとするのをやめると、皆を手招きする。
「じゃあこっちへどうぞ。あまり近づきすぎないように気をつけて下さいね〜」
蔦が発生している地点へと、布紅は皆を案内していった。
「これなんです〜」
布紅が示した所では、蔦がうねうねと茂りのたうっていた。
「少し見ないうちにずいぶん伸びたものだな……」
蔦が伸びて困っている、という噂を聞いてやってきた朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は感心したように呟いてから、いや、と考え直す。
「すでに伸びたとかそういうレベルの問題じゃないな。いつから蔦はあんなタコの足みたいにウネウネ動くようになったんだ」
「一体これはどういうことですの?」
夏に手入れをした時はこんな風ではなかったはず、とイルマ・レスト(いるま・れすと)は呆れた顔つきになった。どうやったら半年でここまで荒廃するというのだろう。
(ここの神様って本当に福の神ですの?)
ついつい、ちらりと布紅を窺ってしまう。以前は貧乏神だったのが福の神に更生したというけれど……もしやそのまま貧乏神とか、あるいは疫病神とか……。
イルマがじーっと注視していると、その視線に気づいた布紅が振り向いて何だろうと尋ねるように首を傾げる。そんな様子まで頼りなく見えて、こんな神様では植物に莫迦にされても仕方がないと、イルマは一層しげしげと布紅を眺める。
(苦しい時の神頼みというのはありますけど、ここの神様の場合は私たちの方が毎回助けてばかりの気がしますわ)
布紅は分かっていないようだけれど、パートナーの千歳にはイルマが何か失礼なことを考えているのだろうと予想がついた。けれど、今は触れない方が良さそうだと、そのことについて考えるのはやめておく。
「あの……」
何か、と布紅が聞いてくるのには何でもないと首を振り、
「いえ別に……。これはこれで、掃除しがいがあるとも言えますものね」
こんなに大量の蔦を一度に掃除する機会はあまりないだろうから、とイルマはわさわさと揺れている蔦に視線を戻した。
「何だか気持ち悪い眺めだね」
空はうごめく蔦の様子に眉をしかめる。蔦、と聞いて緑の綺麗な植物を想像していたのだが、実際は枯れた太い蔓に紅葉の名残の赤黒い葉をつけた見た目のよろしくない植物もどきだ。
「最初はもう少し緑だったんですけれど、だんだん色までおかしくなってきて……」
一体これは何なのだろうと布紅は困り切った様子で肩を落とした。
その布紅にそっと近づくと、城ヶ崎 瑠璃音(じょうがさき・るりね)は話しかけた。
「布紅さん、そんな心配そうな顔をなさらないで下さいませ。あのような草モドキ、わたくしが欠片ひとつ残さず掃除して差し上げますわ」
瑠璃音はさりげなく布紅の背中に手を回す。布紅の頼りなげな風情は瑠璃音の好みにぴったりだ。ここは良いところを見せてアピールしておきたい。
「何でも愛用の竹箒も取られてしまったとか。なんとおいたわしいことでしょう。わたくしが必ず取り戻しますのでご安心下さいね」
そう約束している瑠璃音に目をやって、森猫 まや(もりねこ・まや)は口には出さずに、ああと思った。
(またご主人様の悪い癖が出たか。なんちゃってお嬢様のくせに、欲しいものはすぐに自分の手に収めようとしたがる我が侭な性分が)
欲しい物は自分の手で、と考えるあたりが瑠璃音らしいと思うけれど、きっと自分もそれに荷担させられることになるのだろう。ここは叱られない程度に瑠璃音を手伝わねばならない。
「おっ、シャッターチャンスぅ」
瑠璃音が布紅に寄り添っているところを、七刀 切(しちとう・きり)がデジタルカメラで撮影する。
「布紅ちゃんかわいいよ布紅ちゃん……」
何枚か撮った後、切は布紅の頭を撫でた。ついへろっと笑み崩れそうになるけれど、新入生の姿にはっと顔を引き締める。キレイどころに可愛い子。新たな可愛い子との出会いに、第一印象は大切だ。
自分の一番自身のある角度で、
「ワイは明倫館の七刀切。よろしくぅ」
と挨拶しておく。
「みんな、布紅さまが困っていることを知って、手伝いにきて下さったんですの。これからすぐ蔦を掃除しますので安心して下さいましね」
琴子が集まった皆をさすと、布紅はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。どうかよろしくお願いしますね」
年末年始は神社への人出も多くなる。
参拝客に被害が出る前にと、生徒たちはさっそく蔦の退治に取りかかるのだった。
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