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リアクション
part2 草原に轟く野牛の足音
北エリアの草原には、タンクローリーよりも巨大な野牛が群れを作っていた。
その鳴き声たるや工場街の喧噪であり、一歩進むだけで重い地響きがする。またそれらから発せられる獣の臭いは迫力に満ち、泥の臭いと渾然となって鼻の奥に迫ってくる。
ミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)は草陰に腹ばいで身を隠し、野牛が草をはむさまを偵察していた。群れの密度が薄い領域を見定め、パートナーである十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)たちのもとへと密やかに戻っていく。
彼女の胸は高鳴っていた。原始に帰った狩りへの興奮か。否。野牛の旨そうな姿に期待しているのか。否。仲間と協力できる喜びに小躍りしているのか。すべて否。
「つぐむ様、そこはらめぇー」
口から妄想のかけらが漏れる。偵察に行ったご褒美に、つぐむから夜に虐めてもらえるのを想像して興奮しているのだ。いわゆるドMであった。
帰還したミゼは指差して報告する。
「向こうに、年取って衰弱した野牛がいます。他の野牛も少ないですし、狙い所です」
「そうか、ご苦労様」
つぐむがねぎらうと、ミゼはもじもじする。
「そ、それで、つぐむ様。夜にご褒美はいただけるんですよね……?」
「ん? ああ、危険を冒させたし、ミゼの夕食は取り分を増やしてもらえるようかけあってやる」
「い、いえ、そんなのじゃなくってぇー……」
さらにもじもじするミゼ。つぐむは首を傾げた。
ネルソー・ランバード(ねるそー・らんばーど)が話に割って入る。
「お二人さん、夜のご相談は後回しにしてもらおうか。今はどうやって獲物をぶちのめすかの相談だ。俺としては、戦力差がはっきりしているし、正面対決は避けるべきだと思うんだが」
「ですね。落とし穴でも仕掛けましょうか」
竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)が提案した。
「上等だ」
「いいですね」
ネルソーとミゼが同意する。
ハイコドのパートナー、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が威勢良く手を上げた。
「はいはーい! じゃあ、私が穴を掘るよ! どれくらいの穴を掘ればいいのかな!?」
ネルソーは顎を捻って考える。
「そうだな……。野牛が全身隠れるぐらい必要だが、深すぎたら倒してから回収するのが大変だ。深さ七メートル、半径十メートルって程度か」
「りょーかいっ!」
ソランは狼の姿に変化し、前肢で地面を掘り返し始めた。勢いが激しすぎて、周りにいる仲間たちの顔にまで土がかかる。
「わぷっ」
ハイコドのもう一人の契約者、藍華 信(あいか・しん)は口に土が入り、急いでソランから遠ざかった。
「ワタシは野牛を落とし穴に誘導する役を引き受けましょう。幸い、パチンコの弾にかんしゃく玉を持ってきています」
「それなら真珠もできるわ。火術で盛大にね」
つぐむの契約者、竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)が発言した。
「火術は危険じゃないですか? 草に燃え移ったりしたら」
「うん、だから上に飛ばすのよ」
「それならありですね」
信は首肯した。
話し合いが進んでいるあいだに、ネルソーは辺りの蔓草を抜いてネットを作る。ソランの掘った穴にネットを張り、できあがった作品を満足げに眺める。
「ふん、まあ、こんなもんか。遭難生活で浮かれたカップルがかかれば面白いんだがな」
「ふえっ!? ま、まだカップルじゃないよっ」
ソランは思わず叫んでしまった。仲間たちから怪訝そうに注目され、慌てて自分の口を塞ぐ。彼女は今回の実習で契約者のハイコドに告白しようと決心していたのだ。今は時機をうかがっているところだった。
野牛狩りの準備完了。いよいよ作戦決行である。一同は草陰に身を伏せながら、ぎりぎりまで野牛の群れに近づく。
「行きますよ!」
信が宣言した。パチンコにかんしゃく玉を装填して引き絞り、狙った集団のど真ん中に放つ。
ぱぱぱぱぱーんと騒々しい音が鳴り響く。野牛の群れはパニックに陥り、四方八方へと逃げ出した。足音が重なって、地震のような地鳴りが轟く。
「駄目押しだよっ!」
真珠が上空に火術を打ち上げた。爆音に仰天し、野牛の恐慌状態がさらに増す。真珠は草に引火しないよう、落ちてくる火の粉をサイコキネシスで受け止めた。
信がかんしゃく玉で、真珠が火術で何度も音を響かせ、群れを落とし穴の方向へ追い立てる。群れがある程度散り散りになった時点で、目星をつけておいた牛に目標を絞り、追い込んでいく。
牛が落とし穴に落ちた。つぐむは持参したロープを牛の体に巻き付け、がんじがらめにする。牛の動きが少し鈍くなった。
仲間のピンチを嗅ぎつけ、群れが向きを変えて突進してくる。目を剥き、口は泡を吹き、地を蹴り立てて猛走する。その威圧感は重戦車を上回り、巻き込まれれば死は免れないであろうことを十分に予想させた。
「みんな、穴に隠れてください!」
ハイコドが叫び、生徒たちは穴に飛び込んだ。中の牛に蹴られないよう、端にくっついて身を縮める。ハイコドは煙幕ファンデーションを使い、周囲に煙幕を張った。
もうもうとした煙に視界が失われ、牛の群れが混乱する。盛んに鳴き声を上げて逃げ惑う。その動揺で土埃も巻き上がり、生徒たちにすらなにも見ることができないほどだった。
狩猟組が牛に立ち向かっている隙に、荀 灌(じゅん・かん)は群れの少なくなった草原を走り回っていた。
「うりゃうりゃうりゃうりゃっ!」
目に入る草をソニックブレードで手当たり次第に刈っていく。
それを、彼女の契約者である芦原 郁乃(あはら・いくの)が集めて一箇所に積んでいた。一応、隠れ身で牛に見つからないようにしている。
「灌、その調子よ。全員分の寝床と燃料を確保するわ。頑張って!」
「はいです! 五十トンだろうと一万億トンだろうとどーんと来いです!」
お姉ちゃんと慕う郁乃に励まされ、灌の草刈りに勢いが増した。
「で、あいつは手伝いもせずになにをやっているのかしらー……?」
郁乃が睨む先では、契約者のヴィクトリア朝 メイド服コスプレ(びくとりあちょう・めいどふくこすぷれ)がビデオカメラを構えてフンフンと鼻息を荒くしていた。郁乃の視線に気付き、悪びれもしないで親指を立ててくる。
「大丈夫、ミーのことは心配しないでいいヨ。別に具合が悪いわけじゃないヨ」
「心配なんかしてないわよ、これっぽっちも! 遊ぶなって言ってるの!」
「遊んでないヨ。これは萌えという神聖なイニシエーションであり、ミーの天職。天が与えたもうた使命を果たすべく、ユーたちの萌え萌えな姿を聖典に刻んでるだけだヨ」
「わけ分かんないわよ!」
「あ、灌。ツインスラッシュを放つときは、もっと身を屈めてしたほうがいいと思うヨ。そのほうが威力が高まるからネ」
「えっ、こうですかー?」
疑うことを知らない灌は、言われたとおり上半身を低くする。メイド服コスプレは灌の後ろに移動し、ビデオカメラの倍率を上げた。要するにスカートと靴下の隙間の最萌えポイントを激写しているわけだが。
「灌を騙すなっ!」
郁乃はメイド服コスプレに接近し、彼女の頬をぎいっと引っ張った。
「人聞きの悪い。ミーは生まれてこのかた、悪いことなんて一回もしてないヨ」
「嘘つけっ。荷物の中身をメイド服にすり替えたのもあんたでしょっ。私は実習に役立つもの入れておいたのに!」
メイド服コスプレは高らかに笑う。
「ハハハ、あれはユーへの親切だヨ。生き残るためには萌えが一番重要だ、って戸田教授もおっしゃっているからね」
「そんな学説初めて聞いたわ!」
「日本が世界で生き残るため、だヨ」
「それはそうかもしれないけど私にはまったく関係ないわ!」
郁乃はメイド服コスプレのビデオカメラを奪おうとするが、ぴょんぴょん飛んで手を伸ばしても、絶対的な身長差を前にしてはいかんともしがたかった。
一方、野牛狩りは大詰めに入っていた。
生徒たちは暴れる野牛に攻撃されないよう、穴の周りに上がって戦っている。真珠はサイコキネシスで岩を持ち上げて放り投げる。ミゼは三節昆で殴る。野牛の抵抗が次第に弱まっていく。
「……そろそろだな」
つぐむの契約者、ガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)が判断した。バスターソードを高々と振り上げ、野牛の上に飛び降りる。振り下ろす。刃が深く突き刺さり、野牛は事切れた。
ガランは顔を伏せて黙祷を献げる。
……我らの糧になってくれたこの獣に、魂の安息があらんことを。
肉はスーパーマーケットで買うのが常識の生徒たちにとって、これは特別な瞬間だった。命を奪い、そして命を得る。厳粛な気持ちになり、誰もが沈黙していた。
ガランが顔を上げる。
「さて、運ばねばな。材料を待つ者たちがいる」
「ああ。今夜のメニューが楽しみだぜ」
つぐむは明るく賛同し、手を貸し合って野牛を穴の外へと引っ張り始めた。
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