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リアクション
――それは、入学式も終わり学園内が落ち着いた頃。ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)がかけた1本の電話から始まった。
「これはこれは、葦原明倫館の。わざわざ電話を頂くとは、どのようなご用件だろうか」
「先日、立派な浮世絵を頂いたでありんす。聞くところによれば、ジェイダスはこういった物がお好きとか」
薔薇の学舎校長ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)とは、それまで特に親交が無かったハイナ。しかし、葦原明倫館設立の際に視察へ訪れていた真城 直(ましろ・すなお)から、ジェイダスが日本文化を好んでいると聞き、機会があれば連絡を取りたいと思っていた様子。
浮世絵の話を皮切りに、仕立てたばかりの着物、取り寄せたばかりの新茶と数々の日本文化について話が弾む2人。
「まさか、ここまで話が合うものとは。雨の季節が訪れる前に、どこかで野点でも楽しみたいものだな」
「そうね、雨の季節が来る前に……ああ、先に新入生の歓迎会を終わらせなければいけないでありんす」
現実に帰ってきてしまったのを惜しむようにため息を吐くハイナは何をするかまったく決まってないようだが、それは薔薇の学舎も同じこと。
まだ歓迎会を行っていない者同士、合同にすれば自分たちも趣味の話を満喫することが出来る――そんな考えから、葦原明倫館と薔薇の学舎の合同新入生歓迎会及び交流会を開催することになったのです。
そうして抜擢された在校生。葦原明倫館からは丹羽 匡壱(にわ・きょういち)を、薔薇の学舎からはフェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)が新入生歓迎会の担当生徒として選ばれ、着々と準備は整っていた。学業の合間を縫って、より良い歓迎会をするためにトラップを学び毒性の低い野草を慎重に植え替える様子は、聞こえは悪いが骨のある新入生として育つよう最大限の愛を込めての持て成しだ。
しかし、ゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)がふと思い出したように呟いた。
「――そういえばこの歓迎会、他校にまで噂が広がっているようですな」
あの派手で日本文化が大好きな校長が揃って何をするのか。些細な興味から、他校生もこの歓迎会に参加すると聞き、懸命に仕掛けを作っていた匡壱の手が止まる。
「お、おいっ! じゃあ俺たちの罠で他校生が怪我をする可能性があるってことか!?」
「可能性は、無いとは言いきれないだろうな。興味が向けば足を伸ばしたくもなるだろう」
罠をしかけていたとバレれば自校が責任を問われるかもしれない。しかし、他校生でもこのパラミタで生活する以上は少なからず罠をくぐり抜ける腕前はあると信じたい。けれども皆が皆、戦闘に長けているわけでもない……良い案が無いかと互いに見合わせる3人は、すっかり黙り込んでしまう。
「…………わーかった! 他校生も来るんなら、そうなっても良いように変えないとな」
作りかけの罠を解体する匡壱に続き、フェンリルたちも危険度が高いものから解除していく。急遽変更することになってしまった歓迎会がどうなるのか。それは、彼らにもわからなかった。
翌日。晴天に恵まれ何事も無かったかのように新入生の歓迎会は開催された。草原の一角には簡易休憩所が作られたが、ここは主に教職員が休むテントと、新入生が持ち帰った材料を調理するべく持って来た最低限の調理器具が並べられただけのスペース。
既に校長たちのため野点のセットは出来ており、歓談する様子からは新入生を心配する様子は見えない。それをイライラした様子で見守るのは、もちろんラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)だ。いくらジェイダスが男色家でハイナに興味が無いであろうことがわかっていても、ハイナは次々にジェイダスの気を惹く物を取り出して話を弾ませる。見かねたエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が、苦笑しながら声をかけた。
「ラドゥ様、あちらにお茶の用意が整っています。よろしければお召し上がりください」
「なんだ、また何か作ってきたのか?」
何度かお茶をする機会に恵まれれば、生徒の味も覚えてくる。もちろんそれで釣られるわけでは無いが、他校と親交を深めておくのは何かあった際に役立つことくらいラドゥにもわかる。ちらり、とジェイダスを横目に見る彼を待ち切れないのかリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)は日傘を差しだした。
「ラドゥ様の席、もう準備は整ってるよ」
大きなパラソルで日陰を作り、近くにはすぐお茶を淹れられるよう作業台も出来ている。自分のためだけの席だと微笑むリュミエールに悪い気はしないが、ジェイダスのことが気になるのもまた事実。
「……たまたま、手が空いていたところだ。付き合ってやらなくもないから、お前の腕を見せてみろ」
ジェイダスを気にしつつも、生徒たちの前でいつまでも立ち尽くしているわけにもいかない。決してテーブルに用意された、手作りであろう一口サイズの焼き菓子が美味しそうに見えたことでも、顔見知りの生徒に誘われたからでも無いのだとふんぞり返りながら言う姿は、余程鈍感な相手で無ければ本心は筒抜けだろう。
「来月の誕生日プレゼント、楽しみにしててね」
口元は少し緩んでしまうけれど、リュミエールは気にしない素振りでラドゥのための席へエスコートする。そんな2人を見て微笑むエメも、森へ駆け出す新入生へと視線を移し、右手の蒼薔薇を模した光条兵器に何事も無いよう祈った。
お茶を振る舞うのは彼らだけではない。あの家庭科が苦手なことで有名なヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)もまた、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)と対峙していた。
「結局コーヒーは上手く入れられなかったけど、俺の母国は紅茶なんだよね。美味しく淹れるから飲んでみてよ」
新入生たちの観察を理由にすり抜けようとしていたルドルフも、先日はメイド姿で何度もコーヒーを淹れさせたことを根に持つヴィナのリベンジしたい心境はわかるので、断り切れずティーセットの前に腰を降ろしてしまった。
ティーカップの中で揺れる水面は普通だ。コーヒーのときのように怪しげな油が浮かんでいたりはしてないし、葉の粉も沈んでいない。恐る恐るカップを持ち上げたものの、漂う香りに強張った顔もほぐれルドルフは吸い寄せられるように口をつけた。
「……美味しい。本当にこれを?」
「信用ないね? 何度だって淹れてあげるよ、あなたのメイドですから」
少し嫌味を含ませて、数え切れないくらいの失敗談も笑い話に変えていく。そうして思い思いの時間を過ごす人が増える中、エリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)は先輩としてフェンリルを気にかけていた。特に危険のない場所で新入生に狩りをさせるとは言え、彼も先輩となった以上、何かあればサポートをしなければならないというのに、初仕事のここは広すぎる。
「手分けをするにも、ランディたちだけで見回れるのか? 何だったら俺も手伝うが……」
「大丈夫だ、俺たちにも考えがある。アルファイの手を煩わす惨事は起こらないさ」
隣に立つゲイルと共に任せておけと自信たっぷりに洞穴のほうへ向かって行けば、もう後を追うことも止めることも出来ない。自分にとっては後輩だということは変わらないが、フェンリルはいつまでも新入生のままではない。知らないうちにしっかりしてきていたんだと、エリオは少し物寂しく感じながら彼らを見送った。
何やら楽しそうな催しがあると聞きつけたアニス・パラス(あにす・ぱらす)は、他校生でありながらも参加したいと佐野 和輝(さの・かずき)に頼み込み、さらにはスノー・クライム(すのー・くらいむ)も引っ張って草原へと辿り着いた。
自然に囲まれて伸びをするだけで少しわくわくした顔をするから、和輝も寝てられないと周りを見る。何をするにも自分に判断を委ねるアニスが何かをしたいと主張するのは珍しいことで、そんな彼女に付き合うのも悪くは無さそうだ。
「ねえ和輝、アニス料理のお手伝いしたい。いい? いいよね?」
「俺は構わないけど、まだ調理場が整ってないんじゃないか?」
校長ら一部重役の席は整っていても、当然新入生たちが昼食を楽しむスペースがすぐに整うわけもない。簡易コンロは主に校長らに振る舞うお茶のために持ち込まれ、一部料理が好きな上級生らが個人的に持って来た物以外は無い。包丁や鍋など最低限の道具は貸し出してくれるようだが、料理を作るには薪や石を集めて自分たちでかまどを作ることから始めなければならないだろう。
「そなたらは他校生か? 今日は新入生が狩りをする故、他校生にまで振る舞えるかどうかはわからぬでござるよ」
ちらほらと見かける他校生の中でも、特に行動せずかたまっていれば逆に目立ってしまう。真田 佐保(さなだ・さほ)に声をかけられ、スノーは少し困ったように笑う。
「何か手伝えることがあれば、と思ったんだけど……アニスは調理を手伝いたいみたいで」
「もうスノーまで! かまどくらい、アニス1人でだってすぐに作れるよっ!」
アニスの声に反応するように四方八方から飛んでくる石。なんとかかわす新入生が多いのは、小石ではなくかまどに適した大きさを運ぼうとして負荷がかかり、スピードが緩やかになっているからだろう。
「無理をすることはないでござるよ。それぞれの得意なことをし、苦手なことはそれを得意とする者に――」
「むっ、無理なんかじゃ……ないっ、もん!!」
オロオロと佐保が宥めるもアニスには逆効果となってしまったようで、意地になって大きな石を運ぼうと足下に埋まっていたのを掘り起こし頭上まで持ち上げた。
「アニスっ!」
しかし、勢いで持ち上げた石を持ち続ける力は無く石は重力に従って落下する。疲れ切って避けることもままならないアニスを庇うように、和輝が覆い被さった。
「っつ…………料理を作る前に、怪我したらどうするんだ?」
「ごめんなさい、ごめんなさい和輝っ!」
口を挟まずスノーが傷を癒そうと手を掲げるが、和輝の様子からして打ち身で済んだ様子にホッとする。今にも泣き出しそうな顔をするアニスのためになればと、佐保は小さな笛を吹き草原に散らばる新入生を呼んだ。
「そなたが集めた石は、責任を持ってかまどに仕上げてもらう。暫し休息をしたら腕を振るってくれること、楽しみにしているでござるよ」
佐保に勧められるまま休憩所へ訪れて見れば、そこには教師陣や上級生らが語り合っており、少し計画と違ったものの目的の人たちと会話する機会に恵まれそうで和輝はアニスに対して強く怒れない。
けれども、スノーによる手当ですっかり怪我も良くなってしまっているのに、何も手伝わないままここに居て良いものかと思案していたとき清泉 北都(いずみ・ほくと)がトレイを片手に一礼してみせた。
「遠いところからようこそ。他校生も学年も関係無く、一休みしていってね」
草原の上に敷かれたシートの上で遠慮無く大の字になって寝ていたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)を一瞥し端へおいやると、3人へ座るよう勧める。
新入生の手腕が問われる部分には手を出さないと決めても、することが無いわけじゃない。とくに散策に出かけず初夏の爽やかな風を楽しみながらゆったりと過ごす上級生らがいるのなら、待ち時間にも優雅なひとときを提供したいと執事らしくお茶を振る舞う北都に比べ、料理が始まるまで自分の出番はないと寝転がっていたソーマ。まだ自由時間が始まったばかりで特に問題も起きてない今は、簡易とはいえ休憩所としてお茶も振る舞われるここを訪れる人は珍しくない。けれどもソーマは端からスノーをじっと眺めていた。
「なあ、あんたは料理でもしていかねぇのか?」
「いいえ、私は応急処置のために控えている予定だけど」
なんでそんなことを尋ねられたのか不思議に思いつつ、香ばしいお茶に口を付ける。玄米がはぜない程度に煎られた玄米茶はあまり飲む機会もなく、香りを楽しんでいたスノーは突飛な質問にも自分の返答でソーマが残念そうな顔をしたことも気にした様子は無い。
(これは、隙を見せたら血を吸いに行くつもりだねぇ……)
心に決めた人がいるのに、新鮮な血の魅力には勝てないものなのか。北都はソーマが悪さしないよう気をつけながら、訪れる人たちにお茶を振る舞い続けるのだった。
千切れた雲の合間を縫って、小型飛空艇オイレが飛ぶ。デジカメを片手に撮影しているのは遠野 歌菜(とおの・かな)で、彼女はイルミンスールの生徒。特徴的な学校が集まるパラミタでも、特に派手な校舎と校長とで有名かもしれない2校が可愛らしくピクニックへ行くとなっては、どんな場所へ行くのかと噂になってしまったらしい。興味を持った歌菜は月崎 羽純(つきざき・はすみ)の運転で現地につくと、新入生の思い出作りなればとファインダーを覗く。
「それにしても、随分のどかだね。もっと危ないピクニックかと思ってたけど」
「新入生の歓迎会なんだろ? そうそう危ないことなんて……」
そう言いかけて、地上を見た羽純は言葉を止める。広大な大地にぽっかりと空いた穴。草原の中に突如現れたそれは、あまりにも不自然で薔薇学の催しに何度か参加してきた歌菜も苦笑いを浮かべてしまう。
仮に落とし穴だったとしても、幸いなことにまだフタをする前なので明らかに怪しいそれは避けて通れるはず。他にああいった怪しい物は無いかと歌菜が視線を移したとき、真っ直ぐと穴に向かって走る人影があった。白銀 司(しろがね・つかさ)は草原のど真ん中に出来た穴を囲うように出来ている土の山に興味を持ち、ワクワクした気持ちで穴に近づいたのだ。
(こんなに綺麗な草原に穴って、やっぱり不自然だよね……ちょっと様子を見て見ようっと)
なんたって今日は薔薇学の新入生がたくさん来ている。もちろんヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)が同行している可能性もあるし、新入生の危険を知らせれば彼にまた1つ話をする切っ掛けが掴める。
「お仕事の邪魔はしないけど! でも、やっぱり近くまで来たのなら挨拶くらいは、いいよね?」
にやにやと頬を緩めて前方を確認していない司と穴の距離は10数メートル。足下を確認する様子は……なさそうだ。
司が向かっている穴の中では、詩刻 仄水(しこく・ほのみ)が未だ穴を掘り続けていた。時間を忘れて黙々と作業をし、穴が深くなっても器用に土を高く外へ放り投げ立派な穴が仕上がってきている。仄水は一休みとばかりに空を仰ぎ、この地を訪れるであろう新入生たちへ思いを馳せる。
「うんうん、これだけ深ければ簡単には出られないよね。少し広めにしたから、お友達と落ちて協力しあうのも……」
ぐるりと穴の中を見渡しても、ここには仄水1人だけ。夢中で掘り進めたため梯子なんて気の利いた物は用意しておらず、脱出の手段など考えてもいなかった。はたと気付けば外からは楽しげな声がする。新入生が近くに来たとなれば、単なる穴でしかないこのトラップにはひっかかってくれないだろうし、出られないとなれば先輩の恥だ。
「ちょっとそこの新入生ー!? この際同級生でも他校生でも誰でもいいから! 引っ張って助けて! ここから出してっ! へるぷみー!!」
「わぁああああああっ!?」
恥であろうがなんであろうが、背に腹は代えられない。懸命に外へ叫び続けると、湿った土山を思いきり踏みつけた司が勢いよく滑り落ちてきた。良い行いをすれば巡り巡って自分に返ってくると言うが、やはり新入生が逞しく育つよう愛を持って落とし穴作りに精を出したことは良い行いだったらしい。
「ありがとう! 空飛ぶパーカーさんが助けてくれるのね!」
「待ってよ、私は司! 空なんて飛んでない。むしろ落ちちゃっただけだもん」
仲間が増えたことで喜んだのも束の間、脱出の可能性は無くなってしまった。助けて欲しかったのにと仄水に泣きつかれる司は、どうなってしまうのかとぼんやり穴の出口を見上げることしか出来ない。こんなとき、自分好みのオジサマが颯爽と助けてくれたらどんなに嬉しいだろうか。
「どーした、そんな呆然として。かくれんぼの鬼はまだ来ねぇのか?」
「ヴィスタ、さん……っ!?」
助けに来て欲しいという願望が具現化したんじゃないのか。それよりも穴の中で落ちた時に土まみれだし、女の子だけどなんか泣きながら抱き締められてしまい身動きのとれない状態を見られた。どこから説明していけばいいのか分からず、司はあわあわするばかり。
そこへ、歌菜たちが小型飛空艇を止めてやってくる。落ちた人がいるかもしれないと天使の救急箱と片手には飛竜の槍も抱えており、この深さなら足りそうだ。
「端に寄っとけよ」
そう声をかけ、ヴィスタは穴に飛び降り今度こそ助けが来たと喜ぶ仄水を肩車する。どうにかしっかりと掴める距離に槍が来たことで無事に助けだされ、最終的にはヴィスタも背丈があるおかげでギリギリ槍に届き脱出に成功したのだが。狭い場所で予期せぬ2人きりになってしまった司は頭上に3人いることも忘れて暫くパニックに陥っていたという。
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