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けれど愛しき日々よ

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けれど愛しき日々よ

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第3章


 山の奥深くでは、魔物化した動物達とストイックに修行をする者もいた。魔界の瘴気の影響で凶暴、魔物化した動物たちは普段の闘いでは遭遇できない類のものも含まれており、日頃から修行を怠らない者にとってはいい修行場だったのだ。

 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)もその中の一人である。

「ふむ、今日はひとつこの身ひとつで修行すっか! もともとこいつが俺の修行着みてぇなもんだしな!!」

 六尺褌一枚しか身につけない姿で、山奥の魔物化した動物と戦い続けるラルク。だが、凶暴化したとはいえ山の動物レベルではラルクの相手にはならない。
「――ちっ、この程度か……?」
 あえてスキルを使わずに自らの肉体の修練を目指すことが今日のラルクの修行メニューだ。無駄なダメージを負わぬように立ち回りを意識し、あえて同時に多数の敵を相手取ることで修行のランクを上げているものの、まだまだ物足りない。

「おらおら、まとめてかかってこいやぁ!!」

 山奥に、威勢のいい声が響いた。


                    ☆


「ふんふん〜♪」

 一方、ラルクとは対照的にご機嫌で狩りを楽しんでいるのが、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)である。

「これはこれは、なかなか気色の変わった素材が手に入るかもしれませんわね……♪」

 ブレイズの持ち込んだデリシャスウェポンの中には、調理器具のようなものもあったらしい。その中の一つ、デリシャス卵切り器から糸部分だけを外した『デリシャスストリング』を繰って、優梨子は上機嫌で次々と獲物を仕留めていく。

 優梨子の目的は、食材提供というというよりは、彼女のライフワークである干首作りの材料集めである。
 ただ、優梨子の用があるのは主に首から上なだけで、体部分には興味が無いため、せっかくだからと食材として提供するつもりなのだ。
「とはいえ、一度には運びきれませんから……ん、とりあえずこのあたりにプールしておきましょうか」
 手にいれた材料はしっかりと手元のバスケットに確保して、残ったボディ部分は森の中に置いておく。
 と、そこに二人の女性が現れた。
 それは、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)の二人であった。

「あ、そんなところに死体を打ち捨てては……いえ、もう浄化はされているようですわね」
 リリィもまた、山の中に修行をしにきたのである。もっとも、彼女の修行は僧侶としての延長線上にあるものなので、自らの能力を鍛えるというものではなく、山の浄化に一役買おうというものであった。
「まったく、みんな修行はいいけどちゃんと後片付けしてくれないと!!」
 と、ウィキチェリカはぼやいた。デリシャスウェポンを使わずに倒された動植物は、そのまま打ち捨てられていては新たな瘴気の元になりかねない。リリィとウィキチェリカはそんな死体などをみつけてはリリィの持つ『デリシャスメイス』という名のバターナイフで浄化して回っていたのだ。

「あらあら、ご苦労様です。ですが、私もそこまでお行儀の悪いことはしませんよ?」
 柔らかく微笑みかける優梨子。特に公言する必要もないのでバスケットの中身は秘密である。
 リリィも、丁寧な態度の優梨子に、ぺこりとお辞儀をして返した。
「失礼いたしましたわ。一度には運べないので一箇所に集めているだけでしたのですね」
 その二人の横で、ウィキチェリカは不思議そうに呟いた。

「あれ……ところでこの動物達、どうして首から上がないのかなぁ?」

「…………さぁ?」
 バスケットの中身のことは置いておいて、女神のような極上の微笑みを浮かべる優梨子であった。


                    ☆


「この山に入る者、ゆめゆめ植物を傷つけることは許さない……破るものには、天罰が下るであろうぞ……!!」

 山の入口には、いつの間にか魔物化した植物がはびこっていた。
 とはいえ人間に危害を加える様子はないようなので、特に駆除もされていない。
 何より数も多いので、キリがないのだ。
 その姿は、多比良 幽那(たひら・ゆうな)のもので、山に入ろうとする者に植物を傷付けないようにと警告を発している。

 もちろん、その警告にどれほどの効果があるのかは不明だが、山に入るものに特に植物を害する者がいないようなので、特に問題はなかった。


 一方その頃、本物の多比良 幽那はというと。

「……重い、のだけれど」

 パートナーである織田 帰蝶(おだ・きちょう)を背負いながら食材集めに入山していた。

「だって。はたらきたくないんですもの」
 迷いなく宣言する帰蝶。
 帰蝶はニートである。
 ニートであるがゆえに働かない、動かない。幽那が植物系の魔物と会話し、植物を傷付けないように穏便に食材の提供を受けている間も動かない。うっかり動物系の魔物に襲われ、護衛役のポータラカ大雪原の精 エステリーゼ(ぽーたらかだいせつげんのせい・えすてりーぜ)が戦っている間も動かない。
 因みに、瘴気の影響で幽那の持つ『聖緑后の魂魄』と『聖緑なる心臓』が暴走し、帰蝶を背負っている幽那の表面は幾多の植物で覆われている。山の入口にいる幽那型の植物のほうがよほど人間に見えるくらいだが、帰蝶は気にしない。

 だってニートだから。

「あ! みてみて!! あやしいやつがいるよ!!」
 その幽那に目をつけたのは、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)のパートナー、エーギル・アーダベルト(えーぎる・あーだべると)である。
 ヴィナは、エーギルの銃の修行に付き合って入山していたが、あくまでも護衛であり積極的に戦うことはしていない。
 どちらかというとお守りであり、エーギルが山の中で転ばないように、という方向にむしろ神経を割いている。
「ねぇねぇヴィナ・アーダベルト!! あいつやっつけていいよね! えーくん、じゅうのしゅぎょうだから!! クロスファイアでどかーんだよ、どっかーん!!」
 エーギルはふわふわもふもふのゆる族で、傍目にはラブラドールの仔犬の着ぐるみ姿である。
 そのエーギルが修行に張り切る姿はとても可愛いが、魔物に間違えられてクロスファイアでどっかーんされてしまうのは願い下げだ。
 全身で動く植物を表現してしまっている幽那は、付き添いの保護者であるヴィナに敵意のないことをアピールし、ヴィナもエーギルを制止した。

「ほら、ダメだよえーくん。クロスファイアは本当にイザという時以外は使わないお約束だよね? それに、ほら――」
 ヴィナは、とりあえず山に入る前に人間同士で通じるようにハンドサインを申し合わせておこう、と提案していた。魔物化した動植物の中には人間の姿をしているものが多いという話は聞いていたので、うかり同士討ちをしてもつまらないからだ。
「あ、はいな。えーと、こうどしたっけ?」
 こちらも無用な争いは避けたいエステリーゼは、ヴィナの提案していたハンドサインを示して人間であることを証明した。
「うん、やっぱり魔物じゃないよえーくん。まぁ、姿はアレだけど殺気がないから大丈夫だとは思ったんだけどね――それも、この山の瘴気の影響かな?」
 ヴィナは幽那の姿を眺めて、興味深そうに尋ねた。幽那自身はより植物そのものに近づいてむしろ内心満足しているので、その質問自体にはろくに応えずに、自分のアルラウネ達の様子を見ている。
「ああそうね、瘴気の影響なんじゃないかしら。――ラヴィアン、どうしたの?」
 その中の一体、ラフレシアのアルラウネ、ラヴィアンはヴィナの様子を見てうっとりとした表情を浮かべている。

「……イイ男……もふもふゆる族との……これはこれで……総受け……」

 どうやらいわゆる腐女子だったようだ。ラフレシアだからだろうか。
 
「……何か殺気以外の不遜な視線を感じるんだけど」
 そんなヴィナの呟きを無視して、ラヴィアンは自分の妄想を遠慮なく脳内で展開し、鼻血を噴き上げるのだった。


                    ☆


「……これはいけませんね!」
 アカーシャ・シャスカンス(あかーしゃ・しゃすかんす)は、一人毒づいた。
 日頃の運動不足を解消するために噂の修行場と化しているツァンダ付近の山に入ったまでは良かった。
 いや、ブレイズから借り受けたデリシャストライデントで魔物化した動物などを倒したり、明らかに行動がおかしい人型の動物などを雷術で感電させたりしていたまでも、まだ良かった。

「わたくし聞いていせんよ、あんな大物がいるなんて……!!」

 美しい黒い長髪を乱しながら、山中を走る。褐色の肌が上気し、それでも青い瞳は自分を追いかけてくる敵の動向から離さない。
 本来占い師で、パラミタに来た今はウィザードの彼女、そこまで体力に自信がある方ではない。

 そんな彼女に、全長4mを超える魔物化した熊、という敵はあまりにも強大すぎる敵であろう。
 しかも、良く見ると腕が4本ある異形の熊。おそらく、魔物化が進行しすぎて、複数の熊が融合してしまったのだろう。
 ブレイズが相手をしているサーペントが湖のヌシならば、こちらは山のヌシと言ったところだろうか。

「……とはいえ、このままではわたくしの未来は――視るまでもありませんね」
 そもそも、山中での熊との追いかけっこなどするものではない。いや、平地でも熊が走るスピードは直線で時速60kmにも及ぶのだ。
 つまり、一度狙われたら走って逃げることは不可能に近い。

「……ならば、死中に活を求めるしかないですね……!!」
 アカーシャは意を決し、一本の樹を背負って山のヌシを振り返った。このままでは追いつかれて八つ裂きにされてしまう運命。ならば、せめて戦って生存率を自分で上げるしかあるまい。
「……!!」
 間一髪、振り下ろされた一本の右腕をよけ、デリシャストライデントを山のヌシの横腹に突き立てる。
「……今!!!」
 そこに、トライデントを通じて雷術を叩き込んだ。

 しかし。
「グオオオォォォ!!!」
 返ってきた咆哮により彼女は知ることになる、今の攻撃では却って敵の怒りを買うだけだったということを。
 一度はかわした攻撃だが、今は自分も攻撃の後で態勢を崩している。アカーシャに向けて、今度は大きく振り上げられた左腕の一本が狙いも正確にアカーシャの頭部へと叩きつけられた。


「――!!」


 思わず目をつぶってしまうアカーシャ。だが、いつまで経っても自分の頭部が砕ける感覚はやってこない。
「……?」

「グアアアァァァアアァァァ!!!」
 代わりにアカーシャが聞いたものは、山のヌシの苦悶に満ちた叫び声だった。

「あらあら、これはステキな変り種ではありませんか? ぜひとも採取して持ち帰りたいものですね」
 それと同時にアカーシャが背負っていた太い樹の幹が横にスライドし、アカーシャを飛び越す形で山のヌシに倒れ掛かる。
 いつの間にか接近していた藤原 優梨子が、アカーシャの背後の樹の向こうから、山のヌシの腕と樹をまとめて切断したのだ。

 同行していたリリィ・クロウとナカヤノフ ウィキチェリカは、とりあえずアカーシャのガードに回る。
「お怪我はありませんか? とりあえず後ろに下がってくださいませ」
「は、はい……!」
「とりあえず動きを封じないとね!!」
 ウィキチェリカが山のヌシの足元を氷術の氷で固めて、動きを鈍らせる。

「何か騒がしいと思ったら、これは大物だね」
 そこに、ヴィナ・アーダベルトとエーギル・アーダベルトも合流した。その後ろに多比良 幽那と織田 帰蝶、そしてポータラカ大雪原の精 エステリーゼも続く。
 正確に言えば、帰蝶は背負われているだけなのだが。
 ついでに言えば、戦闘中は邪魔なのでその辺に放置されるのだが。
「良く考えたら、何で私が背負わなきゃいけないのよ」
「えー、だって動くのめんどうくさーい。おぶってよー」

 まさにニート!!

「――言ってる場合じゃ、なさそうだよ」
 ヴィナの言葉通りだった。
「オオオォォォ!!!」
 咆哮一発、ウィキチェリカの作った氷をあっさりと壊した山のヌシは、一行に襲い掛かった。
「――The other day♪I met a bear♪……」
 それを迎え撃つ優梨子。お嬢様然とした外見に似合わぬ実力者の彼女はデリシャスストリングスを操り、先ほどのように山のヌシを切り刻もうとした。狙うは、もちろん首だ。
 だが、山のヌシも巨体に似合わない素早い動きで優梨子のデリシャスストリングスを巧みにかわしている。

「……なかなか……」
 山のヌシも黙って首を差し出すわけもない。優梨子に向かって執拗に攻撃を加えようとする。

「――なかなか楽しそうなことしてるじゃねぇか!! 俺も混ぜろよ!!」

 と、そこに騒動を聞きつけてやってきたのは、褌一丁のラルク・アントゥルースである。
「ちぇいさぁーっ!!」
 山のヌシの攻撃をかいくぐり、正拳突きを放つラルク。

「ほな、いきますえ!!」
 エステリーゼもその合間を縫って自らが創始した『補陀落雪客拳』で襲い掛かった。
「剋天空円烈脚!!」
 剋天空円烈脚は倒立した状態で、足の踵で複数回の斬撃を与える大技である。ラルクの正拳で動きを止めた山のヌシを狙って繰り出された斬撃が、四本の腕を切り刻んでいく。

「よーっし、えーくんもまけないよっ!!」
「うん、本気で危ないから、えーくんはこっちで」
 さりげなくガードに入ったヴィナが、エーギルをアカーシャの方へと移動させる。その傍ら、悪霊退散を山のヌシに加えて援護した。


「――さ、こういう危険な相手は、俺達にまかせてくれないかな」


 山のヌシの激しい怒声は、周囲の動物型の魔物を呼び寄せ、混戦の様相を呈してきた。
 数ある実力者が集いながらも、まだまだ闘いは続きそうだった。