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花とニャンコと巨大化パニック

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花とニャンコと巨大化パニック
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第二章 巻き込まれちゃいました
「何が起きても働いたら負けかなと思うとる。HIKIKOMORIの目指すならこれくらいで信念変えてたまるかい」
 ぶら〜んと見事に逆さ吊りになりながら上條 優夏(かみじょう・ゆうか)はそう嘯いていた。
 そろそろ頭に血が上って来たのか、意識がぼんやりしつつある気がするが、そこはそれ。
 動いたら負けだという思いが、行動を阻む。
 そんな優夏に苛立った声を投げたのは、フィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)だった。
「その信念は立派……なわけないでしょー! 植物と交信はできないの?」
 声とは裏腹に、その顔は心配そうだ。
「……あ〜」
 そんなフィリーネに、出来ない事はないんやけど……ブツブツ言ってから、優夏は溜め息をついた。
 逆さ吊りになってるせいか、結構苦しかった。
「負けるのは嫌やけど、俺も命は惜しいからなぁ」
 はぁ、ともう一度小さく溜め息をついてから、優夏は意識を集中させるのであった。

「ミラさんから、園芸部で興味深い装置が出来たと聞いたのでちょっと様子を見に来ただけだったのですが……何でこんな雁字搦めに?」
「わ、わたくしが園芸部の装置を見たいと言ったばかりにこんな事に……優希様、申し訳ありませんわ」
 宙吊りで全身を拘束された六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)の言葉に、ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)は項垂れ。
「かくなる上は、不肖ミラベル、この事態を解決致しますわ!」
 直ぐに顔を上げると、優希を真っすぐ見上げた。
 だがそれも、刻一刻と変化……成長を続ける緑に阻まれ。
「っ!?」
 【バーストダッシュ】で飛び乗った蔓に既に優希の姿はなかった。
「優希様、待っていて下さい」
 時が経つに連れ悪化する状況に、それでもミラベルは大切なパートナーの救出を誓うのだった。
「ミラさん、無茶しなければいいのですが……」
 姿が見えなくなったミラベルに、少し不安になりつつ優希は動かせる範囲でもって自分の姿を見下ろした。
「こんな事になるのなら、やっぱりジャージ姿で来るべきでした」
 ハッキリ見えないものの、自分がどんな姿でいるのか、想像に難くなく。
 しかも今、身体に絡まっている蔦が気持ち悪い……というか何だろう、変な液が出てきている気がする。
「なんだかベトベトして気持ち悪い……ッ!?」
 そこまで言って優希はギョッとした。
 ベトベトした液が付着した部分……どんどん面積が増えているわけだが……、服がどんどん透けていってるようなのだ。
 それに気のせいかもしれないが、変な巻き付き方をしてきている、ような。
 と思って怖々視線を上に上げると、やはり同じような状態のななが目に入った。
「……ひぅっ」
 足に絡みつくヌルッとした感触に、ななの口から変な声がもれた。
 ひんやりとしたそれにゾクリと背筋が震えた。
 自分は何とかなると、何とか出来ると大見栄切ったものの、そう言えば四肢を拘束されては脱出も儘ならなかった。
「やっ、やだっ!?」
 身をよじろうとするが当然、それは叶わず。
「ちょっシロ! だからダメだって!?」
「はぁ? じゃこのままぶら下がってたいっていうの?」
 微かに聞こえた声と共に、蔦が大きく揺れ。
「ひゃぁっ」「きゃぅっ」「うわっ」「いやぁん」
 優希となな、陸斗達からそれぞれ悲鳴がもれた。
「……ていうか、ちょっ上、見ないで下さい!?」
 それで気付いた優希が慌てて、下……陸斗達に言った。
「ああ、分かっ……」
「うわぁ陸斗先輩、エッチぃ」
「うぅ、見られちゃぃましたぁ」
 自分の格好と下からの会話で察した顔が、羞恥に染まり。
「このままだと色んな意味で大変な事になりそうな気が……ミラさん、助けて下さいーー!」
 堪らず、優希は叫んでいた。

(「苦しい…! 怖い…!」)
 遠野 歌菜(とおの・かな)もまた、ただひたすら耐えていた。
 蒼空学園に来たのは偶々で、此処を通ったのもまた、偶然でしかなかった。
 なのに気付けば身体の自由を奪われてしまっていた。
 指先まで動かせない状況、更に魔法を使おうとした口さえも植物の侵入を許してしまっていた。
 詠唱を邪魔する意図はないだろうが、グッとノド元を圧迫されて息が苦しい。
 何より、為す術もなく蹂躙される恐怖が歌菜を苛む。
(「助けて、羽純くん!」)
 この絶体絶命な時に思い浮かぶのは、ただ一人の人だった。
 心の中で呼ぶ、ただ一人の大切な人の、名前。
「…離せ!!」
 まるでその声に応えるように、真空の刃が耳を掠めた。
 と同時に、四肢を拘束していた圧迫感が消え、代わりに落下感。
 それでも歌菜が何の不安も抱かなかったのは、直前で聞こえたのが待っていた声だったから。
「怪我はないか?」
 歌菜をお姫様抱っこで受け止めた月崎 羽純(つきざき・はすみ)は、口元から太い蔓を引き抜きつつ問うた。
「羽純くん…! 助けてくれるって信じてた…!」
「…ハァ。無事でよかった。あんまり心配掛けるなよ」
 途端、ぎゅぅっと抱きついてきた歌菜に、思わず安堵の息がもれた。
 ホンの少し離れていた間の出来事だった。
 あんな……拘束された歌菜を目にした瞬間、本当に肝が冷えた。
 腕の中のこの愛しい温もりが消えるなんて事がなくて良かった、と思いつつ。
 歌菜の目元ににじむ涙を目にしてしまえば、怖い思いをさせた存在に対して怒りが湧くわけで。
「歌菜をこんな目に合わせた事、許す訳には行かない。歌菜、悪いが少し……」
 待っていて欲しい、という言葉は歌菜に遮られた。
「私はもう大丈夫…! 他の人やにゃんこも助けないと!」
 まだ青ざめたまま、それでも歌菜は確りとそう告げた。
 今も恐怖に怯える人達やニャンコを助けて、それぞれの大事な人達の元に帰してあげたい。
 歌菜の思いを止める事は、羽純にも出来ず。
「分かった。だが、くれぐれも無理はするな……頼むから」
 ただそう、心の底から願うのであった。