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埋没遺跡のキメラ研究所

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第六章 異形の襲撃


「居たぞ、あそこだ!」

 源 鉄心(みなもと・てっしん)が声を上げた。
 指差す先では、黒く禍々しい異形の人物が暴れていた。

「エッツェルさん!」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が叫ぶ。
 異形、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は数人の契約者と戦っていた。
 戦っているのは、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)、そして柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。

 その近くには小さな子供の姿も見える。

「エッツェルさん、やめて下さい!」
 ティーが駆け寄り、エッツェルへ呼びかける。

「もうやめて下さい……これ以上、誰かを傷つけたりしてはだめです!」
「エッツェルさん、キメラさんを元に戻す機械があるそうですの。エッツェルさんもそれで元に戻れないか試しましょう……?」

 イコナの言葉に、エッツェルの表情の無い仮面がゆっくりと振り向く。
 言葉が届いた……と思ったその時。

 その体から幾本もの触手がイコナ達目掛け襲いかかった。

「くっ!」
 鉄心が魔銃ケルベロスで触手を撃ち落とす。
「やはり、意思の疎通は無理か……どうやら倒すしかなさそうだな」
 そう言って銃を構え直す。

 だがエッツェルはふいに彼らから顔を背ける。
 そして通路の隅で固まってる子供達……先程救助班に助け出された子供達と、それを守る救助班員へと視線を向ける。
「っ、まずい!」
 巨大な腕が子供達へと迫る。
 その手のひらにある口が大きく開き、ずらりと並んだ鋭い歯が覗いた。

 その時だった。

「子供達に手は出させんっ!」

 突如現れたライダースーツ姿の男が、エッツェルへと肉薄する。

「受けてみろ! 青心蒼空拳! 積厚流光掌!!」
 目にも留まらぬ速さで繰り出される七連続の攻撃が、異形の体を捉える。
 七度目の打ち込みの後、蓄積された気が爆発。その衝撃で異形の体が吹き飛ばされた。

「蒼い空からやってきて! 子供の笑顔を護る者! 仮面ツァンダーソークー1!」
 その男、風森 巽(かぜもり・たつみ)は右腕を高く上げてポーズを取ると、そう宣言した。

 吹き飛ばされたエッツェルが唸り声を上げ、その体から大量の触手が飛び出してくる。
 先端の口を大きく開いた触手の群れは、巽と子供達の両方へ襲いかかる。

「そうはさせないよっ!」

 巽の前に走り出たティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が『剣の結界』を発動。
 彼女の眼前に現れた光の剣が、迫り来る触手を全て受け止めた。
 弾かれた触手が壁や地面を抉り、大きな穴を開ける。

「ティア、子供達を安全な所へ!」
「うん、了解!」
 ティアが子供達の下へ駆け寄ろうとして、不意に足を止める。
 そして懐から浄化の札を取り出すと巽の背中に貼り付けた。

「たった一回でこんなにボロボロになってる……気をつけてね、タツミ!」
「ああ、任せろっ!」

 巽の背中に貼ってあった札は、ボロボロになって破れ、剥がれかけていた。
 札を貼りなおしたティアは今度こそ子供達の下へ。

「急いでここから離れよう! キミ達も手伝ってっ」

 救助班と子供達と共に、その場を離れるティア。
 エッツェルはその後を追おうと動き出す。

 その足元が突然光りだした。

「ようやく引っかかってくれたな」
 真司がにやりと笑う。彼はエッツェルの足元に『インビジブルトラップ』を仕掛けていた。
 
 エッツェルが注意がトラップに向いている隙に、ヴェルリアがPBWを展開。
 手に持ったリトル・アトラスと4機のPBWによるオールレンジ攻撃を繰り出す。

 さらに鉄心が魔銃ケルベロスを連射、銃弾を浴びせた。

 だが、エッツェルの水晶の様な翼がその全身を覆い、銃弾を全て弾いてしまう。

「効かない……!?」
「何て硬さだ……厄介だな」
 ヴェルリアが驚いた声を上げ、鉄心は舌打ちする。

「まったくだ。しぶとい野郎だぜ……生半可な攻撃じゃ弾かれるし、下手に近づこうもんなら瘴気にやられちまう」
 恭也が片手に刀を、もう片方の手に銃を握り、目の前の異形へと向ける。
 だが、銃弾が通じない事は今しがた証明され、近づいて刀で切り付けようにも、禍々しい瘴気がエッツェルを包み込んでおり、手を出せないでいた。

 触手の群れが鎌首をもたげ。彼らに狙いを定める。

 と、そこに。

「おらおらおらおらぁ!」

 威勢のいい声と共にエネルギー弾を連射しながら飛び込んできたのは、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)だ。

 小型飛空挺から飛び降りたメルキアデスの背後から、彼と同じ顔をした二体のゴーストが現れる。
 エッツェルがゴーストに気を取られている隙に、メルキアデスはその背後に回りこみ、両手を構える。

「喰らえ、爆炎波っ!!」

 メルキアデスの両手から爆炎が迸り、エッツェルへと迫る。
 エッツェルの周囲に展開された結界が炎を弱めるが、全て消し去ることはできなかった。

 辺りに肉が焦げたような異臭が立ち込める。
 炎が消えると、触手の一部が焦げ、先端が無くなっているのが分かった。

 だがその傷はすぐに自己修復を始め、数秒後には元の姿を取り戻していた。

「まったく、これじゃ本当にバケモノだねぇ」

 遅れて現れた月谷 要(つきたに・かなめ)がやれやれと呟く。

「随分と愉快な姿になったものだよねぇ、エッツェル・アザトース。
 あんたは人間をやめたのかい? ……まぁ、俺も人のことは言えないけどね」

 要が銃を構える。

「あんたにあの子供達をやらせるわけにゃいかんのさ。自分から化物になったんならともかく、多分その子たちには罪は無いだろうからさ」

 それに合わせ、恭也が皆に声を掛けた。

「だったら一斉攻撃といこうじゃねえか。倒せなくてもあの邪魔な翼ぐらいは破壊できるかもしれねぇしな!」

 その言葉に、その場に居た皆がそれぞれ武器を構える。

「んじゃいくぜっ! 轟雷閃っ!!」

 メルキアデスの両手から轟雷が迸る。電撃が結界により弱められ、触手の一部のみを焦がす。

「追撃いきます!!」
 ヴェルリアがオールレンジ攻撃を仕掛ける。要、真司、鉄心、恭也も、それぞれ持っている銃を使い全力で攻撃する。

 エッツェルが呻き声を上げる。その全身を覆っている翼が、軋んだ音を立てた。

「ボクも手伝うよっ!」
 戻ってきたティアが稲妻の札を掲げる。
 呼び寄せられた稲妻が、エッツェルの頭上へと降り注ぐ。
 触手の一部が気味の悪い叫びを上げ、焼き尽くされた。

「私達もいくよ、イコナちゃん!」
「はいっ!」

 ティーが悪霊祓いを、イコナが清浄化を行う。
 それにより、エッツェルが纏っていた瘴気が薄まった。
 
 そして、銃撃が止むのを見計らって、巽がエッツェルへと肉薄した。

「これでどうだっ!!」
 巽が先程と同じ七連撃を浴びせかける。限界を迎えていた水晶の翼はその攻撃に耐え切れず、ついにパキンと軽い音をたて折れた。

「オオォォォォ……」

 長く尾を引く呻きが、エッツェルの表情の無い仮面から聞こえてくる。

「……!? 皆下がれっ!!」
 その様子を観察していた真司が叫んだ。

 全員がエッツェルから距離を取る。
 直後、バチバチと凄まじい音を立てて大量の電撃が放出された。

 その衝撃に床が抉れ、天井の一部がばらばらと崩れ落ちる。
 そして放電を終えると、エッツェルは欠けた翼で、ふらつきながらも空中へと飛び上がった。

「待てっ!!」
 天井に空いた穴から外へ飛び去るエッツェルに真司が叫ぶが、彼はそのままふらふらと飛び去ってしまう。
 欠けた翼は既に修復を始めており、半分ほどが元に戻っていた。
 真司は舌打ちすると、研究所の出口へと走り出す。

「ま、待って下さい!」
 ヴェルリアがあわててその後を追った。

「追いつけないとは思うけど、一応行ってみるかねぇ」
 要も出口へ向かい始める。

 そして他の者達もその後を追い、走り出した。




「くそう! 何なんだ、あの化け物は……」

 研究所一階で、一人の研究員が悪態をついた。
 隣には小さなキメラもいる。

 彼は先程侵入者と戦う異形の姿を目撃し、恐ろしくなって逃げてきたのだった。

「もう少しで外に出られる所だったのに……こうなりゃ、遠回りするしかないか……」
 そう言って歩き出そうとした、その時。

「逃げれる訳無いだろうが」

 突然後ろから声が聞こえ、驚いて振り向く。その眼前にダガーが振り下ろされた。
 避けることなどできるはずもなく、研究員はその場に倒れ伏す。

「俺に追われたら逃げれんと思っとけ」

 ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)はダガーをしまいながら呟く。

「意外と呆気なかったわね。ローグが出るまでも無かったかしら?」

 ナターリア・フルエアーズ(なたーりあ・ふるえあーず)がローグへ近寄り、声を掛けた。

「こいつらを逃がす訳にはいかないし、追跡は俺の役目だからな」
 そう言うと歩き出そうとするローグ。
 その服の裾を小さな手が引っ張った。

「って忘れてた。こいつが居たんだった……」

 服を引っ張る小さなキメラを見て、困った顔をするローグ。
 キメラは襲ってくる素振りは見せず、ただじっとローグの顔を見つめていた。

「何でこの子攻撃してこないのかしら?」
「多分、指示を出す前に研究員が倒れたからじゃないのか?言う事聞く様に作られてるって言ってたし……にしてもどうするべきか……」
「とりあえず、入り口の所にいる教導団の人に渡しておけばいいんじゃない?」
「あー、だな。そうすっか」

 ローグ達は研究所の外に出るべく歩き出す。
 小さなキメラは、その後ろをトコトコとついていった。








 実験体だった子供達を連れた一同は、一度休憩を取っていた。


 予想外の事態に、子供達をかなり急がせ走らせたからだった。


 出口まではもう少し。外に出れば、ずっと会えなかった家族と再会できる。


 子供達は期待に胸を膨らませていた。


 一人の子供を除いて。


「大丈夫?」


 俯き身動き一つしない少女に、他の子が声を掛ける。


 それは牢の中でボロボロになっていた、一度逃げ出したという少女だった。


 少女は何も答えない。


 その口元は、先程からずっと同じ言葉を繰り返していた。


「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ…………!」


 そして、叫んだ。





「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」



 少女の体を突き破り、二頭の巨大な獣が姿を現した。