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第三章 弔いと不吉の予兆


「この辺りはガスが充満してるな。早めに抜けたほうがよさそうだ」

 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、そう言ってガスの源泉である溶岩流を越えるために『空飛ぶ魔法↑↑』を発動させ、パートナーのサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)と共に宙へ舞い上がる。
 あまり慣れない浮遊感に包まれたサビクは戦々恐々といった感じで、

「シ、シリウス、足元には気をつけてよ」
「ん? まぁ任せとけって!」

 5mくらいの距離を、10秒くらいかけてふわふわと対岸まで───サビクは接地するなり「心臓に悪い体験だね……」とぼやいた。
 と、そんなサビクの後を追うようにして『歴戦の飛翔術』で飛んできた東 朱鷺(あずま・とき)が、傍らに降り立つ。
 彼女はマッピングデータを受け取るためのHCを持っていなかったので、円滑に行動するためHCを持つシリウス達に同行して調査をしている。

「ふむ、自分以外の人間に宙を浮かせられる体験は貴重ですね。興味がありますわ」

 諸事情から未知なるものに執着する朱鷺にとって、その言葉は本当だった。
 しかし、サビクには皮肉にしか聞こえなかったようで、げんなりとした表情を向けられてしまう。
 それを見ていたシリウスは「ノーコンで悪かったなー」と口の中で呟いた。
 朱鷺は少し心外だったが、わざわざ釈明するほどでもない気がしたので話題を本線に移す。

「さて、キミのそのスマートフォン。……えーと、何でしたっけ」
「『魔法携帯【SIRIUSγ】』だぜ!」

 言いながら、シリウスがスマフォを眼前に掲げてみせる。
 一応、未知なる携帯と言えなくもなかったが、なぜか朱鷺は興味を惹かれなかった。

「そうそう、それに先ほど送られてきた本部のルカルカさんの分析によると、この辺りに隠し部屋があるかもしれない……ということでしたね?」

 こんな分析ができるのは、マッピング班の人達が次々とデータを集めている成果だろう。
 今回の調査は、既に空間の偏りなどから様々な予測が可能になるところまできていた。

「そうだね。この辺りに内乱の戦場跡が多い理由も、その隠し部屋をどちらかの勢力が拠点として使ってたからじゃないかな」

 サビクが更に進んだ予測をしてみせる。
 それを聞いたシリウスは神妙な面持ちで、

「拠点か。そこならモンスターに荒らされてなさそうだし、当事の遺品とか残ってそうだな」

 朱鷺は頷いて「未知の技術が眠ってそうですわね」と応える。
 しかしシリウスが遺品に求めているニュアンスは、先人の生きた証を残してやりたいというものだったので、少々ズレていた。
 念のために、サビクは釘を刺しておくことにする。

「あくまで本来の目的は鉱脈の確保なんだよシリウス。隠し部屋も鉱脈が隠されていないかってことで調査してほしいんだろうし。先人を敬ってくれるキミの気持ちは、嬉しいけどさ……」
「あぁ、わかってるぜ。慰霊したいって話はオレ個人のものだし、余裕ができたらでいいんだ。もっとも、こんな風に考えるようになったのは、サビクに影響されてだけどな」

 彼女達のやりとりを聞いて事情を把握した朱鷺は、「なるほど……こういう考え方もあるのね」と認識を改める。
 そしてふと思いついたことを提案してみた。

「ちょうど空京のTV局が来ていましたよね。もし拠点跡を見つけたら、後で慰霊碑を建ててもらえるように頼んでみてはどうですか? 絵的にも素敵ですし了承がもらえると思いますよ」

 そこで一度言葉を切ってから、思い出したように「遺品の発見については、本部にも報告しなきゃ駄目でしょうけど……」と付け加えた。
 シリウスとサビクは顔を見合わせてしばらく硬直する。
 思いもつかないアイデアだったが、それはとても良い案に思えた。

「それが放送されたら、サビクみたいな古王国の生き残りの人達も、少しは救われるよな?」
「……うん、きっと喜ぶ。当事者のボクが言うんだから間違いないよ」

 期待感が高まる。
 その様子を見ていた朱鷺はくすりと笑って、

「では、そのためにも隠し部屋の探索を急ぎましょうか。朱鷺もいい加減探究心を抑えられなくなってきましたので」

 彼女はそう言って、先に歩み出した。
 シリウス達もそれに続き、この場を後にする。





 三叉路で別れたマッピング班の中で、中央ルートを担当していたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)のペアと、左ルートを担当していたニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は、しばしの時を経て再び合流していた。
 細かい横道はあるものの大体逆三角形を描くような形で、通路の先が繋がっていたのである。

「俺達のマッピングも、そこそこ役に立ったみたいだね」
「えぇ、怪我もなく上手くいって何よりだわ」

 もともと全体の地図を作ろうとしていたエースは満足げに笑って見せ、ニキータも明るい表情で応じる。
 隠し部屋の存在は、彼らの集めたデータによって弾き出せたものだ。 面積にすると広くはないものの、それほど隙間なく地図を埋めたということになる。
 それだけではない。
 モンスターの位置情報や溶岩流のあるポイント、採掘用機晶ロボの残骸が転がっていた場所など、様々な情報を導き出していた。
 実際は彼ら3人だけではなく、教導団から派遣されている正規隊員の働きもあったが、とにかく任務を終えた彼らには、一足先に撤収命令が出ていた。

「フフ……先発隊の方々に申し訳ないですね。面子を潰してしまわないといいのですが」

 帰路につきながら、メシエが苦笑する。
 『防衛計画』を使ってモンスターの襲撃を防ぎ、平面の地図からでも現在の座標を正確に把握できる彼にとっては、先発隊が苦戦したこの任務も大した苦にならなかったようだ。

「まぁこの辺りのモンスターは、奥を目指して先行していった人達が、大部分やっつけちゃったみたいよね。そのお陰でスムーズに動けたっていうのが大きいわ」

 ニキータが遠まわしに先発隊の方々をフォローする。

「でも、やっぱ奥のほうもちょっと見てみたいな。北都君やクナイ君が向かった方はどうなったんだろうね」

 と、エースがそこまでを言い終えたところで、奇妙なものを前方に発見した。
 無数に点在する岩盤剥き出しの横穴……その一つの入り口に、ダンボールのようなもので偽装した痕跡がある。

「これは、なんでしょう?」
「さぁ……来た時には無かったわよ」

 首を傾げるメシエに対し、ニキータは冷静な口調で応じる。
 エースも多少は気になったが、この横穴の奥も既に探索済みになっているので、調べる気にはならなかった。
 彼らは「きっと誰かが何かの目的で置いていったんだ」と全てが全くわからない理由をつけ、放置したまま通り過ぎていった。





 その「誰かが何かの目的で置いていった」ものこそ、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がライバルを邪魔する目的で作っておいた落とし穴だった。

「そろそろ、お宝探しのライバルが罠にかかった頃でありますね」

 吹雪は確信めいた表情を張りつけて、くすくす笑いながら語る。
 その間も、辺りにお宝が無いか全力で探すことに余念が無い。
 ねめつけるようにして彼女を見ていたコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)は、呆れた口調で、

「あんなバレバレの偽装じゃ誰も引っかからないわよ」

 いきなり核心を突いた。

「なっ! じ、自分はトラップ作りには自信があるであります! そんなはずは……」
「そもそも……今この坑道にいる人間は機晶鉱脈の調査隊員だけなハズよ。あなたのいうライバルって誰のことなの?」

 確かに疑問である。
 口を開いたまま絶句している吹雪を尻目に、彼女は『銃型HC』を確認した。
 既にこの一帯のマッピングデータは完成していて、それ以外の収穫は特に無しとして撤収が開始されている。
 吹雪はお宝を探すと言って聞かないが、コルセアはそんな物は無いと思っているので、そろそろ帰りたい頃合だった。
 と、そこに吹雪の指令を受けて偵察に出ていたイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が戻ってきた。
 当然実りなしと踏んでいたコルセアは「何の偵察をしてきたのよ……」とぼやいたが、彼女の想定は外れていた。

「すごいぞ吹雪! 向こうの方の岩盤に崩れた跡があったんだが、そこででっかい機晶石のついたイコンみたいな物を発見したのだよ!」

 な、なんだってー! と表情を一転させるコルセア。完全に意表を突かれたようだ。
 吹雪はというと途端に満面の笑みを浮かべて、

「でかしたであります! もしかしなくても古王国の秘密兵器に違いないでありますっ!」
「ふはははは! 我もなかなか良い仕事をするであろう!」

 周りのテンションが一気に高まっていくのを感じながらも、コルセアは逆に冷静さを増していた。

(いくらイングラハムでも、意味も無く嘘はつかないでしょうけど……おそらく何かの見間違いよね……?)

 そう思うのも無理はないだろう。
 既に大勢の調査隊により探索し尽くされた場所で、なぜかイングラハムだけがそれを発見できるというのは不自然すぎた。
 イコンに例えていたという事は、相当大きな物だろうし尚更である。

「ちょっと冷静に───ってちょっ、吹雪っ! 話を聞けー!」

 コルセアがその事を説明しようとしたが、勢い有り余っている吹雪とイングラハムはもう止められない。
 「すぐに行くでありますー!」と言って右手を吹雪の手に掴まれ、左手をイングラハムの手(厳密には触手)に絡め取られる。
 抗議の声をあげるも空しく、彼女はそのままイングラハムが偵察していた方角へとずるずる引きずられていった。

 ──────………。

「……で? どこにそんなものがあったって?」

 程なくして、件の現場に到着した3人だったが、案の定そんなものはどこにもなかった。
 追求するコルセアに対し、イングラハムは心底驚いたような口調で説明する。

「お、おかしいのだよ。確かにここに……ほら、このポッカリ空いた大穴が見えるであろう。ここにあったのだよ!」

 言われてみれば、岩壁を削り取るようにして、凹字型の奇妙な穴が形成されている。
 その空白は周囲と比べるとかなり浮いていて、イングラハムの言う通り何かが置いてあったら、むしろしっくりくるかもしれない。
 と、何かに気がづいた吹雪が、額にかけていた『ノクトビジョン』を装着してから再び奥を覗き見て、

「おや。この穴、左右に続きがあるでありますね。もしやこの奥にお宝が……」

 暗視ゴーグルによる新たな発見。
 ここは近場の溶岩流が光源となっているが、穴はうまい具合に凹んでいるので明かりが届かず、肉眼ではよく見えなかったのだ。
 その続きというのは、彼女達が立っている場所を地下鉄駅のホームに例えるなら、電車が現れては消えていくトンネルのように拡がっている。

「これは……もしかして」

 コルセアは一抹の不安を覚える。
 知っての通り、この一帯は既に調査隊によって探索済みとなっている。
 にも関わらず、どうしてこんなに目立つ不自然な大穴が、報告もされずに見落とされているのか。
 理由は一つしか考えられなかった。

「ど、どうしたでありますか。そんな難しい顔をして……お宝が無かったのが残念なのであります?」
「いえ……心配しなくても平気よ。ワタシはちょっと団長に報告する事ができたから、一足先に戻ってるわね」

 唐突に真面目な語り口で切り出し、そのまま踵を返すコルセア。
 そしてコルセアの思惑通り、「あ、待つであります!」とか言いながらついてくる吹雪と、その後を追うイングラハム───そうやって、彼女達はこの場を後にした。