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【2】ざわめく森


 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は困っていた。
 動物暴走の原因を探るべく森に入ったというのに、聞き込みをしようとしていた花妖精たちの姿はなく、ようやく見つけた一人の妖精は泣きじゃくっていて話をするどころではない。「エセンシャルリーディング」で情報の理解を深めたかったが、話してくれないことにはどうしようもないではないか。
「えーと……妖精さん、どうしたの? 怖い思いしたとか?」
「ひっく、えっく……はぐ、はぐれて、一人で……うわああん!!!」
 花妖精がしゃくり上げる度に、頭に咲いた小さな雛菊が不安げに揺れている。
「何してるんでふか?」
「みゅ〜?」
 ふいに声を掛けられて振り向くと、もふもふとした可愛らしい生き物が二体――一方はピンクで一方は白い――こちらに近づいてきていた。
「あれ? 花妖精?」
 ピンクの方のもふもふ、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)にはムラサキツメクサが生えている。
「そうでふよ! それよりそっちの妖精さんはどうしたんでふか? 皆避難を完了したんだと思ってまふたが」
 リイムは共に十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)のパートナーであるコアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)と一緒に茶会に招待されていた。出かける前、宵一は土産話を楽しみにしていると言っていたが、まさかこんな非常事態に陥っているとは想像もしていないだろう。
 だがリイムとコアトーが集落に着いたときにはすでに、妖精たちは吹雪のトラックに逃げ込んでいた。だからまさか森の中で花妖精に会うとは思っていなかったのだ。
「あ、あの、私、一人でお茶会用の木の実採りに行ってて……戻ろうとしたら怖い動物いっぱいだし、皆いないし、どうしたら良いか分からなくてっ……」
 リイムのムラサキツメクサを見て安心したのか、泣きじゃくっていた花妖精はぽつぽつと話しを始めた。
「そうだったんだ。それは不安になるよね……でも、途中で誰かに会ったりはしなかったのかな? あるいは森の奥で何か変な物を見たりはしなかった?」
 詩穂は花妖精の目線の高さに合わせて身を屈めながら尋ねた。
「う、うん……族長から、あんまり奥の方には行っちゃいけないって言われてるし、おかしくなっちゃった動物以外は見てないよ」
「どうして奥には行っちゃいけないの?」
「危険なモンスターも生息してるし、最近は……」
 言いかけた時に枯れ枝を踏みしめるミシッという音が聞こえて、雛菊の妖精は身を震わせた。
 見ると、草むらをかき分けながら一組の男女がこちらに向かって来ている。
「あら? 妖精さんがいます」
 コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)はエプロンドレスの裾を低木に引っ掛けないよう注意しながら、前を行く大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)に声をかけた。
「ああ。良かった、単独行動を避けられそうだ」
 剛太郎たちが自分に危害を与える相手ではないと判って、雛菊の妖精は安堵したように息を吐いてから、先程言いかけた言葉をつなぐ。
「最近は、変な人間たちが森の奥を嗅ぎまわってるって。きっと貴方たちみたいに『良い人』じゃないから、気をつけなさいって族長は言ってた」
「そういえば、その族長さんも行方不明みたいでふが……」
「え!?」
 少なくとも避難した妖精たちの中には居なかった、とリイムが告げると、雛菊の妖精は明らかに狼狽したらしく、再び泣き出すのをこらえるような顔になった。
「とにかく私、皆の所に行かなきゃ。それで、族長を探さなきゃ」
 ダメです、と一行に合流したコーディリアが口を挟み、真剣な表情で言う。
「それは危険ですから、こちらに任せて下さい。私たちが通って来たこの獣道なら、真っ直ぐ避難所のトラックに通じています。今なら恐らく、敵にも会わずに行けるでしょう」
 コーディリアは「剛太郎が銃で追い払ったおかげで」と続けるべきか迷ったが、妖精を怖がらせるかも知れないと思い、伏せておくことにした。


「う〜ん、この辺りに何かあると思うんだけどなぁ」
 詩穂の持つトレジャーセンスが、ごくごく小さな『何か』の存在を告げていた。
 雛菊の妖精を見送ってから更に少し進んだ辺りで、一行は手掛かりになりそうな物を探している。
 リイムは六熾翼で飛び回りながら、足元の草花に話しかけて情報を得ようとしていた。
「女の子がここで……攫われたんでふか……!? 男たちに!?」
 コーディリアも何か役に立ちたいと、懸命に辺りを見回している。
「孤立すると危険だ。あまり森の奥に入り込まないよう注意しろ」
 剛太郎はそんな彼女の身を案じてか、木立ちの奥に見えた獣の影に威嚇射撃を行いながら注意を促している。銃声に驚いた獣たちは、遠くで殺気めいたものを発しているものの、あまり接近して来ようとはしない。
 その時、樫の木の根元を探っていた詩穂が声を上げた。
「あったよ!」
 それは土のついた琥珀のペンダントだった。とろける様な飴色の中に、とても小さな花が一輪閉じ込められている。
「みゅ〜、ちょっと貸して?」
 コアトーは背中から伸びたアームでそれを受け取ると、目を閉じて全神経をペンダントに集中させた。ざわざわと頭上の梢を揺らす風が、その白く柔らかな背中を撫でていく。
 やがて瞼の奥にぼんやりと見えだしたペンダントの持ち主は、長く垂らした緑のおさげを振り乱しながら、取り囲む男達の手を必死に逃れようとしていた。