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【葦原明倫館・2】


 『陰陽科』で一行を待っていたのは、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)。それに彼等をサポートする為に天御柱学院からやってきたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)だ。
 『陰陽科』所属のベルクを案内係に皆が校舎を歩き始めたのをタイミングに、殿を歩いていたフレンディスへアレクが視線を向ける。
「――ジゼルさんからフレイさんに伝言です」
 フレンディスがこちらを見上げてきたのに、アレクは「モフの助の事」と付け足した。
 家出中のパートナー忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)の話題に、フレンディスの表情が曇る。
「なんか色々言ってたけど、要約すると――『何時でも電話してね!』だって」
「……有り難う御座います」
 『色々言ってた』部分は自分で電話で聞けば? といった風のかなりいい加減なものでも、フレンディスはお陰で何時もの調子を取り戻せたらしい。ぺこりと頭を下げ一行の一番前へ飛び出して行った。
「マスター、私、考えたのです。
 未熟ながら明倫館に所属する一忍者さんとして、学園……そしてハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)校長先生の為にも、明倫館の良さ、何より素晴らしい和の心を知って頂くにはどうしたらいいのかと」
 キラキラと輝く青い瞳に、しかしベルクは嫌な予感を胃の中に一杯溜め込んだ。
(フレイの偏った知識とこの面子からして――、脳筋以外の人間にはドン引きされるだけだろうな。
 『ハイナ校長先生の為にも』ってこのままだと逆にハイナの説教を喰らう未来しか見えねぇし……)
「やはりここは過酷な修行の一部を体験して頂くべきでしょう!」
 予感は的中だった。
 嘆息するよりも早く、ベルクは――こんな事もあろうかと、先に呼んでおいたのだ!――ウルディカを突っついた。
ウル、お前の出番だ。スヴェータに良いトコ見せろよ
「何故今ミロシェヴィッチ女史の名前が出てくる!」
 無駄な反応のデカさに、この場のミロシェヴィッチが三人ともウルディカへ注目してしまった。口を開いたのは件のミロシェヴィッチ、つまりスヴェトラーナだ。
「ほらぁ! だから言ったじゃないですか。ミリツァさんが居るところではどうするんですか? って。
 なのに何時迄経ってもミロシェヴィッチ女史って――。
 ウルディカさんって、結構メンドクサイ人なんですね
 臍を曲げたスヴェトラーナがぷいっと横を向いてしまったのに、ウルディカは泡を食って「や」とか「ま」とか単語にもならない音を吐き出すばかりだ。
「俺は今日は……大学で会った時に女史に言いそびれた事を言う為に此処に――否、そうじゃない、それが目的じゃなくて――まて。だから俺が呼ばれたのか――? キープセイクがニヤニヤしてたのはその所為か!?」
「さっきからブツブツブツブツなんなんですか? 五月蝿くされると案内の邪魔になるんですが」
 じっとりとした視線で言うスヴェトラーナに、ウルディカは観念して息を吐き出した。
「この間の約束を……改めようと」
「はい?」
「銃の訓練の――」
 ウルディカが不器用に伝えた内容に、スヴェトラーナはそれを思い出したようだ。
「テキトーな口約束かと思ってました」
 スヴェトラーナが笑うのは、約束を覚えて守ろうとしていた事を嬉しく思っているからだろう。以前ロアにタイプを聞かれた時に父と答えたように、スヴェトラーナは『そういう人物』を好むらしい。
「エンド、ウォークライを連れきた甲斐がありましたね」
「ああ」
 と、パートナー達やベルクに暖かく見守られているウルディカ。だが彼は気付いていない。
 眼鏡の蔓を押し上げ、遠巻きに様子を見ているスヴェトラーナの父、そして叔母の鋭い視線に。
「未だだミリツァ。行動開始には未だ早過ぎる」
「そうねお兄ちゃん。もう少し様子を見ましょう。けれど――情報は有り過ぎて困るという事はないわ。私も少し調べてみるつもりよ。
 あの男の生活態度、何を好み、何を嫌うのか――。
 ふふ、何者もこのミリツァの『反響』からは隠れる事は出来なくてよ」
「軍隊の情報網からもな」



 さて、こんな風に和やかに――とても和やかに進んだ一校目葦原明倫館の学校見学だったが、一行を連れ立って陰陽科を回ったフレンディスの過激な案内、更にグラキスの話す――彼は記憶喪失だった為、記録を見る事での――過去葦原島を襲った事件の数々に、破名の表情はどんどん険しくなる一方だ。
 フレンディスもグラキエスも『明倫館は楽しいところで、通うとこんな素敵な事が起こるんだよ』と話しているつもりなのがより一層性質が悪く、何故なら二人の明るい無邪気な表情に、突っ込み役のベルクも、トゥリンにからかわれつつも真面目に案内役を取り組もうとしている唯斗も何も言えなくなってしまうからだ。
 突っ込みその2ウルディカがスヴェトラーナと約束を取り付ける方に一杯一杯で戦力外であったり、まともな事を言えるロアがウルディカをおもしろがる事に夢中になっていたのも、状況の悪化に拍車をかけたのかもしれない。
 要するにもう、『陰陽科』はまともな案内が期待出来ないのだ。
このままじゃマズいよユイト
 トゥリンは小声で呼んだ唯斗の腕を引っ張って屈むよう促すと、睡蓮も巻き込んで一行の隅で内緒話を始めた。
「――あのハナって奴が学校の事気に入るかどーかとか、アタシどーでもいいけどさ。
 昨日ミリツァ他の学校も回るって言ってたよ」
 トゥリンの話す内容を先読みして、唯斗は息を飲み込んだ。
 つまりこういうことなのだ――
「他の学校が全部すっげー真面目な案内とかしたら、うちの学校だけイカレてると思われる」
「――ッ! それじゃこの明倫館に通っている私達の沽券にも関わります!」
「そゆこと」
 三人は顔を見合わせ、訳一分程とても小さな声で打ち合わせを済ませた後、案内役の唯斗を一番前へ弾き出した。
「食堂に行こう」



「沢山身体を動かした後に待っているのが、食堂の和をメインに他多彩な美味しい御食事ですよー!
 ほら見てくださいまし、他校の方も大変多くいらしてます。
 特にあちらのご婦人は常連様のようで毎日お越しに……」
 フレンディスが示す先で、蒼空学園の制服を着込んだとても長い髪の女性がもくもくと飯を食っている。一行がなんだろうと首を傾げていると、厨房から出てきたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が彼等へ声をかけた。
「お、来たのぅ。
 明倫館の食堂へようこそ。
 ふふふ、実はココを仕切っとるのは妾だったりするのだ。なに、味は保証するから安心せい」
 その通り!と頷いてサムズアップするスヴェトラーナに、エクスは溜め息をついた。スヴェトラーナの手に既に肉まんの袋があったからだ。
「ターニャめ、食っとらんでちゃんと案内せんか!」
「はい! 今パーパが買ってくれたこの肉まんも美味しいですが、他のメニューも美味しいですよ」
「……仕方ないのぅ。
 ここはの、生徒の意見も取り入れてメニューを追加したりもしておってな、和洋中、何でも頼めるようになっておる。
 職人連中も腕は確か、鍛えておるからのー。ほれ、何か頼んで行くと良い」
 エクスの勧めにシェリーは興奮気味に破名を手招く。
「クロフォード、クロフォード! 食べ物が、食べ物がいっぱいよ! 見たことのない食べ物が、いっぱい!!」
 呼ばれて近づいた破名は「そうだな」とか「落ち着け」とか宥めるが効果は薄い。昼食というには時間的にまだ早いのだが、最終的には「わかった」と、根負けし「好きにしろ」と苦笑する。
「あのね、この白いの。白くて三角形の食べてみたいわ。ケーキのクリームみたいな色ね! 甘いのかしら」
 ネームプレートに書かれている『鮭』や『梅』や『昆布』といった漢字が読めないシェリーは初めて見るおにぎりを指さして、これが食べてみたいと強調した。
「味はどうする?」
 シェリーの様子を見ていた「成る可く普通のやつにしてやって」と唯斗が言うのに、「席について待っておれ」とエクスは笑顔で頷いた。

「わかっているつもりだったけど院とは全然違うわね」
 慣れないテーブルと椅子に落ち着きなく座るシェリーを見ているジブリールは、僅かに首を傾げる。
(このお姉さん孤児院系譜の人か……)
 ジブリールの視線に気付いてシェリーは、ああ、と両手を打ち鳴らした。
「お久しぶりです。この前の院の改装の時はお世話になりました」
「うん。オレも改めて宜しくな。
 ――学校はオレも最近初めて通うようになったし、それなりに楽しい場所だけど……」
 言い淀むような間に、シェリー達がテーブル向かいに座るジブリールの方へ身を乗り出すと、ジブリールは言い難いのか小声になった。
「正直ここは訓練主体だからオレ達のように強くなりたい以外お勧めは出来ないかな?
 忍具作りたくて入学したら訓練の日々で後悔中の人もいるみたいだ」
「それって北門 平太(ほくもん・へいた)の事?」
 耀助が思い当たる人物の名を挙げながら身を乗り出してくる。
「へーたさんは……あれはあれで特殊な例だと思いますよ。
 地球の学校と同じような感覚で入学しちゃったみたいですから」
「何それバッカじゃないの?
 パラミタの学校が地球みたいにマトモな訳ないじゃん。皆イカレてるよ」
 トゥリンが吐いて捨てるのに、シェリーはきょとんと目を瞬いた。パラミタで生まれ、五千年程前壊獣研究施設『系譜』から逃げ出した被験者を祖に持ち、『進化』を予定された『系図』をその身に有する子供しか居ない狭く閉ざされた環境で育ったシェリーには、パラミタをイカレてると表現する地球出身の彼等の感覚そのものが分からないのだ。
 そんなシェリーの反応を見ていたジブリールは、一息の間を置いてトゥリンの方へ向き直った。
「あ、そういえばこの間の面白い爆弾」
「『オカマ爆弾』改め『びーえる爆弾』?」
「うん、トゥリンってあれ作った張本人だよね?
 オレも調合毒を仕込んだ小型爆弾を作りたいんだけど、今度一緒に作らないか?」
「どんな?」
 言いながらトゥリンは早速メモ帳を開く、と、その端末ごと伸びてきた手に奪われてしまった。
「トゥリン、『爆弾作りは』――」
 続きを言えと促すアレクに、トゥリンは口を尖らせて嫌々続ける。
「『I won’t do it ever again.(*もう二度としません)』」
「宜しい。ジブリール、お前もだ。無闇に毒を調合するのは、やめなさい」
 非対称の色の双眸にじっと見つめられて、ジブリールもバツが悪そうに視線を反らす。
「――どうしても作りたいのなら、空京の基地にきて俺かヤンかトーヴァかハインツ――否あいつは駄目だ……、まあ大人の監督下でなら考えても良い」
 譲歩案にジブリールとトゥリンがハイファイブすると、「ただし!」とアレクが大事な事を付け足した。
「指導員は微笑みデブだ」
「うえええやだあああ」
「あの人!? 何で?」
 子供達相手にアレクが話している内容に唯斗が首を横に振っていると、エクスがおにぎりののった皿を持ってきてテーブルに並べ始めた。海苔で包んだスタンダードなものから、シンプルな塩握り、ゴマやゆかりで見た目から変えたのは、シェリーが初めて食べるのだと気付いたエクスの配慮なのだろう。しかし何枚も皿があるお陰――というよりスヴェトラーナの乗せた大皿料理の所為――でパンフレットを開く隙間も無い。
「クロフォード! クロフォード!」
 シェリーが保護者の名前を何度も呼ぶのは、たぶん、感動の伝え先がそこにしかないからだ。院では見られないはしゃぎ様に、破名は改めて難しい顔も出来ず、困惑に頬を緩ませる。
「うむ、ゆっくりしていくとよい」
 エクスは満足そうに微笑んで、厨房へ戻って行く。唯斗はパンフレットの件は諦めて、自分の口で説明を続ける事にした。
「――って感じだな。
 取り敢えずはまぁ、二人がどんな分野に興味があるのか、どんなことがしたいのかって話だなー」
「興味があることは、なんでも勉強できるってことなのね?」
「何でも出来ても爆弾に興味は持てないわ」
 未だ話しを続けていたジブリール達を横目にミリツァが言った冗談に、テーブルに起った笑い声は暫く続いていた。