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遺跡探検!

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第三幕 遭遇! 第三階層!

 遺跡第三階層。
 闇の中からゆっくりと姿を現したのは、今回の騒動の中心、ドラゴーレム試作一号だった。
 ドラゴンの頭を模した頭部では、黄金の単眼が不気味な光を放ち。暗紅色の装甲が甲冑のようにその全身をガッチガチに守っている。長い腕で地面を打ち、ナックルウォークする姿はまさに怪物と言った出で立ちである。
「こ、これがドラゴーレム……!」
 後ずさりする一同を尻目に、ドラゴーレムはおもむろに柱を殴りつけた。
 自律モードで起動中のドラゴーレムは、プログラムに従って採掘を始めたのだ。だがしかし、そんな事情など彼らは知らない。手当たり次第に破壊を始めたようにしか見えなかった。
「ま、まずい。こっちに来るぞ」
 こちらの存在には意を介せず、ドラゴーレムが腕を振り上げた。
「シャンバランダイナミィィィック!」
 突如、脳天に叩き込まれた強烈な一撃に、ドラゴーレムは動きを止めた。 
 遅れて現れるのがヒーローの譲れないスタンダード。トレードマークの赤いマフラーをはためかせ、ピンチに駆けつけたのはこの男、正義であった。今度は自前のお面を装着し、パラミタ刑事シャンバラン(彼の脳内ヒーロー)に変身完了である。
 ドラゴーレムを挟んで、バイト君捜索隊の対面に、E捜索隊が駆けつけた。
「おやおや、随分と元気なゴーレムですね……」
 と、怪しげに言葉を漏らしたのは、島村幸である。
 白衣に眼鏡という、マッドサイエンティストの名刺代わりとも言える風貌。漂う気配はどこかオリヴィエ博士に通じる。残念ながら彼は、パラミタで通じてはいけない人間の一人なのだが。
「どうです、幸。制御は可能そうですか?」
 幸のパートナーであり、人生のパートナー。剣の花嫁のガートナ・トライストルが尋ねた。
 花嫁と呼ぶにはやや抵抗のある、髭をたくわえた素敵なおじ様である。
「勿論ですよ、ガートナ。操縦席でモードを切り替えれば、容易く制御出来るでしょう」
「では愛する幸のため……、私がゴーレムの動きを封じてきましょう」
「私のためにそんな危険を冒すなんて……。見上げた愛情表現ですよ、ガートナ……」
 見つめ合う二人。二人だけの世界。もはや他の誰も目に入らない。
「……やるのか、やらないのか。やるならとっとと動け!」
 没頭する二人を、エリオットが叱りつけた。
 他の誰も目に入らないのかもしれないが、他の誰かの目にはしっかり入ってるんである。
「まあまあ……、協力していきましょうよ、エリオットさん」
 苦笑いを浮かべて、恭司が仲裁に入った。
「む……、別に、協力するのはやぶさかではない」
「それはそれは……、とても心強い事です」
 ガートナは実に紳士的に微笑んだ。
「では、まずゴーレムの動きを封じましょうぞ!」
 ロープを取り出し、ガートナはドラゴーレムへ接近する。その後に恭司も続く。
「少々手荒にいかせてもらおう」
 エリオットは意識を集中し、ドラゴーレムへ火術を放った。
 脚部に全火力を集め、一点集中。ドラゴーレムの重厚な身体は、激しい炎を浴びせられても揺らぐ事は無い。しかし、いくら身体が頑丈でも、金属製の装甲は別である。圧倒的な高熱を受けた装甲は、みるみるうちに歪んでいった。
「メリエル!」
「任せてちょーだいな」
 素早く懐に潜り込み、メリエルは歪んだ装甲を剣で弾き飛ばした。
「下がってください、メリエルさん!」
 メリエルと入れ替わりに、飛び込んだのは恭司だ。
 ドラゴーレムの長い腕をかわし、脚部に激しく剣を突き立てる。間接部を貫いたその一撃は、ドラゴーレムの体勢を崩すには十分なものだった。ドラゴーレムは地響きとともに膝をつき、そして自分の身体に発生したトラブルを処理するのに、採掘プログラムの実行を停止させた。
「この瞬間を心待ちにしておりました」
 すかさずガートナは飛びかかり、ロープで巨体をぐるぐる巻きに縛り上げた。
 本来なら、ロープなど容易く引きちぎれるだけの能力はあるのだが、どうもプログラムの処理速度に問題があるようだ。自分の状況を確認するのに処理能力のほとんどを使っているようである。ロープを引きちぎると言う回答に辿り着くのはもう少し先になりそうだ。





「皆さん、ご協力感謝しますよ」
 不敵な笑みを浮かべ、幸は活動停止したドラゴーレムの操縦席に乗り込んだ。
「これは……」
 操作系統を一瞥し、幸は感嘆の息を漏らした。
「操作性を意識したシンプルな作りながら、複雑な操作も可能なようですね。これがモード切り替えのスイッチ……、他にも興味深いスイッチが並んでいます。ふむ……、動力には何が使われているのでしょうねぇ。これだけの重量を動かすには、相当なエネルギーが必要なはず。もしやパラミタにはすでに、地球以上のエネルギーを生み出す何かが……? それとも、博士が開発したものなのでしょうか……?」
 恍惚の表情で、幸は肩を震わせている。
 そのため、ゴーレムの足下でなにやら不穏な動きがある事に気づかなかった。桐生円が瓦礫をボード代わりにして、構えを取っている事など目に入らなかった。そのパートナーの吸血鬼、オリヴィア・レベンクロンが火術を放ち、爆風で円が飛んだ事など知るわけがなかった。
「ああ! 実に興味深いサンプル! 素晴らしい! 素晴らしいーっ!」
「……きっくばっくどろっぷたーん」
 ふと上方から聞こえた声に、「ん?」と幸は顔を上げた。
 その瞬間、ガツンと重たい瓦礫が顔面を直撃した。
「だあっ!」
 顔を押さえてうずくまる幸を、仁王立ちで円は見下ろした。
 ゴスな衣装に身を包んだ少女には似つかわしくない態度である。
「そろそろ、ボクに席を明け渡すのだよ」
「な、何をいきなり……、こういう事は科学的知識を有する私が……」
「ゴーレムもキミに操作されるより、ボクに操作されたほうが嬉しいのだよ」
 そう言うと、円は操縦桿を無理矢理奪い取った。
「やめなさい。私がまだ調べている途中でしょうが!」
 負けじと幸も操縦桿に掴み掛かる。
「放すのだ!」
「放しなさい!」
「いーや、放すのは貴様達だ!」
 はっとして、二人は前を見上げた。
 いつの間にそこにいたのか、ドラゴーレムの頭の上を何者かが陣取っていた。薔薇学マントに赤いマフラー、そして怪しげな仮面。……とこれだけ条件が揃えば語る事は多くはない。そう。我々はこの男を知っている。
「唐突だが、ドラゴーレムはこの変熊仮面が頂いた!」
「何を勝手な……」
 と、言いかけた幸と円であったが、マントをひるがした変熊仮面に凍り付いた。
 そこにはただ生まれたままの姿があった。幸と円がこの至近距離でそれを目撃してしまったのは、今回の冒険における最大の不幸であった事は語るに忍びない。
「わあああっ!」
 二人は一目散にドラゴーレムから駆け下りた。当然である。
「ワーハッハッハ! 我が勇姿、じっくりその目に焼き付けよっ!」
 操縦席を占拠した変熊仮面。ドラゴーレムは再び起動し、ロープを強引に引きちぎった。
 そして、仲間であるはずの捜索隊にあろうことか襲いかかってきたのである。





「さっきからチラチラ見えてはいけないものが見えるとは思っていたが……」
 龍壱は苦渋に満ちた顔で呟いた。
「やはり変態だったのか……」
「いや、そこじゃねーよ、ツッコムところは」
 デゼルは思わず龍壱にツッコンだ。
「つーか、何であいつオレ達に襲いかかってくんだよ」
「それは俺が知りたい」
「理由などどうでもいい……」
 静かにそう言ったのは、クルード・フォルスマイヤーだった。
 蒼空学園生なのだが制服ではなく、黒を基調とした服装で全身を統一している。
「ゴーレムが暴走しているなら破壊するまでだ……」
 そして傍らに立つ、パートナーに目を向けた。剣の花嫁、ユニ・ウェスペルタティアである。
「ユニ……、銀閃華を」
「おいおい、あんた、それ本気でやる気じゃねーか……」
「あの有様を放っておくと言われるのでありますか」
 我が物顔で暴れているドラゴーレム……、もとい変熊仮面をコウジは指差した。
「あれでは人命が失われるのも時間の問題。教導団の一員として、尊い生命が失われるのを指をくわえて見ているわけにはいきません。ここは一刻も早い破壊を提案するであります」
「まあ、いいんじゃないですか……、一緒に片付けてしまっても」
 ぼそりと言いづらい事を言ってのけたのはクロセルだった。
「……まあ、反対する理由は何もないな」
 龍壱他一同は深く頷いた。





「さて、あの暴走野郎にきついお灸を据えてやるか」
 ケイとルークは並んで立ち、前方で破壊の限りを尽くすドラゴーレムを見据えた。
「るーくん、ケイくん、がんばって!」
「ああ、任せとけって」
 由香の応援を背に受け、二人は意識をドラゴーレムへ集中した。
 繰り出そうとしているのは、勿論雷術。博士から聞き出したドラゴーレムの弱点である。
「ワーハッハッハ! これぞ俺様の真の力! 究極! 究極の力だ!」
 楽しそうに高笑いをする変熊仮面であったが、どんなに栄えた文明にもいずれ終わりがくるように、その栄華の時は終焉に差し掛かっていた。
 ドラゴーレムの腕を高らかに振り上げた時、天罰とも言える雷がその全身を貫いた。
「ギエエエエエーッ!」
 プスプスと黒煙を上げて、変熊仮面は操縦席から転げ落ちた。
「これで一件落着と」
 笑顔のまま気を失っている変熊仮面を、すかさず正義とクロセルが縛り上げた。
「ゴーレムもやっと止まったようですね」
 ドラゴーレムは完全に沈黙していた。
 電撃によって制御回路を焼かれ、全ては終わった……、はずだった。
 ドラゴーレムの単眼に再び光が宿った。
 博士は確かにドラゴーレムの弱点は電気だと言った。博士自身もそれを確信していたし、現に制御回路は破壊されている。それは間違いない。しかしながら、博士もわかっていない事があったのだ。制御回路が破壊された場合どうなるかを。
「ウオオオオオオン!」
 ドラゴーレムの動力炉から雄叫びに似た音が放たれた。
「う、動き出した……!」
 そもそも制御回路は何を制御していたのか。それは自律行動時の行動プログラムと搭載されている機能の制御であった。そう。ドラゴニュート因子も回路の管轄下に置かれていたのである。制御回路が失われた今、ドラゴニュート因子が活性化し、ドラゴンの凶暴性が全面に押し出された、完全なる暴走状態となってしまったのだ。
「なんだか、やばそうだぞ……」
 陽太郎は見た。そして、一同も見た。ドラゴーレムの全身に青白い電流が走るのを。
「ウオオオオオオン!」
 次の瞬間、ドラゴレームの身体から稲妻がほとばしった。
 このふいの攻撃に対し、咄嗟にケイとルークは雷術を発動させた。雷術によって散った稲妻は壁を伝って通路を駆け抜けていった。おかげで直撃を受けた者はいなかったが、稲妻がかすり手傷を負った者も少なくない。
「か、間一髪ってやつだな……」
 ケイが胸を撫で下ろしたのも束の間、再びドラゴーレムの身体が青白く輝き始めた。
「な、連射……!」
 コウジが叫んだ。
 逃げ場は無い。おまけにケイとルークは先ほどの行動で疲弊している。かすった程度で負傷者が出るこの稲妻、直撃など受ければ誰であれひとたまりもないだろう。圧倒的不利な状況だったが、同時にこの状況にコウジは胸が高鳴るのを感じていた。
「ライラ、無事でありますか?」
「ええ、なんとか……。いかがされますか、主」
「敵が火力で攻めるなら、こちらは知略で対抗するのが、戦術の基礎であります」
 この戦局を打開する戦術はただ一つ。コウジに浮かんだのはその方法だけだった。
「ライラプス、投擲起動(スロー・マニューバ)。状況開始!」
「コピー、投擲起動(スロー・マニューバ)」
 おもむろにライラが取り出したのは、博士から受け取ったあの爆薬であった。ライラは爆薬をドラゴーレム……、ではなくその足下へ向かって放り投げた。足下を転がる爆薬を、コウジはアサルトカービンで撃ち抜いた。
 巻き起こる爆発。激しい衝撃は重厚な床をも崩壊させた。ドラゴーレムは炎に包まれながら、足下に広がる闇の中へと消えていった。