リアクション
「……あれ? おーい、ルアナ〜。ここに置いてあった、俺様のスペシャルな私物をどこにやった〜?」
前線から梁山泊の休憩区画に帰還したザックハートは、『使える状況じゃないし、重たくて邪魔だから』という理由で置いていった、爆薬と起爆装置が消えているのに気が付いた。
「あ。お帰りなさいザックハート様。私は救護区画に篭りっきりで、ザックハート様が私物を置いていかれたこと自体、初耳ですよ?」
たまたま通りすがったルアナが、それだけ言うと、再び足早に救護区画へと向かった。
「ま、いいか。梁山泊ももうすぐ陥ちるだろうが、少しくらい眠る時間もあるだろうよ。休憩きゅうけいっと!」
床に座り、積み上げられた余剰資材に背中を預けるとザックハートはすぐさま寝息を立て始めた。
「龍壱ちゃんが、後退したよ。命に別状はないみたい!」
「そう……それは、良かった……雪さん、喜ぶかな……」
張りのあるセシリアの声に応えたのは、精神力が尽きかけていたメイベルの掠れた声だった!
「メイベル!」
ゆっくりと崩れていくメイベルに向かって、ゾンビが殺到していた。一体なら即座に倒せる自身が、セシリアにはあった。
しかし、三体のゾンビであれば、メイベルを無傷で済ませる方法がない。
祈る思いでセシリアは最寄のゾンビを光のメイスで粉砕した。残り二体は……。
「伏せて!」
鋭い声が飛び、慌ててメイベルは頭を低くした。直後、知哉のカルスノウトと稜のリターニングダガーがゾンビを沈める。
「僕たちが支援するから、メイベルさんは帰還してよ」
戻ってきたダガーをキャッチしながら稜が笑う。稜の笑顔は、見ているものを癒すような柔らかさがあった。
「耐えていれば、アラモから応援が来るはずだ。だから安心して、休んでくれ!」
口にした知哉も、自分自身、発言の真偽を疑っている。しかし、限界まで戦っていたメイベルに報いるには、その言葉しか出すことが出来なかった。
「梁山泊までお連れします。さ、肩を」
牽制射撃を加えた後に駆け寄ってきたフィルが、セシリアと二人でメイベルを支える。戦場のあちこちから、メイベルの奮戦を湛える声が、聞こえてきた。
「とても立派でした。メイベルさんに比べて、私なんてまだまだですね」
労を労う言葉が、フィルの口からメイベルの耳に届く。メイベルは小さく首を横に振るだけだった。
「私、よくセラに言われるんですよ。『弱い者でも弱いなりにできることがあるはずよ』って。私は、弱いなりにメイベルさんを見習って、頑張ってみますね」
「……弱いなりにも……戦えなくても、できることがある……」
ぼんやりと翳んでいたメイベルの視界が、急激に輪郭線を取り戻してゆく。もう、プリーストとして戦うことが出来ないことを、メイベル自身が自覚していた。
それでもセラの言葉に、メイベルはヒントを得た。
「フィルさん。梁山泊に着いたら、連れて行って欲しいところがあるんです……」
そういったメイベルの声は、徐々に生気を取り戻しつつあった。
「頭を撃ちぬかれてクタばらねェゾンビなんざ、ゾンビじゃねぇ! ロメロに詫びて来い!」
絶望的戦況においても、武尊の中に敗北宣言の四文字はなかった。シーリルから託されたレイジングブル・マキシカスタム風の銃剣付き拳銃で、ゾンビの頭を撃ちぬいていた。
「ええ、まったくもって同感ですよ。おまけに全力疾走するなんて。ゾンビの美学に反しますね」
武尊と肩を並べながら、デリンジャーで応戦を続ける一晶が答えた。
「話が合うじゃねェか。生き残ったら、一杯やらねェか?」
「仮定法未来を口にするのは、死にフラグですよ? それに、こう見えて、私は未成年なんです」
さらりと受け流しながら、一晶は慣れた手つきで廃莢する。
「……何か聞こえる……」
真実の戦いを撮影し、後に伝えるために飛び回っていた勇が、ふと立ち止まって耳に意識を向けた。
「本当だ。何か聞こえる……」
籠女がトリガーから指を外し、聞こえてくる何かに、耳を傾けた。
「ええい! 静かにするんだ! 聞こえんだろうが!」
正義はシャンバランブレードで最寄のゾンビを叩き伏せた。確かに遠くから……洞窟の外から、何かが聞こえていた。
そして……ダンボール紙を伝わる振動に触れ、耳だけではなく全身で音を拾っていたあーる華野が叫んだ。
「これは……歌だわ! 誰かが外で歌っている!」
メイベルは、勇とるるが放棄した櫓に上り、全身を一つの楽器に変え、朗々と歌い上げていた。
『戦えなくても、私は仲間を助けられる!』
それに気が付いたメイベルは、フィルの助けを借り、この場所で歌うことを決めた。
「私も、お供させてくださいね?」
ヴァイオリンを手にしたフィルが、メイベルの傍によじ登ってきた。
「あ、メイベルさんはそのまま歌っていてください。私が合わせます」
そう言うと、フィルはチューニングもせず、演奏を始めた。ささくれ立った神経を撫で摩るような弦の音が、戦場一杯に広がった。
メイベルは趣味で歌うだけの少女だった。銃を撃ち過ぎたフィルの指は震えが残っていた。
それでも二人が編み上げた音楽は、遍く戦場を覆っていった。
「……絶望じゃない。ただの逆境じゃないか……」
失意や絶望は、受け取り方次第でどうとでも姿を変える。メイベルの歌を聴きながら、ベアはそんな事を考えた。そう考えた途端、乳酸漬けの体が軽くなった。
梁山泊防壁にはゾンビが既に取り付いていた。破壊の音を響かせながら、梁山泊は崩壊を始めていた。
内部に残っていた。ケイ、コウといったウィザードが焼き払っているが、撃退するには火力が不足していた。
その正面門が、弾かれたように開いた。
「……寝起きの俺様は、機嫌が悪いぜェ……?」
メイベルの歌で起こされたザックハートは、半開きの目のままゾンビを剥ぎ払い始めた。
「私も、待ってるだけの女じゃないって、証明してみせる!」
ザックハートに続いてサリアも飛び出した。ヒールを打ち込み、防壁からゾンビを引き剥がしてゆく。
「……エエ歌声やのゥ」
義純の口から、自然と故郷の広島弁が漏れる。
ゾンビに引き裂かれた制服の背中から、「夫婦滝登り鯉」の刺青を覗かせて義純は一時、歌に聞き入った。
「塞主のワシが諦めかけて、どうしようる? まだ、終わっておらん」
銃の重さに負けかけていた腕に力を込めて、義純はアサルトカービンを構えなおした。
最終章 生者たちの夜明け
「……行くぞ」
アラモの中の誰かが言い出した。
筐子が構築し直した、竹材や木材の防壁で永らえたアラモであったが、カティアが作った防御地形は既に崩壊寸前であり、アラモ自体が制圧されるのは、時間の問題であった。
その三文字が意味すると事が強行突破である、と、誰もが理解した。戦える者は武器を手に取り、動けるものは負傷者を担いだ。
メイベルの歌が、挫けそうになっている士気を奮い立たせ、アラモに篭る人々に最後の活力を与えていた。
「私を置いてゆくのかね?」
刺青の男は、漆黒の刀身を持つ光条兵器を握った刀真に問いかけた。
「お前は気に入らないが、他にやらなきゃならない事が出来た。それに俺は、黒幕以外に興味がないしな」
そう応える刀真の言葉を聞いていた月夜が、薄っすらと微笑んでいる。
「全員、生きて帰ろうッ!」
その声を合図に、アラモ内の全生徒がゾンビに突入を開始した。
地形に慣れた瀬良、隼、焔が先陣を切り、残りの者が一丸となって続いた。
「攻めを継続せよ! 足を止めるな!」
中央で状況を俯瞰しながら、ウェイドが叫ぶ。
生徒達の塊は、突進の勢いが失われない内に、洞窟入口のゾンビの壁を突き破らなくてはならないのだ。
「押せ押せ押せ押せ、ブチかませ!!!!」
最も体格に優れた竜司が、トップスピードのまま肩からゾンビに衝突する。そのままゾンビを吹き飛ばしながら、洞窟の外へとブレイクスルーを目指す。
「……これは……厳しいか……」
ウェイドと同じく軍学の心得があるイレブンは、表情に影を忍ばせた。自身も遊撃的に立ち回り、突破力を殺がぬようゾンビを駆逐していたが、イレブンの予感は的中した。
「クソッ……邪魔するんじゃァ、ねェよ!」
吼える竜司であったが、数の暴力質量の壁に、ついに足を止められてしまった。
皆がの心が再び絶望に閉ざされかけた時……。
「駿狼!」
通路の奥から風が吹いた、と思う間もなく人の形をした銀光が走る。
「月光狼牙塵!」
竜司の傍らに立ち、銀閃華を翳したクルードが、周囲のゾンビを吹き飛ばす。通路からは【ディバイン・ウェポン】のメンバーとレオ。そして……
「うわわわわ!!!! 誰か助けてよ〜〜!!!」
クルードが抉じ開けた空間を、二メートル三百キロの二足走行する凶器……薬のキマった錯乱顔の狼、トーマスが突き抜けてゆく。
頭やら背中やらに数匹のゾンビをコバンザメのように纏わりつかせたまま、トーマスはボーリングのピンを跳ね飛ばすように、ゾンビを蹴散らしながら洞窟の入口を抉じ開けた。
「皆、助けに来たよ! もう少しだから、誰も死なないで!」
恵が拳銃型光条兵器を撃ちならが、外の世界に繋がった通路を、広げてゆく。
洞窟の外は、世が明けようとしていた。弱々しいものの、確かな日の光が洞窟の中に注ぎこんだ。
生徒達は日の光に祝福された外の世界へと、飛び出していった。
「……同じ狼でも、こうまで違うものとはな」
ゾンビの掃討戦が続く中、珍しいことに、忍び笑いを見せながらイーオンにアルゲオが頷く。
「私もそう思い、愉快に感じています。イオ」
日の光を浴びてアルゲオの髪は、鮮やかな銀色に映え上がる。
「お前の髪は、今日も美しいな。アル」
光源でも直視するように、目を細めて言ったイーオンに、アルゲオが微笑んだ。
「イオに褒めてもらいたくて、毎日手入れをしています。お気づきでしたか?」
「おーおー……軍師殿も青春してますねぇ」
遠くにイーオンとアルゲオの姿を眺めながら、残敵駆除に精を出す大和が、ラキシスに言った。
「あの忠節の捧げっぷりだと、いくら大和ちゃんが口説いても、アルゲオちゃんはなびかないね〜」
大和の肩に飛び乗り、肩車させたままラキシスがイーオンたちを眺めている。
「それに、私も馬に蹴られたくはありませんからね〜」
「ね〜」
ウフフフフと笑いあった大和とラキシスは、ゾンビを蹴散らしながら並んで出口を目指した。
最後まで洞窟に残っていたのは、カガチだった。
「あ〜あ……スッキリしたわ」
カスルノウトを振り、血糊を払い飛ばす彼の横を、一人の生徒が通り過ぎる。
「オイ。ここのゾンビは復活するから、洞窟に入るのは危険だぜ?」
「いえ。もう、復活しませんよ。だから、安全です」
まるで長い間太陽の光を浴びずに過ごしたように肌が白く、充分な栄養が与えられなかった子供のように髪が痛んで乱れた少女は、俯いたままそう言った。
「津波! 最初に保護した女生徒はどこだ!?」
梁山泊に駆けつけた直後、、津波を探して指令区画に押し込んだ零は、威圧するかの如き形相で問いただした。
「わわわわわっ!?」
緊張が解けた反動のあまり義純に縋って泣いていた津波は、慌てて飛びのきながら目を擦った。
「 その女性でしたら……無理な聞き取りはしない、という条件で救護班からケイさんが預かることになったはずですが……」
顔を紅潮させたまま、記憶を辿って正確な記憶を呼び覚ます。
その後の零の聞き込みで、女生徒はケイが目を離した隙を突いて脱走し、ザックハートの爆薬を盗んだ疑いが浮上した。
「爆薬なんて……何に使うんだ?」
零のその疑問は、すぐに解消された。
「洞窟が! 崩壊します!」
櫓の上にいたメイベルが、持ち前の声量を生かして梁山泊全域に告げた。
遠くから響く地響きとともに、洞窟があった位置に土煙が上がっている。
「そういう、ことか……」
零は、今夜一晩を費やして書き溜めた情報メモを、思わず握り潰していた。
洞窟の崩壊とともに、活動していたゾンビは塵へと還り、ここにゾンビ事件の幕は閉じた。
後日談 The Day After Tomorrow
事件後、羽入 勇を中心とした有志の主導で、ゾンビ事件の報道活動が行われるも、ワイドショーを賑わせるに留まった。
洞窟内に持ち込まれた爆弾は、パラ実で作られたものだと確認がとれた。購入者は不明。『色が白くて髪が長い女だった』としか記録に残っていない(尚、製作者はガートルードの鉄拳制裁を受けた模様)。
ツァンダ交易路拡充工事にまつわる洞窟崩落事故に関しては、市が関係性を全面否定。崩落後の調査活動要請に関しても、『予算が付き次第、善処する』との回答。
今回のケースに於けるゾンビ化のメカニズムは、蒼空学園とイルミンスール魔法学校の合同研究により、感染症ではなく魂の汚染によるものだと推測された。
事件後、教祖が死亡したことにより魂の汚染によるゾンビ化は完全に停止。ゾンビにより外傷を受けた者も、ゾンビ化することなく快方に向かった。
【ディバイン・ウェポン】からの報告による、ゾンビの作戦行動は、【魂の海を経由して、教祖の指令を受けていた】という説が最有力となった。尚、指令を与えられていないゾンビは、餓死した記憶を持つため、食欲のままに行動する。
教祖とともに崩落事故に巻き込まれた男性は、その後の文献調査により、教祖を護衛する任を帯びた戦士だとされた尚、戦士と教祖は生きながらにして、テレパシーのようなもので交信できる模様。
事件の動機に関しては、復讐に頓挫し、失意のあまり教祖と戦士は自決した、という説が最有力となった。
尚、今回の事件に於ける最終的な死亡者は二十三名。重軽傷者は百四十六名にのぼる。いずれも、崩落事故による被災者として処理された。
そして……
「結局、臭い物には蓋、かぁ……」
肩を落として溜息を吐く羽入 勇の肩に、アルフィエル・ノアが手を乗せた。
「やるだけのことはやったじゃないか。あとは、僕らで冥福を祈ろうよ」
蒼空学園正門前で、勇とアルフィエルは、清泉 北都を待って洞窟跡地へと向かった。
事件性が認められなかった事により、一般人が洞窟跡地を訪れることに規制が掛からなかったことだけが、今の三人には幸いであった。
「お腹が減って、つらかったろうなぁ……」
自ら焼いた菓子を供えながら、北都は掌を合わせた。アルフィエルも持参した花を添え、胸の前で指を組んでいる。
「……あれ?」
書き上げた原稿の複製を供えた勇は、既に先客が残していった供え物を見つけた。
日本から持ち込まれたの風習からか、崩落七日目の今日は慰霊客が多いらしく、様々な供え物が砕けた岩山の前に置かれている。
参拝客の多くは、肝試し大会の参加者だろう……そんな事を思いながら供え物に目を向けた勇は、目を見張った。
明らかに幼児、或いは明らかに老人が供えたとしか思えない手作りの供え物が、いくつもいくつも置かれていたのだ
「無駄じゃ、なかったね」
花が咲いたような明るさで、アルフィエルが笑顔を見せた。
北都は空を見上げるフリをして、勇の顔から視線を逸らした。
「……伝わって、いたんだ……」
勇は、溢れる涙を拭くことも忘れ、声を上げて泣き続けた。
北都の見上げた蒼い空は、果てしなく広がっていた。
季節は真夏を迎えようとしていた。
皆さん、こんにちは。マスターを担当いたしました、刻環 響です。
リアクションは、ストーリーの『流れ』とキャラクター同士が交差することで生まれる『エピソード』を重視してを書かせていただきました。いかがでしたでしょうか?
また、お預かりしたキャラクターの設定を掘り下げて演出する、という点も意識してみました。楽しんで頂ければ幸いです。
難産になるか、と思ったリアクション執筆でしたが、書き終わってみれば87人の友達に出会えた気分です(笑
このシナリオが、皆さんの良き思い出になる事を願います。
それでは次のシナリオでも、皆さんとご縁がありますように。