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リアクション
第四章 到達
岩陰に隠れる一色 仁(いっしき・じん)は、己の目にしたものを信じられずにいた。隣にしゃがみ込むミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)を横目に窺うと、どうやら彼女も少なからず動揺しているらしい。
「勝手なことをしてんじゃねぇよ!」
そんな彼らの存在に気付きもせず、開けた空洞の中心でクドール・ダッセは声を荒げる。荒々しく肩を掴まれたイタル・ダッセはふんと鼻を鳴らし、隅でうずくまるユリアナへ視線を向けた。
「僕がせっかくユリアナとお話をしようと思ってるのに、邪魔をしないでくれないかな」
浮かべられた気障な笑顔に、クドールの米神にぴきぴきと青筋が浮かぶ。そんな長兄をまあまあと宥め、ガンチア・ダッセはイタルの胸元を軽く小突く。
「だからって、俺たちに無断で彼女を浚うことは無いだろう?」
「兄さんたちが邪魔をするから悪いんだよ」
悪びれた様子の無いイタルの様子に痺れを切らしたクドールが拳を振り上げ、それをガンチアが両手で掴んで止める。どうやら事情は掴めつつあったが、大人げない兄弟喧嘩を見せられた仁はがっくりと肩を落とす。三兄弟を助け、ユリアナの前で正々堂々競わせようとした仁の目論見はある意味成功したとも言えるが、がたがたと怯えて震えるユリアナの様子を見るに、どう考えても逆効果と言えた。
「……どうなってんだよ」
「……知りませんわ」
戸惑いながらも気丈に返されたミラの言葉に、仁は岩に背を預けるようにして崩れ落ちる。
そしてそれは、少し離れた岩の陰に隠れた鞍馬 宗次(くらま・そうじ)と鞍馬 鞘子(くらま・さやこ)もまた同じだった。個別に接触しカマを掛けることを狙っていた二人は、気付けばこの空間に辿り付き、そして同じ一つの岩に隠れて喧しい兄弟喧嘩を共に見守っていた。
「……つまり?」
「……犯人はイタル・ダッセみたいだね」
呆れ果てた宗次の問いに、同じく疲れ果てた様子の鞘子が応じる。あまりにも想定外の展開に次なる行動が思い浮かばず、とりあえずその場で隙を窺う彼らから少し離れた岩陰で、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)はひょっこりと立ち上がり、ひっそりと空間を後にした。
「さて……どうするかな」
単身兄弟への詰問を狙っていた七尾 蒼也(ななお・そうや)もまた、飛び出るタイミングを失っていた。彼の視線の先には、うずくまるユリアナの姿がある。犯人が判明した所で、彼女を助け出さなければ意味は無いのだ。しかし、下手に飛び出せば一層ユリアナを危険に晒してしまいかねない。
暫し機を待つ。そう決断した蒼也は、聞くに堪えない兄弟喧嘩に渋々耳を澄ませた。
「何だよ、これ!?」
周が驚愕の声を上げ、慌てて北都が彼の口を塞ぐ。もがもがと苦情を言う彼の口を掌で覆ったまま、北都は自分自身の動揺と戦っていた。確かにイタルを疑った己の推理の正しさは証明されたが、喧嘩までは想定外だ。兄弟の気が立っていて、その奥にユリアナがいる以上、迂闊に刺激する訳にもいかない。
「ユリアナちゃん……」
酷く怯えた様子のユリアナを見付けたルミナが悲しげな声を発する。難しく眉を寄せながらも彼女の頭をそっと撫でたリオは、自然と彼女を庇える位置へ移動した。
「比賀だ。……犯人とユリアナを発見した」
そんな彼らのほど近く、潜めた声を携帯に吹き込む一の姿があった。彼と共に遺跡へ向かったハーヴェイン、輝月、林檎、英希も彼の近くで戦闘に備え身構えていた。北都は一瞬疑うような眼差しを向けたが、彼らの纏う種々の学園の制服と、ユリアナを一瞥したのちの目配せに納得したように頷いた。
「犯人はイタルだ。奥にユリアナもいる。……ラピスと当主が? わかった、すぐに終わらせる」
会話を終えた一が通話を切り、その場の全員が頷き合う。元より実力行使の覚悟はあった。聞く限りでは兄弟の戦闘能力はかなりのものであるようだが、怯んでいる暇は無い。
「パラミタミステリー調査班、行くぞ!」
一の掛け声に合わせ、班員ではない周たちも、一斉に壁から飛び出した。
「な、なんだ、おまえら!」
突如現れた生徒の集団に、イタルと顔を突き合わせていたクドールが真っ先に反応を示した。やや裏返った声を上げ、後に続いてイタルが冷め切った笑みを浮かべ肩を竦める。
「ほら、兄さんが邪魔をするから」
「そんな事を言っている場合か」
呆れたガンチアがユリアナに一瞥を送る。恐怖に腰が抜けたユリアナはその場から動けないのだろう、声を出すことも出来ずじっと生徒たちの方を見詰めている。その瞳には、うっすらと涙が見えた。
「ユリアナを返してもらうぞ!」
威勢よく叫んだ英希がエンシャントワンドを握り締め、同時に生徒たちが各々の武器を手にする。一時はその勢いに怯んだクドールも、敵が少数と見るやくつくつと喉を鳴らし始めた。
「面白ぇ。こいつらを片付けてから続きだ、イタル」
「足を引っ張らないでよね、兄さんたち」
やれやれと呆れた様子のイタルがぱちんと指を鳴らすと、開けた空間を囲むように多数のゴーレムが現れた。恐らく相手が兄であろうと容赦するつもりはなかったのだろう、それを知ったガンチアが表情を引き攣らせる。
「……後で、兄弟水入らずで話し合う必要がある。火も要らん。話し合い、だ」
くたびれたガンチアの言葉に、ごう、と炎の盛る音が重なった。赤々と燃える紅蓮の炎がクドールの足元から湧き上がり、呑み込まんばかりの勢いで一同へと向かう。クドールの火術だ。
「燃え尽きろ!」
「させるか!」
前へと躍り出たハーヴェインが腕を広げて翼を翻す。背後に庇った一のみならずその場の全員を守らんとばかり、輝く魔法陣が仲間たちの足元に出現する。だが、クドールの魔法は強力だった。
減衰し切れない炎がハーヴェインの翼を焼き、苦悶に表情を歪めた彼の片膝が崩れる。咄嗟に肩を支えた一の腕の中で、不意にハーヴェインの翼が光に包まれた。
「妹を、ありがとうございます」
淡く輝くホーリーメイスを掲げたリオがにっこりと笑いながらヒールを放ち、負ったばかりのハーヴェインの傷は見る間に癒えていく。
「女の子に手を上げちゃいけねぇよ!」
その間にも緩慢ながら取り囲むような動きで迫るゴーレムのうち最も間近へ迫っていた一体へ、周のカルスノウトの刃が叩き込まれる。分断とまではいかなかったそのやや抉れた傷口にデリンジャーの銃口を押し当て、北都は素早く引き金を引く。短い銃声と共に穴を穿たれたゴーレムの体が後方へ傾き、がらがらと形を失っていく。その隙に放たれたガンチアの魔法を、今度は輝月、林檎の同時に展開した禁猟区が完全に防ぎ切る。だが、その間にもゴーレムたちの包囲網はじわじわと縮まりつつあった。
「多勢に無勢、だな……」
ドラゴンアーツを掛けた英希が呟く。一とルミナのアサルトカービンが手当たり次第に銃弾をばらまきゴーレムの接近を牽制するものの、四方を囲まれた状態では手が回らない。そうしているうちにも、クドールは次なる魔法を準備している。
「はっはっは、これで終わりだ!」
クドールの哄笑と共にその両腕が上がり、生徒たちの頭上に雷雲が発生する。バチィッ、と弾ける鋭い音が響き渡り、焦りハーヴェインたちが禁猟区を展開する。
直後大気を裂く轟音が響き渡り、幾つもの雷が降り注いだ。禁猟区で威力を弱められながらも貫通したそれは間近のゴーレムをも巻き込みながら、生徒たちの身を貫く。
「ぐああああっ!」
悲鳴が重なり、続いてどさりと大地へ倒れ伏す音が唱和する。
「おにいちゃん!」
咄嗟にルミナを庇うように抱き込んだリオもまた肩から地面へと倒れ込んだ。珍しく感情を露に叫ぶルミナを安心させるように、うっすらと笑みを浮かべる。
「……大丈夫だよ、ルミナ」
リオの片手を両手で握り締め、ルミナは顔を上げた。視界をゴーレムに埋め尽くされる。雷を浴びた誰もがすぐに動ける状態ではない。表情を消したルミナは、ぎゅっとアサルトカービンを握り締める。間近なゴーレムへと銃口を押し付け、その引き金を引き絞る。幾重にも銃声を響かせ、弾が尽きるまで撃ち続ける。
かち、と虚しい音が響いて、それが弾切れを告げた。弾を込める間を、ゴーレムたちは与えてはくれないだろう。振り上げられた拳を無表情にルミナが見上げた、その次の瞬間。
「待てええええええ!!」
怒号と共にゴーレムたちの一角が弾け飛ぶのが、銀の瞳に映し出された。
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