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【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物

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【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物
【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物 【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物

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「さ、このまま凱旋と洒落込もうぜ」
 渋い黒地の着流し姿で満足げに誘うアイザックへ、同じく菊塵色の牙がしを身に纏った響きは訝しげな視線を向けた。この着流しはアイザックの選び出したもので、着て行こうと言ったのもまたアイザックだった。
「着物を着て行って、校長が喜ぶのか?」
 これまたアイザックの選んだ、黒と金の片身替わりの着流しを入れた袋を提げながら、響は問う。胸元が大きく肌蹴た派手なそれを着せられるよりは良かったが、と内心で言い添える。
「実際に着てる姿を見ないと、雰囲気が掴みづらいだろ? とは言え校長用のそれ着て街は歩けないからな」
 当然の如く発された、上機嫌なアイザックの言葉に、響は僅かな疑問こそ残しながらも納得したように頷いた。店の扉を潜り、既に大分暗くなり始めた空の下へと踏み出す。穏やかな景観の中、そこに似つかわしい格好で歩く二人は、時折道端のお土産屋さんを冷やかしながら、集合場所までの束の間のデートを楽しんだ。

 夕陽の傾く古都。一軒の呉服屋で、真剣な面持ちを並べる集団がいた。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)とそのパートナーである湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)、そして藍澤 黎(あいざわ・れい)とそのパートナーのフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)ヴァルフレード・イズルノシア(う゛ぁるふれーど・いずるのしあ)の合計六人が、差し込む夕陽に染まる頬を難しく歪めていた。
「校長の課題に応えられないとあっては、薔薇の学舎生徒の名折れだ」
 深刻そうに述べられた黎の言葉に、パートナー一同が重々しく首肯する。
「成程、旅行とはいえ学を修めるためのもの。余興仕立てで成果をみるとは粋な御仁と見える」
 感嘆交じりに呟いたランスロット卿に京友禅を見てもらうため、と立ち寄った呉服屋で偶然考え込む彼らに出会った祥子は、脳裏にジェイダスの姿を思い浮かべた。昼過ぎに偶然薔薇の学舎の観光ツアーと擦れ違っていた彼女は、上品に仕立てられたジェイダスの着物を思いながら店内をざっと見回す。そして徐に、その一角へと歩を進めた。
「着物であればよいのだから、今日の御召物にあわせた羽織はどうかしら? 裏地を純白にして表地との対比とか……あとはジェイダス校長の外見と内心を表すとか? あとは季節の植物でー……萩や菊とか、下地を落ち着いた色にすると紋様が映えていいかもね」
 紋様を確かめるため羽織を順に手に取りながら思うがままに祥子が述べた言葉に、黎は一層考え込むよう顎に手を当てた。
「途中で見かけたあの紅葉という木、あれの赤色はとても綺麗だった。青地に雲と紅葉を描いた着物はどうだろうか? 修学旅行の成果をみるのであれば、京都の自然を描いたものもよかろう?」
 景観を想い浮かべるように視線を天井へ向けながら、ランスロットも思うがままの助言を添える。一通りの助言を受けた黎は、勧められるままに羽織へと手を伸ばした直後、指先が触れる寸前で唐突に視線を落とす。
「どうかしたの?」
 訝しげな祥子の問いに頷きを返しながら、黎は別の方向へと手を伸ばす。その手の先にあるのは、日本独特の紋様が描かれた京友禅のはぎれだった。疑問を瞳に浮かべ眺める祥子とランスロット、そしてパートナー達の視線を受けながら、黎は意を決したように頷いた。
「パッチワークだ」
「……つまり?」
「ただの羽織では、校長は満足しないだろう。これに、はぎれを縫い付ける。フィルラ、縫い付ける作業を頼む。ヴァルフははぎれ選びを手伝ってくれ」
「オレは〜?」
「エディラはこっちや」
 わくわくと身を乗り出したエディラントは、次の瞬間フィルラントに肩を引かれて体勢を崩した。しかしけろりとした笑顔のまま針と糸を求めに駆け出したエディラントを見送り、黎は大雑把な下絵を描く。
「…………」
 重々しく頷いたヴァルフレードは、何も言わないままに思考を巡らせ始めた。はぎれはどうやら色から質感まで、それぞれに様々であるらしい。課題に応えるためなのだから、見立ての意味付けも行った方が得策だろう。深く思慮を重ねながら、ヴァルフレードははぎれの山を漁る。
「よーし、元メイドの針仕事、見せてやるぞ!」
 自信満々にエディラントが布を縫い付け、その細かい後始末や難しい部分をフィルラントが担当する。質問には黎が答え、指示し、彼ら全員の手によって、やがて一つの羽織が出来上がった。
 白地の背中はこげ茶色の七宝紋、紫色の菊紋は、渋めの緑に紗綾形が浮かぶ紋様、灰色の青海波模様に彩られ、それぞれ七宝とお寺、京都御所、茶、枯山水の見立てが為されていた。更に背裏には金の鯉の対比として、派手な銀糸使いの昇り竜の刺繍の生地が用いられた。最後にエディラントとフィルラントの指導のもとに折角だからと針を手にしたランスロットが器用に萩葉紋を縫い付け、そうして彼らの羽織は完成を迎えたのだった。
「ありがとう、祥子殿。お陰で助かった」
「気にしないで。……集合時間までまだ時間があるなら、折角だから見立てたものを見て回らない?」
 満足げな祥子の不意の提案に時計を見上げた黎は、穏やかな笑顔で頷くと、はぎれの料金も合わせて購入した羽織の袋を提げ、祥子と並んで歩き出した。


「校長に似合う着物……難しいな」
 榊 征一郎(さかき・せいいちろう)の呟きに、団子を咥えたスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が頷いた。
「あの校長先生だからね」
 解散と同時に偶然同じ方向へと歩き出した二人は、折角だからと互いに同行を申し込み、道中の様々な店で買い食いをしながら歩くうち、気付けば大分夕陽が傾いているのを見て急いで呉服屋を目指していた。その背後からは、こん、こん、と軽快な音が鳴り響いている。
「あっ! ……なかなか上手くいきませんね」
 音の正体は、アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)のけん玉だった。丸くて赤いもの、と聞いた瞬間からずっと狙っていたそれをつい先ほど立ち寄った土産物屋でようやく買い求めたアレフティナは、歩きながらずっとこんこんとけん玉に励み続けている。
「だからそれ、玉を人にぶつけて遊ぶものだって」
 さらりと述べられたスレヴィの言葉に、饅頭を口にしながらアレフティナと肩を並べ歩いていたアルフレッド・クレイン(あるふれっど・くれいん)がすかさず距離を取る。
「嘘ですからね、嘘」
 呆れたようにアレフティナが紡いだ言葉にも、アルフレッドは半信半疑の様子で怪訝と双眸を向ける。
「ほら。おかしなことを言わないで下さい、スレヴィさん」
「悪い悪い」
 咎めるアレフティナの言葉に笑いながら謝罪を口にしたスレヴィは、呉服屋に辿り着くと一目散に着物へと駆け寄っていった。ゆっくりと歩いて後を追った征一郎は、暫く着物を眺めた後にふと意見を窺うように背後のパートナーを振り仰ぐ。
「ちょっと地味だよなー。あの校長のセンスなら、もっとバサーッって羽が広がってるような物が良いんじゃねーの?」
 手振りを付けて表現するアルフレッドに、藍色の生地に紅葉と中秋の名月の描かれた着物を手にしていた征一郎は苦笑した。面白味が無いかと、思っていた所でそれを指摘されてしまえば返す言葉が無い。再び考え込む征一郎の鼓膜を、不意に元気な声が震わせる。
「コレ! 長襦袢は紺色。衿は群青。肩から裾までだんだん濃くなるグラデーションで、背中には鳳凰。長着は明るい灰色。袷は木綿の紺色。帯は黒に近い濃い灰色。羽織は中羽織で帯と同じ濃い灰色。額裏は桜吹雪。オプションに羅宇は黒檀で雁首、吸い口、火皿は銀。極めつけに吸い口にも桜の模様が彫ってある煙管を付ければ、もう親分の完成だよね!」
 征一郎の視線に気付いたスレヴィが、自信満々に胸を張って手にした着物を説明した。嵐のようなその語り口に気圧された征一郎は、一拍置いてようやくその着物をまじまじと眺める。スレヴィの言葉通り時代劇にでも出てきそうなその風体は、しかし学舎の親分とも言えるジェイダスには大分似つかわしいように思えた。
「早くこれを着た校長に飛びつきたいなー。お、榊はそれ? 良いんじゃない、渋い感じでさ」
 うっとりと遠くを見ていたスレヴィが、ふと征一郎の持つ着物へ目を向ける。快活なスレヴィの笑みを受けて改めて自分の手にする着物へ視線を向けた征一郎は、それもそうか、と頷いた。
「私も、それを着た校長の姿が楽しみだ。きっと、楽しんでくれるだろう」
「だよなー!」
 口元に笑みを湛えながら発された征一郎の言葉に、スレヴィは満足げに同意を示した。依然としてこん、こん、と小気味よく響くけん玉の音の中、始めこそ目を輝かせていた着物に飽きた様子のアルフレッドが声を上げる。
「なー、さっさと買って観光の続きに行こうぜ」
「じゃ、次はあんみつだな」
 スレヴィのその言葉に促され、制限のいっぱいまで自由時間を楽しむことを決めた四人は、再び連れだって紅に染まる街路へと歩き出した。


 一般客の姿も失せ、閉店へ向けて準備を始めた大きな呉服屋に、勢いよく駆け込む人物があった。
「センスが悪い変人が好みそうな着物はありますか!?」
 やや鬼気迫る面持ちで発されたクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)の言葉に、着物姿で穏やかに作業をしていた店員達の双眸がぎょっと見開かれる。
「……クライス」
 一歩遅れて店内へ踏み入ったジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)の呼び掛けに、クライスはようやく我に返った。己へ注がれる視線を見回し、疲労と眠気から口走った問い掛けを脳内で反芻し、照れたように頭を下げる。
「……すいません、やっぱり自分で探します」
 センスが悪い変人向け、の部分が訂正されなかったことに店員達の間でどよめきが上がるが、気にした様子も無くクライスは店内へと視線を巡らせる。高級品から手の届きやすい品まで様々なものが並べられた店内をぼんやりと歩き回っているクライスに、不意にジィーンが声を掛けた。
「……ふむ、この赤地に金の龍と銀の虎が描かれてるのとかはなかなかいい、な。クライス、これを俺に買ってくれ」
 突飛な模様の着物を指さし掛けられた言葉に始めは納得を示すクライスだが、すぐに引っ掛かる一点を指摘する。
「ジィーンさんに?」
「ん? 勿論俺用だが」
 当然の如く頷き、惚れぼれと着物を眺めるジィーンの様子に、クライスは振り上げかけた拳を辛うじて押し留めた。ふるふると小刻みに震えるそれを最後の自制心で抑え付けながら、必死に思考する。
 ジェイダスが気に入らなければ、恐らく着物は自分たちのお土産となるのだろう。ならばあの変人とジィーンさんのセンスが近いことを祈って、彼の気に入る着物を選んでおいた方がマシかもしれない。
 疲労によりらしくもない乱雑な思考を行ったクライスが自分に言い聞かせるように頷く間に、ジィーンはもう一つ着物を選び出していた。黒八丈にピンクの花が咲き乱れ、ついでに真っ赤な日の丸も入ってる目にも鮮やかなその着物を嬉々として選び出すジィーンに呆れながらも、クライスはふと値札を見る。
「……買いたかった装備品代が……いいや、買っちゃえ買っちゃえ!」
 遠い目をしながら呟かれたその言葉を不思議そうに聞き留めたジィーンは、それでも自分の要求が叶うことに満足そうに頷いた。そもそもジィーンに休む気は全く無い。故に課題の事も気に留めてすらいなかった。クライスへと手に持つ着物を受け渡し、ふと思い付いたように口を開く。
「ところでこれ、ここで着て行っても構わないか?」
 楽しげに発されたジィーンの要求は、並び歩く自分の姿を想像したクライスによって全力で拒否された。
「あらあら、それじゃまだまだね♪」
 唐突に間近で発された言葉に思わず身構えたクライスは、次の瞬間己の手元を覗き込む赤い髪を戸惑ったように眺めた。
「話は聞かせてもらったわ、あの悪趣味校長に似合う着物でしょう?」
 薔薇の学舎の制服を身に付けたクライスの言葉から推測したらしいヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、驚きを露にしたクライスの反応から確信を得た。おもむろに店内を横断し、一角に設けられた「外国人向け素材コーナー」へ向かう。その中を暫し漁った後に、ヴェルチェは緑の地に雲の間から姿を現した竜がプリントされたものを選び取った。素材の光沢でどこか孔雀の羽根のような色合いにも見えるそれを暫し眺めた後に、店員へと歩み寄る。一連の動作を呆気に取られて見守るクライスの視線の先、ヴェルチェは戸惑う店員を押し切って、何やらプリントさせた着物を見せ付けるように掲げて見せた。
「だい……?」
 途中まで読みかけたクライスは、半ばで口を噤んで気恥ずかしそうに目を背ける。『大・BEN』と大きくプリントされてしまったそれは、公衆の面前に晒すにはあまり宜しくない代物に思えた。
「ビッグ・ベンよ」
「え」
「読みはビッグ・ベン」
 そんなクライスの様子に喉を鳴らしてヴェルチェが言葉を添える。疑いの眼を向けるクライスへもう一度言葉を重ね、ヴェルチェは満足げに頷いた。そのまま着物を羽織ったジェイダスの姿へと想像を働かせたのか、短く吹き出して笑い始める。
「……ぷ、想像するだけで笑っちゃうわね♪」
「は、はあ……」
 気圧されたクライスは、上機嫌に着物コーナーへと戻っていくヴェルチェの視線が戻らないうちに、ジィーンを引き連れ逃げ出すように店内を後にした。あの着物の巻き添えを食うのは御免だった。
「クライス、まだ着ていない」
「良いから行きますよ!」
 不満げに呟かれたジィーンの言葉も、今のクライスの耳には届かなかった。
「あら、逃げられちゃった」
 黒地で裾や袖に舞妓さんの姿をあしらったポリエステルの着物を嬉々として購入したヴェルチェは、去りゆく二人の背中を一度見送り、それから大股で彼らの後を付けて行った。


「ふふ……あんこと黒蜜のハァモニィ……美しい……!」
「どちらに対する感想なのか、はっきりしろ!」
 着物を眺めながらうっとりと精悍な面持ちを蕩けさせた明智 珠輝(あけち・たまき)が嘆息交じりに零した言葉に、すかさずリア・ヴェリー(りあ・べりー)は鋭く突っ込みを入れた。珠輝達と別れて早々に飴を購入し終えたものの、不穏な予感を感じるままに何やら騒がしいあんみつ屋を通り過ぎて、珠輝達の向かっていた呉服屋へと入ってみればこれである。珠輝の言葉に思わずあんみつの滑らかな甘い風味を思い浮かべてしまい掛けたリアは、慌てて頭を左右に振った。
「どちらも美しいものですからね、ふふ……楽しみです」
 何やら妄想を働かせているらしい珠輝が恍惚とした表情で呟くと、呆れ果てたとばかりに視線を逸らしたリアはもう一人のパートナーの姿を探して店内を見回す。
「これ、きっと、校長、似合う」
 探していた人物はと言えば、リアの知らない誰かへと満面の笑みで語り掛けていた。ポポガ・バビ(ぽぽが・ばび)の手に見せびらかすように収められた、金色に光るラメ入りの生地に所狭しとばかりに赤の薔薇模様が散らされた着物を目にした瞬間、疲れ切ったようにリアの肩が落ちる。
「うんうん、それも良いけどさあ、やっぱこう花魁姿も捨てがたいと思うんだよな」
 顎に手を当て笑みを浮かべたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、双眸を閉じて妄想の世界に浸る。濃藍か濃紫をベースに、白や赤で大胆に紅葉の柄が入った物。金の帯を添えて完成だ。
「はぁー……似合いすぎる……夜通し校長と観光、ってのも惜しいけどな……」
「ええ……愛しのジェイダス校長との熱い一夜も、捨てがたいですよねえ……」
 いつの間にか傍にいた珠輝が同調し、二人はうっとりと同じ天井を見上げる。釣られたように天井を仰いだポポガは、何も描かれていない天井に首を傾げる。
「ふふ……趣味が合いますね」
「ああ、そうみたいだな」
 不思議な親近感が芽生えた二人が視線を交わし合う姿から視線を逸らしたリアは、ふと店の片隅に座り込む少年の姿を見付けた。金平糖を口へ放り込んでは嬉しそうに表情を綻ばせて動きを止めるクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)へと歩み寄ったリアは、怪訝と彼の動作を眺める。
「金平糖は齧っちゃ駄目、溶けちゃうまでずっとお口に入れてこの味わいを楽しむんだよ」
 そう言いながらにこにこと一粒差し出された金平糖を受け取ったリアは、恐る恐るそれを口へ運んだ。下へ乗せた途端に染み出す甘い砂糖の風味に、途端に表情が緩む。
「うん、美味しいな」
 舌に残る星のような砂糖菓子を丁寧に転がしつつ、リアは少し考える間を取った後、校長へのお土産として用意した飴の一つを開封した。生姜大根、と書かれた袋を見たクマラの表情が僅かに不安げに曇るが、宥めるように言葉を掛けつつ差し出す。
「食べてみると意外に美味しい」
 その言葉に両手で飴を受け取ったクマラは、鼻を近づけて匂いをかいだ後、一息にぱくりと口へ放り込んだ。危惧したような不思議な味ではなく、穏やかに広がる甘味に驚いたように目を丸める彼の様子を、リアは満足げに眺める。
「私にも一つ下さい、口移しで」
 いつから見ていたのか、投げられた珠輝の言葉を歯牙にもかけず無視して、リアはもう一粒差し出された金平糖を受け取ると嬉しそうに口へ運んだ。覗き込むポポガの口にも、生姜大根の飴を押し付ける。
「甘い。ポポガ、甘い、好き」
「それは良かったな」
 あくまで素っ気ない態度を装いながらも甘味に表情を緩ませたリアを暫し眺めた後に、その間も熟慮を重ねていた珠輝はおもむろに萌黄色の着物を手に取った。橙色の柿が描かれたそれをまずは購入した後に、見守るエースの視線の中で、珠輝は裁断用の鋏を借り受ける。
「無難な着物では、美しいジェイダス校長の前では霞んでしまいますからね……」
 怪しい含み笑いを浮かべながらも、珠輝は躊躇い無くじゃきんと着物へ鋏を入れた。何事かと見守る一同の視線を受けて、依然として優美な藍色の双眸を蕩けさせたままの珠輝は、じゃきじゃきと刃を滑らせていく。
「ふふ……ああ、そちらのフリルとタイツ地を取って下さい」
「あ、ああ」
 呆然としていたエースが言われるままに生地を集め、座り込んで作業をする珠輝の傍らへと下ろす。緩み切った表情でこそあるものの慎重に、丁寧に作業をこなしていく珠輝は、やがて完成したそれを持ってがばりと立ち上がった。
「出来ました……!」
 渋めの印象をもたらしていた着物は、臀部が見えかねない程に際どいスリットを入れられ、全体に紫のフリルを縫い付けられ、大胆にカットされた背中部分には網タイツ状の生地が縫い付けられ、見るも無残、否、個性的なものへと変貌を遂げていた。言葉も無く見守るリアやエース、クマラの視線も、満足げに瞼を下ろし想像を膨らませる珠輝には届かない。
「……残骸?」
 悪意の無いポポガの、純粋無垢な呟きさえも、自分の世界に浸ってしまった珠輝には届かなかった。そんな彼らに、不意に声が掛かる。
「ねえ、その着物、折角作ったはいいけどさぁ。いきなり校長に渡しても、動いてみたらどうなるかわからなくない?」
 にやにやと笑みを浮かべながら発された雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)の言葉に、流石の珠輝も我に返る。校長に渡した途端に背中の裂け目とスリットが繋がってしまいでもしたら、……それはそれで喜ばしい事だが、校長の期待に応えられないことは確実だろう。
「言われてみれば、その通りですね」
 素直に頷いた珠輝の言葉に、それで良しとばかりにリナリエッタは頷く。そして指を一本立てると、にっこりと満面の笑みを浮かべながら提案を述べた。
「私達、丁度着付けを習ってたんだよね。ここでその着物着てみたら? 着付けはそこのベファーナがやってくれるし。ふふ、良ければお化粧もしてあげるよ」
「ベファーナと申します。皆様の美しさを引き立てられるよう努力いたします」
 同じく笑顔で、しかしどこか含みのある口調でそう言いながら一歩前へ歩み出たベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)のわきわきと動く手に不穏なものを感じたリアが一歩後ずさり、タイミングを見計らったかのように珠輝が問い掛ける。
「着てみますか、リア?」
「断じて御免だ!」
 その間にもエースへ歩み寄ったベファーナが、あれよあれよの間に彼を言い含めやけに体を密着させながら着物姿へと変えてしまう。次は自分の番だと嬉しそうに着物を両手で掲げたポポガを見た途端、ベファーナの目元が僅かに引き攣ったのを、リナリエッタは見逃さなかった。
「変なこと考えてたら、京都に墓作ってあげるからね」
「滅相も無い」
 冷めたリナリエッタの言葉に演技じみた言葉を返したベファーナは、じりじりと珠輝へ歩み寄っていく。着物とベファーナを暫し見比べていた珠輝は、やがておもむろにばっと両腕を広げた。
「ふふ、良いでしょう。あなたの愛を受け止めて見せますよ……!」
 その言葉に、驚いたように動きを止めたのはベファーナの方だった。偶然薔薇の学舎の生徒と出会えたのをいいことに下心満載でその着付けを手伝っていたベファーナは、まさか内心の思惑を読まれたかと双眸を見開く。
「おや、どうしたのですか? さあ、早く!」
 そんなことは見も知らず促す珠輝に、暫し躊躇った末に、決意を湛えた笑みを浮かべたベファーナは最後の一歩を歩み寄った。奇抜な着物を着せた珠輝へ濃紫の帯を巻き付け、ベファーナは意図的にそれをきつく巻き付ける。
「ああっ!」
「わざとらしく喘ぐな!」
 機を逃さずに声を上げた珠輝へ、頬を上気させたリアの鋭い叱責が飛ぶ。仲良く並んで金平糖を食べ始めたクマラとポポガの空間だけが、穏やかな時を刻んでいた。