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憧れあの子のお菓子争奪戦!

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憧れあの子のお菓子争奪戦!

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第4章 あの子のお菓子が欲しいんだ

「んー、好みの娘いねーかなぁ?」
 髪の色に合わせ、銀色の耳と尻尾を着けたウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は狼男に扮していた。
 用意してきたお菓子を手に、オレンジ色のリボンを付けた、争奪戦参加者の中に、彼の好みに合うような女子生徒が居ないか、見て回る。
「ん……あれは……?」
 きょろきょろと見回した先に、1人の女子生徒がこれまた、辺りの様子を窺うようにきょろきょろとしていた。

「えっと……私、趣旨を間違えてるのかしら……?」
 友だちとお菓子を交換して回ろうと黒猫の格好をして参加してみた白波 理沙(しらなみ・りさ)は、愛美やマリエルのお菓子と共に心をも奪おうとしている様子、恋人同士でお菓子を交換し合っている様子を見て、気圧されていた。
 確かに、参加しようと思ったときには、自分もそういう出逢いがあれば、と少しばかり期待していた。けれど、彼女自身が積極的に迫る性格ではないため、そんな出逢いは期待だけで終わるだろうと諦めたものだ。
 友だちの姿も見えず、辺りをきょろきょろと見回していると、1人の男子生徒と目が合った。

「トリックオアトリート! お嬢さん、俺とお菓子の交換しませんかっ?」
 ウィルネストは、声をかけながら女子生徒――理沙へと近付いた。
「あ……、トリックオアトリート!」
 反射的に、理沙もお決まりの言葉を口にする。
「私のお菓子で良ければ、喜んで」
 そう言って差し出す理沙のお菓子は、ハロウィン用のラッピングが施されたクッキーだ。
「ありがとうございます。俺からはこれを」
 クッキーを受け取り、代わりにウィルネストが差し出したのはパートナー手製のパンプキンマフィンで、それを優しく包み込み、リボンがかけられている。
「わあ、美味しそうね」
 包みの間から見える、パンプキンマフィンに理沙は声をあげた。
「どうですか? お嬢さん。 悪戯な万聖節前日が引き合わせた縁、俺とオトモダチになってみませんか?」
 ウィルネストはさわやかな笑顔を口元に浮かべて訊ねた。
「あたしこそ喜んで」
 諦めていた出逢いだけれど、理沙も喜んで、笑みを浮かべ、友だちになるべく連絡先を交換し合った。



 黒い海賊の衣装に、ドクロ柄の眼帯を右目につけた水神 樹(みなかみ・いつき)は、お菓子を詰めた包みを手に、ある人を探していた。
「あ」
 見つけた先には狼男――もとい、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が居る。
 樹が探していたのは、彼なのだ。
「弥十郎さん、トリック・オア・トリート!」
 近付きながら名前を呼んで、お決まりの言葉を口にする。
 呼びかけの言葉で、彼も樹に気付いたようで、手をあげた。

――チャンスだす。……いや、チャンスです!
 蒼空学園で、お菓子の争奪戦があると聞き、弥十郎は拳を作りつつ、そう意気込んだ。
 料理を作るくらいしか能がない、と自負している彼は、樹へとお菓子を贈るきっかけにこのイベントを選んだのだ。
 用意をしたのは、カボチャのモンブラン。彼女は甘いものが好きそうだと思うけれど、だからと言って、甘ったるいお菓子にしてしまっては、自分の性格を見せている気がする。
 なので、甘さは控えめに、素材の甘みを生かしたモンブランに仕上げた。
 通常のモンブランにはマロングラッセが乗っているところだが、そこにはハート型のマシュマロを乗せてある。
 そのお菓子を手に、狼男に扮して、蒼空学園へとやって来た弥十郎。狼男にした理由は、いつもの自分ではなく、こういうときだからこそ、狼になってもいいだろうかと考えたから、だ。
 勝手の分からぬ蒼空学園で、樹からもらった根付をぎゅっと握りながら、彼女を探す。
「弥十郎さん、トリック・オア・トリート!」
 そこへ聞こえてきたのが、彼女からのお決まりの挨拶であった。
「樹さん。トリック・オア・トリート」
 近付いてきた樹に、挨拶を返すと、彼女はカボチャがプリントされた小さな包みを差し出してきた。
「貰ってくれるか?」
「ええ、もちろんですよぉ。ワタシのも食べてくれますかぁ?」
 包みを受け取りながら、小さな箱に入れたお菓子を逆に差し出す。
「ああ。そこにベンチがあるようだ。座って、話しながら食べようか」
 箱を受け取って、こくりと頷いた樹は、中庭の至る所に設置されたベンチの1つを指した。
 2人で並んで、ベンチへと座る。
「まずは樹さんのお菓子から開けますねぇ」
 カボチャプリントの包みを開いて傾けると、中からカボチャ型のクッキーが出てきた。表面にはチョコペンで、ジャック・オ・ランタンのような模様が書いてある。
「美味しそうですねぇ」
 言いながら、弥十郎は1つ摘んで、口へと運んだ。
「うん、美味しいですよぉ、樹さん」
 こくんと1つ頷いて、2つ目も頬張る。
「開けてもいいか?」
 樹は美味しそうに食べる彼の姿を見ながら、彼から貰った箱を指した。
「ええ」
 彼の返事を聞いてから、箱の上部を開く。
 ハート型のマシュマロがアクセントになっているモンブランが出てきた。
「食べさせてあげますよぉ」
 一緒に持ってきていたフォークを取り出して、一口分、すくうと樹の口元へと運ぶ。
「ん」
 恥ずかしそうに頬を朱に染めながらも運ばれたその一口を口へと含んだ樹は、広がる甘みに頬を緩めた。
「栗ではないのだな」
「カボチャのモンブランですよぉ」
 予想した味とは違い、思わず呟いた樹の言葉に、弥十郎が答えた。
「美味しいよ」
 樹が笑んでそう告げれば、弥十郎も喜ぶ。
 その後、残りのお菓子を食べながら、ハロウィンについて語り合った。



「いってらっしゃい、ヴァーナー。楽しんできてくださいね」
 蒼空学園の校門でセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)は、お姫様な格好のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)を見送る。
「うん、いってきます。楽しんでくるんだ〜♪」
 手には『なかよくしてね(はーと)』と書かれたカードを添えたカボチャ柄のお菓子の包みをたくさん入れたバスケットを持ち、ヴァーナーは校内へと駆けていく。

 一方、執事服の上にマントを羽織り、吸血鬼に扮した緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は、ヴァーナーのことを探していた。
 前から彼女のことを可愛い子だと思っていた。
 恋愛としての『好き』ではないけれど、可愛らしい彼女の笑顔をこの機会に見てみたいと思ったのだ。
 きょろきょろと見回していれば、視界の端に探し求める子の姿が映った。

「はい、どうぞ! トリックオアトリート?」
 ヴァーナーは、マナや美羽、理沙、クロセルなど、自分好みの容姿をした生徒たちや知り合いなどにカボチャ柄の包みに入ったお菓子――プリン入りのミニシュークリームを配り歩いているようだ。
 お菓子を渡した後、お決まりの言葉を述べて、お菓子を貰うことが出来れば、ぎゅっと抱きついて、ホッペチューをお礼代わりにしているようだ。
「あの、トリックオアトリート!」
 遙遠は思い切って、ヴァーナーへと声をかけた。
「はい、お菓子どうぞ!」
 振り返りながら、ヴァーナーは遙遠へとカボチャ柄の包みを1つ、差し出した。
「ありがとう。遙遠からもお礼に……」
 包みを受け取った遙遠は、自分が用意したお菓子を取り出す。
 遙遠が用意したのは、自作のカボチャプリンを小さめのカボチャのヘタ部分だけを切って、中身をくり貫いて作った入れ物に流し込み、またヘタで蓋をしたお菓子だ。
「おかしありがとう!」
 そのカボチャプリンを受け取ったヴァーナーは、遙遠へと抱きついて、その頬へと軽い口付けをした。
「お、おう……!」
 他の生徒たちにしている様子を見ていたもののいざ自分にされると遙遠は恥ずかしくなり、思わず彼女の唇が触れた頬を押さえる。
「それじゃあ」
 次の生徒へお菓子を届けるために――。
 ヴァーナーは、遙遠に手を振って、その場から去っていった。