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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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chapter.7 メモリーズ 


 のぞき騒動も終わり、辺りは再び平穏さを取り戻していた。
 ベファータの追走から逃れたヨサークは、さすがにそろそろ寝ないとまずいだろうと思い、自分のテントに入ろうとした。そこに、ヨサークリスペクトである駿真がやって来た。
「ヨサークの兄貴、オレ夜番して兄貴に危険が及ばないか見張ってるよ!」
 もう一通り危険が及んだ後だったのだが、駿真はやる気満々である。そんな彼に、ヨサークは優しく諭した。
「気持ちはありがてえが、おめえも寝とけ。明日動けなくなんぞ」
「じゃあ……じゃあ、せめてヨサークの兄貴と一緒の布団で寝させてくれ!」
他の人が聞いたら勘違いされてもおかしくない発言である。ヨサークリスペクトな彼は、とにかく何かしらヨサークの役に立ち、そしてヨサークのそばにいたいのだ。そういう意味ではなく、純粋に尊敬の念からの行動だ。がしかし、駿真にそのつもりはなくても、ヨサークは自然とさっきまでの出来事を思い出してしまっていた。
「ま、まあアレだ、おめえもちゃんと自分のテントで寝ろ。な?」
「でもオレ、兄貴のために何かしたいんだ! そして、入団したいんだ!」
「んん? 誰も入れねえなんて言ってねえぞ?」
「ほんとか! やった!」
 駿真は喜び、足早にヨサークのテントに入ろうとする。それを慌ててヨサークが止めた。
「いや違う、テントにじゃねえ。空賊団に入れねえなんて言ってねえ、つったんだ」
 何度も言うが、男であれば入団することはそう難しいことではないのだ。
「じゃあ……」
「ああ、今日からおめえも団員だ」
 きっと彼のパートナーは納得しないだろうが、これで駿真は正式に団員となった。駿真は「やった!」と嬉しそうにしながら自分のテントへと戻っていった。その様子をこっそり見ていたのは、呼雪のもうひとりのパートナー、ヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)だった。ちなみに獣人である彼の外見は、思いっきり虎のそれであった。そのヌウが、物陰から現れヨサークのところにのそのそと登場したことでヨサークはびっくりした。夜中にいきなり虎が目の前に現れたのだ。驚くなという方が無理である。ヌウは目を丸くしているヨサークに気付くと、「がう」とひとつ鳴き声を漏らし、人型へと戻った。意訳するならば、「あ、うっかり」と言ったところだろうか。
「なんだ、野生の虎かと思ったじゃねえか」
 虎ではなく獣人だと理解したヨサークは、ほっと一息吐く。そんな彼に、ヌウがお願い事をした。
「ヌウも、この空賊団入りたい」
 どうやら淋しがり屋な彼は、皆が宴会で楽しそうにはしゃいでいるのを見て羨ましく思ったらしい。じいっと切なげな眼差しでヨサークを見つめるヌウ。しかし、ヨサークには確かめなければいけないことがあった。
「おめえ……オスだよな。メスじゃねえよな」
 今は人型とはいえ、ついさっきまで虎だったのだ。当然の疑問である。ヌウはその瞳を真っ直ぐ向けたまま、堂々と答えた。
「ヌウ、オス。だから、たのむ。ヌウも、入れてほしい」
「そうか、オスか。よし、なら問題ねえ! おめえも今日から俺らの団員だ!」
 相方の呼雪がこのことを知っているかどうかは定かではないが、ともかくヌウは入団を許可された。ヨサーク空賊団初の獣人団員誕生の瞬間だった。

 新たな入団希望者との面談を終えたヨサークは、ようやく自らのテントへと入った。
「おいおい、もうこんな時間じゃねえか」
 時計を見て、急いで寝る姿勢を取るヨサーク。時計が示していた時間は、もう深夜の2時を回っていた。と、枕に頭を預けようとしたヨサークが、枕元に置いてあった何かを見つけた。手に取り見てみると、それはタッパーに詰められたかぼちゃの煮物だった。ふたには小さなメモも貼られていた。顔を近付け、その文字を確かめるヨサーク。そこには、こう書かれてあった。
『お酒ばかりじゃ、島は耕せませんよ。しっかり食べてくださいな』
「これは……」
 ヨサークは記憶を掘り起こす。そして彼は、晩飯時の出来事を思い出すに至った。あの、自分だけかぼちゃの煮物が配られなかった時のことを。そう、これは、この料理の作り主さけが残したメモとタッパーだったのだ。彼女は、人前では女の料理を食べないだろうと判断し、こっそりとヨサークのテントにこれを忍び込ませておいたのだ。ひとりの時なら野菜を粗末にすることもないだろうと、わざわざパートナーの葛の葉にも配膳の際注意を呼びかけるほどの周到さである。
「確かこれを配ってたのは、あの生意気なクソボブ……」
 女の料理なんて食えるか、とタッパーをどけようとするヨサークだったが、その時彼の脳裏に、以前さけに言われた言葉がフラッシュバックした。
 ――あんだ、やればできるだばね。空の畑、耕せそうだてね。
 それは、敵船との戦闘時に生徒たちを仕切っていたヨサークに向かって、彼女が言った言葉。戦闘前は挑発的な発言を繰り返していたさけだったが、その言葉だけは僅かながら、しかし確かな温もりを彼に残していた。
「……ちっ、ボブの癖にかぼちゃなんて作ってんじゃねえっつうんだ」
 ヨサークは、乱暴にタッパーを開けると手で鷲掴みにして、かぼちゃを口に入れた。「うまい」という言葉が彼の口から出ることはなかったが、空になったタッパーが何よりの評価だった。そしてヨサークは、タッパーを洗いにテントを出て、水場へと向かった。
「まったく……面倒な男ですわ」
 タッパーを持って出て行ったヨサークの背中を見て、テントの裏側に立っていたさけがあくびをひとつしてから、呟いた。



 丑三つ時。
 寝静まった野営地で、こそこそと動く影があった。小型飛空艇に乗り込もうとしていたのは陣とパートナーの真奈、そしてもうひとりのパートナー、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)だった。
「やっぱ3人はちょっとキツいかもなあ……」
 陣が飛空艇を見つめて小さく言葉を漏らす。
「3人ではないぞ! 4人じゃ! わしも乗せるのじゃ!」
 陣の横からひょいと現れそう主張したのは、女装してた変態、大和のパートナーである九ノ尾 忍(ここのび・しのぶ)だ。
「いや、4人は無理やって……」
「ええい男が弱気なことを言ってはいかんのじゃ! 乗ると言ったら乗るのじゃ!」
「うんあの、弱気とかそういう気持ちの問題じゃなくて、構造上の話で……」
 軽くもめた結果、リーズと忍はちっちゃいから合わせてひとり分だ、つまり全部で3人分だからいけないこともない、という結論に至ったようだった。ちなみにちっちゃいというのは身長とかそういう意味であり、他意はない。何よりリーズは、発展途上なのだ。
「ボクが発展途上で良かったね! 陣くん!」
 その目は、希望を捨てていない瞳だった。しかし陣は、相方に現実の厳しさを教えるべく、あえて口調を変えて宣言した。
「ところがどっこい……とっくに発展終了……! 現実です……! これが現実……!」
「んにぃ……ヨサークさんもひどいけど、陣くんもひどいよ」
「おぬしら、ざわざわやってないで、見つからないうちに早く出発するのじゃ!」
 忍が出発を促す。一体彼らは、何をしようとしているのだろうか? それは、夕方の乗船時、ヨサークに文句をつけにいった真奈を慌てて止めた陣の言葉にヒントが隠されていた。
「今回はあんまり目立たん方が後々動きやすいって、あれだけ言ったのに」
「その怒り、今はとっておこうな、真奈」
 つまり彼らは、ある企みごとを練っていた。その全貌が明らかになるのは、もう少し先の話である。

 同時刻。
 箒に乗った3つの影が、戦艦島へと降り立った。影の主……メニエス・レイン(めにえす・れいん)、そしてパートナーのミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)たちは、辺りを軽く見回した後、近くの廃墟に向かい歩き始めた。
「もうちょっと、蜜楽酒家で飲んでいても良かったかもね」
「メニエス様、あのような場所で飲みすぎるのは人目もありますし、あまりよろしくないかと……」
 時間は、半日前まで遡る。



 14時09分。
 空賊たち憩いの場、蜜楽酒家でワインを飲みながら、メニエスは階下でせっせと動き回っている生徒を眺めていた。隣ではロザリアスがちびちびとオレンジジュースを飲んでいる。
「ねえ、ロザにもワイン持ってきてあげて」
 店員に注文をするメニエスだったが、即座にミストラルにオーダーを変えられていた。
「酒は駄目なので、オレンジニュースください」
「ミストラルは厳しいのね」
「メニエス様も、そのあたりでお控えください」
「こうやって蟻みたいにせこせこと動いてる生徒を見ながら一杯やるのがおいしいんじゃない」
 メニエスはそう言うと再びワイングラスに口をつけ、目線を下へと向けた。

 1階では風祭 隼人(かざまつり・はやと)、そしてこの後のぞかれることになるとは知る由もない沙幸が空賊狩りや最近壊滅した大規模空賊団、シヴァ一味の用心棒について情報を集めていた。
「ねえ、最近とっても強い用心棒がユーフォリアの情報を集めてるらしいんだけど、そのことについて何か知らないかな?」
「用心棒……? 聞かないでごわすな。けれど、この空峡にいる者なら、ほとんどがユーフォリアの情報を集めていると思うでごわすよ。まあ、こないだ潰れたシヴァという空賊は秘宝より金を欲しがってたみたいでごわすが」
「あ、そうそう、その人! シヴァって人についてた用心棒のこと!」
「え? あいつに用心棒なんかいたでごわすか? けど、そんな強い用心棒がいたなら、シヴァも死なずに済んだはずでごわすよ」
 赤い線で顔を彩った、隈取りをしているまわし姿の相撲取りと話していた沙幸は、そこで初めてシヴァの死を知った。
「そっか……船は沈んじゃってたけど命だけは……とか思ってたけど、やっぱりそうだったんだ」
「そういえば、用心棒とは違う者の仕業かもしれないでごわすが、最近現れた空賊狩りのことなら少し知ってるでごわすよ」
 沙幸は顔を上げ、相撲取りに話の続きを促した。
「なんでも、空賊狩りに襲われた船には、全て獣の爪痕のようなものが残っていたと聞いたことがあるでごわす」
「獣の、爪跡かあ……」
「わしが知ってるのは、それくらいでごわす。この空のどこかで爪跡を見つけたら、近付かないのが賢明でごわすよ」
「うん! ありがとう、色々教えてくれて!」
 沙幸がぺこりとお辞儀をする。その近くでは、隼人がその空賊狩りについて別な客に尋ねていた。
「なあ、空賊狩りについて、何か知ってることがあったら教えてくれないか?」
「空賊狩り……? SHIT、聞きたくもない言葉だな」
 隼人の目の前にいた客はどうやらアメリカ人のようで、金色の髪を逆立てて緑色のタンクトップを着ていた。
「俺もそんなに知ってるわけじゃない。知ってるのは、おぞましい爪跡が船の残骸から見つかってるってことくらいだ」
「そうか……」
 肩を落とす隼人、そんな隼人に、アメリカ人は思い出したように呟いた。
「どうでもいいことかもしれないが、空賊狩りの被害が出たって話を耳にするのは、いつも今日みたいな晴れの日だったな。まあ、空賊狩りも見通しの良い日に動きたいってことなんだろうけどな」
「今日みたいな晴れの日、ね。分かった、せいぜい気をつけるぜ」
「この辺りは空賊狩りやらユーフォリアの争奪戦やらで最近特に物騒だからな……酷い目に遭わないうちに、国へ帰るんだな。お前にも家族がいるだろう」
 アメリカ人の忠告をありがたく胸に留めつつ、隼人はもう少し粘ろうとまた聞き込みを再開した。

 そこから少し離れたテーブルでは、朝野 未沙(あさの・みさ)が必死になってユーフォリアの情報を集めていた。
「ユーフォリアってどんなものなのか、どこにあるのか、知ってる人いませんかー!?」
 大きな声で尋ね回る未沙だったが、もちろんその戦果はゼロである。誰もどこにあるのかを知らないし、仮に知っていても他の人間に教えるような馬鹿はここにいないからだ。
「うう、あたし、どうしてもユーフォリアを見つけ出して、フリューネさんにプレゼントしたいのに……そして、ご褒美を貰うんだ! 頭を撫でてもらって、ううん、頭だけじゃなく色々なところを撫でてもらいたいな。ああ、フリューネさん、会いたいよ……」
どうやら未沙としては、本当はフリューネの依頼を受けたかったらしい。が、フリューネ側の依頼人、マダム・バタフライに「あんたは依頼請負人リストに入ってないねえ……」と言われ、泣く泣くヨサーク側から参加したのだ。
「フリューネさん、待っててね! あたし、諦めないよ!」
 ぎゅっと拳を握りしめる未沙を尻目に、陽太がせわしなく酒場内を動いていた。この夜のぞきをするとは思えないほどその表情は真剣だ。
「フリューネという女義賊が、現在ユーフォリア入手の最有力候補らしいですよ。フリューネという女義賊です」
 フリューネの名を強調しつつ、そんな噂を広めて回っている。彼、陽太は校長を救い出せたことの恩返しとして、ヨサークの役に立つことをしたいと考えていた。自分に何が出来るのか、それを考えた結果彼の取った行動がこれだった。
 空賊狩りの目的もユーフォリアなのでは、と推測した陽太は、ユーフォリアをフリューネと空賊狩りで争わせ、その隙にヨサークにユーフォリアを手に入れてもらおうという計画に出た。
「フリューネという義賊が、なにか大事な手がかりを掴んだみたいですよ」
 そうして触れ回り続けている陽太の話を、ある空賊が聞いていた。
「フリューネか……たしか、さっきあっちの方向に飛んで行ったな……くくく、俺にもツキが来たかな」
 彼は、名も無き弱小空賊団の一員だった。特に幸運に見舞われてきたわけではない彼の人生の中で、今まさに最大の幸運が訪れようとしていた。そう、彼は偶然、先ほど発ったフリューネのことを目撃していたのだ。
「ユーフォリアは、俺のもんだ……!」
 他の船員たちにも知らせず、彼は船の発着場へ向かった。
「今行ったらフリューネと鉢合わせになるかもな……よし、明け方あたりにこっそり向かうか」
 そう呟くと彼は小型飛空艇の手入れを入念にし始めた。
 そんな彼の様子に気付かぬまま、陽太は声をだし続けていた。と、その時ヨサークの声が聞こえてきた。
「おら、そろそろ出るぞおめえら!」
 それを聞いた陽太、そして沙幸や隼人、未沙たちも慌てて船へと乗り込んだ。メニエスはそんな彼らをよそに、グラスを回しながら依頼書に書かれた戦艦島への地図を楽しそうに見つめていた。
 そして時は進み、ヨサーク一行はこの後島につき、夜を迎えたのだった。



 空が白み始めた頃、先ほどの空賊が小型飛空艇に乗り、蜜楽酒家を離れた。目的地は、もちろん戦艦島だった。
「こっちの方向に真っ直ぐ行ってりゃ、見えてくるに違いねえ」
 数十分ほど過ぎた時だっただろうか。空賊の前に、突然一機の小型飛空艇が現れ、進路の邪魔をした。
「あ、なんだお前、どけよ」
 彼の人生で最大の不運は、この瞬間であった。目の前の飛空艇の運転手はすっと身を乗り出すと、あっという間に飛空艇から飛空艇へと飛び移った。
「……えっ、なっ……!」
 そして気がついた時には、彼の眼前に爪が突きつけられていた。その鋭い爪を携えた女性が問いかける。
「ユーフォリアの手がかり、知らない? ていうか、どこに行こうとしてたの?」
 空賊が震える指で進路を指し示すと、女性は満足そうな顔で空賊を突き飛ばした。そして、女性はそのまま奪った飛空艇で彼の指し示した方向へと飛行を始める。速度を上げると、黄金色した彼女の髪が強くなびいた。