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年越しとお正月にやること…アーデルハイト&ラズィーヤ編

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年越しとお正月にやること…アーデルハイト&ラズィーヤ編

リアクション

「間もなく始まってしまいますわよ、皆様準備はいいですか?」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)へ語りかける。
 彼女らはもうすぐ始まる年越しバトル大会のための炊き出しを行っていた。
 ご飯を見ればおにぎりを握り、パンを見れば具をはさみ、水を見れば沸かしてホットドリンクをつくり、彼女らの戦争は今なお続く。雪合戦と違って今回はちょっと時間が押している。午後から始まる凧揚げまでには、軽くつまんでもらえるようにしておかなければ。
「すみません、トレイが足りないので、そちらにありませんか?」
 誰かが積んであったトレイを持ってきてくれ、おにぎりやサンドイッチなどをてきぱきと並べる。
 幸いイルミンスール郊外の施設内のキッチンを借りることが出来て、てきぱきと進んでいく。他に何人もキッチンを使っているものはおり、皆で分担して作るものがかぶらないように相互に手伝いあっている。みんなでおいしいものを作りましょう、という気持ちが彼女らの手を軽くする。
 甘酒のためにショウガをすっていたセシリアが、指を軽くこすってしまって、フィリッパと交代した。
「うう…痛いよう…」
「すぐ水で洗って! ちゃんと手当して水につけないようにして、代わりにお鍋のお守りをお願いしますわ」
「はいぃ…」
 
「あっちのテント、用意できましたよ!」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が会場から走ってきて、メイベルたちの作った軽食を運んでいく、その後に続くのは、なぜか樽だ。
 樽原 明(たるはら・あきら)というのだが、彼は実はれっきとした機晶姫なのである。
「明さん、大丈夫ですか?」
「我輩は樽だが、そのような心配は無用である」
 確かに彼はとても重いホットドリンクのサーバーを危なげなく担いでいる。樽ゆえの安定感は半端ではない。
 そんな彼は、顔がどこかが分からないのでお面をつけているのだが、今回はアメリカ人男性のものである。
 それを見ていると、なぜか指を指され、こう言われているような気がするのだ。
『I WANT YOU! あなたも配膳を手伝うのである!』 と。
 
 12月30日 12:00

 やがて開始の時刻になり、BGMが流れ出した。
 大分人が集まってきていて、舞台の上の男に注目が集まる。一段高い壇上から会場を眺めわたして口上を述べるのはフューラーだ。
『レディースエーンド、ジェントルメン、エーン、ドラゴン、エーン、ロボッツ、エーン…』
 不意に彼がびくっとなって、口上が一瞬途切れた。
 彼も、いろいろな種族に出くわしてきたが、お面のついた樽は、さすがに予想外だったらしい。気を取り直して続きをとりつくろう。
『…ま、マスコット、エーン、A! I!』
 すごく長ったらしいが、すべての人に呼びかける姿勢は汲んでやってほしい。
 ラズィーヤがすかさず拍手をして、会場の皆はこの場合の礼儀を思い出したらしかった。ぱらぱらと拍手がわく。
 けっこう照れくさかったらしいフューラーは、マイクを取り直して髪をかきあげた。
「お集まりいただいた皆さん、本日ここイルミンスール魔法学校郊外にて、年越しバトル大会開催の運びとなりました!」
 傍のテントでは、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が高みの見物をしている。
「演出は私どもの誇る3Dプロジェクター、レンダリングエンジンはヒパティアが担当いたします。ついでに実況も担当させられることになりました、フューラーと申します」
 魔法学校副校長の無茶振りが伺える一言であるが、執事もいい度胸である。彼の隣に少女が不意に現れ、淑女の礼をとる。
「ヒパティアと申します、皆様の想像力を、私どもにお貸しくださいませ」
 
「あ、大会が始まったのです」
 広場を伺って、エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)は呟いた。
「ありゃ、なら早々に振り落とされて戻ってくる人もいるかもしれないわね」
「まっかせなさい、元宿屋の意地よ、どんな広い部屋でもやってやるわー!」
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)シィリアン・イングロール(しぃりあん・いんぐろーる)が俄然やる気を出し始めた。
 彼女達は大会を訪れた女性参加者のための宿泊スペースを掃除しようとしているのだ。
「ひっろーい、何畳あるのかしら」
 何十人と泊まれる大広間が彼女らの前にあった。ふすまでいくつかに区切られていて、ちゃんと区切れば男子も泊まれるのではと思うが、大ババ様たちの思惑はよくわからない。試練なのかしら?
 とりあえず施設を把握、キッチンは既に人が忙しく働いているのでパス、風呂場があるのはうれしいが、大浴場ほどではないのは仕方がない。
 シリィが小人の小鞄を出して、小人に指令を出そうとしたが、いつも一人でやっていたものだから、彼らに何を頼もうか迷っていた。
「とりあえず、何からしていく? 大掃除の手順はどうしてた?」
「まず窓という窓をあけ換気、はたける場所ははたきつくして、それから畳を掃きます」
 こういうことにかけては、元宿屋としてシリィに敵うものはいなかった。
「畳は目にそって掃くのです。乾いたお茶ガラがあればもっといいんですけど、さすがに用意できませんわね」
 掃除の準備をしている間も、戸棚などからいろんなものが出てきた。コップやスプーンなど、これはキッチンにもっていけば有効活用してくれると思う。
「布団などは流石に洗濯できませんが、シーツだけはすぐ洗ってしまいましょう、すぐに乾けばいいんですけど、数が多いわ…」
「なら、そこはエルに火術でやってもらいましょう、小人たち! シーツを棚から全部あつめて! 食器が出てきたらキッチンに運んでね」
「はい、まかせるのです!」
 指揮能力なら唯乃、家事能力ならシリィ、魔力ならエルである。
 きっと自分は足手まといになると考えていたエルは、魔術で役立つ機会を与えられて喜び、シリィは存分に掃除ができると喜び、どれも今ひとつの唯乃は皆のやることをすぱんと決め、皆の士気を高めてそれぞれに行動し始めた。
 
 
『勝てば天国負ければ地獄、知力体力時の運、最初に私どもはあなた方に問うておきたい!』
 参加者の周りで花火が上がり、足元には浅瀬の波が押し寄せる、ヒパティアが作り出した3D映像である。実は広場全体が3Dの及ぶ範囲である。
 一瞬皆の間で動揺が走るが、そこにフューラーはかまわず畳みかける。
『シャンバラ古王国ヘ、行きたいかー!』
 迫力ある音と光景に押され、ほとんどの者がフューラーの叫びを頭でなく感覚で受け止めている。とりあえず、何かわからないけどそこは確かに行きたい!
 フューラーが何か叫ぶたびに、じわじわと参加者のテンションはおかしくなっていく。3Dのお陰で常とは違う感覚に落とし込まれて、皆軽くトランスしているのだ。
『君たちの心には、勝ちたいという気持ちはあるかーっ!』
 間違いなく、ある!
『君達の青春は、輝いているかーっ!!』
 輝いている、はずだ!
『ちっぽけな幸せに、妥協してはいないかーっ!!』
 夢を果たすまで、一歩も退くなーっ!
『そして、勝ち組に、なりたいかー!』
 ならなければ、いけない!
「暑苦しいのう…というよりもはや『勝ち組』はなかろうて…」
「いえいえ、夢中になってる皆様は、とても面白いですわ、すっかり季節を忘れてしまいます」
 もはやその頃には、皆足元がマグマの海になっていても、まったく気にしてはいなかった。
 3D映像とはいえ、心頭滅却にもほどがある。年越しを控えた年末の寒い時期であることを、良かったら思い出してほしい。
 はたから見れば、皆比喩でなく熱血の炎を燃やしているように見えるからだ。
『よろしい、ならば今日は凧揚げだ!』
 会場のテンションは有頂天に達した!
『今回我々が挑むのは、これらを使用したバーチャルバトル!』
 専用PODを積んだトレーラーが、横手からフューラーの背後に進み出て、コンテナサイドのカバーをあけて中を見せた。
 運転席から武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)太上 老君(たいじょう・ろうくん)が出てきた。彼らは裏方のバイトをしているのだった。
『基本二人一組で、ひとりが凧の操り手、一人が乗り手になります! 凧は我々が用意させていただきました!』
 人間がすっぽり隠れそうな凧が運ばれてきた。深いグレーのマットな皮膜がはってあり、四隅には小さなジャイロのようなものがついている。
『これは耐電・難燃処理を施してあります、少々ぶつかったって壊れやしません! ジャイロが姿勢制御を行いますので、通常の三倍は操作しやすいことでしょう!』
 糸も通常のものより太く丈夫で、持ち手にはグリップがついて長さの調整や、動きを伝えやすくなっている。
『全ての競技に共通しますが、パートナー同士で凧を上げ、コマをまわし、メンコを投げます。あくまで主役は凧、コマ、メンコです。操作役が相手の乗り手を、乗り手が相手の操作役を直接攻撃はできますが、それによる勝利は有効とはなりません、サポートとしてお考えください。あくまで凧と凧、コマとコマ、メンコとメンコの間で勝負をお付けください!』
 
 それらを聞きながら、牙竜は次の用意をしている。ケンリュウガーの衣装に着替え、お正月の飾りつけも忘れない。
 コタツでぬくぬくミカンを堪能していたところに、修行だといって老君がバイトを取り付けてきたのだ。面倒だからコタツムリになろうかと思ったが、もしかしたら警備にかこつけて、このエロジジィは女子の部屋をのぞこうとしているのか!?
 そう思い至って、彼はヒーローの使命を思い出したのだ。今は開始時なので二人で警備しているが、後の老害(夜徘徊されて女子にちょっかいかけること)を防ぐために、夜の警備はもぎ取ってある。このエロジジィにはせいぜい昼に力を使い果たしてもらうのだ。
「ジジィ、その格好怪しいからやめろよ」
 大極図のプリントされた風呂敷を被った由緒正しい泥棒スタイルである。完全無欠の怪しさだ。
「時間がないぞ、次は人員整理じゃ!」
「どうでもいいが、センスまで耄碌したのかよ!」
「若造が、このお約束の格好がわからんとは、お前も尻から殻がとれんのう」
 罵りあいはエスカレートしていくが、誰も止めない、裏方だから。
 言葉が止まるのは仕事をしなければならなくなって、それどころではなくなるときだ。否応なく中断されるので、フラストレーションは溜まるのだった。
 
「参加者のみんな! 凧役の方はこちらへ来てくれ!」
「これは全員持つのじゃ、終わったら回収するで、忘れるでないぞ」
 ケンリュウガーが誘導のプラカードを、なぜか決めポーズらしい姿勢で掲げている、違う意味で目立つ。
 ケンリュウガーと老君が参加受付で記録した希望競技に参加者を集め、それぞれにヘッドセットを渡し、専用PODを搭載したトレーラーに案内されていく。
 今日の凧揚げバトルには参加しないものは、それを見送りながら、はやくそれらに触ってみたくてたまらない。
 少しだけ操作の練習をする時間をとり、それから試合が始まるのだ。その間にめいめい腹ごしらえや準備をして、バトルや観戦に備えている。
 赤組には凧につける赤い尾を、白組には白い尾が配られ、それで敵味方の区別をつけている。
 
 フューラーがバトル参加者を前に、ひとしきり挨拶だの解説だのアジテーションだのをぶちかましている間に、裏方達はさらなる仕込を片付けていた。
 今もっともバトルが佳境なのは、正月バトルが行われる広場などではない、キッチンである。会議室でも現場でもなく、皆の胃袋を満たす使命を持つここなのだ。
 メイベルたちがキッチンに作りおきなどを取りに何度も往復していて、みるみる食料が消えていく。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)も、豚汁の仕込みに余念がない。
「ごぼうのささがき完了です! 次はどれを切りますか?」
「いえそれよりもう火を通していくわ、どんどん鍋に放り込んでいって頂戴。こっちも目処がつくから。次はこんにゃくよ」
「野菜の追加を持ってきたのである。それにしてもあの男、我輩をマスコット、つまりゆる族と間違えたのである。我輩は樽と見てわからんか」
 普段曲がったことが大嫌いなくせに、ごろごろと転がってあらぬ方向へ曲がって行ったということは、よほど拗ねたのかしらという思いだ。
 メイベルたちの手伝いに行かせていた彼が、そこでなにやらフューラーにゆる族呼ばわりされたらしい。
 とりあえず、なにかごまかしておこうとネタを探すと、セリエがこれがいいのではとこんにゃくとコップを出してきた。
「あ、あなたでもこれなら手伝えるかも」
 裏技で、こんにゃくを千切るのに、コップを使うとやりやすいのだ。
「おお、これなら我輩でも!」
 ボウルに放り込んだこんにゃくをコップのフチを使って一口サイズにしていく、端からこそげるようにすればうまくいく。
 機嫌を直してくれたようで、祥子達はくすっと笑った。
「お姉さま、ごま油そちらにありませんか? 仕上げに少し入れれば、香りがもっと素敵になると聞いたんです」
「いいわねえ、これをアーデルハイト様にも持っていくのよ、どうせなら味のお墨付きもいただきましょう」
 
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)はカレーを作っていた。
 涼介はタンドリーチキン、クレアはカレーの仕込だ。昼からエリザベート様と静香様のところへ行っておせちの仕込をする予定なので、あまり時間がない。
「チキンはもう味が染みているかなあ」
「うれしそうにスパイスの調合を試してたから気になるのはわかるけど、夜に食べてもらうんだから、その頃にはちゃんとしみているわよ」
「ああ、アリアさんとメイベルさん達に頼んであるから、それは大丈夫」
 それよりもこっちを手伝ってよおにいちゃん、と急かして鍋をかき混ぜる。暖めるだけにしておいて、それ以上煩わせるわけにはいかない。
 これだけの人数分を用意するのは並大抵ではないのだから、猫の手でも借りたいのだ。
「さっきからとてもいい匂いがして、気になってな。何か手伝えることがないかと思って来たんだが」
 キッチンにイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が顔を出した。しかしキッチンはひとわたり嵐が去った後で、一番動いているものはといえば、カレー鍋に材料を次々放り込んでいる涼介たちである。そちらに近づいてイリーナは挨拶をした。ぐらぐらと煮立った鍋はすでにおいしそうな予感がする。
「あ、すみません気がつきませんで。本郷 涼介と申します」
「クレア・ワイズマンです」
「いや忙しい所にこちらこそ済まなかった、イリーナ・セルベリアだ。カレーを作っているんだな」
「ええ、夜に食べてらおうと思って作ってるんです。でも私達昼からはエリザベート様のところで御節を作りに行く予定なので…」
「そうか、では私も手伝わせてほしい。何をすればいいかな」
「あとはアクをとってルーを入れるだけなんで大丈夫です。できたらタンドリーチキンを焼くのを人に頼んでいるので、その手伝いのほうをお願いしたいなあと思います」
 涼介は冷蔵庫に入れようとしていた漬け汁にひたったチキンを見せた。
「これはおいしそうだ、これを焼くのか、やり方を教えてくれ」
「お手伝いしていただく人は、アリア・セレスティさんとメイベル・ポーターさんです、焼くのはアリアさん、ご飯を提供していただけるのはメイベルさんです」
「その二人なら知っている、あとで声をかけて私も彼女らをサポートしよう」
「ありがとうございます」
 それからチキンの手順を説明する。このキッチンのオーブンは大きいので、全員分の糊口をしのげるだろう。
「タンドリーチキンは漬け汁ごと焼くのか! ますますおいしそうだ…」
「おにいちゃん、今回ちょっとスパイスの調合を変えたんで、気になって仕方がないみたいなんですよ」
 確かに力を入れて作ったものの評価は気になるところだろう。
「おや、この皿は誰が持ってきたものだろう?」
「あれ、そういえばカレー皿がなかったな、誰かに聞こうと思って忘れていたんだ」
「洗っておこう、あとで持ってきてくれた人に礼を言わなくては」
 その視界の片隅を、小人が駈けさっていった。
 
 
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)を絶賛説得中だった。
「だから、お正月は蛸料理をして、みんなで食べるんですの」
「…了解した。では渾身の蛸料理で優勝を狙うことにしよう!」
 凧揚げはすなわち蛸揚げなのだ!と間違った方向に力の入ったでっちあげの資料(真実3割)を示し、微に入り細をうがった説明で、とうとう鵜呑みにさせることに成功した。ちゃんとお節料理にも蛸が入っており、その部分を巧妙についた資料は、すごく本物くさかったのだ。
 ドッキリやいたずらは用法用量をよく守ってなるべく長くばれないように正しくぶちかまし下さい。過度の服用は次回から効果が薄くなる可能性もございます。
「ところでアル、ランゴバルトはどうしたんだ」
「よくわかりませんけど、大ババ様に聞きたいことがあるとかで行ってしまいました」
 
 その時、アーデルハイトたちの観戦席の前に、一人の人物が訪れた。
「失礼するが、ひとつお尋ねしたい」
 テントの外に、どでかいドラゴニュートが突っ立っていた。
 あまりにでかいので、アーデルハイト達からは腹の辺りしか見えず、視界はふさがれている。
「なんじゃそこのでかいの、間もなく試合がはじまるのじゃ、邪魔であるぞ」
 ウドの大木はランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)だ。アーデルハイトに向かって身体を折り、すまないがと前置きして質問を投げた。
「アーデルハイト殿は3000年程前に、悪い竜人を封印される依頼を受けなかったじゃろうか?」
「はて、3000年前か、ドラゴンを封印するより屈服してこき使う方が楽しいと思うがのう。おぬしが何をしたかは知らんが、こちらにはとんと覚えがない」
 もとより大ババ様は欧州の出なのだから、かちあうはずもなかろうか、とランゴバルトは納得した。
「つまらぬことを聞いた、では侘びに、後ほど渾身の蛸(料理)をお目にかけてみせよう」
「楽しみにしておるぞ、それほどすごい凧を見せてくれようとはな!」
 彼は、アルコリアにとっくに洗脳され済みである。彼は知識というものにおいて自信を持っているが、それ故に『こんなことも知らないのか』という類のあおり文句にはことさら弱く、彼女の資料を先入観すら剥がして飲み込んでしまったからだ。
 かみ合っていないが、表向きは間違っていないやりとりは、彼の誤解をさらに強めてしまった。
 (さて、蛸のから揚げのレシピは何だったかのう、この年までそんなイベントがあるとは知らなんだわ)
 そこへラズィーヤが彼へ、豚汁を勧めて持ってきた。
「こちらをいかがですか? 腹が減っては戦は出来ぬと申しますわ」
「かたじけない、ではいただこう」
 豚汁のカップは、彼の体からはあまりにちっぽけすぎるのでわざわざどんぶり鉢に入っている。それをうまそうにすすってランゴバルトは立ち去った。
「…そちもワルよのう…」
「いえいえ、アーデルハイト様ほどでは…」
 豚汁には実はアーデルハイトのギャザリングへクスがかけてある。何が起こるかは、きっと女王様が見てる。
 
「お帰り、ランゴバルト。アルは入れ替わりにどこかへ行ってしまった。下ごしらえを手伝ってくれたのはいいんだがな」
 アルコリアらが料理用にはずれに確保したイルミンスールの教室で、シーマが出迎える。
「ら、ランゴバルト、どうした!? ものすごい勢いで…!」
 彼は彼女には答えず料理に没頭し、知識の限りをつくして蛸料理を量産せんという勢いだ。
「ボクも負けない! 見るがいい、ボクの包丁捌きを!」
 ランゴバルトは、ギャザリングヘクスのかけられた豚汁のせいで魔力が増大し、ちょうど考えていた蛸料理のレシピで頭が埋め尽くされ、料理に対する意欲が倍増されたのである。
 そんなふうにどたばたと蛸にかける執念を燃やした二人は、どさりと大量の蛸料理を二人にお目にかけることができた。
 しかしそこでにぎやかに揚げられた凧の群れと、あらあらうふふ、と他人事の顔でラズィーヤと共に笑うアルコリアを見た二人は、またやられた!と膝をついた。
「ね? うちのシーマちゃん、いぢめると可愛いでしょう?」
 その意図はなかったが、結果的にランゴバルトに対してアルコリアのイタズラに加担した形になるラズィーヤたちも、ほほえみが隠せない。
 ちなみに作られた蛸料理は、皆様でおいしくいただきました。
 ほんとうにおいしかったと、通りすがりの皆が太鼓判を押したので、彼らの溜飲は無事に下がった。