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絵本図書館ミルム(第2回/全3回)

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絵本図書館ミルム(第2回/全3回)

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6.ミルムの進む方向は


 事件は無事に解決を迎え、ミルムへの来館者はまた徐々に増えてきていた。事件直前ほどにはまだ回復していないけれど、皆がラテルの人々に蒔いた絵本や図書館への思いの種は、きっとまた街の人を呼び戻してくれるだろう。

「今回のことで思ったの。街の人に絵本図書館のことを知ってもらえたら、もっと信頼してもらえるんじゃないかな、って」
 分からないことは不安の元になる。広がっていく無責任な噂に負けないでいられるくらい、ミルムのことを知ってもらいたい。そのためには、と関谷 未憂(せきや・みゆう)は提案する。
「だから、図書館便りのようなものを配布できないかって思うの。どんな人がその場所に関わって、どんな絵本があって、どんな催し物があるか……街の人に知ってもらえる手段があればいいなって」
「ボクも同じこと考えてたんだ。本の紹介や働いてるスタッフの記事を中心にした、新聞みたいなものが作れるといいよね。出来れば、問題ないよ、安全だよってことを直接書くんじゃなくて、紙面からそれが伝わってくるようなほのぼのしたものにしたいな」
 ミルムを訪れる利用者やスタッフの写真も載せて、と羽入 勇(はにゅう・いさみ)は大切そうに抱えたカメラを示した。ラテルでは写真自体がまだ珍しいから、きっと興味を持ってもらえるだろう。
「写真を撮らせてもらった人からコメントをもらって、それも載せられたらいいな。知ってる人の写真やコメントが載ってたら、親しみをもって貰えそうだよね」
「お薦め絵本や本の感想文を載せるのはどうだ? スタッフや利用者に推薦文を書いてもらえば、絵本を選ぶ時の参考になると思うぜ。子供からの感想だったら、文章だけじゃなくて絵も描いてもらうようにするとか。テーマを決めて推薦や感想を募ってみるのもいいんじゃないかと思うんだ」
 高月 芳樹(たかつき・よしき)からの提案は、利用客に絵本を紹介する為の感想文。実際に読んだ人の感想は、絵本を選ぶ時の助けとなるだろう。
 アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)は芳樹に同意しつつ、自身の意見を口にする。
「絵本図書館の手伝いに来ている中で、絵を描くのが得意な人や、子供たちと同じ目線で記事を考えられそうな人に協力してもらうのもいいかもね。もちろん私も力を尽くすけど、多くの人の協力を取りつけられれば、その分良いものになると思うわ」
 ミルムで発行する図書館便り。どんな記事を載せたら喜んでもらえるだろう、どんな情報があれば利用者の役に立つだろう、と額を突き合わせて相談する。
「大きく分けると、『絵本についての記事』『保護者の人向けの記事』『その他、交流的な記事』の3つかな」
 ある程度意見が出た処で、未憂は出ている記事の案を分類してみた。
 絵本についての記事は、『お薦め絵本の紹介』『絵本を読んだ人の感想』。
 保護者向けは、『読み聞かせやイベントのお知らせ』『絵本図書館での取り組み』。
 交流的なものとしては、『絵本図書館の様子』『スタッフの紹介』『絵本の引き取り』。
 とそこまで書いて、未憂はもう1つ付け加える。
「アンゴルさんの本屋さんみたいな、『本に関する場所』も紹介してみたいな」
「みゆうー、でも、そんなにたくさん載せられるの?」
 未憂が書き出した項目を、いち、に、さん……と数えてリン・リーファ(りん・りーふぁ)が尋ねた。
「一度には無理そうだから順番に、かな」
 図書館便りは利用者に配布するつもりだから、紙面の大きさは限られる。びっしりと記事を詰め込めば情報は多くなるけれど、子供には敬遠される。記事を減らせば読みやすくなるけれど、情報量はぐんと少なくなる。
 何をどのくらい載せたらいいのか、どの記事を誰が担当するかを相談すると、学生たちは記事集めに散っていった。

「ちょっと写真撮らせてもらってもいいかなー、あ、いいのいいの、普通にしててくれれば」
 羽入 勇(はにゅう・いさみ)はミルムの館内で写真を撮影していった。何本も撮ってその中から良さそうな写真をピックアップする。
 絵本を抱いてにこにこしている子供、真剣に絵本に見入っている親子連れ、絵本の手入れをしているスタッフ……どれも見ているだけで顔がほころんでくるような写真ばかりだ。
「この写真でしたら、文字の読めない人にも雰囲気が伝えられますね」
 ラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)は目を細めて勇の写真を見た。
 ラテルの識字率は低い。大通りの富裕層は文字を読める率が高いが、裏通りに住む多くの人は文字の読み書きがほとんど出来ない。ここで借りていく絵本も、物語でなく絵を楽しむ為のものだ。
 図書館利用者は富裕層に偏っているが、そうでない層にも勇の写真は何かを伝えてくれるだろう。
「だといいんだけど。うーん、やっぱりこっちの写真がいいかな。今は安全をアピールするのが優先だよね」
「ええ。コメントもこのまま使えそうな長さですしね」
 そう答えながらもラルフは、どの写真でも勇が気持ちを込めて選んだものならば、きっと素晴らしい記事になるだろう、と思っている。それだけ、勇とその写真の伝える力を信じているからだ。
 芳樹は利用者の子供とサリチェに協力を願って、感想文を書いてもらった。子供からのものの方は、ぐにゃぐにゃとした線で森の動物らしきものの絵が入っていて微笑ましい。
 初回は依頼するしかないけれど、今後は出来れば投稿してもらったものを、と芳樹は感想文の投稿募集の記事も添えておいた。
 リンは記事に似顔絵をつけるんだとはりきってお絵描き。
「見て見てできたよー!」
 ほら、と得意げにみせたサリチェの顔はまるで福笑い。
「リン、さすがにそれはどうかと思う……」
 あんまりな出来に未憂は紙面に載せるのを憚ったが、
「あら面白いわね。それになんとなくだけど、似てる気がするわ」
 当のサリチェがころころ笑って面白がっているので、福笑いサリチェはそのまま載せられることになった。
 集まってきた記事を前に、未憂が提案する。
「題名は……『絵本図書館ミルム通信』なんてどうかな」
「良さそうな題名だわ。皆に絵本に対しての理解や親近感を持ってもらえるように、これからも無理のない範囲でミルム通信の発行を重ねていきたいわね」
「だな。少しでも子供たちが絵本に親しむ機会が増えたら嬉しいぜ」
 子供たちのためにも良いものを作りたい。次回からの投稿の為にとアメリアと芳樹は原稿を募る投書箱を作る作業に取りかかった。

 そして完成した『絵本図書館ミルム通信 第1号』。ラテルにはコピー機なんていうものはないから、学生たちはヴァイシャリーの街まで行ってミルム通信のコピーを取ってきた。
 ヴァイシャリーとラテルはそんなに離れていないのに、文化には大きな差がある。地球との交流はシャンバラに大きな影響を与えたが、それが七都市から周辺へと広がっていくには時間がかかるのだろう。
 芳樹とアメリアは出来上がったミルム通信を図書館入り口に置くと共に、本の回収に行く人に各家で配布してくれるようにと託した。
 勇はミルム開館のお知らせを配った時のように、街頭で手渡し。渡す時には、絵本図書館が安全に来られる場所になっている事をアピールするのと、女性にはラルフの笑顔をおまけにつけるのを忘れずに。
「このミルム通信を1枚1枚ファイルしていったら、これも絵本みたいな『本』になるね」
「そうね。本になるくらい続けられたらいいわね」
 リンと未憂がそんなことを話しながら掲示板にミルム通信を貼りに行こうと出かけるのに、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)が声をかける。
「僕も一緒に行っていいですか? 掲示板に、ミルムが安全な場所になったお知らせを貼りに行こうと思っていたんです」
 犯行声明の貼られていたという掲示板まで行くと、3人は管理をしている人に許可を取って、ミルム新聞と事件終結のお知らせを貼らせてもらった。
 ティエリーティアの作成したお知らせには、事件で街を騒がせたお詫び、そして事件が解決したことが書かれ、にっこり笑顔のイラストが描き添えられている。けれどそこには敢えて犯人の名前は記していない。
「僕はしばらくここにいますから」
 全部の掲示板にお知らせを貼り終えると、ティエリーティアは2人と分かれ、掲示板の横に立った。
「お騒がせしてすみませんでした。ただのいたずらだったことがわかりましたから、もう何も心配はありません」
 パートナーが厳選した可愛いワンピースを着て、にこにことティエリーティアが説明すると、お知らせを読む人の気持ちも和む。
 冬風にも負けず、ティエリーティアは掲示板を巡っては説明を重ねるのだった。