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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第1回/全3回)

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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第1回/全3回)

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第一章 ガラクの村へ

 蒼空学園の敷地内において、新設されたばかりの広大な飛行場。
 その中央にはミルザム・ツァンダ専用の飛空艇、そしてクイーン・ヴァンガード隊員たちの小型飛空艇が綺麗に列を成して待機している。
 女王候補であるミルザムの警護を主な命としているクイーン・ヴァンガードであるが、シャンバラ国内において災害が発生した場合や、モンスターによる被害が報告された際には、小隊を成しての出向がミルザム本人から言い渡される。
 最近はツァンダ山脈の土砂崩れや暴れ牛鳥の鎮静、空京海上での炎上船舶の救助活動などの出向が続いている為もあってか、隊員たちが出向の準備にかける時間も、小型飛空艇に向かう足取りも皆、素早くて的確なものとなっていた。
 村の殆どが水晶化しているという状況を聞いた時、初めこそ戸惑いを見せた隊員たちだったが、人命救助と被災地復興という目的を再確認すると、皆一様に落ち着いた手つきで準備を始め整えたのだった。
「ミルザム様」
 湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は専用飛空艇に向かうミルザムの元に駆け寄ると、頭を下げてから口を開いた。
「報告します。イルミンスールからの連絡によると、ガラク村の中央に位置するガラクの滝から生じる川を5kmほど下った所に、ヴァルキリーの村があるのですが、住人の大半が、皮膚が焼き剥がれるような痛みを訴えているようです。イルミンスールの小隊が発見したようですが、その症状などから、原因は毒物である可能性もあると」
「毒物…… ですか……」
「水晶化に続いて毒物による被害……。これはますます彼女のデータと適合してきましたね」
「…………」
 ミルザムは、凶司の左腕上で開いているノートパソコンの画面を見ても表情を変えず、言葉を発しなかった。画面には十二星華の一人、パッフェル・シャウラの姿が映し出されていた。
 画像は以前、彼女がイルミンスール魔法学校に現れた際に、ベルバトス ノーム(べるばとす・のーむ)教諭が生み出したクチバシ走り亀ラが物陰から捉えたものに、凶司が画像処理を施したものであった。
 画面の中の彼女はゴスロリファッションに身を包み、冷たき笑みを浮かべていた。
「ミルザム様、青龍鱗はお持ちですね?」
 神野 永太(じんの・えいた)の問いに、ミルザムは左脇に抱えている青龍鱗をストールの陰からそっと覗かせた。
「水晶化の村も毒物の被害が出ている村も、現段階ではパッフェルの仕業とは断定できません、しかし、ミルザム様と女王器が共に動くとなれば、十二星華による襲撃も十分に考えられます」
「えぇ。わかっています」
「ガラクの村での活動中はもちろん、その道中も我々が護衛致しますが、ミルザム様は我々の希望です。例え我々が倒れたとしてもミルザム様だけは逃げのびる、その覚悟はして頂きたいと思いまーーー」
「神野さん」
 足を止めたミルザムは真っ直ぐに永太を見つめていた。
「私はもう、誰一人傷つくのを見たくありません。そのような事は口にしないで下さい」
「しかし……」
 言葉を続けようと、しかし永太にそれは出来なかった。見えたのは一瞬、その刹那だけ、しかし確実にミルザムの瞳に哀しみの色が浮かんだのを見たからであった。そしてすぐにいつもの凛とした表情に戻したミルザムの姿までを見た葛葉 翔(くずのは・しょう)が、いたずらな笑みを浮かべて凶司に問いた。
「危険な道中となるみたいだけど、それでも凶司は来るのかな?」
「どういう事?」
「情報屋が、最前線に出てくるのかって事だ、いつ襲われるか分からないんだぜ、なぁ、永太」
「… あぁ… そうだな」
「… ん? 永太?」
 らしくない間を取った永太に、は違和感を覚えて訊き返した。
「どうかしたか?」
 永太の言葉を一度確かに呑んでから、
「全くその通りだ……… こんな風になっ!」
 強く目を見開くと同時に、永太は妖刀村雨丸を抜くと、ミルザムの咽元に切っ先を突きつけた。
「なっ!」
「動かないで!」
 燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が構えた六連ミサイルポッドは永太にではなく、凶司、そしてヴァンガード隊員に向けられていた。
「動けば、撃たせていただきます」
「お前ら、一体何やってーーー」
 の足元にミサイルが撃ち込まれた。は咄嗟に跳んで避けたが、反撃を試みるなら追撃を放つ、そんなザイエンデの気迫を感じ、は着地するだけに留めた。
「動かないで、そういったはずです」
 構えを解かないザイエンデの瞳には、揺れそうな心を押さえつけているかのような、不自然な力の込められ方をしていた。
「青龍鱗を渡してください」
「… どういうつもりです?」
「青龍鱗を奪い、あなたを盾に逃走するのです」
「これだけの隊員の中を、ヴァンガード本部から逃げるつもりですか?」
「あなたを人質にすれば何も出来ない、それがヴァンガードだ。さぁ、どうする?」
 ミルザムは瞳だけを動かして隊員たちを見渡した。永太が言ったように、確かに誰もが動けないでいるようだったが……。
 隊員たちのどの顔にも、焦りと危機感が見て取れた。それはこれまでに見た事の無いほどに緊張感に満ちたものに見えて、
「…………♪ なるほど」
 ミルザムは口元を小さく緩めた。
「青龍鱗は私が持ちます。さぁ、ガラクの村へ急ぎましょう」
「なっ、何を、動けばこのままあなたを」
「刺しません、あなたは刺しません。あなたの刀に殺気は込められていない…… 演技、なのでしょう?」
「なっ、何を…」
 見抜かれた……? そんな馬鹿な。永太の目が大きく開いてゆく。
「道中の危険性を説いた時も的確でした。確かにあなたの様に奇襲をかけてくる者もいるかもしれません。それでも、少なくとも今この場にいる隊員の方たちは、次はきっと私を護ってくれる、そう信じています」
 今後も起こるであろう女王器や女王像を巡る争いの中、襲撃者を前にした時、ミルザムは一体どんな自衛行動を取るのか、個人の力で対処できるのかどうか、その実力を確かめようとした、それなのに、
「違う! 私が見たいのは、そんな姿ではなくーーー」
「あなた方に、悪役は似合いませんよ♪」
 切っ先にそっと指を添えながら見せた笑顔。ミルザムの笑みに、永太は全身の力が抜けてゆくのを感じた。
 刀を突きつけられても、取り乱す事無く冷静に思考を巡らせた。力による対処法も見たかったのだが…… あれほどあっさりと意図を見抜かれてしまっては、それもミルザムの力であると言わざるを得ない。
 小さく息を吐いてから刀を納める永太を見て、ザイエンデも両腕を下ろして構えを解いた。
「ぐっ!」
 ヴァンガード隊員たちが一斉に2人に跳びかかり、2人を押さえつけた。
 武器を取り上げ、組み伏せようとする隊員たちに、ミルザムは静止をかけて歩み寄った。
「2人にも同行してもらいます。私を警護してください」
「そんな! コイツ等はミルザム様にーーー」
「確かに! 規律を乱し混乱を生じさせた事は事実です。それでも彼らの行動は私やクイーン・ヴァンガードの事を想っての行動です、負い目を感じるなら私を護る事で示してください、あなたたちの正義を」
「……はい ……ありがとうございます」
 組み伏せていた隊員たちは、とうに力を抜いていた。それでも永太は顔を上げぬままに拳を握り締めていた。
「終わったぞ、何時まで丸くなってんだ?」
 は目を吊り上げながら、ノートパソコンを抱きかかえて丸くなっている凶司に言葉をぶつけると、苛立たしげにグレートソードを納めた。
「そんなんでついて来れるのか? いつ襲われるか分からないんだぜ、一言も言わずに狂言師になっちまうような奴が襲って来る事だってあるんだぜ」
「ぼ、僕だって行くよ! こ、広報部の僕が行かなくちゃ、ミルザム様の雄姿を取材できないだろう」
「ふんっ、まぁ良いけどな。警護に必要なのは連携だからな、どっかの誰かみたいな勝手な行動だけは取るなよ、なっ」
 は腕を引き上げて永太を立ち上がらせた。
「俺も、俺たちも居るんだ、決めつけて抱え込むな」
 口元を上げながら、永太の腹を殴った。
「うっ」
「行くぞ」
 ミルザムを乗せた専用機が、そしてそれを囲むように編成された小型飛空艇が次々に飛び立っていった。
「おぅおぅおぅ、ずいぶんと大所帯で向かったなぁ、大将さんは」
 頭上を過ぎて行くヴァンガードの飛空艇を、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が見上げていた。
「イルミンの小隊も向かってるんだろ? 女の子一人を相手取るには大袈裟だ、気に入らなねぇ」
「現場ではパッフェルの姿は確認されてないようじゃが。それでも行くのか?」
 パートナーのベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)が顎を上げて見上げ言ったが、トライブは満面の笑みを見せて返した。
「もちろんだぜ! そこに姫さんが居る、そんな予感しかしねぇんだ、ほら、行くぞ」
「了解じゃ」
 トライブは軍用バイクに、ベルナデットは空飛ぶ箒に跨り、飛び立った。
 場所の確認はしている、バイクの音が響こうとも、飛空艇を尾行するわけではない。むしろ以前にパッフェルに協力している身であるトライブは、自分たちに尾行者が付く事も考えたが、イルミンスールの森に入ってから超感覚を用いて警戒すれば良いと判断していた。ガラクの村で事件が起きている事、そして森までの道中はどう向かおうと変わらないからである。この判断が鬼崎 朔(きざき・さく)に尾行の機会を与えたのだった。
「動いたか」
 トライブが以前にパッフェルに協力している事は知っている、事件の概要を聞いた時、は犯人をパッフェルだと断定した。彼女に味方していた者を追えば、必ず彼女と接触するであろうと。
「パッフェルは、今度こそツブス!」
 滾る殺気を必死に抑えて、は2人を追い駆けた。
「ヴァルキリーの村? 水晶化したのはヴァルキリーの村なのですか?!」
 駿馬に跨り駆けるウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は、パートナーの夕凪 あざみ(ゆうなぎ・あざみ)の報告を聞き、声を荒げた。
「つまり奴は、剣の花嫁以外も水晶化できると!」
「犯人がパッフェルだとすると、そうなります」
「全く、厄介な」
 ウィングが速度を上げたから、あざみウィングの背に抱きついた。腰に回した腕にもしっかりと力を込めて。
 それぞれがそれぞれの思惑を胸に、水晶と化した村へと向かっていくのであった。