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【十二の星の華】夢の中の悲劇のヒロイン~小谷愛美~

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【十二の星の華】夢の中の悲劇のヒロイン~小谷愛美~

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 そうして幾日か経ったある日、王子が隣国の姫を娶ることになったという話が、城下で噂されるようになった。
 来ることのない王子を待ちながら、毎日浜辺へと姿を現す人魚姫、愛美の耳にもその噂は流れ込んでくる。

「私は害悪と嫉妬を司る『不和の侯爵』アンドラス。そして、復讐の暗殺代行人でもある! 愛美とやら、貴様が望むなら、貴様の邪魔をする全ての存在を消してやろう」
 噂が流れ始めて数日。
 愛美の下へとそう言いながらやって来たのは、アンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)だ。
「冗談はそれくらいにしようね」
 言って、アンドラスへと突っ込みを入れるのは、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)
「小谷愛美。もし、あなたがどんなことをしてでも、……幸せになりたいなら協力しよう」
 2人の後ろから更に現れたのは、鬼崎 朔(きざき・さく)であった。
 努力をしようともせず、ただ待ち続けるだけの愛美に、朔は若干怒りの念を抱いていた。けれど、それと同時に、昔の恋愛に消極かつ悲観的だった自分を今の彼女の姿に重ねているところもある。
「アンドラスの言葉はあながち冗談ではない。貴方が努力するというなら、貴方の障害となりえるもの――今でいうなら、噂の隣国の姫か――を排除しよう」
 告げる朔に、愛美は首を横に振った。
「隣国の姫を邪魔だとは思わないわ。それより前から王子様は来てくれなくなったもの」
 邪魔者は別の者だ。
 言外にそう告げて、その別の者を探し出して欲しいと、愛美は願う。
 自分は海の中でしかできることはないから、それを行うと朔と約束をした。



 顔合わせという名の、王子と隣国の姫との婚約の日。
 王子の前へと姿を現したのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)姫であった。
 婚約の証に、と用意された指輪をローザマリアに贈るため、彼女の右手をゲー・オルコットは取る。
「ちょっと待った!」
 ホールに響いた声と、バァンと扉が力任せに開かれた音。
 王子を初めとする、その場に居た皆が扉の方へと視線を向けると、そこにはローザマリアがもう1人――いや、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の姿があった。
 ローザマリアとグロリアーナは瓜二つの容姿を持っている。それを利用して、今回、隣国の姫は双子であることを演じることにしたのだ。
「王子の妻? そのようなこと、聞くまでもなかろう。妾に決まっている」
「あら、御姉様のような粗忽な方、王子様が御気に召すとでも?」
 突如始まる、双子姫たちの口げんか。
「もちろん。のう、王子。妾の方が良いであろう?」
「いいえ、私の方が良いに決まってますわ」
 驚いたままの王子を挟んで、姉妹は言い合う。
「其方を成敗し妾が唯一正統の姫となるのだ!」
「寝言は寝ておっしゃいな!元より、王子の妻となるべくして生まれたのはただ一人、このローザに決まっているでしょうが!」
 姉妹の口げんかは、王子の取り合いだけでは終わらない。
「其方がそう御望みなら、いいでしょう……返り討ちにしてあげましょう!」
 双子をどちらか選ぶことが出来なかったゆえに、先代の王が跡目問題を丸投げ、もとい、国政を分担し、仲睦まじく共同で行うよう言われてきた。
 そのため、姫たちの人気も半分ずつ。終いにはローザマリア派とグロリアーナ派の派閥構造が出来上がってしまったほどなのだ。
 その、お国問題にまで発展してしまった口げんかに、取り囲んでいた側近や兵士たちは焦りを隠せない。
「まあまあ、2人とも落ち着いて」
 けれども1人冷静で居たのは、ゲー・オルコット王子であった。
「2人ともが俺を好きだと言ってくれるなら、どちらとも婚姻関係を結べばいいわけだろう?」
「王子、ナイスアイデアじゃん」
 ゲー・オルコットの提案に、竜乃が彼を持ち上げるような発言をする。
「俺は何としても、君たちの国と手を結びたい」
 自分のことしか考えていない王子、ゲー・オルコットにとって隣国の姫との婚姻も国の領土を広げる手段でしかないのだが。
 けんかして、お国騒動を起こすことで、婚約をなかったことにし、人魚姫と幸せになって欲しい。そう願ったローザマリアたちにとっては予想外の王子の言葉である。
「ここは1つ、婚約だけでも交わしておけばいいんじゃないかな〜♪」
 言いながら前へと進み出てきたのは王子の弟、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)だ。
「そう、マッシュの言うとおりだ。どちらか1人に決めるというのなら、止めはしない。けれど、婚姻関係を結ぶに辺り、まずは婚約を交わしておこう?」
 ゲー・オルコットも頷いて、すぐ傍に居たローザマリアの右手を取ると、指輪を嵌めた。

「王子様……」
 王子と隣国の姫との婚約が成立したことは、浜辺にも数日と待たず、伝わってきた。
 邪魔者を探し出せなかった愛美は、それでも王子の心が自分へと向けられないかと、願う。
 そんな彼女の姿を離れた岩場から見つめる人影があった。
「彼女の性格上失恋した後も、しつこくアタックするんでしょ。人魚のままでも人間のままでもね。なら海の魔女に石像にされる運命に変わりはないね。早く石像にされないかな〜♪」
 その人影は楽しそうに呟くと、城の方へと帰っていった。