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謎の古代遺跡と封印されしもの(第3回/全3回)

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謎の古代遺跡と封印されしもの(第3回/全3回)

リアクション


第十七章

・一から五へ

 図書館一階でランツェレットは、守護者の魔道書の残骸、そして他の数冊の魔道書を比べたことからある事実を発見した。
「関谷さん、これを見て下さい」
 近くで解読していた未憂を呼び寄せる。
「これって、魔導力連動システムの出力デバイスじゃないですか? ここに書いてある魔法陣と術式は、循環系統の制御のものです」
 魔導力連動システムに関する記述に目を通している彼女にはその意味がよく分かった。ふと、近くにあった数冊の魔道書を見遣る。
「魔力炉は、この三冊があって初めて機能するみたいです」
 システムの概要を説明する。
 魔道書はそれぞれが術式的に繋がっていること。
 その魔力の純度は、守護者戦における使用手段で言えば、ダミー→強化→攻撃の順で低くなっていること。
 その際、供給は純度の高いもので行う。強化型の低いものはその補助的な役割であり、攻撃型は外部へ放出するためのものである。外へと放出されたものは、対応する魔法陣によって純度の高いもののみが吸収され、再び魔力炉へと回帰するということ。
 そしてこれらの事実は、システムの欠点をも示す事になっていた。
「なるほど、質の悪い力はシステムの使用者を圧迫する。だからそれを別の形で使えるようにした、というわけですね」
 ランツェレットはある程度の事を理解する。
「そしてシステムの影響下では、全てが連動している。だから自分に不利に働くとしても、それだけを止める事は出来ないということですね」
 一つでも不備が出れば、機能しなくなる。しかし、守護者の力を思い返せば、本来ならば、その程度の事は問題にならないほどだったのだろう。今の時代からすればかなりの威力の術だが、システムの前では単なる排泄物でしかないのだ。それでも、術者と同じ質の魔力を含んでいる。結界を破れたのはそのためである。
「それだけではありません。ここにある術式の一部は、何かの暗号のようになっています。それぞれを繋いでいくと、この遺跡内のある場所を指していることが分かりました」
 魔道書に書かれた手掛かり。それはシステムの基となった魔法理論の書かれた原典の隠し場所の情報であるように感じられた。その場所とは、二階にある閲覧室の一つを示していた。
 その時、ドンという音が響き渡った。天井の方からだ。
「今の、何!?」
 それは最上層にいる合成魔獣が、第二層に落ちた音だった。幸いというべきか、図書館層までは落ちてこなかった。
「上で何かあったのでしょうか?」
 合成魔獣の事が、未憂の頭を過る。
「みゆう、そういえばさっきの……」
 リンが例のノートのようなものを差しだした。全部読んだ際に、合成魔獣の事がある程度判明したのである。
 その中で、ベヒーモスがこの遺跡にいる事が判明した。施設の特徴が完全に一致していたのである。他のものは詳しく書かれていなかった。
「合成魔獣も魔法を使った産物……この先にヒントがあるかもしれませんね」
 彼女達は、指定された場所を目指す事にした。


 同じく一階。
「レオ、少しメモを見せてもらっていいですか」
「はい、どうぞ」
 玲がそれまでに調べた文献の簡易メモを、レオポルディナから受け取る。
「計画は六段階に分けて行われた、という事ですか。しかも、今の技術はおろか当時の技術ですら本当に可能だったか疑わしいというのもありますな」
「第五次計画で生まれたものは、わたくし達と変わらない人の姿だったみたいです」
 このフロアで見つかった第五次計画の内容には、人をベースにした、という事とそうするに至った経緯くらいしか書いていなかった。
「第一次は成功したものの凍結、二、三は不完全、四はシステムの構築には成功したものの適合者はただ一体、そして五は、成功例、失敗例含め十体の成果が残されているようですな。一応実験が進むにつれ成果は上がってるようですが……」
 もう一度見返す。
「目的が、『絶対的な脅威』から国を守るためとしかないのが引っかかりますな」
 全ての研究は決して道楽のために行われていたわけではない、それは明らかだった。
『こちら一階、ここでの研究は段階的に行われていた事が分かりました。あ、はい』
 優希が無線で情報を伝えつつ、他の場所の情報を得る。
「三階ではより具体的な研究内容のレポートが見つかってるそうです。機甲化兵計画、魔力融合型デバイスなどです」
 フロアにいる人間に伝達していく。
「なるほど、おそらく第一次が機甲化兵、第二次が魔力融合型デバイスに関わる研究ですな」
 玲が既存の情報と照らし合わせる。これにより、それぞれの計画と時期が判明した。
「鏖殺寺院との戦争も長引いてたようだな。今の暦でいつの時期かはっきりしねーが、最初の計画からは相当な時間が経ってるだろうぜ」
 アレクセイが言う。
「ここは元々、古王国の支援を受けて出来た施設みたいだ。だが、これを読んでくれ」
 一つの文章を他の面々に見せる。

――この第四次計画は人道に反する。だが、この国、ひいては大陸を滅ぼしかねない脅威から守るためにはこれを完成させる必要がある。表向きには第三次計画の後、全ての研究は中央で行われる事にしてある。今この研究所のある場所は、独自に編み出した人払いの術式と装置により、関係者以外は存在にすら気付く事はない。今後は秘密裏に進める必要がある――

「その第四次計画ってもしかして……」
 アルメリアが一度未憂に読ませた本を、再び開く。
 
 ただ一人の成功例を生み出した実験――魔導力連動システムこそがその計画だった。

            ***

 三階でも同様に解読が続けられていた。
「魔導力連動システムは下の方に情報が集まってたみたいだねぇ」
 縁はカガチから一階での報告を受けていた。
「こいつぁもういいですかい?」
 蚕養 縹(こがい・はなだ)が資料を指し示す。
「いいよぉ。そっちのは大体読み終わったから」
 文献を本棚に戻しにいく。
「よかぁねぇが仕方あるめぇ」
 矢立の筆と墨を使い、本の角を塗って印をつける。間違えてもう一度持っていくのを防ぐために。それと入れ替わりで新しいものを持ち寄る。
「どれどれ、『魔導力連動システムにおける魔力の適合性』これなんて関係ありそうだねぇ」
 その内容は、システムとそれを使用可能な適応者の素質を論じたものだった。

――このシステムでは膨大な魔力を操作する事が可能だが、当然ながら身体にかかる負担も比例する。魔力炉は実体として存在するわけではないが、それを発動可能なものとして錬成するのはシステム使用者の体内だ。多くの場合、肉体がそれに耐えきる事が出来ない。ましてや身体そのものにも無数の術式が施される事になる(中略)
 それを解決するために出力デバイスと、円環型供給回路の生成が必要となった。


「情報通信なんかじゃネットワーク上に管理センターみたいなのがあるけど、この魔力炉がそれに当てはまるみたいだねぇ。ちょっと違うかもしれないけどさぁ」
 実体として存在しない炉から魔力を引きだすという点では、多少近いものはあるのかもしれない。
「難しい事は分からないけど、なんだか今の時代でも想像もつかないような事を研究してたんだなぁ」
 無線で逐一報告しつつ、カガチが呟いた。
「でも、悲しいですね。それが人間の尊厳を無視した形で行われていたんですから……」
 エヴァの解読していた本にはおそらく最も衝撃的だと思われる内容が書かれていた。

――機晶姫は少女の姿が最も安定する事が知られている。この計画の目的は、少女型の機晶姫の製作ではなく、『少女』そのものをベースとした機晶姫を造ることである。人間の持つ潜在能力を引き出す為に、これまでの研究による技術と、機晶石のエネルギーを利用する事とする。これまでも義足や義手等の部分的な機械化は行えたが、肉体の大半を機械に置き換えた例はない。(中略)
 幸か不幸か、この国の役に立ちたいと考えている人は多く、一万人の被験者が最終的に集まった。その中には私が預かる施設の孤児達も含まれていた。あの子達も、平和を望んでいたのだ。
 だが、人間の肉体は機械や機晶石に対し拒絶反応を起こした――


 エヴァが最初に読んだものはここまで具体的に書かれていなかった。最後には、人の形を保った十体に名前を与えたとする旨があった。
 別の文献には、以下のような一文があった。

 ――成功例の五体をまとめて『五機精』と呼ぶ事にする――

 その五体の名前が書かれている文献は見つからない。だが、失敗例五体に関するレポートは見つかった。

アズライト・ゼクス
ジャスパー・ジーベン
ヘリオドール・アハト
モーリオン・ナイン
ルチル・ツェ―ン


「アズライトは最下層、モーリオンは最上階……研究所の特徴からいっても、ここのようです」
 今にも泣き出しそうな声でエヴァは書いてある内容を告げる。そしてしばらく言葉を失った。
「…………」
 純粋な愛国心をも利用した研究。その犠牲になっていった少女達がどのような気持ちだったのかを想像してしまう。
 そんなエヴァを、なぎこが後ろからそっと抱き締める。
「あのね。きっとだめだった子も、どこかで眠ってる子も、おねえちゃんに知ってもらえて嬉しいって思ってるよ。誰もしらないまんま眠ったっきりなんてそっちの方が悲しいもん」
「ありがとう……なぎさん」
 なぎこもまた剣の花嫁という造られた種族なのだ。だからこそ、そのような言葉が出てきたのかもしれない。
(なぎさん……)
 そんな二人の様子をカガチが静かに見守っている。


「人を機晶姫にするとは、おぞましいものを考えたものですね……」
 そのやり取りを見ていたリュースも、複雑な心境だった。
「この合成魔獣というのも、むごいものです。いくら人ではないとはいえ、魔法との合成なんて普通考えもつきませんよ」
 文献の内容を読む。こちらは一階の方が具体的な情報があったようだ。
「しかも、最上階にその一体『ベヒーモス』がいるんです。上の方が無事だといいんですが……」
 合成魔獣への対応策は発見出来なかった。魔獣の体内に強大な魔力を注ぎ込み、その力で生体を変化させるというのが創り方らしいが、ほとんどの場合、その魔力に耐えきれずに破裂してしまったらしい。
「四体とも、制御が出来ない上にドラゴン級の強さですからね」
「でも、それならどうやって封印したのでしょう?」
 シーナがふと疑問に思ったことを口にする。
「魔獣をここまで連れてくるのは困難だから、何ヶ所かに拠点を設けてそこで実験をした、とあります。だから連れ出すことはなくそのまま施設を閉鎖という形で封印したのでしょう」
 その場所については一階からの報告と合わせれば全て判明した。現在のパラミタ内海沿い、ツァンダの外れ、キマクとこの遺跡の中間地点、そしてこの研究所である。
 ちょうどその時、すぐ上から轟音が響いた。
「な、なんや?」
 陣をはじめ、解読中の三階の面々がこれに反応した。
「何かが落ちたようですね」
 その音の正体までは分からないが、上にはベヒーモスがいる事をこの場のものは知っていた。
「例の合成魔獣とやらが落ちたんじゃないかな?」
 真が言う。
「さすがにこれで遺跡が崩れたりしない、よな?」
 それほど大きな衝撃が伝わってきたのも事実である。が、すぐに揺れは治まった。
「うん、大丈夫みたいだ。よし、解読を、と」
 真は魔力融合型デバイスについてさらに調べる。
「剣に槍に……って、あれ? この試作型兵器って切ったり貫いたりなものだけなんだな。鈍器系や暗器系は……っと」
 書いてあるのは魔法効果を帯びた手持ちの武器についてだった。中には普通の銃と同じ見た目なのに、レールガンが打てる代物まである。
「……器の試作兵器、ないかなぁ」

            ***

 同刻、三階。
「ふーん、魔導力連動システムねぇ」
 ニコはそのシステムの基礎理論を知った。
「ユーノ、それっぽいもの調べてきて。多分まだ近くにあるはずだよ」
 それに関してはもう十分な情報が拠点に集まっているのだが、トランシーバーを持たぬ者達には分かるはずもない。
 が、そこにここでの情報はそのシステムとして応用される前のものだった。
「強い魔法を使うために、何人もの魔法使いが同時に術式を組むことがあります。これはその反対で、ある場所に大きな魔力を蓄え、それを使う資格のある者が自在に引き出す事が出来る、というわけです」
 レーヴェが説明する。
「あとはこれをどうやって使ったのか、ですが……」
 さらに続ける。限定的な範囲において適用可能な魔力炉の形成や、円環構造を。
「そのためにあの魔道書のようなものが必要だったってことだね」
 ニコは納得したようだった。
「ニコさん、持ってきましたよ」
 ユーノが戻って来る。
「ありがとう。でも、大丈夫。あの魔道書だよ。まだ未使用のものが残ってるはず、それを探そう」
 軽視していたものの、そこに鍵があると感じた二人はそれを確保しに行った。
 
 彼がその技術を使うためのリスクを知るのは、この調査が終わった後である。

            ***

「……アルマ、これらの魔道書とのリンクは可能ですか……?」
 魔導力連動システムの要である魔道書を集めたレイナは、アルマンデルに尋ねた。彼女もまた魔道書であるため、同族同士リンク出来ると考えたのである。
「ワシの力を持ってすればこんなものたやすい……はずじゃ。うむ、では行くぞ」
 アルマンデルが同調を図ろうとする。だが、
「ぬ……な、なんじゃ!?」
 彼女の様子がおかしい。当人は気付いていないが、構築された既存のシステムへの介入は、非常に危険な行為であった。
「どうしたのですか?」
「ダメじゃ!」
 接続が切れたのか、もとに戻る。だが、顔色は悪い。
「まず、わしのように意思を持った存在ではないのじゃ。技術の一部として、起動しているに過ぎぬ」
 全ての魔道書が自由を持った存在になるわけではない。ましてや、ここにある魔道書は全て原典ではなく、システムのための複写本に過ぎないのだ。
「では、失敗……ですか?」
「そうとも限らぬ。どういう技術の一部かは、読みとれたわい」
 意思を持たなくても情報媒体である。危険な行為ではあったが、触れた事で連動システムの仕組みを理解する事が出来た。
「説明すると長くなるが、いいかの?」
 レイナは黙って頷いた。
 その内容は、他の階で明らかになっている三冊の魔道書と、術者と魔力炉の円環構造を含めたものだ。
「分かったのはここまでじゃ。どういった経緯で作られたかまでは分からぬ」
 それが第四次計画、ちょうど非人道的な部類に入った段階のものであるとは知る由もなかった。