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曲水とひいなの宴

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曲水とひいなの宴
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 第3章 春うららかに
 
 
 行事に心囚われていると、つい、片づけがおろそかになりがちだが、それを放置しておけば会場はどことなく荒れた雰囲気を醸してしまうもの。宴の景観を維持しようとと須田 桃子(すだ・ももこ)は会場を回っては、ゴミを拾い、椅子の位置を直し、と掃除をずっと続けていた。
 うつむいて仕事をしていた桃子はふと、清涼な香りに気づいて顔を上げる。
「梅……」
 枝一面にこぼれ咲く、紅梅白梅。派手な花ではないけれど、可愛らしい丸みのある花びらの梅花に、思わず微笑み。そしてまた、仕事に戻った。
 楽しい行事の蔭には裏方で働く人の力あり。
 桃子はゴミを集めると、客の邪魔をせぬように庭の隅の方を通ってホテルへと持ち帰ろうとした。その背に、
「すみません〜」
 と、女の子数人のグループが声を掛けてきた。
「あのジュウニヒトエっていうのが日本の民族衣装なんですか?」
「12という数には何か謂われがあるんですか?」
「あの着物の中ってどうなっているのでしょう?」
 立て続けに質問されて、桃子はおろおろと頭を下げた。
「ええと、それは……すみません、私にはよく……」
 飛び入りで裏方に参加した為に、行事のことはよく分からない。どうしよう、と焦っている処に、通りかかったファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が助け船を出す。
「古来日本で身分の高い女性が着ておったのが、あの十二単という衣装なのじゃ。民族衣装ともいえるが、今は特別の行事以外には使われてはおらんようじゃのう。12というのは、数多くの、という意味でつけられているのであって、実際に12枚の衣を重ねてはおらんし、その数自体が目出度いわけでもないとのことじゃ」
 相手が若い女の子のグループということもあって、ファタは親切丁寧に説明する。事前説明で聞いた知識の受け売りだが、話術は得意で博識でもあるファタの口から出ると、それだけで説得力のあるものになる。
「着物の中には、長袴をはいておるのじゃ。こういうものじゃな」
 説明係ということで三白の官女の恰好をしているファタは、手にしていた長柄の銚子を桃子に預けると、白の小袖の裾を大きく手で広げて見せた。
「きゃ……」
 桃子は思わず赤面するが、ファタは全く構う様子はない。足はすっぽりと緋の長袴に覆われていてまったく露出する箇所がない為、見せて何のさわりがある、という感覚だ。
「これがまた歩きにくくてのう。肩も凝るし、着ているだけでもおお仕事なのじゃ」
 問われるままに説明をした後は、ファタは女の子たちと共に写真に収まった。
「あ、ありがとうございました……」
「何の、これくらいたやすいことじゃ」
 桃子はファタに何度も頭を下げると、ゴミ袋を持って足早に去っていった。
 
 
 どこからか、琴の音色が聞こえてくる。
 設営された道具の蔭に隠されたスピーカーからだと分かっていても、のどかにつま弾かれる音はゆったりとした気分にさせてくれる。
「瑠璃から先にどうぞ。ほら、流れてきましたよ」
 遙遠に促されて、物思いに耽っていた瑠璃ははっと顔を上げた。ここまでくる間は楽しみで仕方ない様子ではしゃいでいたのに、遣り水を前にして座ってから瑠璃はずっと何かを考え込んでいた。
「どうかしたんですか?」
「う、ううん。五七五で言葉を繋げればいいのね」
 瑠璃は首を振ると、春の句を詠んだ。
  『 花々に 色を授かる 春の細流 』
 その句を聞いて、遙遠はああと遣り水に目をやった。さらさらと穏やかな水の流れに、地祇である瑠璃はきっと故郷の細流を思い出していたのだろう。
 詠み終えた瑠璃は、あ、と口に手を当てる。
「五七七になっちゃったの」
 瑠璃はしょんぼりと肩を落としたが、遙遠はその句を褒めた。
「素敵な句でしたよ、瑠璃」
「ほんと? なら嬉しいの〜。あ、兄様の盃も来るの」
 瑠璃に指され、遙遠はどうしましょうかね、と目を閉じる。そこに浮かばせるのは、瑠璃と同じ春の細流。
  『 春光で 輝き満ちる 瑠璃の顔 』
 瑠璃、には目の前にいる瑠璃と、その故郷である細流との二重の意味をこめてある。
「契約したあの時の細流も、今の顔も輝いてますよ、瑠璃」
 そしてその輝きが永遠であるようにとの思いをこめ、遙遠は盃をあけるのだった。
 
「きょん……?」
 黙って離れてゆく鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)の背中に呼びかけた後、茜 星(せん・せい)は小さく溜息を吐く。
「きょんにも辛い想いして欲しくないけどこればっかりはねぇ……あの子も罪作りな子だわ」
「時間は掛かるかもしれねぇが鈴倉なら大丈夫だろ」
 そう返す瀬戸鳥 海已(せとちょう・かいい)に、茜星は表情を緩め。
「信じてるのね……海己くんはきょんの事、結構気に入ってるでしょ?」
「は? ち、違ぇ! 勘違いすんなっ」
 むきになって否定する海己の姿に、茜星は気を取り直し、2人で曲水の宴を楽しむことにした。小袿姿でくるっと回ってみせる。
「これ、似合ってるかしら?」
「ああ。……凄く」
「海己くんもよく似合ってるわよ。はい、笑って」
「……へ?」
 急に寄り添われて動揺する海己と、にっこり笑顔の茜星。響くシャッター音。唖然としている海己を、茜星はさあさあと毛氈に座らせた。
 ゆらゆら流れる盃に、大切な人への想いを載せて。
  『 忍ぶれば 弱り絶えね 玉の緒よ 』
 普段は色んな女性と戯れていても、本当に好きなのは貴方だけ。忍ぶ恋の気持ちが数珠のように繋がってゆく。この気持ちが絶えるなら、いっそ魂ごと消し去って……。
 遣り水を行く盃ではなく、海己は茜星の手を取った。
「だけどもう……俺はこの手を放したくねぇ」
「センセイはね、きょんにも海己くんにも幸せになって貰いたいのよ」
  『 別るとも 夢の浮き橋 明くる春 』
 茜星は句を詠むと、片手で盃を取って飲み干した。
 海己のことを1人の男性としては見られない。けれど生徒としては大好き、と茜星は言う。記憶はここに宿るけれど、自分は以前の自分ではない。
「いい加減解放してあげなきゃ。貴方をもっと大事にしてくれる人がこの先きっと現れるから」
 分かっているけどそんな言葉は辛すぎて。海己は茜星の手は放さぬまま、もう片手で自分の髪を乱す。
「少しだけ、射月の気持ちが分かった気がするぜ……」
 簡単に諦められる想いなら、とっくの昔に忘れてる。でも……。
(踏ん切りをつけないと、な)
 さらさら流れる遣り水に、さらさらと心も流してしまえればどれだけ楽になることかと、海己はきらめく流れに目を据えるのだった。
 
 
「重いのじゃぁぁぁぁ!」
 ミア・マハ(みあ・まは)十二単の重みに負けまいと、前屈みになってぐいぐいと足を運ぶ。メガネはコンタクトにして、髪には帽子ではなく花の簪をつけて雰囲気を出してはみたのだけれど、この異様な重さには閉口だ。
「この小さな身体に十二単は重すぎるぞえ!」
「でも似合ってるよ」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)に言われ、ミアはそっちこそ、とレキの十二単姿を眺めた。
 普段はポニーテールに結んでいる髪を下ろし、しずしずと歩いている姿はいつものレキと随分印象が違う。衣装が重いから活発に動けないこともあって、今日のレキはしとやかな女の子に見えた。
「昔から男の子と遊んでばかりで、雛祭りの時くらいしか『女の子』らしいことしてなかったんだよね」
 雛祭りの時だけは、女の子のお祭りだから、と雛人形を飾って、晴れ着を着た。晴れ着を着ているのにジャングルジムに登ってしまって怒られたこともあったけれど、それでも雛祭りは女の子のお祭りだから、と意識はしていた。
「偶にはそういうしおらしい姿を見るのも悪くはないのう」
 ミアに言われ、レキは身をねじるようにして自分の姿をしげしげと見る。
「いつもの自分と違うから変な感じ……」
「ヘンではないぞよ。ほれ、早く座らぬと盃が来てしまうのじゃ」
「あ、うん。五七五だっけ?」
 毛氈に座り、レキが詠んだ句は
  『 今咲くと 綻ぶ花に 身を重ね 』
 自分はこれから花を咲かせる。でも今はまだほころび始めたばかり。春を迎えて綻びかけた花と自分とを重ねた句だ。
 ミアの句は、
  『 舞う花に 懐かしき色 君の香と 』
 詠み終えると盃を取って2人一緒に飲み干す。
「あれ? 甘酒ってこんな味だっけ?」
 レキが不思議そうに盃を眺めているうちに、
「おお、写真か? 撮るがよかろう」
 ミアは見物客の向けるカメラにポーズを取った。それに気づいた途端、レキは逃げ腰になる。
「あ、ボクを撮影しても面白くないから!」
 逃げようとしたけれど、十二単ではいつものように機敏には動けない。仕方なく、檜扇で顔の半分ほどを隠してカメラに収まった。
「後で撮影データを送るのじゃぞ」
 ミアは上機嫌で送り先を教えているが、レキはより一層顔を隠す。今の自分はいつもの自分っぽくなくて、後で見たらきっと恥ずかしいと思うから。
「ふふ、それも記念じゃ」
 赤い顔をしているレキを見て、ミアは楽しそうに笑うのだった。
 
 
 よろ、と傾きかけた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の身体を、樹月 刀真(きづき・とうま)が転ばぬようにと支えた。
「月夜、十二単は重いでしょう? 衣装を替えましょう」
 衣装の重みに負けてしまいそうな月夜を見かねて言ったのだが、月夜はううんと首を振る。
「いらない……このままで良い」
 重いのと長袴が邪魔なのとで動くのは大変な衣装だけれど、着ている月夜は嬉しそうだ。だから刀真もそれ以上は衣装替えを勧めず、月夜の歩く助けとなるようにと腕を支えて導いた。
「……そうですか、それじゃあこのまま行きましょう」
「うん。……このままが良い」
 寄り添って庭を歩く2人に見物客のカメラが向けられたけれど、刀真も月夜も全く気にせずに歩いて行った。写真を撮られる可能性があることは事前に聞いていたし、それが行事の参加条件だという話でもあったから。
 ゆっくりと足下を確かめるように庭を横切り、毛氈に座る。さすがにほっと息を漏らした月夜を見る刀真の目には、微笑が宿っていた。
 ゆらりゆうらり。羽觴に載せられて流れてくる盃にあわせて刀真が句を詠む。
  『 スギ花粉 鼻がつらいよ 花粉症 』
「……何それ?」
「地球にいる日本人の多くが春に口にしている事ですよ」
「ふ〜ん」
「ふ〜ん、じゃないですよ。本当にきついんですからね」
 気のない様子の月夜に刀真は力説したが、
「私は花粉症じゃないから分からない」
 と月夜はばっさり切り捨てる。
「月夜、君は今の台詞で色々な人を敵に回したかも知れません」
「そう? あ、盃が来た」
 刀真が春を詠んだから、自分は大切な人への言葉にしようか。そう思った月夜の脳裏に浮かぶ句は。
  『 友人と 愛しき人と 終わりなく 』
 けれど、恥ずかしくなったのと、口に出さずに胸にしまって置きたかったのとで、月夜は口を閉ざし短冊も手に取らずに盃を見送った。
「あれ? 盃が行っちゃいましたよ」
「良いのが思いつかなかった」
「そうなんですか。難しく考えずにパッと出て来たもので良いと思うんですけどね、俺みたいに」
「刀真はぱっと詠みすぎ」
「そうですか?」
 そんなこと無いと思うんですが、と首をひねっている刀真に月夜は口元を緩める。
「刀真有難う。楽しい」
「ん? それは良かった。俺も楽しいですよ」
 刀真は飲み干した盃に花を入れると、月夜と一緒に遣り水に流した。
 
 
 遣り水に向かって自分の詠む順番を待つ間、薫はずっと落ち着かなかった。
 人前で堂々と自分の心を詠むのは恥ずかしい。
「部活も正面からこっそりのぞく活動ばかりでござるからなぁ」
 ふ、と強く息を吐いてから深呼吸。けれど、ドキドキと打つ心臓音が全身に伝わってくるような感覚がする。
 いざ詠む段になったら口に出せないかも知れない。
 そんな風にも思ったが、自分の盃が流された途端、薫は心を決めた。
 俳句短歌には恋の歌も多い。それだけ人は恋に悩むということなのだろう。ならば自分も堂々と、この心のうちを詠んでみせよう。
  『 気づいてよ 心で叫ぶ ひとめぼれ 』
 大きな声で詠み終えた途端に顔がかっと熱くなり、危うく盃を逃しそうになった。けれど、無事に盃を引き寄せて甘酒を呷る。
 盃に花を入れて流した後も心は安まらず、薫はそっとその場から退出すると人気の無いホテルの裏へと歩いていった。
 口をついて出る溜息。
 椿薫16歳。物思う年頃であった。
 
 
「わわわ、遅くなっちゃった。みんなどこにいるのかなぁ」
 買ったばかりの包みを抱えて、遠鳴 真希(とおなり・まき)はきょろきょろと周囲を見回した。せっかく空京に来たから大切な人への誕生日プレゼントを、と思って買い物をしてきたのだけれど、あれにしようかこれにしようかと悩むうちにすっかり遅くなってしまった。
 プレゼントの品物は、どれを見ても良さそうに見えて。けれど、その中のどれかを選ぼうとすると、どれも違うような気がしてきて。何をあげれば喜んでくれるだろうと脳裏に顔を浮かべれば、それだけで照れてしまって。
 やっと選んだプレゼントを胸の前で大事そうに抱え、真希は人の多そうな庭の方角へと走っていった。
「うわ、お姫様がいっぱいだぁ」
 曲水の宴参加者の華やかさに目を見張った真希は、その中に知り合いの顔を見つける。
「わー、ちーちゃんやっほー♪ ちーちゃんも十二単着てるんだー」
「あ、真希お姉ちゃんっ!」
 重い衣装もなんのその、半ば転びかけながら日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)は真希にぎゅっと抱きついた。
「ちー、そんな衣装で走ったら危ないで」
「やっしーさんもこんにちはっ」
 はらはらと後を追ってきた日下部 社(くさかべ・やしろ)にも、真希は挨拶する。社も千尋にあわせてか束帯を着ているが、堅苦しい衣装はしっくりと馴染んでいるとは言い難い。
「おお、真希ちゃん、遅かったやないか」
「えへー、壮太さんへの誕生日プレゼント買ってたら時間経っちゃって♪」
「そらええなぁ」
 社の言葉にちらりとこもった実感に、真希は周囲に目を走らせた。
「歩ちゃんとは一緒じゃないの?」
「さっき出て来た人に聞いたら、今ちょうど着替え中や言うてたから」
 そろそろ出てくるんじゃないかと言う社に、真希は笑みをもらし。
「んふふっ。あたし、そろそろ行くね〜。他のみんなの顔も見たいし」
「そうか? んじゃ、また後でなー」
「真希お姉ちゃん、またねー♪」
 そうして真希が行ってしまうのと入れ替わりに、着替えを終えた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)七瀬 巡(ななせ・めぐる)がやってくる。
「歩ねーちゃん、これ服多すぎ。きついー、おもいー!」
 着付けをしてもらっている間は、お姫様みたいだと喜んでいた巡だったけれど、いざ着せられてみればまるで罰ゲームか何かのようなこの重さ。
「でも巡ちゃん、すごく可愛くて似合ってるよー。日本のお姫様みたいだよー」
「でもでもでもー。んーーっ」
「巡ちゃん、がんばっ。あ、やっしーさんこんにちはっ」
 十二単と格闘している巡を励ました歩は、社に気づいて手を振った。
「へぇ、さすがあゆむん、よう似合っとるな」
「ほんと? こんな恰好はじめてだから、どうかなーって思ってたんだけど」
「ばっちり似合っとるわ。えっと……」
 社の視線が隣にいる巡に向けられるのを見て、歩は紹介する。
「やっしーさんははじめてだよね。巡ちゃんだよー」
「巡ちゃんかぁ。初めましてやね♪ あゆみんの友だちの日下部社や。あゆみんもうちのちーは初めてやったよな」
「初めましてー♪ やー兄の妹の千尋だよー! ちーちゃんって呼んでね♪」
「ちーちゃんよろしくー。十二単がよく似合ってて可愛いねー。あたしは歩だよっ。やっしーさんにはあゆむん、って呼ばれてるんだよ」
 お殿様が1人にお姫様が3人。両手に余る花状態の社だったけれど、その目はついつい1人に集中してしまう。千尋も巡ももちろん可愛いけれど、歩の十二単姿はまさに眼福で、この姿が見られただけでも来た甲斐があったというものだ。
「やー兄? どうかしたのー?」
 歩に見とれている社の手を、千尋が揺さぶった。
「ん、あ、ああ。そろそろ行こか」
「巡ちゃんも行くよー」
「ま、待って……んしょっ……」
 途中、写真を撮らせて欲しいという客に応えながら4人は曲水の宴の席へと移動していった。
 毛氈に座り、それぞれの盃を待つ。
「えー、何か言わなきゃ、飲み物飲めないの? ひどーい!」
 巡はぷんっと頬を膨らませた後、絶対に何か詠んでやる、と五七五をひねり出す。
  『 ひな祭り 重い着物で お姫様ー! 』
 これでいいよね、とばかりに盃を取って飲んだけれど。
「うー……楽しみにしてたのに、これにがーい。歩ねーちゃん、だましたー」
「ヘンだなぁ。甘酒って甘くておいしいはずだよー?」
 そんなはずないのにと首を傾げた後、歩は句を考えた。友だちとお遊びで歌を詠んだりしたことがあるくらいで、ほとんど経験はないけれど型にはめて詠う言葉は好きだ。制限がある分、逆にたくさんのことを載せられるような気がする。今回は季語にもこだわらない川柳みたいなので良いみたいだし……とあまり深く考えず、素直に詠んでみることにする。
  『 空に舞う 吹雪に揺れる 空模様 』
 桜吹雪を見ると、綺麗だなという気持ちと、散ってしまうんだなという気持ちの両方を感じる。それはまるで不安定な天気のようだ。そんな気持ちを詠んだ句だ。
「甘くておいしいー♪」
 盃を飲み干して、歩は笑った。
  『 やー兄と いつもいっしょに あそびたい 』
 千尋の句はのびやかな素直さ。両手で盃を持って、こくこく飲む姿も愛らしい。
 社は楽しそうに笑っている歩に目をやった後、句に載せて気持ちを詠う。
  『 いつの日か 我の隣に その笑顔 』
 今は届かなくてもいい。ただこうして想いを口に出来ただけでも幸せだから。
 
 光のどけき春の日。
 清らかに流れる遣り水を前に、
 季節への喜びを詠おう、かの人への想いを詠おう。
 五七五の耳に心地良き言の葉に託して――。