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リアクション
学校から借りた放送機材と、イスをいくつか借り受けた迷子案内所は、人ごみから離れたところに設営されていた。
迷子案内所。そう書かれたプラカードを首から提げているのは、アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)だった。白い毛並みに、赤い瞳。丸っこいう兎の容姿である彼は何故か身体がすっぽり入る大きさのダンボールに腰を据えていた。それは、どこからどう見ても『捨て兎』だった。更にパートナーの飼い猫である牛柄のネコが隣に入り込むと彼の存在感をより一層引き立てた。
時折声をかけてくるのは「大丈夫? 捨てられたの?」 「よければ、うちの子になる?」と心配をしてくれる生徒達で、迷子は一向に声をかけてこない。
「……なにか、おかしいです」
『迷子のお知らせです。5歳の赤い服を着た男の子が、お父さんを探しています』
その後ろでは、順調にスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)がマイクに向かって迷子のお知らせをしていた。自らの声をマイクに乗せた後は、迷子本人に探し人の名前を呼ばせて、待ち合わせ場所を指定するという形を取っていた。
「ほんとに、しゃべってよかったの?」
「ああ、そのほうがお父さんが君の声を聞いてすっ飛んでってくれるだろ? それじゃ、このLOVE CAFEでお父さんを待ってるんだぞ」
「うん! おにいちゃん、ありがとう!」
スレヴィ・ユシライネンはLOVE CAFEのチラシを受け取った少年を笑顔で見送ると、音を立ててイスに腰掛けた。そして、いまだに捨て兎として声をかけられているパートナーを楽しげに眺めている。
「にいさま! 見てください、とってもかわいい兎さんと猫さんですよ」
「詩音、あまり走るな」
青い髪をたなびかせて駆け込んできた嵯峨 詩音(さがの・しおん)はダンボールの前でしゃがみこんだ。その横で、白衣が汚れないようしゃがみこみはせずに、嵯峨 奏音(さがの・かのん)も兎に視線を下ろす。あまりの美少女っぷりに、アレフティナ・ストルイピンは目を白黒させてしまったが、その格好が薔薇の学舎の制服であるのを目にして更に驚きの声を上げる。
「わぁ、女の子みたいに美人ですね」
「え、あ、ありがとうございます。兎さん、この猫さんは捨てられてるの?」
「あわわ、違うんです。ここ迷子案内所だから、迷子の気を紛らわす……ってことらしくって……」
「そうなんですか。ちょっとなでてみてもいいですか?」
「あ、大丈夫だと思いますよ」
それじゃ、といわんばかりににっこりと緑色の瞳を細めると、嵯峨 詩音はアレフティナ・ストルイピンの白い毛並みをもふもふとなで始めた。まさか自分のことだとは思わず、思わず照れてしまった。
「邪魔したな。迷子案内所、がんばってくれ」
「それじゃあね、兎さん!」
「はーい、楽しんでくださいねー……あ!」
二人を見送ると丁度、真城 直が通りかかる。アレフティナ・ストルイピンは顔をぱあっと明るくして声を張り上げた。
「直さんーー!! 助けてください! スレヴィさんがひどいんですーーー!!」
その呼び声もむなしく、お祭り騒ぎの喧騒に打ち消されてしまったのか真城 直はそのままどこかへと向かっていってしまった。
「だれが、ひどいって?」
「うわああああんっ」
「この姿を見れば、「自分が迷子である」「待ち合わせの相手に申し訳ない」とかの不安は紛れる、と思っての作戦だ。見事に成功してるんだから、そんな風に言うなって」
「ううう、でも明らかに皆さん私を捨て兎かペットショップとか勘違いしてますよ」
「にゃー」
「ううむ。しょうがないな。ほら、お代わりのキャラメルポップコーン」
「……!!! こ、こんなので釣られたりしないんですからね!!」
そういいながらも、アレフティナ・ストルイピンはポップコーンを目いっぱい口の中に詰め込み始める。その横で食べかすにまみれないよう愛猫を抱き上げたスレヴィ・ユシライネンはもう一度イスに腰掛け、自分はお茶をすすり始めていた。
「残念だったなぁ。校長に会いたかったんだけど」
「しかたないさ。今日は女生徒も来るから、校舎への立ち入りを禁止しているんだ」
エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)はため息混じりに兄であるエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に言葉を漏らした。慰めるように、その銀髪がわずかにかかっている肩を叩いた。その後ろではクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が出店で買いあさった食べ物を両腕に抱えている。
「クマラ、そんなに食べられるのですか?」
「大丈夫だよっ! ロスと分けるために買ったんだから。ほら、あーんっ」
目を丸くしたディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)は、苦笑交じりに彼が差し出したわたあめに口をつける。甘い香りが口いっぱいに広がる。アクセントのために乗せられたらしい小さな金平糖が、更に甘さを引き立てている。その和やかな雰囲気を横目で見ると、エース・ラグランツは弟に微笑みかける。
「ほら、二人みたいに祭りを楽しもう」
「……兄さん、実は転校しようかって考えてるんだ」
「薔薇の学舎にか?」
急に真剣な顔つきになったエルシュ・ラグランツの雰囲気に、適当な場所に腰掛けて話を聞くことにした。新入生歓迎のイベントを行っているとはいえ、広大な広場には参加者全員が座っても余りあるほどのベンチやテーブルがそこかしこに置かれていた。もちろん、今日のために急遽設置されたものもあったが、どれも調度品のように上品な品物ばかりだった。
クマラ・カールッティケーヤとディオロス・アルカウスは屋台を楽しんでくると、そう声をかけて姿を消した。腰掛けた後も、けだるそうにその銀髪をかきあげて、エルシュ・ラグランツは空を仰いだ。
「クイーン・ヴァンガード……俺は正直好きじゃないんだ」
「蒼空学園の精鋭じゃないか。」
「今や蒼空学園は、校長の私兵養成所……そう感じるよ。もちろん、俺がそう思ってるだけだけどね。無能集団だって、陰口たたかれたこともある。でも俺はクイーン・ヴァンガードじゃない。母校の悪口は嫌だから、校長に進言してみたけど……梨の礫だった」
仰いでいた顔を急にうつむかせると、苦々しい表情になる。言葉を漏らしながら銀髪が春風に哀しげに揺れており、表情は陰になっていてよく見えない。励ますために肩に触れようとしたが、思わずためらってしまうほどだった。
小さく息を吐いて、エース・ラグランツは明るい声を出した。
「……覚えてるか? 『エリート校だからね』。エルシュにそういわれて信じて入って……最初は色々戸惑った。ホモ集団とかいわれたりもしたよ。でも、とてもいい学校だ。入ってよかった。これから咲き、きっとこの学校は俺の誇りになる。今は、そう確信してるよ。いっしょの学校なら、もっと沢山の思い出が作れる。きてくれるならきてほしいと思ってるよ」
その言葉を聞いて、エルシュ・ラグランツは改めて校内を見回した。校舎内にはないには入ることができなかったが、周りにあるだけでも十二分にこの学校の調度品の素晴らしさや、そこかしこに植えられた薔薇の美しさを堪能することができる。
「(なにより、兄さんと恋人同士でもここなら妙な偏見がない、かな)」
「でも、今からでもできることはあるんじゃないか?」
「……ありがとう兄さん、もう一度、色々考えておくよ。転校の件も含めて、ね」
そう呟いて、エルシュ・ラグランツはさりげなく兄の頭の後ろに手をしのばせるとその頭を引き寄せて、額に唇を押し付ける。ほんの一瞬だったので道行く人は気がつかなかったようだった。突然の行為にエース・ラグランツが顔を赤らめると、エルシュ・ラグランツはにっこりと笑った。
「ありがとう、兄さん」
「……ここならあんまり見咎められないが、あまり人前でそういうことするな」
「いやかい?」
「や、そうじゃなくって……なんだかその、恥ずかしいだろ」
そういって頬を赤らめるエース・ラグランツの顔があまりにもかわいく、今度は彼の唇に人差し指を押し当ててウィンクをする。
「じゃ、二人っきりのときにゆっくり、ね」
「まったく……それよりも、向こうで野球部が試合をやってるらしいから、見に行こう」
「ああ」
今は、兄さんとの時間を存分に楽しませてもらうよ。そう小さく呟いた言葉は、兄の耳に届いたのだろうか。そんなことを考えながら、銀髪の青年は赤毛の青年の隣に立った。
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