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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

リアクション


〜ネガイ〜


 ヒラニプラ。
 機晶都市と呼ばれるそこは、機晶姫のためのパーツが売られていたり、中古の機晶姫たちが新たな持ち主を心待ちにしていたりと、技術の粋が集められているのがよくわかる。空京ほどのハイテク差よりも、鉄と油の臭いが似合いそうなそんな町だった。
 ヒラニプラの町のもととなったヒラニプラ家は、現在機晶姫を作り出すことのできる唯一の技術を有しており、その技術は外へ洩れないようにされているという。

「それも、シャンバラが崩壊して後のことなのだ」
「へぇ、そうなのですか〜」

 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の言葉に耳を傾けていたのは、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)と大きな白いセントバーナードのバフバフにまたがったクレシダ・ビトツェフ(くれしだ・びとつぇふ)だった。

「事実、エレアノールは一から機晶姫を作る技術を持っていたようなのだ。だが話の流れからすると、ウィザードにクラスチェンジしているようなのだ」
「ほんとうにエレアノールなの?」

 クレシダ・ビトツェフは赤い眼差しをまっすぐにリリ・スノーウォーカーに向けて呟いた。同じくまっすぐにリリ・スノーウォーカーは幼いアリスに向き直る。

「わからないのだ。ただ、その可能性が高いとしか、いえぬのだ」
「とにかく、ルーノのためだ。さっさと探しにいこうぜ」

 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は後ろでむすっとしているジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)にそう声をかける。赤いセミロングを時折いらだった様子でかきあげながら、ため息をつく。

「なんだよ、まだぶーたれてるのか?」
「わかってるわよ! ニーフェのためには、そばにいることよりも彼女が言うお兄さんを探しに言ったほうが彼女も喜ぶって。でもでもっ!」
「心の底じゃ、誰だって直接彼女たちを護りたいわよ」

 ジョウ・パブリチェンコの肩を、伏見 明子(ふしみ・めいこ)が優しく叩いた。それを後ろで眺めていた長身の機晶姫、フラムベルク・伏見(ふらむべるく・ふしみ)も力強く頷く。

「心配はわかる。だが今は彼女たちのために何ができるかを探すことが先決だと思う」
「し、心配なんてしてないわよ! あの子達は十分強いし! 心配することなんて何もないわよ!」
「素直じゃねぇなぁ」

 赤い瞳が苦笑にゆがむと、視線の先に見覚えのある女性が通りかかる。件の爆弾事件でルーノ・アレエを取り調べるはずだった【ランドネア・アルディーン】本人だった。出逢った時の凛とした印象がイシュベルタ・アルザスのものであるというのが再確認できるほど、彼女はおどおどした様子で買い物をしていた。


「ええと、ランドネア……先生?」
「はいぃいいいっ!」

 異常なほどに驚いて背後に飛びのく吸血鬼の女性の背中を、ララ サーズデイ(らら・さーずでい)は優しく受け止めた。

「おっと、危ないですよ。レディ」
「ああああ、ありがとうございます!」
「ほんと、見た目だけいっしょで中身が違うんだなぁ」

 トライブ・ロックスターは自分で呟いて、はたと気がつき口元に手をやった。

「……なんで、見た目だけしか真似なかったんだ?」
「トライブ?」
「おかしくねぇか? 聞いた話だと慎重そうな男なのに、どんな人間であるかも調査しないで見た目だけ変装するなんて」
「やりづらかったからじゃないの? 教導団でも比較的このどじっぷりは知られてるし……」

 宇都宮 祥子はいまだにララ ザーズデイに頭を下げ続けている教官を遠巻きに見ながらそう呟いた。幾度も頭を下げる姿は、我が校の教官ながら少々恥ずかしい。トライブ・ロックスターは少し考えて口を開いた。

「ランドネア先生! 外食したときになに飲んでた?」
「え、えと……私、お酒が苦手だけど、トマトジュースが好きで飲んでるんです。でも、あの時は持ち合わせがなくって……その話をマスターにしていたら、見知らぬ方が『よければ』って、おごってくださったんです」
「もしかして、そのトマトジュース炭酸はいってなかった?」

 そう口を挟んだのはリーン・リリィーシアだった。その言葉に、ランドネア・アルディーンは何度も頷いた。

「はい! いつものと違う味でしたけど、とってもおいしかったです。しばらくその人と話していたんですけど、何はなしていたか覚えてなくって……顔も覚えてないんです」
「トマトジュースにお酒というと、レッドアイか?」
「お酒が苦手なら、ビアカクテルでも酔っちゃうでしょうしね」

 くす、と笑いを漏らしながらツインテールの剣の花嫁は続けた。

「酔っ払うと、人が変わるとか言われないかしら?」
「ええ、そうなんです。以前の彼氏も、そんな趣味なかったはずなのに、あるときお酒をいっしょに飲んだ後からでしょうか……蝋燭とか鞭とかを使ってくれっていってきて……『酔ってる間は満足できるけど、酔ってない君に魅力はない』って言われちゃったんです」
「一体何に使ったのかは想像したくないところだな」
「お酒で人が変わっちゃってるところを、イシュベルタさんは本人の人格だと勘違いしちゃったのかしら」

 トライブ・ロックスターが呆れていると、横で同人誌 静かな秘め事がなにやらメモを取り続けていた。その頬はやや赤らみ、呼吸は荒くなっている。メモとは何かにうっとりとしたように潤んでいた。

「ふふふ、いいネタを戴いたわ」
「と、とにかく。聞きたいことがあるのよ。貴女が取調べをするはずだったあの日、貴女のIDで教導団内のデータにアクセスした履歴とかを見せてもらいたいの」
「はい! 私のせいで解決が遅れてしまったのですし、是非協力させてください」

 黒曜石の瞳がにっこりと細められた。リーン・リリィーシアは彼女の後についてシャンバラ教導団のある場所へと向かった。それを見送ると、手分けして機晶姫の改造技術について調べまわっている男がいないか、調査を開始した。
 緋山 政敏はカチュア・ニムロッドとイシュベルタ・アルザスの似顔絵を持ってジャンク屋をめぐり、宇都宮 祥子は教導団の校章を見せながらアーティフィサーたちが集まる集会所や研究所を廻る。吸血鬼はどこにでもいたが、同じ背格好の男はなかなか見つからなかった。
 ヴァーナー・ヴォネガットはバフバフの上に乗ったクレシダ・ビトツェフが一人でいなくならないように、犬に乗った彼女と手をつなぎながら、道行く人に声をかけて似顔絵をみせる。同校のよしみもあって、伏見 明子も彼女の後について聞き込みを続ける。赤毛で長身のフラムベルク・伏見がいれば、迷子になってもすぐわかるだろう、という配慮からだった。

「マスター、私は本当に女性扱いされていますか?」

 その呟きは空に吸い込まれてしまった。
 トライブ・ロックスターは、噂話を中心に道行く女性達から情報を集めていた。眉唾物や、旦那や子供の愚痴や、いろんなものが混じっていた。

「そういえばね、大昔だけどわざわざ遠くからここに勉強しに来ていた、ヴァルキリーの女性がいたのよ」

 その言葉を聞いて、ジョウ・パブリチェンコは思わず身を乗り出していた。年配の女性が指差すのは、既に廃墟となった研究所のようだった。売り地と書かれており、その看板も廃れていることから主がいなくなって久しいことを示していた。

「ここはね、凄く優秀な技師さんがいて、そこにヴァルキリーの女性が弟子入りしてきたの」
「名前、わかりませんか? そのヴァルキリーの……」
「そうねぇ、シャンバラが崩壊する前のことだし」
「もっと詳しい人とかしらないか?」
「ああ、それならあの家がいいよ。この土地の持ち主だからなにか知ってるとおもうわ」

 そう指差された先にある建物に、トライブ・ロックスターとジョウ・パブリチェンコははやる気持ちを抑えきれずに駆け出していった。古びた建物は、それだけで彼らが永くこの土地で生活しているのだと言うのが理解できる。チャイムを鳴らし、礼儀正しく挨拶を交わすと家主は快く二人を迎え入れてくれた。

「ああ、あの土地か。シャンバラ崩壊以前の話……主張ででかけていた彼らが何者かに襲われたということまでしか、私は知らないんだ」
「ヴぁ、ヴァルキリーの女性が弟子入りしたって聞きましたが!」
「たしか、なんていったかなぁ。えれ、あれ……」
「エレアノール、じゃないか?」

 トライブ・ロックスターが赤い瞳をまっすぐ家主に向けると、家主は手を叩いて顔をほころばせる。

「そうそう、エレアノールと名乗っていた。とても綺麗な青い髪をしていたよ」
「小さな弟を連れていませんでしたか?」
「いや? 彼女は一人できていたと思うが」
「あの家の技師のことは何か知らないか?」
「人がいい技師だったよ。ただ、研究熱心すぎてあまり人付き合いしてなかったから詳しく知らないなぁ」
「……そうか……」

 遠い目をしながら、窓からも見えるうち捨てられた建物に目をやった。
 彼女の日記が真実なら、武芸の才に恵まれながらも自身の欲求のために研究を始めたとあった。
 トライブ・ロックスターは、そのうち捨てられた建物に入る許可を得ると、他にも一緒に来ているメンバーに連絡を回した。







 日よけのテントを建てた下にシートを広げ、ガラクタから日用雑貨、食料品に危険物まで売りさばいている。
 特別な活気こそないものの、店主と客の熱心な会話があちこちから聞こえてくる。
 ジャンク屋を聞きまわっていた緋山 政敏は、ふと足を止めた。カチュア・ニムロッドはものめずらしげに眺めていたためか、その背中に鼻をぶつけてしまう。

「ッぅ……政敏?」
「これに、見覚えないか?」

 彼が指を刺したのは、爆弾がいくつも縫いつけられたベスト……イシュベルタ・アルザスが身につけていたのと同じ爆弾だった。ジョークグッズの類でいろんなお店に置かれていたので気に留めていなかったが、そこにおかれていたのは自爆用らしい装置の形までいっしょだった。

「あの、これは?」
「ん? うちの商品がどうかしたかい?」
「以前吸血鬼の男がコレを買いに来なかったか?」
「ううん、えっと……まってくれ、今調べてみるよ」

 店主が何かのリストを幾度もめくっていくと、ようやく目的のところに行き着いたらしく「ああ、確かに買いに来たよ」とだけ答えた。危険物だからか、一応身文章の類を提示させていたらしい。そこにある名前は見覚えがなかったから、恐らくは偽名の一つなのだろう。

「それ、あんまり売れなくってね」
「だろうな。それをつかっても、買った奴は死に切れなかったようだ」

 緋山 政敏の言葉に店主が目を丸くする。そして、ふと思い出したように店主は言葉を続けた。

「そういえば、そのお客さん確かにさっき来てたもんな」
「なんですって!?」

 金髪のヴァルキリーは驚きのあまり大きな声を上げてしまう。緋山 政敏が黙って頷くと、「どこにいったか覚えてないか?」と問いかける。店主は黙って町の南を指差す。

「向こうに、もう使われていない研究所がある。たしか、アルディーンとかっていう機晶技師がいた研究所だ。そのお客さんが探していたから教えたんだよ」
「アルディーン? ランドネア・アルディーンか?」

 その問いかけには、店主は首をかしげた。

「よくは知らないが、珍しくよそから来たヴァルキリーの女性を弟子に取ったってことで当時は話題だったなぁ」
「そうなのですか?」
「基本、よそ者には教えないんだよ。でもあの研究所は分け隔てなく教えていたからなぁ……今じゃそんなことしたら大目玉だろうけどな」
「今そこには誰も住んでいないんですか?」
「さぁ? 知ってる限り技師は一人だったし弟子もそのヴァルキリー一人だった。二人とも凄く優秀だって有名でね。シャンバラ崩壊前に起こった事故で行方不明になったって聞いたよ」

 その話を聞き終わる頃に、丁度良くトライブ・ロックスターから連絡が入った。その内容は、丁度彼らが得た情報と一部合致しておりすぐにその研究所へ向かうこととなった。向かう最中、電波が切れて通信ができないらしいリーン・リリィーシアの携帯にメッセージを残しておいた。